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2章
17話 馳せる想い
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突拍子のない話だと思ってしまったからか。
聞き間違えたのではと耳を疑ったからか。
はたまた——。
いや、多くを考えるだけ無駄だろう。
「はっ、謝罪の次は詫びの品にと妹を差し出すか。お前の妹は人形か何かか?」
声に篭った感情は呆れ。嘲り。失望。
ソーマという男に抱いていた感情は先の言葉で無に帰した。
現代の価値観をまだ抱き続けている俺にとって、人を人と扱わない行為はどうしても好きになれない。
決められた結婚。
つまりは政略結婚であり、この世界、ここでの価値観としては忌避する事ではなく、当然の常識として受け入れられている。
だが、それを俺自身が受け入れるかどうかというのは別の話。
つまるところ、俺は受け入れてはいなかった。
「人形じゃないさ。これは選択肢を示唆しただけ。両家に作られた溝なんてものはただの建前だ。私達は当主ではない。ゆえに両家という言葉は見せかけに過ぎず、お互いの利益のみを求めただけの打算ありきの提案さ」
迷いは感じられない。
後ろめたさも感じない。
そこにあるのは愚直過ぎる「真っ直ぐさ」。
お前のようなヤツを俺は知っていた。
その事実がどうしようもなく足を鈍らせ、立ち止まらせていた。
「……本当にそうだとして。お前は何を求めている?」
「君は婚約の件、気にしないと言った。ならばその言葉に甘えさせて貰おう。これは別件。建前としては両家の溝を埋める為に。そして本当の目的はその中に隠してある」
「勿体振らなくていい。さっさと言え」
「……そうだね。なら、遠慮なく。ナガレ君ってさ」
急かす俺の言葉に苦笑いを浮かべ、ソーマは部屋に設えられたシャンデリアを見上げる。
そして口を開き一言————
「————貴族が嫌いだろう? 具体的に言うなら、貴族の生き方が」
そう言う顔してる。
儚げにソーマが笑う。
「私も合わないんだ。ああいった見栄に生きる生き方がさ」
ソーマの世界にも陰りがあるんだろう。
悲しそうに、想いを馳せ、言葉は続く。
「父親は、良くも悪くも貴族だったよ。その事実がどうしようもなく私を悩ませた。……跡取り同士とはいえ、婚約の話を持ちかけたんだ。本来なら妹をこの場に連れてくるのが礼儀なんだけど、生憎とそれは出来ない。なんでだと思う?」
考え得る可能性は二つ。
この場にたまたま連れてきていなかったと言う極々在り来たりな理由。
もしくは——
「————病か」
なんらかの不自由を強いられている為、だ。
「察しが良いね。その通りだよ、妹は生まれつき足が悪い。どうしても家に引きこもりがちになってしまうんだ」
ここで話が戻る。
指し示す方向は違えど、俺と行動原理が。
本質が似通った青年の心の裡。
「そんな妹に父親が向けた感情は失望。ただでさえ爵位も決して高いものではないというのに、足の悪い妹を嫁にと勧める行為は押し付けのように見えるだろう? 政略結婚に使えないと知るや否、父親は口にはしなかったけど失望していたよ。私はそんな妹に同情した」
ああ、分かるとも。
俺がもし、ソーマだったとしても。
その考えは分かる。理解できる。
俺もまた、同情しただろうから。
「話を戻そうか。君には嘘の『婚約者』という一種の盾を。代わりに対価として妹の相手をたまにで良い。してもらいたい。アイツは少し寂しがり屋でね」
——なまじ貴族だから使用人か家族しか話し相手がいなくてね。
悲しそうに言う。
話が全て本心からのものだとして。
不可解な点は尽きない。
それは確かに良い兄そのものだ。
理想の像と言ってもいい。
だから疑問に思う。
「……分からないな」
大切な妹ならば。
どうして醜聞の立っているハーヴェン子爵家に白羽の矢を立てたのか。
「私の考えが、かな?」
「ああ」
「つまるところ、自己満足なのかもしれない。偽善に身を委ねて満足感に浸りたいだけなのかも。それでも、私は君という為人を知り、君ならば上手くやってくれるかも知れないと思ったからこうして話を持ちかけたのかも知れないな」
まるで自分ですら己の心境を理解してないかのように語る。
言葉に表すならば、その行動原理は気分。
俺の口癖となりつつある言葉だった。
「今ならどうだって言えるけど本来、縁談まで持ちかけるつもりは無かった。謝罪をして、そのまま立ち去るつもりだった。なんて、もし私がそう言ったら
————君は信じるかい? その言葉を」
先ほど話した事をお前は信じ。
二心ないものと信じれるか?と。
あえてこの話を持ちかけ、同情を誘っただけと思うかい?と。
「さてな」
くすりと破顔。
記憶に思いを馳せる瞳はじっと俺を見つめてくる。
「人とは、自らの足で立ち生きるものだ。足掻く姿。それはかくも美しい。後生大事に愛でたくなるような煌めきのようであり、黄金以上の価値があって然るべきだ」
俺独特の価値観を話す。
人とは抱えられて生きる生き物じゃない。
支え、支えられる生き物だ。
「お前の妹の事は知らないが、たかが、話し相手一つ。たかがだが、それでも予め用意されたものを与えられて誰が喜ぶ?」
かつて俺は、『ナガレ』を馬鹿と称した。
愚かで、弱くて、どうしようもないくらいに馬鹿だった。
だから俺は『ナガレ』を抱えてやった。
だけどそれは俺が『ナガレ』であったから。
他の誰でもない、『ナガレ』であったから「ナガレ」として抱えてやっただけ。
そんな『ナガレ』を抱えた俺だから分かる。
どれだけ現実を悲観しようと、どれだけ弱かろうと、『ナガレ』は自分の足で歩いていた。
他者にすがった事は多かった。
それでも『ナガレ』は自分の足で立っていた。
だから分かる。
ソーマは良い兄だ。理想的だ。
妹の為思っての行為だろうが、全てが相手の為になるとは限らない。
少なくとも俺はそう思う。
「婚約の件は聞かなかった事にする。だが、この時この瞬間の縁は大事にしたい」
一瞬、気落ちしたような表情を見せるも続く言葉を耳にし、不器用な兄は嬉しそうに笑う。
必死に、必死に。
「こんな生意気な餓鬼で良ければだが、お前の知己としてなら足を運ぼう」
自分で口にしておきながら、人とは一線を引くつもりなのになと、胸中でひとりごちる。
どうにも、困っているヤツをみると放っておけないらしい。
——損な性格してるな。
どこにも居ない人間に対して、俺は苦笑いを向ける。
「いつか招待してくれるか。ソーマ=ボルソッチェオ?」
不敵に笑う俺の耳朶に。
勿論だと頷くソーマの言葉が響いた。
聞き間違えたのではと耳を疑ったからか。
はたまた——。
いや、多くを考えるだけ無駄だろう。
「はっ、謝罪の次は詫びの品にと妹を差し出すか。お前の妹は人形か何かか?」
声に篭った感情は呆れ。嘲り。失望。
ソーマという男に抱いていた感情は先の言葉で無に帰した。
現代の価値観をまだ抱き続けている俺にとって、人を人と扱わない行為はどうしても好きになれない。
決められた結婚。
つまりは政略結婚であり、この世界、ここでの価値観としては忌避する事ではなく、当然の常識として受け入れられている。
だが、それを俺自身が受け入れるかどうかというのは別の話。
つまるところ、俺は受け入れてはいなかった。
「人形じゃないさ。これは選択肢を示唆しただけ。両家に作られた溝なんてものはただの建前だ。私達は当主ではない。ゆえに両家という言葉は見せかけに過ぎず、お互いの利益のみを求めただけの打算ありきの提案さ」
迷いは感じられない。
後ろめたさも感じない。
そこにあるのは愚直過ぎる「真っ直ぐさ」。
お前のようなヤツを俺は知っていた。
その事実がどうしようもなく足を鈍らせ、立ち止まらせていた。
「……本当にそうだとして。お前は何を求めている?」
「君は婚約の件、気にしないと言った。ならばその言葉に甘えさせて貰おう。これは別件。建前としては両家の溝を埋める為に。そして本当の目的はその中に隠してある」
「勿体振らなくていい。さっさと言え」
「……そうだね。なら、遠慮なく。ナガレ君ってさ」
急かす俺の言葉に苦笑いを浮かべ、ソーマは部屋に設えられたシャンデリアを見上げる。
そして口を開き一言————
「————貴族が嫌いだろう? 具体的に言うなら、貴族の生き方が」
そう言う顔してる。
儚げにソーマが笑う。
「私も合わないんだ。ああいった見栄に生きる生き方がさ」
ソーマの世界にも陰りがあるんだろう。
悲しそうに、想いを馳せ、言葉は続く。
「父親は、良くも悪くも貴族だったよ。その事実がどうしようもなく私を悩ませた。……跡取り同士とはいえ、婚約の話を持ちかけたんだ。本来なら妹をこの場に連れてくるのが礼儀なんだけど、生憎とそれは出来ない。なんでだと思う?」
考え得る可能性は二つ。
この場にたまたま連れてきていなかったと言う極々在り来たりな理由。
もしくは——
「————病か」
なんらかの不自由を強いられている為、だ。
「察しが良いね。その通りだよ、妹は生まれつき足が悪い。どうしても家に引きこもりがちになってしまうんだ」
ここで話が戻る。
指し示す方向は違えど、俺と行動原理が。
本質が似通った青年の心の裡。
「そんな妹に父親が向けた感情は失望。ただでさえ爵位も決して高いものではないというのに、足の悪い妹を嫁にと勧める行為は押し付けのように見えるだろう? 政略結婚に使えないと知るや否、父親は口にはしなかったけど失望していたよ。私はそんな妹に同情した」
ああ、分かるとも。
俺がもし、ソーマだったとしても。
その考えは分かる。理解できる。
俺もまた、同情しただろうから。
「話を戻そうか。君には嘘の『婚約者』という一種の盾を。代わりに対価として妹の相手をたまにで良い。してもらいたい。アイツは少し寂しがり屋でね」
——なまじ貴族だから使用人か家族しか話し相手がいなくてね。
悲しそうに言う。
話が全て本心からのものだとして。
不可解な点は尽きない。
それは確かに良い兄そのものだ。
理想の像と言ってもいい。
だから疑問に思う。
「……分からないな」
大切な妹ならば。
どうして醜聞の立っているハーヴェン子爵家に白羽の矢を立てたのか。
「私の考えが、かな?」
「ああ」
「つまるところ、自己満足なのかもしれない。偽善に身を委ねて満足感に浸りたいだけなのかも。それでも、私は君という為人を知り、君ならば上手くやってくれるかも知れないと思ったからこうして話を持ちかけたのかも知れないな」
まるで自分ですら己の心境を理解してないかのように語る。
言葉に表すならば、その行動原理は気分。
俺の口癖となりつつある言葉だった。
「今ならどうだって言えるけど本来、縁談まで持ちかけるつもりは無かった。謝罪をして、そのまま立ち去るつもりだった。なんて、もし私がそう言ったら
————君は信じるかい? その言葉を」
先ほど話した事をお前は信じ。
二心ないものと信じれるか?と。
あえてこの話を持ちかけ、同情を誘っただけと思うかい?と。
「さてな」
くすりと破顔。
記憶に思いを馳せる瞳はじっと俺を見つめてくる。
「人とは、自らの足で立ち生きるものだ。足掻く姿。それはかくも美しい。後生大事に愛でたくなるような煌めきのようであり、黄金以上の価値があって然るべきだ」
俺独特の価値観を話す。
人とは抱えられて生きる生き物じゃない。
支え、支えられる生き物だ。
「お前の妹の事は知らないが、たかが、話し相手一つ。たかがだが、それでも予め用意されたものを与えられて誰が喜ぶ?」
かつて俺は、『ナガレ』を馬鹿と称した。
愚かで、弱くて、どうしようもないくらいに馬鹿だった。
だから俺は『ナガレ』を抱えてやった。
だけどそれは俺が『ナガレ』であったから。
他の誰でもない、『ナガレ』であったから「ナガレ」として抱えてやっただけ。
そんな『ナガレ』を抱えた俺だから分かる。
どれだけ現実を悲観しようと、どれだけ弱かろうと、『ナガレ』は自分の足で歩いていた。
他者にすがった事は多かった。
それでも『ナガレ』は自分の足で立っていた。
だから分かる。
ソーマは良い兄だ。理想的だ。
妹の為思っての行為だろうが、全てが相手の為になるとは限らない。
少なくとも俺はそう思う。
「婚約の件は聞かなかった事にする。だが、この時この瞬間の縁は大事にしたい」
一瞬、気落ちしたような表情を見せるも続く言葉を耳にし、不器用な兄は嬉しそうに笑う。
必死に、必死に。
「こんな生意気な餓鬼で良ければだが、お前の知己としてなら足を運ぼう」
自分で口にしておきながら、人とは一線を引くつもりなのになと、胸中でひとりごちる。
どうにも、困っているヤツをみると放っておけないらしい。
——損な性格してるな。
どこにも居ない人間に対して、俺は苦笑いを向ける。
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