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白井のわ

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青に染まって

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 見慣れた駅の構内、改札口を抜ければこれまた見慣れた街並み。それぞれの目的地を目指してのんびりと、あるいは足早に歩いていく人々。

 まだ、待ち合わせの時間には余裕があるな。

 行き交う人の波から外れ、邪魔にならないところで取り出したスマホ。ロックを解除して表示された時刻は、丁度待ち合わせの時間の三十分前だった。
 いつもの喫茶店でひと息入れていれば、アイツもその内やって来るだろう。何もトラブルっていなければ。

 念の為にメッセージを。着いたこと、いつもの駅近くの喫茶店に向かうことを送っておいた。既読はすぐに付いた。返事も来た。

「……乗り間違いで少し遅れる、か。やっぱり上映時間よりも余裕持って待ち合わせておいて正解だったな」

 こういうのも方向音痴ってことになるんだろうか。

 オッケー。気にしないで。そう書かれたスタンプを、ぽん、ぽんっと続けて送った。メッセージと一緒に描かれているキャラクターは、デフォルメされたイルカのような、クジラのような。ぽやっとした表情が気に入っている。再び既読がついたのを見届けてからアプリを閉じ、スマホをショルダーバッグへと。喫茶店へと向かって歩き始めたところでそれは起きた。

「あ……?」

 目の前の街並みが、視界が青に染まっていた。

 目がおかしくなってしまったんだろうか。慌てて瞼を閉じてから、開いてみたものの景色は変わらない。まるで青のセロファン越しに世界を見ているかのような。全てが青い光に染められた光景は、海底のように幻想的ではあるけれど、何だか不気味で。

 ……青い、光?

 自然と俺は空を見上げていた。途端に目を眩ませた光の強さは太陽とは変わらない。けれどもその色は。

「何、で……?」

 不可思議な現象は、現状を上手く飲み込む時間すら与えてくれない。不自然なほどに真っ青な空から、何かが振り注いできていた。

 雨ではない。雪でもない。でも、丸い、ような。

 青い光すら覆い隠さんばかりに振り注いでくる謎の物体。もし俺が映画を観るように客観的に自分自身を見ているならば、早く逃げろ! と叫ぶだろう。でも、現実は。

 何が起こっているのか分からないまま、ただただ神秘的で不気味な空を眺めるばかり。一歩も動くことも出来ずに、俺はその物体を。

 ぱち、ぱち、ぱちん。

 軽やかな音と共に、無数の細かなシャボン玉がふわりと飛ぶ。足元を、街を、埋め尽くしては、儚く弾ける。

 何かは巨大なシャボン玉だったみたいだ。雨のように降り注いできたそれは、地面にぶつかる前に弾けては、その中に大量に溜め込んでいたのか無数の小さなシャボン玉を撒き散らしていた。

 小さなシャボンも弾けて、中から吹き出してきたのはサファイアを砕いたかのような青。煌めく液体が、いくつもの水たまりを作っていく。

 奇妙で、それでも綺麗で幻想的な。生まれて初めて見る光景に目を奪われている内に、俺の足首はその青い液体に埋まっていた。

 沈んでいた。そう表現する方が正しいんじゃないかって? ただの水だったら、俺だってそう表現していたと思う。でも違ったんだ。その水は液体のクセに固体だったんだ。
 何を言っているんだって? いや、俺だって変なことを言っている自覚はあるよ。でも、そうとしか思えなかったんだ。
 小さなシャボンが地面に、いやもう青い水面か。とにかく落ちて弾ける度に水かさがじわじわと増していく。それは確かに水のように波打っているってのに、足は全く動かせなくなっていたんだ。コンクリートで一瞬の内に固められてしまったみたいにな。ほら、液体なのに固体だろう?

 不思議な青によって、少しずつ身体の自由を奪われていく。膝の高さにまで届いていたかと思いきや、すぐさま腰の高さにまで。何も出来ずにいる間にも、シャボン玉の雨は止まない。勢いを増して、どんどん降り注いでくる。青が、確実にかさを増していく。
 普通なら、いや誰だって混乱しながらもどうにか逃げ出そうと足掻くだろう。もしくは現状に怒り、あるいは恐怖で泣き叫んだり、狂ったように笑ったり。ただただ神様に祈る人もいるかもしれない。でも、そうはならなかった。

 ただ、皆、呆けた顔をして青い水面を見つめながら佇んでいたんだ。

 誰も声を上げることはなかった。周囲を見渡してみたり、空を見上げることもしない。
 俺自身も落ち着いた気分でいた。心が凪いでいるってこんな気分なのかもしれない。もうダメだなって、直感的に分かったからだろうか。それにしては、怖くも何ともないのが不思議だけれども。

 増していく水位につれて、濁り、ボヤけていく思考。それでも何とか思い出せたのは。

「……映画、一緒に見れなかったな」

 楽しみにしていたのに。アイツも嬉しそうにしていたのにな。俺だったら絶対にハマるって。楽しめるからって。
 まだ電車の中だろうから、ここよりはマシだったりしないかな。奇跡的に無事だったりは。俺に出来ることは、もう、ただ彼の無事を祈ることしか出来ないけれども。

 星なんか、見える訳がないのに空を見上げていた。
 降り注いでいた無数のシャボン玉は、いつの間にか少なくなっていて。

 人影が見えた。
 遥か上空に浮かんでいる、誰かがそこに居た。
 俺を見つめていた。
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