悪徳領主の息子に転生しました

アルト

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2章

8話 俺には剣の才能がないらしい

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 隻腕の男は言う。


『君は戦士ではない。剣士でなければ槍兵でもなく、弓兵でもない。ハッキリ言おうか。
 君に


 ————剣の才能はない』


 そう告げられた少年は、信じたくないとばかりに下唇を噛みしめる。オブラートに包まれる事なく言い放たれた言葉は7歳の少年には厳し過ぎるモノであった。
 だが、言葉はここで終わらない。


 ——だが。


『君は貴族だ。ナガレ・・・。貴族が戦士になる必要はない。攻める剣を持つ必要はない。ゆえに、君は守る剣を磨け。得物は短剣が好ましい。リーチは短いが、こと守るに関しては群を抜いている。言ってみれば堅城だ。貴族は大概が長剣を好み、誇りだ、なんだと喚くが……君はどうする?』


 決して、剣を握るなとは言われていない。
 ただ、貴族の好むような戦い方。魅せる剣術はお前に向いていないと真正面から言われただけだ。


 長剣を振るい、栄誉に浸る事は出来ないだろう。
 それでも、剣を求めるならば。
 それでも、剣に時を費やせるのならば、守る剣を教えよう。


 隻腕の男は暗にそう告げ、ナガレを試していた。
 凡愚な者はそれでもと、魅せる剣を求め、なまじ戦闘能力が高い事で天狗になり、死んでいく事が多い。
 ここで駄々を捏ねるのであれば、男は静かに去ろうと決めていた。才無き者に教えるほど無為な時間もないからだ。


 だが、才が無いと言われ。
 それでも、戦う力が欲しいと。それこそ、泥を啜ってでも見栄ではなく、純粋に力を欲するならば出来る限りの事はしようと決めていた。


 チラリと視線を移す。
 泣いているのか、顔をうつむかせて肩を揺らす少年がいた。


 恩人である少女——シヴィスの頼みとはいえ、もう少し言葉を選ぶべきだったか。


 隻腕の男に頼みこんできたシヴィスはといえば、珍しく打ち拉がれたようなナガレを見て瞠目していた



 のも一瞬。



「——くくくっ」


 笑い声がどこからか響く。
 そして、爆ぜた。


「あははははははッ!! 才がない! 上等だ! 元々、才能があるなんて自惚れたわけじゃない。あればラッキー程度だ。僕は約束を進んで違える薄情者では断じてない。なればこそ、お前の指示を仰ごう。お前が槍を握れと言うなら槍を握ろう。剣をと言うなら剣を振ろう。それが短剣となっただけだ。駄々こねるほど愚図ではない。さあ、僕に戦い方を教えろ? 『貪狼』?」


 にぃと下卑た笑みを見せる。
 隻腕となる以前に『貪狼』と呼ばれ、恐れられていた一人の男に対して。


「ははっ」


 隻腕の男から、堪らず笑みが漏れた。
 目の前の少年は弁えている。
 7歳の貴族の少年と聞いた時、どんな面倒臭い奴かと憂鬱になったものだが、彼はとても似ている。
 見た技術を貪欲に盗み、決して他人と行動を共にしない狼。
 ゆえに『貪狼』と呼ばれた自分によく似ていた。


 悪くいえば剣に対して我が薄い。
 良く言えば力に対して貪欲。


 7歳とは思えない割り切りの良さについ、笑ってしまう。


「結構、キツイ事を言ったつもりだったんだがなあ」
「なに、才ある者のみが剣を持つわけでは無い。非才であったとしても、その果てには頂が必ず存在する。いわば死に物狂いで辿り着いた極地。ならば僕はそれを目指そう。才が無いと言われただけで自分に失望し、可能性を捨てる程おめでたい頭はしてなくてな」


 くははッと不敵に破顔する。
 髪を掻き毟る男はナガレの様子に完全に毒気を抜かれたものの、冷静に問いかけた。


「君をそうまでして突き動かさせるものは何だい?」


 7歳にしては些か異常過ぎる思考回路。
 その根源を男は知りたかった。


「——そうだな。僕は、孤独が怖いんだ。何もない空虚なあれが。心の底から怖がってる。約束を破った先にあるものが僕は孤独だと思ってる。信用を失えば、待つのは孤独だと。だから僕は約束を違えない」
「……へえ。なるほどね」


 珍しく内心を吐露する。
 無意味にでは決してない。これが必要だっただけ。
 誠意を見せる必要があったから言ったに過ぎないのだ。


「約束を違えない、かあ。うん、悪くない」


 剣を持つ人間には理由が求められる。
 どうして剣を手にしたのかという理由が。


 当初、男はナガレがシヴィスに恋愛感情でも抱いているのかと思っていた。彼女との約束を守りたい。それゆえに剣を手にするのだと。


 俗物過ぎる理由はあまり好むところではなかったのだが——。


「良いよ。オレが教えてあげよう。期間は一年、だったかな。それまではオレが面倒を見てあげるよ」


 行き倒れていた男をシヴィスが助けたという縁ゆえに、療養していたところだったのだが、一年くらいならば良いか、と。
 聞く限り、教える喜びというものを感じてみるのも一興かと思い、『貪狼』こと、ローレン=ヘクスティアは快諾した。


 手を差し出しながら歩み寄り、ナガレと握手を交わすや否、耳元へと顔を寄せる。


 ——ところで。


「シヴィスちゃんの事、どう思ってるの?」


 ニタニタと野次馬根性むき出しに尋ねる。
 ローレン自身は既に30手前である事もあってシヴィスは守備範囲外であるが、同世代ではないにせよ、似通った年頃であり、明らかに目をかけているであろうナガレがどう思っているのかは気になるところであった。


「そうだな」


 この手合いの人間に嘘は悪手。
 別に恥ずかしい事を考えてるわけでなし。
 そのまま言ってやれば良いだろう。


「残念ながら恋愛感情は一切抱いちゃいないが、良い女だとは思ってる」
「ぷっ、くははっ、あははははは!!」


 途端に腹を抱えて笑いだす。


「あー、お腹痛い。まあ、シヴィスちゃんは確かに良い女だ」
「だろう? そして、良い女には笑って死ねる人生がお似合いだ」
「……へえ?」


 パチリと瞠目。


「そう、だね。ああ、確かにそうだ。良い女には笑って死ねる人生がお似合いだよ。これ以上なく、ね」
「気があうな。『貪狼』」
「7歳児と気があうってのも可笑しな話だけどね。あと、その呼び方やめてくれないかな」


 ——あまり好きじゃないんだ。


 憎しみ込めて呼ばれている名前を呼ばれて喜ぶ者はいない。
 だが、そう呼ばれる事を嫌うという事はローレンがナガレを少なからず認めたという事実に他ならなかった。


「そうか。なら、僕の師匠になるんだ。ここは素直に師匠とでも呼ばせてもらうさ」
「ああ、そうしてくれよ」


 ここに、新たな師弟関係が生まれた。
 ナガレが父親であるアハトと交渉する半刻前の出来事であった。
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