悪徳領主の息子に転生しました

アルト

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1章

1話 転生1日目にして現実逃避したい

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 スライドショーに映されるが如く頭に流れてくる記憶の奔流。
 凡人に生きた一人の男の生の記憶と、傲慢に生きた一人の少年の記憶が交錯し、溶け込んでいく。


 少年の記憶を土台として、男の記憶がそれを上書きする。
 自我を確立したのは後者。
 その事を自覚すると共に、直前の記憶が蘇ってくる。


 確か親の仇を見るかのように領民である少女に睨みつけられ。
 罵倒を吐かれながらデカイ石を頭に投げつけられた事では気絶し、連れていた従者の手によって慌てて自室に運び込まれたところまで記憶してる。


 …………。
 ムクリと上体を起こし、辺りに人がいない事を確認。
 そしてゆっくりと。
 俺は頭を抱えた。



(ちょ、ま、死亡フラグ立ち過ぎだろおおおおお?!)


 石を投げつけられたということに対し、腹が立っていなかったといえば嘘となる。が、鮮明に思い出せる記憶が苛立ちを罪悪感で上塗りしてくれていた。



 最近の出来事を言うならば、二公一民にあたる年貢の取り立ての最中。領民から凶作の年にもそれはひど過ぎる。などと意見を多く頂戴した事から、ならば石高制をやめ、貫高制にと。
 つまり、作物ではなく銭を差し出せと。


 言葉巧みに領民を上手く騙し、領主さまこと親父さまは更に搾り取る事に成功しましたとさ。めでたくないめでたくない。
 という事もあり、抑えきれない憎悪が俺に向いたらしい。
 ああ、これは仕方ない……!
 どう考えても親父さまが悪いだろうこれは……。


 餓死者に加え、流行病の治療すら受ける事が十分に叶わない生活を強いられる毎日。親父さまは領民は草木のように勝手に生えてくるなどと思っており、私腹を肥やす事を止めようとしない。


 使用人は口答えをすれば懲罰が与えられるので下手に反論も出来ず、様々な行為に目を瞑る日々。
 加えて暴君過ぎる領主に中身が瓜二つの暴君ジュニアであった俺こと『ナガレ』の機嫌も伺わねば、『ちちうえに言いつけてやる』という必殺技が炸裂する始末。
 なんともブラック過ぎる仕事場であった。


(……ひとまず落ち着こう。うん、そうしよう)


 幸い、親父さまは社交界の付き合いというやつで母上さまと一緒に家を留守にしている。
 帰ってくるまであと確か10日ほどだったはず。
 『ナガレ』として生きてきた7年間を10日で挽回出来るなんて微塵も思っちゃいないが、何かは出来るはずだ。


 一番ハッピーな方法は俺が何かしらの手を打ち、親父さまの機嫌を損ねる事なく、領民の苦しい暮らしを救う事。
 つまり、領民が親父さまに十分な年貢を納めてなお、領民が豊かに暮らせるように策を練るという事だ。


 親父さまの浪費癖というか。
 見栄を張ったお買い物などを今更自重出来るとは到底思えない。
 母上さまも同様だ。


 だが、俺が親父さま達に何かを献策したところで親父さまの私服が更に肥える事になるだけだ。
 領民による俺の死亡フラグがポッキリ折れることはない。


(詰みすぎだろ、これ……)


 色々と諦めながらため息を吐く。


「——失礼します」


 コンコンとドア越しにノックと、男性の声が響いた。


「ッ、お目覚めになられてましたか」


 一瞬、顔を顰めるも、平常通りに振る舞う老練な執事。
 確か名は——ヴェイン。
 代々この家、ハーヴェン子爵家に仕えている一族とかなんとかかんとか記憶に残っている。
 先程、顔を顰めた事が全てを物語っているんだが、ヴェインは親父さまを筆頭に俺すらも嫌っている。領民に対し、ひど過ぎる仕打ちをする子爵家を許せないんだろう。石をぶつけられた拍子に、前世のような記憶を思い出したからこそ言えるが、ヴェインの気持ちは痛いほどわかる。具体的にいうなら石をぶつけられた痛みくらい。
 それでも仕え続けているのは一族としての使命。加えて意地ゆえだろう。


「……まだ頭はガンガンと鈍痛が響くがな」
(まだ頭は痛いんですけどね)


 …………。
 おいおかしい。おかし過ぎる。
 目上の人間だからと少し丸みを帯びた言い方をした筈なのにめちゃくちゃ上から目線な言い方に自動変換されてやがる。
 気絶して、起きたら別の人格に目覚めてましたとかいう話なぞ、怪異すぎるので意図せずして普段通りの傲慢口調になるのは悪い話ではないんだが、こと、死亡フラグをボッキボキに折りたい俺としては最悪だ。
 それもこれ以上なく。


「……坊ちゃんに対し、無礼を働いた者の沙汰は如何致しましょう。まだ病み上がりでしょうし、お手を煩わせるわけにはいきません。よろしければ私めが相応の罰を与えておきましょうか?」



 ご機嫌を伺うように尋ねてくるヴェインの考えが手に取るようにわかる。というかモロバレだ。
 風の噂じゃ、ヴェインが夕餉の残りモノを領民に渡していた。という話なんてものも聞いた事がある。
 子供が怒りのままに打ち首だ!!なんていう事を恐れたんだろう。俺だってヴェインの立場ならそうしてるし、たかが子供と見くびるのは決して間違いではない。今までの『ナガレ』相手なら、という前提条件つきではあるが。


 これはチャンスだ。
 領民に慕われているヴェインの前で良いところを見せておけば、この先の死亡フラグが折れやすくなるやもしれない。
 そうでなくとも、なんらかの便宜を図ってもらえる可能性だって生まれてくる。


 頭にぐるぐると巻かれた包帯に手を当て、この状況に感謝しつつ、ヴェインにとっては無情にも彼の意見に意を唱えた。



「いいや。僕が直々に沙汰を下す。四半刻経ったのちに、下手人の下へ案内しろ。妙な真似はするなよ? したら父上に言いつけてやるからな」



 必殺技炸裂。こうかはばつぐんだ。
 ギリッと僅かに歯ぎしりしながら、


「わかり、ました……」


 渋面を見せる。


 領主の館でなければ何らかの手段があるのか。
 ここはすんなりとヴェインは引き下がった。



「……失礼しました」


 物言いたげな表情を見せながら部屋を後にしていく。
 これで再び、一人だけの空間となった。


「とりあえず、目指す目標は『ちゃんと話せば分かってくれる次期領主』ってとこだな」


 にぃ、と笑う計算高い7歳児の笑みがそこにはあったとかなんとか。
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