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「風よ!」
自分の背丈よりもはるかに大きい得物を横一線に振り抜くと、刃先に纏う緑色の風が撃ち放たれる!
剣や槍を構えて向かってくる帝国兵達だが、アゲハの風の一撃は凄まじく、荒ぶる風によって抵抗すらままならずに吹き飛ばされる。
風の一撃は帝国兵達を怯ませるには十分な威力だった。
剥き出しの戦意を見せていた帝国兵だが、数にものを言わせて飛び掛かればいいというわけでもなく、一瞬だが足を止めて躊躇させられる事になる。
「今だ!行けレイマート!」
アゲハの合図にレイマートは身を翻(ひるがえ)して走り出した。
行く手を阻むように帝国兵達が斬りかかってくるが、いかに体力を消耗していようと、レイマートはゴールド騎士!
「邪魔だッツ!」
敵の剣を躱すと、鎧の隙間を縫ってその脇腹に剣を突き立てる。
そのまま剣を引き抜くと、後ろで槍を持つ兵の腕を切り落とし、その喉を斬り裂いた。
「アゲハ!」
レイマートが振り返り声を上げると、追い迫る帝国兵達に風の斬撃をぶつけながら、アゲハも後退を始めていた。
「私は大丈夫だ!すぐに追いつく!」
自分にかまわず先に行け!そう告げるアゲハの意をくみ、レイマートは今度こそ振り返らずに走り出した。
もう闘気を出せる程の体力は残っていない。今の自分が残って二人一緒に脱出する事を試みるよりは、アゲハ一人の方が動きやすいだろう。
そう判断して、レイマートは自分がこの場を切り抜ける事に集中する事にした。
帝国兵の多くはアゲハの前に立っていたため、レイマートを追いかける者は比較的少ない。
万全の状態であれば、雑兵が何百人かかって来ようが敵ではない。だが体力を大きく消耗した今、周囲に気を配りながら戦う余裕は無い。
背中を追ってくる帝国兵達を斬り捨てながら、レイマートは戦場を脱した。
そしてレイマートを脱出させるために、一人で帝国兵の足止めをしながらじりじりと後退していたアゲハは、頃合いを見て自分もこの場を離脱しようと、長刀に一段大きい風を集めた。
そして風の一撃を放とうとしたその時・・・・・
「ハァァァァァーーーーーーー・・・ッ!?」
目の前に立ちはだかった兵士達が、突然左右に分かれて道を作った。
そして開かれたその道を、一人の男がゆっくりと歩き近づいて来た。
襟足の長い金色の髪、やや吊り上がった青い目は、感情の色を浮かべずにアゲハをじっと見据えている。
「帝国を離れても腕は鈍ってないようだな、元師団長のアゲハさん」
「・・・出てきたか。ずっと後ろで見てればいいのに」
ジャロン・リピネッツは兵士達が開けた道を歩き出ると、アゲハから十メートル程距離を空けて足を止めた。
その手には刃渡り二十センチほどの古びたナイフが握られており、それ以外には武器らしい物を持っていない。
「・・・それがお前の武器か?」
師団長が持つとは思えない、あまりに古びたみずぼらしい武器だった。いや、みすぼらしいどころではない。汚れも錆も多く、更にところどころ刃こぼれもしている。戦闘はおろか、野菜の一つも切れるとは思えない。骨董品屋で埃をかぶっていた物を引っ張り出してきたような、そんな代物だった。
見た目で判断してはいけない事は十分に承知している。だがそれを踏まえてもあまりに酷い武器を持っていたため、思った事がそのまま口をついて出た。
「そうだ。これが俺の武器だ」
だがジャロン・リピネッツは言われ慣れているのか、それとも別の思惑があるのか、いずれにせよアゲハの言葉をまともに取り合う事はしなかった。
ただ、これが自分の武器であるという事実だけを口にすると、止めていた足を前に動かし、一歩、また一歩とアゲハに近づいて来た。
この時アゲハは背筋にゾクリとした悪寒が走った。
ジャロン・リピネッツとの距離が縮まってくるにつれ、その悪寒はどんどん強くなる。
緊張からか、心臓を打つ鼓動も早くなり、額から流れた汗が頬を伝い落ちる。
・・・・・なんだ、これは?
ジャロン・リピネッツとは、これほど強烈なプレッシャーを放つ男だったのか?
いや、違う!これは・・・あのナイフだ!あのナイフから異様な圧力が発せられているんだ。
あれはただの古びたナイフじゃない、なにか恐ろしい力を秘めているんだ。
それがお前の武器か?なんて、私は何を寝ぼけた事を口走っていたんだ?
師団長であるジャロン・リピネッツが持っている以上、それがただの鉄くずであるはずがない。
当然の事だった。
とにかくまずい、あのナイフ、見た目は何かが切れるとは思えない程錆びている。だが駄目だ、あのナイフは触れる事さえ危険だ、とにかく全て躱すんだ、そうしなければまずい!
「考え事は終わったか?」
その瞬間だけ、戦場が水を打ったように静まり返った。
決して大きな声ではなかったが、不思議とジャロン・リピネッツの声は聞こえ良く耳に入った。そして私がその言葉を認識した次の瞬間、いつの間にか手を伸ばせば届く距離まで近づいていたジャロン・リピネッツは、右手に握る古びたナイフを掲げて私の頭に振り下ろした!
なにッ!?いつの間にこんなに接近していたんだ!?
ジャロンの武器に注意を払った事は確かだが、こいつから視線を切ってはいない!
一瞬でここまで距離を詰めて・・・ッ!
脳天目掛けて振り下ろされたナイフを、首を捻って躱す?後ろに下がって躱す?それとも薙刀で受け止める?
「くっ!」
様々な選択肢が同時に頭に浮かんだが、私はこのナイフは絶対に触れてはいけない、むしろ薙刀の刃や柄で受ける事さえ危険だと判断した。
だから一歩大きく後ろに飛んで、身を引く形で躱した。だがこの一撃がかわされる事は想定内だったのか、ジャロンは迷いの無い動きで地面を蹴って、ぐんと前に出て距離を詰めて来た。
「チィッ!」
さすがに読まれているか!だが体一つ分でも距離が空けば、長物を持つ私が有利だ!
ナイフを順手に脇の下で持ち構え、迫り来るジャロン・リピネッツに、私は地面を後ろに蹴りながら腰を左に回して、薙刀の石突をジャロンの顔面目掛けて振り抜いた!
入った!
申し分のないタイミングだ!
地面を蹴って加速した瞬間に合わせているんだ、これは躱せるはずがな・・・ッ!?
だがアゲハの石突は空を切った。
ジャロン・リピネッツの頭は、ソレを避けるために頭を下げのではなく、まるで最初からその動きをとっていたかのように、石突がぶつかるより先に至極自然に頭が下がった。
「なにッツ!?」
バ、バカな!今のタイミングでなぜ躱せる!?
いや、躱したというより、今のは最初から何もない空間に向けて、私が石突を振るったようにも見える。
それにこの男、私の振るう薙刀を全く見てもいなかった。視線の一つも向けずに、まるで当然そうするように、最初からそう動いていたように頭を下げたぞ?
どういう事だ?私が距離感を間違えたのか?いや、ありえない!この距離で見誤るなど絶対にない!
やはりこいつだ!この躱し方は普通じゃない!
石突が空振りをした事で、アゲハの体勢は大きく崩れてしまった。
上半身が大きく振られてしまった事により、一瞬だがジャロン・リピネッツに背を向ける形となった。
この隙は極めて大きく、すでに距離を詰めていたジャロン・リピネッツは、当然その背中を目掛けて、手にしているナイフを突き出した。
「あっけなかったな」
背に届いたのはゾッとするような、低く冷たく、そして無機質な声だった。
この時アゲハの全細胞が感じたものは、明確な死だった。
自分の命を奪うであろうナニかをこの背に突き立てられる。それをこの肌が、細胞が、アゲハの全身が感じ取った。
ま、まずい!あのナイフで刺されたら本当にヤバイ!くそっ、やるしかない!
「ッ!アァァァーーーーーーーーッツ!」
「っ・・・・・?」
手にしたナイフがその背中を刺したと思ったその時、アゲハの体が一瞬強い緑色の光を放った。
そしてまるで煙のように、ジャロン・リピネッツの目の前から消えたのだった。
空を切った古びたナイフを不思議そうに見つめ、ジャロン・リピネッツは周囲を見回した。
「・・・・・消えた?」
たった今まで戦っていた黒髪の女が消えた。それは目に見えない程の超スピードで躱したというものではない。文字通り消えたという表現が正しい。
そして少なくとも、ジャロンの目に見える範囲には、アゲハの姿は影も形も残っていなかった。
「さすがは元師団長って事ですかね?何をしたか分かりませんが、どうやら逃げられたみたいですね」
戦いを見ていたトリッシュは、今はここまでだと判断した。ジャロンに限らず、後方で見ていたトリッシュを含む全兵士が、アゲハの動きを捕捉する事ができなかったからだ。
今日はここまでですよ?
そう視線で告げるトリッシュに、ジャロンは少しだけ考えるそぶりを見せた後、ゆっくりとうなずき口を開いた。
「・・・・・陽が落ちるな、全員テントを使え。今日はここまでだ」
もう夜が来る。
ここからは闇の主の時間なのだ。
パウンド・フォーでの戦い、その1日目の終わりを告げた。
自分の背丈よりもはるかに大きい得物を横一線に振り抜くと、刃先に纏う緑色の風が撃ち放たれる!
剣や槍を構えて向かってくる帝国兵達だが、アゲハの風の一撃は凄まじく、荒ぶる風によって抵抗すらままならずに吹き飛ばされる。
風の一撃は帝国兵達を怯ませるには十分な威力だった。
剥き出しの戦意を見せていた帝国兵だが、数にものを言わせて飛び掛かればいいというわけでもなく、一瞬だが足を止めて躊躇させられる事になる。
「今だ!行けレイマート!」
アゲハの合図にレイマートは身を翻(ひるがえ)して走り出した。
行く手を阻むように帝国兵達が斬りかかってくるが、いかに体力を消耗していようと、レイマートはゴールド騎士!
「邪魔だッツ!」
敵の剣を躱すと、鎧の隙間を縫ってその脇腹に剣を突き立てる。
そのまま剣を引き抜くと、後ろで槍を持つ兵の腕を切り落とし、その喉を斬り裂いた。
「アゲハ!」
レイマートが振り返り声を上げると、追い迫る帝国兵達に風の斬撃をぶつけながら、アゲハも後退を始めていた。
「私は大丈夫だ!すぐに追いつく!」
自分にかまわず先に行け!そう告げるアゲハの意をくみ、レイマートは今度こそ振り返らずに走り出した。
もう闘気を出せる程の体力は残っていない。今の自分が残って二人一緒に脱出する事を試みるよりは、アゲハ一人の方が動きやすいだろう。
そう判断して、レイマートは自分がこの場を切り抜ける事に集中する事にした。
帝国兵の多くはアゲハの前に立っていたため、レイマートを追いかける者は比較的少ない。
万全の状態であれば、雑兵が何百人かかって来ようが敵ではない。だが体力を大きく消耗した今、周囲に気を配りながら戦う余裕は無い。
背中を追ってくる帝国兵達を斬り捨てながら、レイマートは戦場を脱した。
そしてレイマートを脱出させるために、一人で帝国兵の足止めをしながらじりじりと後退していたアゲハは、頃合いを見て自分もこの場を離脱しようと、長刀に一段大きい風を集めた。
そして風の一撃を放とうとしたその時・・・・・
「ハァァァァァーーーーーーー・・・ッ!?」
目の前に立ちはだかった兵士達が、突然左右に分かれて道を作った。
そして開かれたその道を、一人の男がゆっくりと歩き近づいて来た。
襟足の長い金色の髪、やや吊り上がった青い目は、感情の色を浮かべずにアゲハをじっと見据えている。
「帝国を離れても腕は鈍ってないようだな、元師団長のアゲハさん」
「・・・出てきたか。ずっと後ろで見てればいいのに」
ジャロン・リピネッツは兵士達が開けた道を歩き出ると、アゲハから十メートル程距離を空けて足を止めた。
その手には刃渡り二十センチほどの古びたナイフが握られており、それ以外には武器らしい物を持っていない。
「・・・それがお前の武器か?」
師団長が持つとは思えない、あまりに古びたみずぼらしい武器だった。いや、みすぼらしいどころではない。汚れも錆も多く、更にところどころ刃こぼれもしている。戦闘はおろか、野菜の一つも切れるとは思えない。骨董品屋で埃をかぶっていた物を引っ張り出してきたような、そんな代物だった。
見た目で判断してはいけない事は十分に承知している。だがそれを踏まえてもあまりに酷い武器を持っていたため、思った事がそのまま口をついて出た。
「そうだ。これが俺の武器だ」
だがジャロン・リピネッツは言われ慣れているのか、それとも別の思惑があるのか、いずれにせよアゲハの言葉をまともに取り合う事はしなかった。
ただ、これが自分の武器であるという事実だけを口にすると、止めていた足を前に動かし、一歩、また一歩とアゲハに近づいて来た。
この時アゲハは背筋にゾクリとした悪寒が走った。
ジャロン・リピネッツとの距離が縮まってくるにつれ、その悪寒はどんどん強くなる。
緊張からか、心臓を打つ鼓動も早くなり、額から流れた汗が頬を伝い落ちる。
・・・・・なんだ、これは?
ジャロン・リピネッツとは、これほど強烈なプレッシャーを放つ男だったのか?
いや、違う!これは・・・あのナイフだ!あのナイフから異様な圧力が発せられているんだ。
あれはただの古びたナイフじゃない、なにか恐ろしい力を秘めているんだ。
それがお前の武器か?なんて、私は何を寝ぼけた事を口走っていたんだ?
師団長であるジャロン・リピネッツが持っている以上、それがただの鉄くずであるはずがない。
当然の事だった。
とにかくまずい、あのナイフ、見た目は何かが切れるとは思えない程錆びている。だが駄目だ、あのナイフは触れる事さえ危険だ、とにかく全て躱すんだ、そうしなければまずい!
「考え事は終わったか?」
その瞬間だけ、戦場が水を打ったように静まり返った。
決して大きな声ではなかったが、不思議とジャロン・リピネッツの声は聞こえ良く耳に入った。そして私がその言葉を認識した次の瞬間、いつの間にか手を伸ばせば届く距離まで近づいていたジャロン・リピネッツは、右手に握る古びたナイフを掲げて私の頭に振り下ろした!
なにッ!?いつの間にこんなに接近していたんだ!?
ジャロンの武器に注意を払った事は確かだが、こいつから視線を切ってはいない!
一瞬でここまで距離を詰めて・・・ッ!
脳天目掛けて振り下ろされたナイフを、首を捻って躱す?後ろに下がって躱す?それとも薙刀で受け止める?
「くっ!」
様々な選択肢が同時に頭に浮かんだが、私はこのナイフは絶対に触れてはいけない、むしろ薙刀の刃や柄で受ける事さえ危険だと判断した。
だから一歩大きく後ろに飛んで、身を引く形で躱した。だがこの一撃がかわされる事は想定内だったのか、ジャロンは迷いの無い動きで地面を蹴って、ぐんと前に出て距離を詰めて来た。
「チィッ!」
さすがに読まれているか!だが体一つ分でも距離が空けば、長物を持つ私が有利だ!
ナイフを順手に脇の下で持ち構え、迫り来るジャロン・リピネッツに、私は地面を後ろに蹴りながら腰を左に回して、薙刀の石突をジャロンの顔面目掛けて振り抜いた!
入った!
申し分のないタイミングだ!
地面を蹴って加速した瞬間に合わせているんだ、これは躱せるはずがな・・・ッ!?
だがアゲハの石突は空を切った。
ジャロン・リピネッツの頭は、ソレを避けるために頭を下げのではなく、まるで最初からその動きをとっていたかのように、石突がぶつかるより先に至極自然に頭が下がった。
「なにッツ!?」
バ、バカな!今のタイミングでなぜ躱せる!?
いや、躱したというより、今のは最初から何もない空間に向けて、私が石突を振るったようにも見える。
それにこの男、私の振るう薙刀を全く見てもいなかった。視線の一つも向けずに、まるで当然そうするように、最初からそう動いていたように頭を下げたぞ?
どういう事だ?私が距離感を間違えたのか?いや、ありえない!この距離で見誤るなど絶対にない!
やはりこいつだ!この躱し方は普通じゃない!
石突が空振りをした事で、アゲハの体勢は大きく崩れてしまった。
上半身が大きく振られてしまった事により、一瞬だがジャロン・リピネッツに背を向ける形となった。
この隙は極めて大きく、すでに距離を詰めていたジャロン・リピネッツは、当然その背中を目掛けて、手にしているナイフを突き出した。
「あっけなかったな」
背に届いたのはゾッとするような、低く冷たく、そして無機質な声だった。
この時アゲハの全細胞が感じたものは、明確な死だった。
自分の命を奪うであろうナニかをこの背に突き立てられる。それをこの肌が、細胞が、アゲハの全身が感じ取った。
ま、まずい!あのナイフで刺されたら本当にヤバイ!くそっ、やるしかない!
「ッ!アァァァーーーーーーーーッツ!」
「っ・・・・・?」
手にしたナイフがその背中を刺したと思ったその時、アゲハの体が一瞬強い緑色の光を放った。
そしてまるで煙のように、ジャロン・リピネッツの目の前から消えたのだった。
空を切った古びたナイフを不思議そうに見つめ、ジャロン・リピネッツは周囲を見回した。
「・・・・・消えた?」
たった今まで戦っていた黒髪の女が消えた。それは目に見えない程の超スピードで躱したというものではない。文字通り消えたという表現が正しい。
そして少なくとも、ジャロンの目に見える範囲には、アゲハの姿は影も形も残っていなかった。
「さすがは元師団長って事ですかね?何をしたか分かりませんが、どうやら逃げられたみたいですね」
戦いを見ていたトリッシュは、今はここまでだと判断した。ジャロンに限らず、後方で見ていたトリッシュを含む全兵士が、アゲハの動きを捕捉する事ができなかったからだ。
今日はここまでですよ?
そう視線で告げるトリッシュに、ジャロンは少しだけ考えるそぶりを見せた後、ゆっくりとうなずき口を開いた。
「・・・・・陽が落ちるな、全員テントを使え。今日はここまでだ」
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