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1章
3話 帳簿の写本
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「よく来たな。待ってたぞ」
きっちり半刻後。
下女用の服に身を包んだ少女が執事であるヴェインに連れられて俺の部屋を訪ねて来た。
少女がちゃんと赴いてくれた事にほっとすると同時。
これで当面の大義名分が生まれた事に内心、ガッツポーズを繰り返した。筋書きはこうだ。
石を投げつけただけとはいえ、自分を危険な目に合わせた少女を何の考えもなしに下女としたは良いが、よくよく考えてみれば危険極まりない行為だと気づく俺。
ああ、しまった!これではこの野蛮な下女に殺されてしまう!
そう気づいた俺は、今更下女としての仕事は要らないと断るにせよ、見栄というか。物凄く不自然だし本当の理由を言うとかなり格好悪いので少女が俺を殺さないようにと渋々動く事にした。
具体的に言えば少女の実家を含めた領民の生活改善を俺が主導で行う——!
みたいな感じだ。
即席で考えたにしては中々考えられた内容だと思う。
頭にいれておかないといけない前提条件は、領民の収入源が作物によるものだという事。
つまり、今すぐ改善はどう考えても無理。
農業改革したところで、結果が出るのは何年後になる事やら。
という事で、俺は。
親父さまの書斎から。
裏帳簿的なやつをパクってきた。
親父さまの狗である記帳役は頭が弱かった記憶があるのでまずは帳簿を少しずつ誤魔化す。もしくはそれに準ずる行為をもって生活を改善するのが妥当な線だろう。
「喜べ。初仕事だぞ。取り敢えず、これを写本するから手伝え。あぁ、ヴェインも同様だ」
黒塗りの帳簿をひらひらさせ、悪どい笑みを浮かべる。
「——え、ちょっと、これって……」
ヴェインが扉を閉め、訝しげにこちらに近寄る最中。
少女が顔を引攣らせながらまるで壊れた機械のようにギギギと首を回す。
「いやはや。お前を雇った時にな? なんで僕は自分の命を狙ったやつを懐に入れるような真似をしたのだろうかと猛烈に後悔してな。かといって下女となれといっておきながら、やっぱなしとするのも貴族としてのプライドが許さん。だが、これではいつ殺された事か分かったものじゃないんで、まだ生きていたい僕は少しお前のご機嫌を取る事にした、というわけだ」
——で。
畳み掛けるように言葉を続ける。
「お前はもちろん、ヴェインも今、この瞬間から共犯者だ。知ってるぞ? お前が領民の生活に対して酷く悩んでいた事などはな。残念ながら僕の手駒はここの野蛮な女だけだ。ゆえにヴェインの考えを利用させて貰おう。父上に僕の行為に対し、告げ口をしても構わんが、その時はヴェインも道連れにさせて貰うぞ? まあ、お前がそこまでハーヴェン家に対して忠誠のあつい男とは思ってないがな。くははははッ」
よし、これで死亡フラグだらけのお先真っ暗生活におけるお供を半強制的にゲット。進むも退くも運命共同体ってな。
「——坊ちゃん、貴方は……」
「なんだ? 恨み言は死んでからにしてくれよ?」
「い、え。何でもありません」
「そうか。ならいい。さて、と。まずは現状把握だ。写し作業は明日までに終わらせるぞ」
どさどさと積み上げられていく原本に目を剥かせながら、「え゛っ」などと声がした気もするが完全スルー。
「安心しろ。夕餉については料理長と話をつけてある。頭がまだ痛むので自室で夕餉を取りたいと言ったら快く部屋で食事を摂ることを了承してくれた。看病してくれる者たちが2人いるとも言っておいたのでヴェイン達の分も用意されるはずだ」
——だが、まあ。
チラリと少女に目をやる。
「これでも病み上がりなものでな。もしかすると僕は途中で力尽きてしまうかもしれんが、その分はその原因である誰かさんに頑張って貰うとするか」
意味深な笑みを見せられた理由を理解したのか。
目に見えて再び引攣らせる。
「私もお伴します」などとヴェインが慰めるが、とんでもない厚さの本を数にして数十冊だ。
腐っても子爵家。領地も多く、数年分の帳簿となるとどうしてもこれくらいの量となってしまう。
「さぁて? お前は実家の為、みんなのため、そして僕の為に精々働いてくれよ?」
「……お前じゃないわ、じゃ……ないです」
すっかり下卑た笑みが板についてきた俺の言葉を少女が遮る。
何か言いたい事があるんだろうが、いかんせん無理に取り繕おうとしているぎこちない敬語が違和感ありすぎた。
「別に今更取り繕おうとしなくていい」
「で、でも……」
「僕が良いと言ってる。してなんだ? こんな事出来るかってか? だが残念だなあ? お前はここに下女として「違うわよ」……ほう?」
なにやら言いにくそうに、どもる。
「名前よ、名前。ずっと『お前』だと判断がつかないでしょうが」
たしかに。
今の今まで名前を聞く機会が無かったというか。
聞いてもどうせ『あんたなんかに教える名前はない!』とか言われるんだろうなあと聞く行為自体を諦めていた感があった。
「たしかにそうだな。まあ今更になるが聞いてやろうじゃないか」
「……シヴィスよ」
「おっとすまん最近、耳が遠くてな。上手く聞こえなかった」
「だからあ……シヴィスだってば」
「んん?」
「ああっ!もう!だから!!シヴィス!!」
「くはは!名前一つで怒るとは沸点が相当低いと見える」
「くっ、コイツ絶対いつか泣かす……!」
「来ると良いな?そんな日がな。ふはははは!」
貴族という立場のためにあまり友達というのを『ナガレ』はもっていなかったが、こういう関係も悪くないなと。
この時始めて『ナガレ』としての俺は作り笑いではない、本当の笑みというやつを浮かべていた。
きっちり半刻後。
下女用の服に身を包んだ少女が執事であるヴェインに連れられて俺の部屋を訪ねて来た。
少女がちゃんと赴いてくれた事にほっとすると同時。
これで当面の大義名分が生まれた事に内心、ガッツポーズを繰り返した。筋書きはこうだ。
石を投げつけただけとはいえ、自分を危険な目に合わせた少女を何の考えもなしに下女としたは良いが、よくよく考えてみれば危険極まりない行為だと気づく俺。
ああ、しまった!これではこの野蛮な下女に殺されてしまう!
そう気づいた俺は、今更下女としての仕事は要らないと断るにせよ、見栄というか。物凄く不自然だし本当の理由を言うとかなり格好悪いので少女が俺を殺さないようにと渋々動く事にした。
具体的に言えば少女の実家を含めた領民の生活改善を俺が主導で行う——!
みたいな感じだ。
即席で考えたにしては中々考えられた内容だと思う。
頭にいれておかないといけない前提条件は、領民の収入源が作物によるものだという事。
つまり、今すぐ改善はどう考えても無理。
農業改革したところで、結果が出るのは何年後になる事やら。
という事で、俺は。
親父さまの書斎から。
裏帳簿的なやつをパクってきた。
親父さまの狗である記帳役は頭が弱かった記憶があるのでまずは帳簿を少しずつ誤魔化す。もしくはそれに準ずる行為をもって生活を改善するのが妥当な線だろう。
「喜べ。初仕事だぞ。取り敢えず、これを写本するから手伝え。あぁ、ヴェインも同様だ」
黒塗りの帳簿をひらひらさせ、悪どい笑みを浮かべる。
「——え、ちょっと、これって……」
ヴェインが扉を閉め、訝しげにこちらに近寄る最中。
少女が顔を引攣らせながらまるで壊れた機械のようにギギギと首を回す。
「いやはや。お前を雇った時にな? なんで僕は自分の命を狙ったやつを懐に入れるような真似をしたのだろうかと猛烈に後悔してな。かといって下女となれといっておきながら、やっぱなしとするのも貴族としてのプライドが許さん。だが、これではいつ殺された事か分かったものじゃないんで、まだ生きていたい僕は少しお前のご機嫌を取る事にした、というわけだ」
——で。
畳み掛けるように言葉を続ける。
「お前はもちろん、ヴェインも今、この瞬間から共犯者だ。知ってるぞ? お前が領民の生活に対して酷く悩んでいた事などはな。残念ながら僕の手駒はここの野蛮な女だけだ。ゆえにヴェインの考えを利用させて貰おう。父上に僕の行為に対し、告げ口をしても構わんが、その時はヴェインも道連れにさせて貰うぞ? まあ、お前がそこまでハーヴェン家に対して忠誠のあつい男とは思ってないがな。くははははッ」
よし、これで死亡フラグだらけのお先真っ暗生活におけるお供を半強制的にゲット。進むも退くも運命共同体ってな。
「——坊ちゃん、貴方は……」
「なんだ? 恨み言は死んでからにしてくれよ?」
「い、え。何でもありません」
「そうか。ならいい。さて、と。まずは現状把握だ。写し作業は明日までに終わらせるぞ」
どさどさと積み上げられていく原本に目を剥かせながら、「え゛っ」などと声がした気もするが完全スルー。
「安心しろ。夕餉については料理長と話をつけてある。頭がまだ痛むので自室で夕餉を取りたいと言ったら快く部屋で食事を摂ることを了承してくれた。看病してくれる者たちが2人いるとも言っておいたのでヴェイン達の分も用意されるはずだ」
——だが、まあ。
チラリと少女に目をやる。
「これでも病み上がりなものでな。もしかすると僕は途中で力尽きてしまうかもしれんが、その分はその原因である誰かさんに頑張って貰うとするか」
意味深な笑みを見せられた理由を理解したのか。
目に見えて再び引攣らせる。
「私もお伴します」などとヴェインが慰めるが、とんでもない厚さの本を数にして数十冊だ。
腐っても子爵家。領地も多く、数年分の帳簿となるとどうしてもこれくらいの量となってしまう。
「さぁて? お前は実家の為、みんなのため、そして僕の為に精々働いてくれよ?」
「……お前じゃないわ、じゃ……ないです」
すっかり下卑た笑みが板についてきた俺の言葉を少女が遮る。
何か言いたい事があるんだろうが、いかんせん無理に取り繕おうとしているぎこちない敬語が違和感ありすぎた。
「別に今更取り繕おうとしなくていい」
「で、でも……」
「僕が良いと言ってる。してなんだ? こんな事出来るかってか? だが残念だなあ? お前はここに下女として「違うわよ」……ほう?」
なにやら言いにくそうに、どもる。
「名前よ、名前。ずっと『お前』だと判断がつかないでしょうが」
たしかに。
今の今まで名前を聞く機会が無かったというか。
聞いてもどうせ『あんたなんかに教える名前はない!』とか言われるんだろうなあと聞く行為自体を諦めていた感があった。
「たしかにそうだな。まあ今更になるが聞いてやろうじゃないか」
「……シヴィスよ」
「おっとすまん最近、耳が遠くてな。上手く聞こえなかった」
「だからあ……シヴィスだってば」
「んん?」
「ああっ!もう!だから!!シヴィス!!」
「くはは!名前一つで怒るとは沸点が相当低いと見える」
「くっ、コイツ絶対いつか泣かす……!」
「来ると良いな?そんな日がな。ふはははは!」
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