【完結】俺の愛が世界を救うってマジ?

白井のわ

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命の危機を乗り越えたかと思えば

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 平穏を取り戻したショッピングモール。

 けれども取り戻せたのは、場所だけ。ここで働いていた人達は勿論、買い物を楽しんでいたお客さん達も居なくなったままだ。

 あの混乱の最中、どれだけの人が無事逃げおおせることが出来たのかは、分からないけれど。

「自己紹介が、まだだったな。俺は赤木コウイチ、そして……」

「オレは黄川ダイキ! よろしくね!」

「青岩アサギだ。宜しく頼む」

 ヒスイと知り合いらしい、彼ら。あの影達と、光り輝く武器を手に渡り合えていた謎の青年達が話しかけてきた。

 身の安全は確保できたとはいえ、おぞましい異常事態があったばかりだ。なのに、彼らは平然としている。慣れている、みたいだった。

 ……ヒスイも、同じなんだろうか?

「レン? ……大丈夫、大丈夫だよ」

 見上げた先でかち合った緑の瞳が見開かれ、辛そうに細められる。よっぽど俺は、情けのない顔をしていたんだろうか。

 ……しているらしい。

 大きな手が、俺の頬を、背中を撫でてくれる。労るみたいな優しい手つき。温かい手のひら。優しい声。

 もう、限界だった。突っ張っていた心の糸がぷつんと切れて、身体が急に震え出す。突然力が抜けていく。

 膝から崩れ落ちかけていた俺を、逞しい腕が抱き止めてくれた。

「ヒスイ……ヒスイ……」

 とにかく触れたかった。触れて、安心したかった。

 察してくれたのか、助けを求めるように伸ばしていた手が握られ、繋がれた。やっぱり温かい。

「うん、ここに居るよ。よく頑張ったね。もう、怖いことは終わったんだ。終わったんだよ」

「うぅ……えっ……ひぅ……」

 人前だとか、いい年の男がだとか、そんな矜持に構ってられなかった。堪えれなかったんだ。

 目が、鼻が、熱くなって、ジンとして。壊れたみたいにボロボロ止まらなくなる。優しい指先が何度も目元を拭ってくれたけれど、止められなかった。

「……すまない。配慮に欠けていたな」

「そう、だよね……怖かったよね……怖いんだよね、普通は……」

「……迎えが来るまで、そこのベンチでゆっくり休んでいるといい。後のことは、僕達が済ませよう」

「……ありがとうございます」

 申し訳無さそうな声、悲しそうな声、気遣う声。聞こえていたけれど、答える余裕なんてなかった。その時の俺は、ただ広い背中に縋りつくだけで、精一杯だったんだ。



「大丈夫? 水、飲める?」

「……うん、ありがとう」

 手渡されたペットボトルを受け取ると、もうすでにキャップが開けられていた。

 至れり尽くせりだ。今だって、ベンチに座っているのに俺の肩を支えるみたいに抱き寄せて、頭をよしよし撫でてくれているんだからな。

 ……涙は有限だ。どんなに辛くても、悲しくても、ある程度出しつくせば止まってしまう。

 それから、泣くという行為にはリラックス効果があるそうだ。副交感神経がどうとかで、とにかく落ち着くらしい。つまりは冷静になれてしまう。

 ……そう、今更なんだが、恥ずかしさが湧いてきているんだ。ヒスイの顔をまともに見られないくらいには。

 だって、思いっきり泣きじゃくったんだぞ? 子供みたいに。しかも、ブレザーがシワまみれになるくらいぎゅうぎゅう抱きついて。

 それだけならまだいい。命の危機を乗り越えたばかりだったんだ。遅れてやって来た恐怖だとか、二人共無事だった安心感のせいに出来る。実際、そうだったんだし。でも、問題なのは、その後だ。

 俺をベンチに座らせ、直ぐ側の自販機へ向かおうしていたヒスイ。

 たった数歩だ。見える距離しか離れないってのに俺は「嫌だ」「一緒に居て」などと散々ゴネてしまったんだ。コアラの赤ちゃんみたいに全身で抱きついて、離そうとしなかったんだ。

 結局、ヒスイが俺を片手で抱き上げ、水を購入、そして今に至るという訳だ。

 うん。酷い。酷過ぎる。今すぐにでも、穴に埋まりたいくらいだ。つーか、埋めてくれ。後生だから。

「……飲めないの? 大丈夫? 手伝ってあげようか?」

「い、いや大丈夫だ。一人で飲めるぞ、ちゃんと」

 いかん、余計な心配をかけてしまった。思い出し恥ずかしなんぞしていたせいで。

 ただでさえ、しょんぼりと沈んでいた顔が悲痛に歪む。俺のことなのに。俺よりも、絶対にヒスイの方が大変なのに。

 これ以上、ヒスイの負担になってたまるか。開く寸前だったキャップを取り、汗をかき始めていたペットボトルを一気に煽る。

 空回りする時ってのはとことんだ。

「ごぼっ……げほっ、けほっ……っ……」

「レンっ!?」

 乾いた喉が、突然流れてきた冷水にびっくりしてしまったらしい。飲み下しきれずに、盛大にむせてしまった。

 口に含んだ半分も入らなかったんだろう。もう、びっちゃびちゃだ。口の周りも、顎も、襟元や腹の辺りまで。

 また、泣きそうだ。いや、もうちょっぴり出てた。生理的なのが。たった少しの水分補給が、もう身体に反映されたらしい。

「大丈夫? ごめんね……俺が急かしちゃったから」

「……いや、俺が、悪い……んだ……ヒスイは、何も……」

 度重なる醜態を晒したからだろう。たった少しの間に俺の親友は、お母さんになってしまった。

「ゆっくり飲むんだよ? そう、口に含んで……うん、いい子だね。よく出来たね。えらい、えらい」

 結局、負担を増やしてしまった。ハンカチで濡れた俺の顔や服を拭ってくれて、水を飲む手伝いまで。

 唯一、結果オーライだったのは、笑顔が戻ったことだ。

 俺がひと口水を飲んだだけで、大げさに喜んで頭を撫でてくれるヒスイ。その表情には、さっきまでの暗さはない。

 ……だったら、まぁいいか。

 ヒスイが笑ってくれるなら、喜んでくれるなら、多少の恥ずかしさくらい何てことはない。



 俺がようやく落ち着きを取り戻した頃、青年達が言っていた迎えは来た。

 黒いスーツに黒いサングラスをかけた。大統領を守るSPみたいな、筋骨隆々の男達が。

 そして、どうやら俺は、その男達に歓迎されていないらしい。

「すまない……謝っても許されないことだとは分かっている……でも、これは決まりなんだ。キミは、まだ部外者だから……」

「ごめんね……怖いよね? ホントにごめん……ごめんね……」

「本来ならば、君は丁重に扱われるべき人だ……僕達だって出来るならばそうしたい……文句ならば、後でいくらでも聞こう、気が済むまで殴ってくれても構わない。だが、今は……どうか堪えて欲しい……」

 苦悶の表情を浮かべる青年達に謝られながら、俺は彼らの手によって拘束された。まるで、重罪人みたいに、徹底的に。

 手首は細いプラスチックの結束バンドで。足首にも同じ物を。視界はアイマスクによって奪われた。さらに上から何か追加で巻かれた気がした。

 他にも二の腕と胸元を纏めてテープか何かで固定されたり、太腿も……いわゆる簀巻きってヤツだ。完全に。耳と口を塞がれなかったのは、彼らの密かな反抗だったのかもしれない。

 抵抗はしなかった。する気が起きなかった。

 怖い人達に囲まれていたってのもあるけれど。ヒスイも彼らも皆、自分のことみたいに辛そうな、今にも泣きそうな顔をしていたから。

 これは理由があってのことなんだって。仕方がないことなんだって。受け入れることが出来たんだ。けれども、それで怖さが、不安が和らぐ訳ではない。

「……ヒスイ、居る? 俺の側に、居てくれる?」

「うん、居るよ……ずっと俺が側に居るからね」

 優しい声が答えてすぐに、温かいものが俺の肩に触れた。

 ヒスイの手だ。間違いない。こんなに安心する温度を、間違える訳がない。

 ホントに声が出せて良かった。ホントに声が聞けて良かった。

 真っ暗で、身動き一つ取れなくても……ヒスイが居るんだって、居てくれるんだって分かれば、何とか踏ん張れる。我慢、出来る。

「……レンは俺が運びます。いいですよね?」

「……ああ、頼む、緑山」

 有無を言わせない、怒気を含んだ声。初めて聞く声色だった。

 全身が浮遊感と温かさに包まれる。誰かは、誰の体温かは分かっていたけれど、尋ねずにはいられなかった。

「ヒスイ?」

「うん、俺だよ。今から車に乗って移動するけれど……何かあったらすぐに言うんだよ? いいね」

「……分かった」

 ドアを開ける音、閉める音、そしてエンジン音。

 よっぽど慎重に運んでくれているんだろうか。揺れなんか一切感じない。快適だ。全身拘束されてるってのにそう思うのも変な話だけど。

 変わらず俺の身体は温もりに包まれている。多分、膝の上に抱えてくれているんだろう。

 ……何か、あったら、か。こんな我儘でも、言っていいんだろうか。

「……ねえ、ヒスイ」

「なに?」

「手……握ってて欲しい……ヒスイの手、安心するから」

「っ……」

 息を呑むような音がした。

 目が見えないって、不便過ぎるな。どんな顔してるのか、分からない。

 柔らかい温もりが俺の手に触れ、包み込む。その体温は少しだけ、震えているような気がした。
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