悪徳領主の息子に転生しました

アルト

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2章

14話 歪む表情

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「——というわけで当分の間、修練は出来そうもない」
「ぷっ、あははははッ!! ひぃー! バカだろナガレ! 君は絶対バカだ! くはははは!!」


 朝食を終えた俺は二日後にパーティーに出席するために家を出なければならない事を川辺にいる師匠に伝えに行ったところ。
 ——折角だからその経緯を教えてよ。


 と言われ、特に隠すことでもなかったので話してみれば、大爆笑されるという現状である。


「五月蝿い。僕だって好きで行くわけじゃないんだ」
「でもさあ、話を聞く限り、オレもナガレと同意見というか。見えてるものは全く一緒。どう考えても君がオモチャになる未来しか見えないね」


 ——いつの間にかフラれてたナガレ君? ぶふっ。


 どんだけツボに入ったんだよと呆れながらも、俺自身の話であるので笑うに笑えない。もし他人事なら師匠と同じように笑ってられたっていうのに。


「だよな。あー、くそっ。憂鬱過ぎる」
「にしても、レミューゼ伯爵家か。あの脳筋連中ならナガレの事を好みそうな気もするけどなあ」


 もちろん、師匠には若干事実を仄めかしてある。
 例えば、直接の面識はないが、以前同じパーティーに参加した際に俺が親父さまの陰に隠れていたとか。
 人前では超怖がりだったとか。
 あの頃とは俺の性格が変わっちゃってる等。


「人様の考えなんざ知らないな。だが、脳筋連中と呼ぶ者に僕が好まれそう? それは暗に僕が脳筋とでも言いたいのか」
「あー、違う違う。オレからみればナガレはそこそこ筋がいいし、頭も回る。それに、馬鹿みたいに自分に厳しい」


 瞳をじっと見つめてくる。
 まるで何かを見透されているような。


「そういう真っ直ぐなヤツを武人と呼ばれるヤツらは好む傾向があるんだ。だからナガレは好まれそうなのになあって思ってただけ」
「くくくっ、なら、その独自に発見した傾向とやらは書き直さないといけないだろう。ここに例外がいる事だ」
「オイオイ。まだ直接会って確かめたわけじゃないんだろう? そうでない以上、この傾向は間違いとは言い切れないなあ。実は思い違いでってパターンもあるかもよ? まだチャンスはあるさ」


 ニヤニヤと野次馬根性全開に会話が広がっていく。
 だけど俺は恋愛とか。婚約自体に興味はなかった。


「チャンス、か。残念だが、僕は興味ないな」
「んぇ? レミューゼ伯爵家の子女だよ? 貴族的にはかなり嬉しいステイタスになると思うけど。それに令嬢だ。良いものたくさん食べてるだろうし、肉付きとかも良いと思うよ? オレからしてみれば羨ましいけどな、ナガレの立場ってさ」


 さも当然のように現金な言葉を並べる。
 別に性欲がないとか、女に興味が無いとかではない。


「僕は決して成り上がりたいわけじゃ無い。人並みに楽しんで生を謳歌したいだけだ。それに、今はこの領地でさえ満足に経営出来ていないだろう。伯爵家の子女なんてものを抱え込む行為は懐に厄介ごとを持ち込むようなもんだ。すでに自領の領民は疲弊してる。この状況で更に厄介ごとを抱え込んでみろ。間違いなく民草は死ぬ」


 まぎれもない本心からの言葉だった。


「そうなった場合、僕はシヴィスに合わす顔がなくなる。経緯はどうあれ領民の暮らしを良くすると約束した。僕は義理堅い人間なんだ。交わした約束はどんなものであれ破らない」
「義理堅い、ねえ。まあ、そういう事にしておいてあげるさ。でも、ナガレがシヴィスちゃんに入れ込んでいるのは一目瞭然だよ?」


 そうだろうよ。
 俺自身ですらその自覚があった。
 師匠はジッとこちらを見つめ、理由を吐けと急かしてくる。


 このまま黙り込むなり、話題を逸らすなり選択肢は存在したが、その場合は師匠が勝手にシヴィスに対して有る事無い事吹き込むという可能性が生まれる。


 そんな面倒くさい事をやられては堪ったもんじゃなかった。
 だから吐露する。少しだけ。


「……そうだな。僕からしてみればアイツは眩しいんだ。僕みたいな紛い物でなくて、真摯に真っ直ぐ生きてる。それが眩しいんだよ。だから、僕はそんなシヴィスを応援したいと思ったのかもしれない」


 嘘で塗り固められた生。
 それがナガレであり、俺だ。
 弱みを見せまいと、口調は尊大に。
 今では存在すらもナガレであってナガレでなくなっている。
 笑えるくらいに嘘だらけだ。


「なあ、師匠。アンタから見て世界はどう見える?」


 『ナガレ』をそれなりに理解している師匠だからこそ、渋面を作る。それがただの7歳児からの質問であれば、悩む事はしなかっただろう。
 だが師匠は、ローレン=ヘクスティアは『ナガレ』を自分と対等に扱っていた。ゆえに分からない。ゆえに返答が出来ない。
 どんな意図あっての言葉なのかが分からないから。


「僕の世界は、輝いてた」


 雲に隠れた太陽を見上げ、眺めながら言葉を続ける。


「父上や母上を中心とした世界だった。幸せだった。孤独に怯えないで済む素晴らしい世界」


 かつての『ナガレ』をおもう。
 アイツはアイツなりに幸せに生きていた。
 その幸せを享受するつもりだった。
 でも、やっぱり。
 そんな素晴らしい世界であったとしても。


「その中で、やっぱり僕だけが薄暗かった」


 自分を守る為にと作り上げた世界では、根底は変えられなかった。俺だけが、陰りを見せていた。


「そんな僕だからこそ、シヴィスは眩しく見える。あの生き方に憧れすら抱いた。だけどアイツになろうとは思わないし思えない。だから、アイツという光の力になってやろうと思っただけだ」
「……7歳児の考えとは到底思えないね」
「どう取ってもらっても構わない。だが、これが答えだ」


 はじめは、ただの気まぐれだった。
 領民の暮らしを良くしてやろう程度の気まぐれ。


 その過程でシヴィスを利用すると決めたというのに。
 俺の中の『ナガレ』は、いつの間にか憧れてしまっていた。
 その生き方に。その真っ直ぐさに。


「まあ、理解はした。だけど、その後はどうする? 暮らしを良くしたその後だ。必ずと言っていい。シヴィスちゃんはナガレに恩義を感じてる筈。その時、どうするんだ?」


 最早、話は脱線をしていた。
 それでも。
 ナガレという人間の本質を理解し始めていた師匠だからこそ、尋ねずにはいられなかったのかもしれない。
 そしてその答えを予測出来ているから——。


「知らん」


 そんな事はどうでもいいと言わんばかりに吐き捨てる。


「そんな事まで面倒を見る気はさらさらない。アイツが感謝しようが、恨もうが、僕もアイツを利用し、アイツも僕を利用した。それで関係は切れる。その後なんざ知った事か」


 そうだ。
 俺は領民に良く思われていなかった事あって、暮らしを良いものへとする事に協力をしていたのだ。
 その際に、シヴィスを利用している。
 なら、シヴィスも俺を利用したという事で帳消しだ。
 怪我だって俺も与えてしまった。なら、怪我も帳消し。
 後腐れなくさようならだ。
 それでいい。それで良いのだ。
 それじゃないといけない。


 これ以上となると、戻れなくなる。
 必要以上に仲良くなる必要は、ない。


「シヴィスちゃんは納得しないだろうよ」
「だとしてもだ。この選択は間違ってない。これ以上なく正しいんだ。師匠もいずれ分かる」


 必要以上に仲良くなってしまえば、『もしも』の時に後悔してもしきれなくなる。
 だから、これで良い筈だ。


 俺は、悪徳領主な親父さまの息子。
 シヴィスに付き合っているのも、ただの気まぐれ。
 アイツに感謝される謂れはない。


 俺とシヴィスが、今後道を交える事などあり得ない。


「……そうかい」


 俺の言葉を聞き届けた師匠の表情は。
 悲しそうに、歪んでいた。
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