悪徳領主の息子に転生しました

アルト

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1章

5話 か弱い少年

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 まどろみの淵に目蓋を揺蕩わせながら覚醒を始める意識と共に、俺は上体を起こす。日は既に昇りきっており、寝すぎたという事実がまだぼやけの残る視界を晴らせていった。


「……頭が痛い」


 寝過ぎたからか。はたまた投擲された石による痛みがまだ尾を引いているのか。利き腕である右手でよろめく頭を押さえつつ、見覚えのない積み上げられた本の山に目をやる。


 本来の帳簿と隣り合わせで置かれていた本の一冊を手に取り、軽くページをめくって中身を確認。
 それは案の定、その写しである写本その物だった。
 いつでも現状を確認できるようにする為と親父さま方が帰ってくるまでにと思い、無理を言ったつもりだったんだが、まさか本当に1日で済ませるとは。


「——流石、だな」


 ヴェインの働きぶりを賞賛すると同時。
 天才然としたあの少女に対しても敬意を表する。


 日は既に真上まで昇っている。
 開けられた窓から吹き込む風が心地よい。
 カーテンは揺らめき、心さえも落ち着かせる。さながらアロマセラピーのような効果をもたらしていた。


 だからかもしれない。
 ドアの外に待機、もとい。
 取り繕う必要のない一人だけの状態となった時に化けの皮が剥がれるんじゃないのかと聞き耳を。下女として呼び出されれば直ぐにでも駆けつけれるようにとスタンバイしていたシヴィスの存在に気づけていなかったのは。
 また、彼女と同様にヴェインさえも聞き耳を立てていた事にさえも感知出来ていなかったのは。


「ほんっと馬鹿だよな。ナガレは、さ」


 元々ナガレであった者を罵倒するように、そう称す。




 『ナガレ』として生まれた少年は孤独だった。
 両親から褒められる事を生きがいとして、褒められるよう、褒められるようにと行動を続けていた。それだけが生き甲斐とばかりに。
 純粋な子供の思考としては決してそれは異常ではない。
 貴族として生まれ落ち、大事に、大事に。籠の中の小鳥のように育てられてきた『ナガレ』にとって、両親こそが世界であり、両親を中心として世界は回っていた。


 下女として使える事になった少女であるシヴィスの言葉であったが、一日を経てみると意外とあっさり記憶が蘇ってくる。
 確かあの時は一人の騎士の話題で持ちきりだった。


 なにしろ、とんでもない武功を挙げた騎士だとか何とか。
 その騎士に対し、両親は賞賛し、御国の誇りなどと言葉を並べていた。当時の『ナガレ』としてはひっきりなしに褒め讃えられる騎士が羨ましかった。
 だから浅慮にも、自分もそんな騎士になればと思ってしまったのだ。そして欲した。
 自分も剣を持ちたいと。
 駄々をこね、その一言が領民であったシヴィス達を苦しめた。


 現実はそう甘くない。
 剣を振るう事も長くは保たず、そのままいつの間にか部屋に眠るただの物と化してしまっていた。
 『ナガレ』は良くも悪くも純粋で。物事をキチンと理解するには知識と、常識が欠落していた。ただそれだけだったのだ。


 『ナガレ』であった少年の中を正しく知る者だからこそ、今のナガレである俺は少年を馬鹿と呼ぶ。


「ただ、認められたかった。あぁ、分かる。分かるさ。独りは辛い。孤独は耐えられない」


 子供は弱い。だからこそ、親が子を守り、育てる。
 そして子供は味方であってくれる親に依存するのだ。
 自分の味方であってくれる親に見限られないようにと、必死にご機嫌を窺う。
 人々に古くから受け入れられてきた宗教だって似たようなものだ。


ナガレは弱い。臆病者で、どうみても弱者だ。自分の中にポッカリと空虚な穴を開けまいと必死だったんだろうさ。だが、そんな事でお前の行為が正当化されることは無い」


 口調は尊大だが、それが自分の弱みを決して見せまいとする小さな意地ということは既に俺は理解している。
 少年は臆病者だった。何もかもを恐れていた。
 だが、彼のした行為が領民を苦しめるようになった事だって一度や二度ではない。ただ、自分の為にと自己中心的に行動してきた結果が領民に恨まれるという結果を生んだ。


 『ナガレ』を善と悪。
 とちらかで表せと言われたならば、今のナガレは迷わず悪と答える。
 だけどそれは現時点での話だ。今が悪ならば、これからはそれを上回るだけの善を積めばいい。
 幸い時間はある。


 それに今の『ナガレ』は心の弱かったナガレではない。
 失敗をこれからも続けていかないようにする事が肝要なのだ。
 かつての『ナガレ』の行為を恨む人間はいるだろう。それでも、目を背けるわけにはいかない。それはかつての『ナガレ』と。今のナガレが共に背負っていけばいいだけの話。


「罪は認めよう。罰は甘んじて受け入れよう」


 本来ならば。
 俺は大人しくしているつもりだった。
 実害のある障害、つまりは死亡フラグをバッキバッキに折り、ひっそりと大人しく暮らしていくつもりだった。


 貴族なのだから、お金はある。
 自分一人、裕福にのうのうと生きるくらいわけない。なんて考えていたというのに、『ナガレ』の内を知ってしまった今、そうした生き方を選択するわけにはいかなくなった。


 罪悪感が凄いから、ではない。
 ただ一つ。
 か弱い少年の内を知って、こうする事しか出来なかった可哀想な少年の尻拭いをしてやるのも悪くないと思っただけの自己満足だ。


「安心しろ。お前ナガレはもう、独りじゃない」


 その言葉で、心の中のつっかえが一つ取れたような。
 そんな気がした。


「当分の間はがナガレだ。なぁに。少なくともナガレお前よりかは心が強い。俺にとっちゃこの生自体がまやかしのようなものでな。やり方は知らんが、これ身体を返して欲しくなったら遠慮なく奪えばいい。お前の中の俺はちゃんと死んでやるさ」


 くははッと儚げに笑う。
 実際に話していたわけではないが、『ナガレ』はたしかにナガレに対してそう話していたような感覚に陥っていたのだ。


 ぺらぺらと写本をめくりながら。


「領民達への償いは俺がしてやる」


 ——なあ、ナガレ。


「その代わりと言っちゃなんだが、一つ、覚えとけ」


 ナガレとして生きている今よりも前の生。
 そこで学んだ一つの教え。


「良い女には————」


 みすぼらしい格好をしていた白髪の少女を想う。
 領民のために怒り、貴族であるナガレに牙を剥いた幼い少女。


「————笑って死ねる人生が、とっても似合うんだ」


 ナガレであった少年に対して彼女をそう称す。
 シヴィスは紛れもなく、良い女だろう。
 好きとか、嫌いとか。恋愛感情によるものじゃない。
 少し痩せているが、それなりに整っていた外見云々を度外視しても彼女は良い女なのだ。


 四六時中頭の中で何かを考え。
 警戒心をむき出しにしているあの少女が、心の底から笑える時が来たのならば。
 その時がお役御免の合図かもなと。


 苦難に塗れた未来に苦笑いしながら、俺は写本をゆっくりと閉じた。
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