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番外編
諸事情による番外編1
しおりを挟む——ねえ。
——ねぇってば。
「ねぇ、ナガレ。起きてってば」
耳元で囁く声によって意識が覚醒して行き、まどろみの淵で揺蕩っていた俺の意識は無情にも引きずり出された。
辺りはまだ暗い。
24時間表記でいえば恐らく朝の4時くらいな気がする。
目が覚めた俺の目の前にあったのはシヴィスの顔。
しかもドアップ。もし俺が驚いて身体を跳ねさせていたら接吻の1つや2つ起こったかもしれない。
だが生憎とシヴィスに恋愛感情は抱いていない。ゆえに冷静。
それでも、女の匂いというのは本能的に男を惑わすようで本音を言えば今すぐにでも離れて欲しかった。
「……まだ外は暗いぞ」
「うん、良いの。この時間帯なら誰にも邪魔されないで済むと思って起こしたんだから」
「……は?」
「ナガレってばいつまで経ってもあたしをお手つきにしてくれないから、もう決めたの。あたしからお手つきにされに行こうって」
「おい、意味がわからん。何があったシヴィス。お前変だぞ」
明らかに雰囲気が可笑しい。
薬でも盛られたか、もしくは酒にでも酔ってるのか。
今のシヴィスはまともな判断を出来ていない。
そう確信した俺は寝ていたベッドから逃げ出し、窓へと向かおうとするが——
バンッと強くシヴィスが壁を叩き、ベッドから逃げ出す間も無く立場逆転の壁ドン状態が出来上がる。
流れるように口元を俺の耳元に再度寄せ、息を吹きかけるように小さな声で言い放つ。
「ねぇ、大好きって言って」
「はぁ?」
意味がわからん。
もう一度俺はその言葉を使おうとするも、先手を打つかのように普段のシヴィスからは考えられないドスの効いた低い声で三度目はないぞと威圧を込めて囁かれる。
「——大好きって言って」
「うぐっ」
力でどうにかしていい相手でもなし。
しかし、今のシヴィスには力でどうにかならない気もする。
だが俺は残念ながらシヴィスに恋愛感情を抱いていない。
だから当たり障りない返事を返そうと決める。
今後に響いたとしてもさして問題の無い言葉を。
「お、お前の事は大切だ! 感謝だってしてる! 好きか嫌いかと言えば——あがっ?!」
ガリッと。
当たり障りのない返事をしている最中にシヴィスが俺の耳たぶにかぶりつき、今まで感じたことのない変な感覚に声を上げてしまう。
「お前じゃない。シヴィス。次、名前で呼ばなかったらキスマーク付けるから」
「わかった。すまなかったシヴィス」
光を失ったシヴィスの瞳。
あの目は、ガチだ。
あいつ、マジでキスマークをつける気だと察した俺は素早く指示に従う。ローレンとの鍛錬の際には上の服を脱ぐ事も多い。
その際にからかわれる事は火を見るよりも明らかだ。
やべえ。
まじで逃げたい。
そう思っても許してくれないのが今のシヴィスだ。
出来る限りシヴィスの求める答えを言い続けなければ今日の俺が死ぬ。
「じゃないでしょ」
俺の中では完璧とも思えた返事だったというのに、それすらも否定する。だがさっきとは違い、出来の悪い子供を諌める慈愛に満ちた母親のように優しく、囁きかける。
まるでそれは俺を洗脳するかのように。
「ごめん。僕は世界で一番シヴィスが大好きだから。一生愛してあげるから許してくれ。でしょ? ほら、言い直して」
ハードルが一気に100段くらい上がった。くそ!!
だが流石にハーヴェン子爵領いちキザな男と名高い俺をもってしてもそのセリフは恥ずかし過ぎる。
どうにかしてこの場を乗り切る方法を……!
などと周りを見渡してみるが、そもそも準備万端でこの場、この状況を作り出したシヴィスが俺にとって有用なものを放置しておく筈がない。
どうしたものか。
数秒考えてる間にも、シヴィスは早くと急き立てる。
「あたしに愛を囁くのと、キスマーク付けられるのどっちがいい? 特別にナガレがあたしにキスマーク付けるって選択肢も追加してあげる」
だからハードル上げんなっと俺は心の中で叫び回る。
だが、シヴィスと言う名の悪魔はじりじりとにじり寄るように耳元から首筋へ顔を近づけていく。
これは、もう師匠の玩具化決定か?!
そう思われた時だった。
顔を近づけていたシヴィスが身体を硬直させる俺を想ってか、キスマークなんてとんでもないものをつける前に思いとどまり——
更に追い討ちをかけてくる。やはり悪魔だった。
「ナガレも素直になれば良いじゃない」
何のことかと思った。
のは、その時だけで。
「ナガレってたまにあたしを女として見てるでしょ。顔を近づけたらすぐに離れようとするし、暑いからメイド服の丈を短くしてみたらその日に注意してくるし。ねえ、ナガレもあたしの事好きでしょ? 受け入れてよ。両手をあたしの首に回してくれるだけで良いの。そしたらスッゴイの付けてあげるから」
覚えがあり過ぎて俺の頭の中は真っ白になる。
シヴィスは可愛い。そりゃ手元に置いておけるのなら置いておきたいし、出来る事ならもっと仲良くもなりたい。
それでも、シヴィスの事を考えるなら、俺は距離を取るべきなのだ。俺の本質的なものもある。だが、一番に身分差だ。
辛い思いをするのはシヴィスだけ。
だったら、最初から適度に距離を保って置いた方が彼女のためだ。
だけど、いつの間にか膨れ上がっていたシヴィスの想いは大き過ぎた。俺自身、この気持ちを受け入れようとは思っていなかったが、もう受け入れなければいけないんじゃないか。
こうなったのは俺の責任じゃないのか。
そんな疑問が頭の中を巡ると共にまともな思考回路がショートしていく。
気づけば俺は、シヴィスの長いサラサラとした髪に指を絡ませつつも両腕を華奢な首元へ回していた。
「そう、それで良いの。今のナガレの心はあたしだけのもの」
俺自らの意思でシヴィスにキスマークを付けて貰おうとするかのように力をわずかに込めて首筋をさらけ出す。
次第に近づく距離。
その時だった。
「おい坊!! 今日こそ一緒に鍛錬しようぜえええええ!!」
べろんべろんに酔っていたのか。
顔が真っ赤。赤鼻のトナカイのようなお鼻のボルグが勢いよく俺の部屋の扉を押し開けた。
何度も言うが、時刻は4時頃である。
「…………」
ボルグのお陰で目が覚めた俺は慌ててシヴィスから離れ、取り敢えず脱走をはかるべく窓の鍵を即座に開けにかかる。
対するシヴィスはといえば、今までにないほどに怒りを立ち込めているというか。無言過ぎて超怖かった。
「おぉ? シヴィスちゃんもいんじゃねえかあ! こりゃ3人で鍛錬するしか——」
「ボルグさんの、」
ん? と普段と様子の違うシヴィスにボルグが疑問に思うも、すでに時遅し。
「馬鹿ああああああッ!!!」
「がはぁッ——?!」
ガシャーンと蹴り飛ばされたボルグはドア越しにある窓を、蹴りの勢いを殺しきれず粉砕しながら遠くに蹴り飛ばされる。
「おいおいおい、ボルグを1発KOとか強いってレベルじゃねえだろ?!」
ボルグの勇姿は忘れない。
あの一瞬の時間で窓は開けきり、既に縁に足をかけていた。
俺の勝ち。
そう確信した俺は絶対悪くない。
「あはー。気持ちの良い朝だと思わない? ナガレ」
コイツが窓の向こうに潜んでたなんて聞いてない。
俺が唯一、絶対に勝てないと思わされた男であり、師匠である人間。
ここで問題。
ローレン=ヘクスティアにとって出来の悪い弟子である俺と。
目に入れても痛くないなんて言っていたシヴィス。
さて、どちらを味方するでしょうか。
答えは——
「ローレンさんナガレを捕まえて。逃げようとした罰として今から既成事実作るから」
「ほいほい、ナガレを捕まえるくらいなら5秒だよ」
「だよなあッ!!!」
足に〝神秘〟を纒って俺は駆け出す。
もはや手段は選んでられないのだ。
「誰が纒いを教えたと思ってるんだか」
師匠は言っていた。
俺はなにかを守る為になら無類の力を発揮すると。
天才に並べると。
であるならば。
俺の貞操。安寧。俺の世界平和を守る為に逃げれば誰も追いつける筈がないのだ。
そう思うとなんでも出来そうな気がしてきた。
何が師匠だ。何が貪狼だ。
カッコイイ名前ぶら下げやがって!!
今回ばかりは勝てる!
俺の輝かしい1勝目だ!
「オレを出し抜きたかったら後10年は鍛錬しな?」
「……だよな。知ってた」
ごめんなさい。
調子こいてました…。
呆気なくガシリと首根っこを掴まれ、シヴィスの下へと連行される。
「おかえりナガレ」
「……ただいま」
返事しないと殺されそうな勢いだったから仕方なくだ。
そう、仕方なく。言い訳でもしないと色々と耐えられない。
「じゃ、部屋に戻るわよ?」
「い、嫌だあああああああァァッ!!!」
そして俺は部屋へと連行され——。
「——はっ?!」
後戻りできないところまでいったところで漸く目がさめる。
「な、なんだ。夢か……」
びしょりと背中に気持ち悪い汗が流れ、寝巻きが湿気ている。
「にしても、なんつー夢を見てるんだか」
辺りは明るい。
もう昼前か。寝すぎたなと自責するナガレは気づかない。
いや、気づけない。
ドア越しに、楽しそうにふふっと笑う女性がいた事を。
彼の災難は、まだ始まってもいないのだから。
———————————
あとがき
タイトルの通りっす。
近況ボードに書いた通りです。
作者迷走中。少し時間くだせえ。
たまーにこうやって番外編って形で更新はするかも、しれない!!
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