悪徳領主の息子に転生しました

アルト

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1章

4話 変わり様

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「……寝ました、か」


 夜の帳が下りた頃。
 子爵本人が不在のため、暫定的な主人となっている『ナガレ』が休みについた事を確認し、執事であるヴェインと。
 下女として使え始めたシヴィスが灯りがついたままの部屋を後にし、一息つく。


「なんだかんだと疲れてたのね」
「でしょうな」


 五月蝿いのが一人減り、時刻も時刻なだけにテンションは低い。
 

「ねえ、ヴェインさん」
「はい、なんでしょう」


 わざわざ話さずとも分かっている共通認識。
 理解をしているが、未だにこれが現実なのか。それが信じれないゆえに問いかける。


「あたし勘違いしてたわ。領主のドラ息子って思ってたし、あの時殺されるって確信してたもの。それがこの様よ。あたしにはアレが演技とはとても思えない。だからこうして悩んでるわけなんだけど……」
「贅沢な悩みですね」


 ははは、と乾いた笑い声をもらす。


「ほんと、贅沢過ぎる悩みだと思うわ」


 当初、貴族の下女になれと命じられた事に戸惑いを隠せてなかった事は事実であるが、それでもどこか納得出来ていた自分がいた。
 貴族の雇われた召使いとは女の尊厳を踏みにじる行為も強要される事もある、と屋敷に向かった際にまず始めにヴェインに忠告を受けていた。
 それでなくとも、シヴィスを助けた理由は死ぬよりも辛い目に合わせる事が目的かもしれない可能性だって十分にあったのだ。


 それでも彼女は自分が犠牲となり、領主の弱みの一つでも屋敷の中で掴み、それを足掛かりに。
 などと考えていたというのにこれでは拍子抜けも良いところ。


 ————取り敢えず、生産力を増やす為に実験を繰り返す。まあ言ってみれば品種改良といったところか。シヴィスにはまだまだ馬車馬のように働いてもらうぞ? くははははッ!!


 『ナガレ』的にはひどい事を言ってるつもりかもしれないが、言っている言葉を吟味すればすぐにそれが間違いだと気づくだろう。
 そこにはたしかに領民への気遣いのようなものが見て取れる。
 シヴィスからしてみれば、後継である『ナガレ』が領民の為に動いてくれている事自体が有難い事だという事に気付いてないんだろうか。


「かくいう私も坊ちゃんの言動には戸惑っておりまして。今までは子爵様——坊ちゃんのお父上とお母上にのみ心を許し、ほかの者達は誰一人として寄せ付けないような。そんな雰囲気を纏ったお方でした。両親の言われた事をこなし、両親を真似、両親に喜ばれる事をする。それが私の知る坊ちゃんです」


 少しワガママな部分もありますがね。と付け加える。


「随分と親孝行な息子なのねと言いたいけど、帳簿を取って来る時点で随分な悪ガキよね」
「そうですな……」


 本音を言えば。
 ヴェインは諦めていた。
 現子爵が終われば、その背中を見て育ったナガレがその圧政のようなものを引き継ぎ、その子供もまた然り、その後も、その後もと続く者だと思っていたのだ。


 此度の言動は、子爵に背く者を摘発する為の。
 ヴェインがナガレを巻き込み、帳簿を勝手に盗んだなどとでっち上げて追い出そう!という茶番に巻き込まれたのかとは思っていなかったといえば嘘になる。
 だが、ヴェインから見て今のナガレが他人に言われて動くような者には見えなかった。


 シヴィスが屋敷に来る少し前。
 ナガレが自分の部屋にあるいらない私財を纏め、質にでも売り払って銭に変えてきてくれと言ってくる出来事があった。
 理由を聞けば、ただの貴族の見栄と答える。


 見栄というのは絵画などを飾る事では無いのかと。
 見栄というならば何故、それらを要らない物として質に出そうというのか。
 ヴェインは愚かにも尋ねてしまった。


 ——仮にも僕が始めて雇う人間だ。だと言うのに給金一つ与えてやれないとなれば貴族としての質が疑われる。そうは思わないか?


 シヴィスを下女として迎えたのは罰では無いのかと。
 そう聞くことは流石に憚られた。


 こうした出来事もあってか。
 知らず知らずのうちにヴェインはナガレを美化してしまっていた。



「思えば。坊ちゃんがお父上達に社交界へ連れられなかったのは今回が初めての出来事でした」


 現実はただ、お腹が痛かったからという下らない理由で赴かなかったんだが、その事実をヴェインが知る由は無い。


「お父上方が不在となるこの機を待ち続けていたのかもしれません。あれらの行動はどれも数日程度で思いつくものとは思えない。加えて7歳とは思えぬ聡明さを帯びた言動の数々。この日の為にあえて普通を演じていた、そう考えれば納得出来る部分もあります。お父上の前では、社会的地位はもちろん、肉体的な意味でも坊ちゃんは従わざるを得ない。代々仕えてきたというのにどうして、坊ちゃんの苦悩を。考えを理解せず、あまつさえ私は坊ちゃんをあんな出来の悪い御当主と同じ愚図だと判断して……あ、あ、あああああ」


 一人で勝手に独白を始め、終いには「この命をもって償いを……」と言い始めたので慌ててシヴィスが止めにかかる。


「まあまあ。ヴェインさん落ち着いて」


 取り乱すヴェインの姿はレアものであったが、それを楽しむ余裕もなく、シヴィスはシヴィスでこの状況を独白していた。


 帳簿を写すにあたって、ナガレは取り敢えずの行動を誠意として話してくれている。


 まず始めに、重税の対処。


 これはナガレが直接事にあたるしか手段はなく、彼曰く。
 ——貴族は見栄を第一に考える。たとえ、没落していようと貴族が食費を切り詰めてでも外見。つまりは見栄を大事にするように、このハーヴェン子爵家もその例外じゃ無い。結局、見栄さえちゃんとしてるならば中はどうでも良いって事だな。


 善政を敷き、尚且つ名の通った貴族家を例に挙げ、税収を抑えさせる。それが対処の仕方だ。
 見栄とは他者からの印象をより良いものにする為に張っているに過ぎない。貴族というのは周りから良いように思われたい生き物なのだ。要は褒められたいだけなのだ。
 凄い凄いと。流石と。


 ゆえに、名の通った貴族家を真似たとなれば。
 良き点を見つけ、直ぐに自領に組み込むという名采配をした貴族と持て囃されるわけである。
 それもまた一種の見栄。


 ナガレが当たり前のように説明し。
 7歳児の説明にすっかり聞き入る少女と執事という面白おかしいシュールな絵面となっていたが、ヴェインらがそれを気にすることはなかった。


 次に農業の改革といったナガレ自身にしか理解出来ない話を交え、次第にシヴィスの彼に対する評価も変わっていったのもまた事実。


「早合点かもしれないけど、少なくとも、領主よりかは頭はキレる。彼が凡愚出ない限り。彼が次期領主である限り、あたしはあたしに出来ることをする。ヴェインさんの考えが事実として。そこで私情を挟んでしまえばやっと見えた光は失われるわ。償いは全てが終わってからにしましょう。私は彼を利用する。そして目的が成された時、その償いをするわ」


 ——あたしが差出せるものなんてそんなに無いけど、ね。
 力なく笑う少女と。罪悪感に表情を曇らせる執事を月明かりが照らしていた。
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