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7話
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────燃え盛る。
そこは、文字通り火の海だった。
でも、あるべき筈の『熱さ』がそこにはない。
がらがらと音を立てて崩れ落ちる建物の音。
燃え盛る炎の音が忙しなく耳朶を打つ。
確かなリアリティがあって、時折聞こえてくる人の悲鳴にも、嘘はなかった。
なのに私は────カレン・ルシアータは本来感じるべき筈の『熱さ』を感じられなかった。
まるで、自分が幽霊にでもなかったかのような錯覚を抱く。
俯瞰的。
第三者視点。
まるで────そう、この光景を私は見させられているような、そんな気がする。
私の意思とは関係なしに周囲の光景の時は進み、移り変わってゆく。
これは…………〝夢〟、なのだろうか。
ひとまず私は、この燃え盛る火の海の中を歩く事にした。
そして歩いて、歩いて、歩き続けて。
凄惨な光景の数々を目の当たりにしながら、私はソコにたどり着いた。
────どくん。
不意に心臓が大きく脈を打った。私の中の冷静さが、猛烈な速さで削り取られていく。
『…………ぁ』
漏れ出た声。
しかし、私の声は誰の耳にも届かない。
「────!!!」
言葉にならない嗚咽をあげながら膝をつき、絶望に身を埋めるゼフィールと、血の海に沈むバレンシアード公爵には届かなかった。
『……なん、で』
────思い出す。
これは……そう、思えばこれは、魔法使いが起こした暴走による惨劇。
それに、よく似ている。
だが、私という存在が介入した事でゼフィールの魔法の制御は本来よりもずっと安定していた筈だ。暴走が起きる可能性は限りなくゼロに近かった筈。
でも、この状況からして暴走を起こしたのは、ゼフィールだ。
どう、して。
どうして、こうなった?
そもそもこの夢はどういう事だ?
これから起こる未来の暗示?
それとも、本来起こるべき筈だった未来の話?
『……嗚呼、でも。バレンシアード公爵が、原作にいなかった理由はこれなんだ』
彼の息子であり、〝クラヴィスの華〟におけるヒーローの一人でもある公爵とゼフィールの仲が険悪な理由も、恐らくこれが理由ではないだろうか。
状況から判断するに、バレンシアード公爵はゼフィールを助けようとしたのだろう。
そして、暴走状態にあったゼフィールはバレンシアード公爵を殺してしまった。
……嗚呼、確執が起こるのは当然だ。
原作では語られなかったが、この仮定が正しいのならば、ああなって当然だ。
何より、ゼフィールがこの一件を重く受け止めていればいるほど、ああも人を寄せ付けなかった理由にも合点がいく。
本来、優しい性格だったゼフィールは、己と関わる事で誰かが不幸になると思い込んでいたのかもしれない。
────助けなきゃ。
『助けなきゃ』
無駄と分かっていて尚、私は彼らに手を伸ばす。万能な主人公でも、魔法使いでもない私に、彼らを助ける術はない。
でも、それでもと私は手を伸ばし────そこで、私の夢は途切れ現実に引き戻された。
†
「────っ、はっ、はっ、はっ………は……ぁ」
意識が覚醒すると同時、私は勢いよく上体を起こした。
過去一番で最悪な目覚めだった。
気持ち悪い汗が身体中に流れている気がする。
「……で、も、どうしてああなったんだろう」
気になる事は他にも色々ある。
だが、それら全てを差し置いて、一番はやはりどうしてああなってしまったのか。
仮にこれから起こる未来を暗示した夢であったとして────それは、土台おかしな話なのだ。
私は八年後に確立された知識を八年前の今、持っている。そしてそれを、既にゼフィールに教えた。
魔法使いの唯一の欠点である、暴走が起こる確率は極めて低くなっている筈なのだ。
そもそも、魔法使いながら塔に隔離された事で普段から魔法をほとんど一切使っていないゼフィールが、使用過多が原因の一つに挙げられる暴走に見舞われる筈がないのだ。
なのにどうして、
「…………意図的に、起こされた?」
辿り着いた一つの可能性。
あれは、誰かしらの思惑によって意図的に引き起こされたものであったならば?
「いや、そもそも暴走を意図的に引き起こすなんて、そんな事が────」
言葉が止まる。
そういえば、あった。
明らかにBADエンド一直線の√だったから、私は深く掘り下げる前に他の選択肢を選んで回避してしまったけど、確か意図的に魔法使いの暴走を引き起こそうと試みた人間がいた。
その人は、魔法使いを執拗に恨んでいた。
理由は、人生を壊されたからだなんだとそんな理由だった気がする。
確か名前は、
「ウェルバ。そう、ウェルバって名前だった」
カレン・ルシアータとは違って、顔グラが用意されていた悪役キャラ。
聖女候補であった主人公の力を独り占めしようとしていた悪い奴。
顔は醜悪な老人で……あぁ、だめだ。靄がかっていてちゃんと思い出せない。
「……取り敢えず、ゼフィールに確認しなきゃ」
ここ数週間の間で、ほんの少しだけ態度が軟化────した気がする、ような気もしなくもないゼフィールに確認を取るべく、私は飛び出すように部屋を後にした。
だが、
「ん? どうしたカレン嬢、そんなに慌てて」
私を出迎えてくれたのはゼフィールではなく、バレンシアード公爵だった。
「あ、の、ゼフィールは?」
「ゼフィール? あいつなら、ハーヴェンの爺になんか呼ばれたらしくてな。王城に出向いてる筈だぜ。ったく、あの爺は胡散臭えからおれもついてくって言ったのにあいつったら相変わらず強情でよ」
「ハーヴェンの爺、ですか」
四大公爵家に数えられるハーヴェン公爵家の人間の事だろう。
原作ではルシアータ公爵家よりも影が薄かった為、ハーヴェン公爵家に関する知識は殆どないんだけれども、
「ああ。ウェルバ・ハーヴェン。魔法使い嫌いの爺がゼフィールを呼び出すなんざ、きな臭えにも程があるだろ。カレン嬢も、あんな奴は閣下って呼ばずにハーヴェンの爺って呼んでやれ。なに、おれが許────」
「今、ウェルバとおっしゃいましたか……?」
思わず自分の耳を疑った。
「ウェルバ・ハーヴェン。ハーヴェン公爵家の現当主の名前だが、それがどうかしたか?」
頭の中が混乱する。
情報が錯綜する。
私の記憶が間違ってる────?
……いや、それはない。
作中で何度も登場してきた悪役の名前を、間違っているとは思えない。
だったら、同名の人物?
……バレンシアード公爵が、魔法使い嫌いという情報を口にした以上、恐らくその可能性は極めて低いだろう。
何より、
「バレンシアード公爵閣下。急用ができたので、これにて失礼いたします」
ウェルバ・ハーヴェンの名を聞き返した際、僅かながらバレンシアード公爵の顔が強張った。
きっとそれは、彼に対して何らかの感情を抱いていたから。
「お、ぃっ、ちょ、カレン嬢!?」
目的地を城へと変更し、来た道を引き返す。
だけど、普段とは明らかに様子が違う私を心配してか、慌ててバレンシアード公爵が後ろから追いつき、先回りをして私の前に立ち塞がった。
「ごめん、なさい、今、急いでるんです」
「……ウェルバ・ハーヴェン。この名前を出した途端、カレン嬢の様子が急変した。質問に答えてくれねえ事には退けねえ。カレン嬢。あんたは一体、何を知ってる? ハーヴェンの爺の、何を知ってる?」
……反応があからさま過ぎたのがまずかったか。いや、でも、ウェルバの名前を唐突に聞いて、冷静でいられる方がどうかしてる。
その上、今そのウェルバからゼフィールが呼び出されている。
夢に見たあの光景は、いつ起こるものなのか。そこまで私には知らせてくれなかった。
もしかするとあれは、今日これから起こる出来事かもしれない。そう考えると、やはり時間はない。一刻を争う事態だ。
城の内外に敵はいると思ってはいたけど、まさか四大公爵家の中に敵がいるとは思いもしてなかった。
でも、ウェルバがハーヴェン公爵家の人間であるならば、色々と納得出来る部分もある。
おそらく彼は、ハーヴェン公爵家を追われ、その過去は強引に誰かしらの手で消されたのだろう。
だから、原作でもまるで意図したようにハーヴェン公爵家の名前だけは殆ど出てこなかった。
そう考えれば原作の流れにも納得ができてしまう。
「まさか、ゼフィールに近付いたのも……いや、あれはおれが主導した事だ。カレン嬢がどうこう出来たもんじゃねえ。だが、明らかに様子が一変してた」
独白するように、バレンシアード公爵の口から呟きが漏らされる。
「……頼む。ハーヴェンの爺について何かを知ってるなら、教えてくれ。その情報の出どころは聞かねえ。カレン嬢がどうして知ってるのかも聞かねえ。だから、何か知ってるなら教えてくれ」
その声音は、真剣そのものだった。
「どう、して」
ウェルバの名前で急変した私の様子が気になっているだけの熱量ではない何かがそこにはあった。
まるで、随分前からウェルバについて引っかかっていたかのような物言いだった。
だから、私は疑問を投げかけてしまった。
「この際だから言っちまうが、おれもあいつについては調べてたんだ。十五年前の魔法使いによる事件。あれは、ゼフィールの伯父が暴走をした事になってるが、真実はちげえ。確かな証拠がなかったせいで取り合って貰えなかったが、あれは誰かが意図的に引き起こした暴走だ。おれはそれを知っていたのに、その事実を認めさせる事が出来なかった。幼馴染の無念を、おれは未だに晴らす事が出来ずにいる……!! そしてそれに、ウェルバが関わっている可能性が高い事までは辿り着けた。だが、それ以上はどれだけ調べても分からなかった。頼む。この通りだ!! 何かを知ってるなら教えてくれ、カレン嬢!!」
いつだったか、バレンシアード公爵は言っていた。己は、本当の意味でゼフィールの理解者になれないと。
……恐らく、これが理由なのだろう。
彼は、己の幼馴染であり、ゼフィールの伯父の無念を晴らせる立場にいながら晴らせなかった。その贖罪としてゼフィールの世話を焼いていたのだろう。
だから、あの夢で見た光景のように、彼の為に命すら投げ出せたのだろう。
全ては、申し訳なさゆえに。
こんな権力もない子供に、真摯に頼み込んでくるバレンシアード公爵を前にして、私は全てを話そうか悩んだ。
荒唐無稽な話。
けれども、彼には話すべきではないだろうか。
だけど、どう言えばいいんだ。
原作を知っているからとでも言えばいいのか。……いや、それは出来ない。
でも、ここまでされてだんまりを決め込むのは気が引けた。それに、付き合いは短いけれど、バレンシアード公爵の性格を私は知っている。彼が、ゼフィールにとって必要な人である事も。
ここで私が情報を伝える事で、彼が生存してくれるのなら。
「……夢を、見たんです」
「夢?」
「王城が、火の海に包まれてたんです。そこの中心には、ゼフィールと、バレンシアード公爵閣下がいて。ウェルバという名前の人が、魔法使いの暴走を引き起こす手段を持っていて。確か……、このくらいの大きさの鉱石を使って引き起こしていた筈、です」
後者は原作知識を持つ私なりに付け加えた話。
夢を見た、だなんて話が証拠になる訳がない。しかし、懸念が確かであるならば、ウェルバは原作と同様に魔法使いの暴走を引き起こそうとしたのかもしれない。
原作を知っているからこそ、その原因も、止め方も私は知っている。
だけど、私はユリアじゃない。
あれは主人公であったから止められただけで、私が同じ事をして止められる保証はない。
だから、今はバレンシアード公爵にも協力して貰おう。
「……分かった。信じるぜ、その話。何より、そうでもなきゃ、あんな焦燥に駆られた顔になる訳ねえしな。取り敢えず、ウェルバの下に行く」
私は、バレンシアード公爵と共に王城へと向かった。しかし、そこには呼び出された筈のゼフィールも、ウェルバも何処にもいなかった。
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