悪徳領主の息子に転生しました

アルト

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2章

12話 吐露

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 時間は一個人の意思では止められない。
 一刻、一刻と時は過ぎ行き、朝はやってくる。


「……はぁ」


 目覚めは最悪だった。
 師匠に言われていた言葉をあれから何度も反芻したが、答えは得られず終い。
 生きたいという意思。
 生に何が何でもとしがみつく執念深さ。その言葉が脳裏に焼き付いて離れない。


 生きたいという意思は確かに存在する。
 殺されかけたならば、殺されてやらないとばかりに足掻くだろう。それは確かに生きたいという意思表明。


 問題は生に何が何でもとしがみつく執念深さが無いという一点。
 俺が今生をまやかしだと思う限り、執念深さが生まれる事はない。心の何処かに諦念が必ず生まれてしまう。


 勿論、いつか俺という「ナガレ」が本来の『ナガレ』に戻る可能性が存在する限り、人とだって一線を引くつもりだ。


 いつ消えるか分からない身だというのに、それこそ大切な者を作ってしまえば、もしもの時に自分は勿論、相手だって喪失感に悲しむだろう。それは俺にとって孤独を意味する。


 大切な者を作れば、生に対する執念めいたものは生まれるだろう。だがダメだ。
 そんなクソみたいな方法で解決すべきじゃない。


「執念深さ、か。思った以上に難しいな」


 目に見える問題ならどれほど良かった事か。
 自分自身にのみ解決可能な心の在りよう。
 上手く解決出来ない自分に対して苛立ち、悶々とした感情が燻り積もる。


「はぁ、クソっ」


 思うように事が運ばない事に毒づき、荒れ狂う感情のまま乱暴にドアを開けて部屋を後にした。


「おはよう。両親の件は取り敢えず納得して貰えたわ」


 いつから控えていたのか。
 使用人用の制服に身を包んだ赤毛の少女——シヴィスが一直線に食堂へと向かう俺に追従するように歩調を合わせ、話しかけてくる。


「そうか。ご苦労様」


 労いの言葉をかける。
 あまり今は誰かと会話したい気分ではなく、短い返答はその気持ちの表れだったのだが、付き合いの短いシヴィスがそれを理解する由も無い。


 スタスタと一人になりたい気持ちを抑え込み、何か食べ物を食す事で落ち着かせようとしていた俺はシヴィスにそれ以降、目もくれる事なく歩き始めようとするが、ストップがかかる。


「ねえナガレ。何かあったの?」


 不機嫌オーラが垂れ流しになっている為、どうしても気にしてしまう。最近の『ナガレ』に対する印象がうなぎ登りであった事も相まってつい、声を掛けてしまったのだ。


「何もない。気にするな」
「気にするなって、どう見ても何もないワケないじゃない——」


 少し待ちなさいよとばかりに手を伸ばす。
 そして肩に手を乗せた瞬間





「五月蝿い! 一々、僕の事に口出しするなッ! 何処かに行ってろ!」


 振り返りざまに伸ばされた手を思い切り払った拍子に悲鳴にも似た声が上がる。


「きゃっ……」



 そのまま尻餅をつくと同時、倒れる際に支えとなった左手に負荷が掛かったのか、苦悶に表情を歪めた。
 

 その様子を見てやっと冷静になり、頭が回り始める。
 自分が癇癪を起こしてしまった事、そのせいでシヴィスを傷つけてしまった事。後悔と自責の感情が雪崩れ込んでくる。


「……すまん。ヴェインを呼んでくる」


 シヴィスに怪我をさせてしまったという負い目から、即座に治癒の魔法を使えるヴェインを呼ぶという結論に至り、駆け足でその場を後にしようとするも、ガシッと左の手首を何かに掴まれた。


「ちょっと、待ちなさいよっ……!」


 耳朶に響く声によって理解する。
 俺を引き止めていたのは、痛みに眉根を寄せながらも手首を掴むシヴィスだった。


「あんた、なに気取ってんの」


 睨めつけるように、鋭い眼光を浴びせてくる。


「はあ?」
「はあ? じゃないわよ。なに気取ってんのって言ってるの。さも自分は一人で何でも出来るみたいに振舞って……」


 発言の意図が分からない。
 責め立てるのかと思ってみれば、どうにも違うようで。
 理解の範疇外だった。


「……なにが言いたい。怪我をさせた事に怒っているならば、あえて回りくどい言い方をしなくとも——」


 嘲るように口にした刹那。
 怒号にもにた叫び声が言葉を遮った。


「腹が立つのよ!!」


 思いがけないセリフが耳朶を打ち、堪らず呆気にとられる。


「そんなアンタを見てると、どうしようもなく腹が立つ!!」


 嘆く声。悲鳴にも似たそれはどうしようもなく耳に残る。


「アンタの本意なんてものは知らない。けど、アンタがしようとしてくれている事は、あたし達にとってはこれ以上なく待ち焦がれていた事なのよ!! なのに、それを行おうとしてくれてる当人は独りで悩んで、一番近くにいるはずのあたしは何もできてない。アンタにも、なにも出来ない自分にも腹が立つ!!」


 普段の俺ならば……どう反応しただろうか。
 いや、普段など関係ない。今、この瞬間。
 俺はシヴィスの言葉に何かを感じた。それが答えだ。


「……それで、僕にどうしろと?」


 酷く冷めたトーン。
 それでも関係ないと、シヴィスはまくし立てる。


「ナガレは全能じゃない。独りで抱え込んでもいつか限界がくる。だから、あたしじゃなくても良い。誰かを頼りなさいよ!!」


 俺が、誰かに頼る。
 嗚呼、それはさぞ素晴らしい事なんだろうさ。
 苦労を分かち合い、幸せを分かち合い、苦しみすらも分かち合う。孤独とはかけ離れた生となるだろう。
 

 だが。



 その行為は現時点において、『ナガレ』としては認められない。
 


 人間というモノに備わった性格、本質。
 それらは長い時間を、経験を経ていくうちに僅かではあるが、変化していくものだ。
 しかし、『ナガレ』は変わらない。
 『ナガレ』の時は既に止まっている。
 今の『ナガレ』は俺という異物が混入し、上塗りされた状態。異物が変化を起こすだけで本質は変えれない。


 孤独を恐れ、ただ愚直に、誰かに認められたい一心で動く『ナガレ』であるからこそ。



 領民の暮らしを良くしようと奮闘するのも。
 その為に修練を行うのも。全ては自己満足であり、『ナガレ』への手向けなのだ。
 こころの弱かった孤独な少年への贈り物。
 


 もう孤独に悩まされないと思えるくらいの人間に。
 『ナガレ』という人間を認めてもらえた時、ようやくスタート地点に立てる。
 頼られるという一時の幸福感は魅力的であり、他者に縋ることができる。だが、頼ってきたものを失った時の喪失感——孤独をやはり、絶望的に恐れている。


 ゆえに、たとえバカと罵られようと。
 誰にも理解されなかろうと、俺は頼るという行為を許容しない。


 ——まるで外から眺めているような。


 嗚呼、その通りだ師匠。
 でも、だからかもしれない。
 こうして、コレという目標を決めてしまえば、望んだ結果を得る為に自分自身を徹底的に駒として使い潰そうと思えるのも。
 誰しもが持っている1という生を持たなかった俺だからこそなのかもしれない。


「頼る、か……」


 澄んだ瞳がシヴィスを映す。
 眩しい。眩しいよ。
 お前の生き方がとても眩しい。
 情熱にも似たものを瞳に湛えるお前に見えるものは俺とは違うんだろう。
 

 俺は、『ナガレ』は怖がりだから。
 お前のようになろうとは思えないんだろうな。
 闇に恐れないお前のような生き方が、俺の中の『ナガレ』にとってはどうしようもない程に妬ましく映った。




 発されたシヴィスの言葉はこれ以上ない程に正論だ。
 反論の余地も無い。でも。それでも、頼ろうと意思が揺らぐ事は本来ならばあり得ない。
 やはり俺はバカなんだろうさ。
 だけど、今は負い目がある。


 怪我をさせてしまったという負い目が。
 彼女は俺に頼れと懇願している。
 狡い行為だという事は自覚がある。それでも俺は。この時、この瞬間だけは。言い訳をさせてくれ。


「なあ、シヴィス。お前から見て、僕はどう映る?」



 自分自身。
 『ナガレ』に対して嘘をついた。
 一人だけの時に約束した一つの言葉。


 ナガレの生き方を、俺は尊重する。
 その約束に嘘をつき、言い訳をした。


「なんでも良い。シヴィスは僕に頼れといった。だから、お前の答えを教えてくれ。僕という人間はどう映った?」


 神妙に見つめる。
 シヴィスは眉をひそめ、質問の意図を考えるが、俺が今までになく真剣だった事で変な意図はないと踏んだんだろう。


「凄く、意地っ張りで強がりな奴に見えたわ」


 意地っ張りで、強がり、か。
 まるで弱みを見せまいと頑張る少年じゃないかと、独白し、笑う。


「くくくっ、意地っ張りか。そうだな。僕は物凄く意地っ張りで強がってしまう奴なんだ」
「……怒らないの?」
「僕が尋ね、シヴィスが答えた。そこに嘘偽りはない。何に怒る必要がある?」


 苛立っていたはずのこころがいつの間にか落ち着いていた。


「そうだ。何も、変える必要は無かったんだ。ただ、僕は人と少しばかり心の在りようが異なっているだけ。僕は意地っ張りなんだ。この考えで、もう少しだけ意地を張っていよう」


 こころを苛んでいた屈託という靄が晴れていく。


 いつか、超えられない壁にぶち当たるかもしれない。
 だから。
 その時までにこころを強くしよう。
 心の底から頼れる存在を、探そう。
 俺は、『ナガレ』は弱いから。


「助かった。ありがとう、シヴィス」
「え、あ、う、うん?」


 礼を言われた理由がイマイチ分からなかったのか。
 困惑を見せる。その際に、手首を掴んでいた力は緩められ、あまり放置するのは毒であったので、そのままヴェインを呼ばんとシヴィスに背を向けて歩き出す。


 ——遠慮という言葉を知らないのか、アイツは人の心に容易に踏み込んでくる。だけど、俺はそれがどうしてか、心地よく感じてしまった。


 嗚呼、やはり。


「やっぱり、お前は良い女だよシヴィス。



 ——ありがとうよ」




ーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき


シヴィス以外のヒロインなんてありえねえ(真顔)
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