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2章
15話 案の定ってやつ
しおりを挟む真に己のものと断言出来ぬ身体である事が、どうしようもなく不安を掻き立てる時がある。
明日には自分という存在が消えているんじゃないか。そう思えて仕方ない時が。
前世の俺の事などもう思い出せない。
だけれど、やはり「ナガレ」に毒されてるなあと時折思う。
目的を失ったら最後。俺というちっぽけな存在は消えて無くなってしまう気がしてならない。いつの間にか、俺も怖がりになっていたらしい。
僅かな渇望を胸に身を振るう。
決して朧にならないようにと、己の意思すらも不確かなこころに植え付けた目的地に向かって進む。
大丈夫だ。
いまも太陽を感じられてる。
空だって見える。風も肌で感じれる。
まだ、俺が俺でいられてる。
——おはよう。
こうして、俺の朝は始まっていく。
あれから二日後。
朝早くから貴族然とした服装に身を包んだ俺は、せっせと疎らに置かれていた厚い本をデスクの引き出しに仕舞っていく。
シヴィス達に協力して貰っていた写本の数々だ。
「坊ちゃん! 旦那様方がもうお待ちになられてます!」
「あぁ、分かった! 今行くと伝えておいてくれ!」
手首を捻らせ、カチャリと引き出しの鍵を閉める。
写本には日頃からよく目を通している事もあって取り出しやすい位置に仕舞っており、家をあけるのだから鍵付きの場所に移動させなければと家を出る直前に気づき、こうして慌てて行動に移していた。
「あたしも手伝おうか?」
「いや、いい。もう終わった」
ひょこっと、開きっぱなしになっていたドアからシヴィスが顔を見せる。両手には荷物が下げられており、一つが俺のでもう一つがシヴィスの分である。
あまり親父さま達を待たせてはマズイのでと、足早に部屋を後にした俺はといえば、まるで何事も無かったかのように手ぶらだ。
忘れ物をしたから。と言って荷物を持って来させたというのに何で手ぶらなのよと目で責め立ててくるシヴィスの視線がこころに痛い。別に内緒にする事でもないので小声で事情を吐露した。
「写本だ。写本。家をあけるから隠しておいた方が良いだろうが」
先程使用した鍵をチラリと見せびらかす。
「それならそれで初めから言ってくれれば良いじゃない。わざわざこんな重い荷物を持って来させなくても……」
「忘れ物をしたとでも言わないと何かと不自然だろうが」
「あ、あー、成る程ね」
シヴィスを連れてきた理由をやっと理解したのか。
瞳に理解の色が灯る。
「よし、じゃあ急いで向かうぞ。あまり父上と母上を待たすわけにはいかないからな」
重たそうに荷物を手に下げるシヴィスから、俺の分だけをぶん取り、スタスタと歩き始める。
「あれ? 持って行ってくれるの?」
「玄関前までだがな。自分のくらいは自分で持てるし、これも体力作りの一環と思えばどうという事はない。ほら、行くぞ」
「あっ、ちょっと、早いってば!!」
——ほんっと素直じゃないんだから。
小さく言葉をもらしながら、不出来な弟を見るかのような慈愛に満ちた瞳で離れて行く背中をシヴィスは眺める。
こんな生活も悪くないなと思いながら——。
「で、あの小娘が以前言っていた下女か」
馬車に乗り込むなり、親父さまが不機嫌そうに唇を尖らせる。
事前に言っていたとはいえ、機嫌のいい時を見計らってこそっと伝えていただけだったのだ。
いつかの機会に責められる事は分かりきっていた。
それが今日であっただけの話。
「何かアイツが粗相をしましたか?」
「いや、そんな事はない。下女の一人や二人雇おうが、構わん。ナガレの趣味をどうこう言う気もない。だが、あまり入れ込みすぎるな。それだけだ」
「もちろん。心得てます」
だけど、それが今日とは俺はツイていた。
親父さまは伯爵様のパーティーに呼ばれたという事で機嫌がとても良い。シヴィスを勝手に下女にした件で変に揉めなくて済んだと伯爵様に感謝でもすべきだろうか。
いや、レカント伯爵は俺をオモチャ扱いするに違いない。
レミューゼ伯爵にポイ捨てされた哀れな子爵家嫡男というオモチャとして。
やっぱり感謝する必要なんてないなと、小さく溜息を漏らす。
「ならいいが……。女は怖いからな。気をつけろ」
珍しく弱気につぶやく。
親父さまらしくないと思いながらも、ワガママ王女な母上さまの事を思うとそうも言ってられないような気がしてくる。
親父さま曰く、自分を着飾らせる為の華としては一級品だが、中身は……考えたくもないとの事。
だけど、なんだかんだと母上さまには甘い。
そういう一面もあるから俺は親父さまを嫌いになれないんだろうなあと実感する。
母上さまはといえば、別の馬車に乗り込んでいるとの事。
俺と大事な話をすると言って同じ馬車になる事を避けたらしい。どうにも、今日は張り切りすぎて香水が強すぎるみたいだ。
親父さまも鼻が曲がると言ってしまうほどに。
「ああ、それとナガレもやはりそろそろ婚約者を決めねばならんだろう。此度のパーティーは様々な貴族家が参加するものでな。良い縁を結べるよう、取り計らってやる」
「……は、はあ」
不穏な空気が漂い始めた。
これは、もしかすると、最悪なパターンかもしれない。
「案ずるな。お前は私の子だ。不安がる必要なぞどこにもない」
アンタにはねえよなと言ってやりたかったが、そこは頑張って言葉を呑み込む。
ニコニコと笑う親父さまを見てると、何故だか無性に不安が膨れ上がって行く。
そして馬車に乗り込んでから一週間後。
親父さまの取り計らいあって、俺はパーティー当日。
案の定、地獄を見る羽目になった。
—————
話の関係上、短めになりました。
明日からは多分、また3000文字書くと思います汗
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