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万が一の時は
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みぃっとひと鳴きしてから、白くてふわふわの長い身体を、尻尾を俺の首元にゆるりと回してくる。本当にマフラーみたいだ。ネモネ的にはこっちの方が乗って居やすいからだろう。肩にしがみつきながら背中にぷらんとくっついているよりも。
「では、参りましょう、カイト様」
「ああ」
頷けば、白い手に優しく手を引かれた。
部屋の外へと繋がっている唯一の扉へと歩み始めた矢先に、ひんやりとした何かが俺の背に優しく触れてきた。
顔だけ振り向けば、見えたのは薄ぼんやりとした影。繋いでいる手とは別の、けれどもこちらも彼の手だという、コートの裾からゆらりと二本伸びている変幻自在な黒。今はその片方だけでも、俺の身体を包み込んでしまえそうな大きな手のひらが俺の背に添えられていて。
けれども、すぐに離れていった。まるで俺の視線に気が付き、驚いたみたいにその長い指先をわたわたとさせながら。
「申し訳ございませんっ、此方の手で貴方に触れる際には事前に許可を取るというお約束でしたのに……」
ああ、そういう。ということは、また無意識の内に手が出ていたのかな。
リアムは、よっぽど気にしてしまっているようだ。声色だけではなく、あまり表情の変化が分かり辛い整った顔にも申し訳なさが滲んでしまっている。
いいのにな、別に。頬をつつかれるみたいにびっくりはしないし、それに。
「いいよ。気遣ってくれていたんだよな?」
「良いんですか?」
尋ねながらも、青みがかっていた黒い眼差しには、鮮やかな黄色が滲み始めている。離れかけようとしていた白い手は即座に俺の手を握り直し、わたわたしていた黒い手は早くも俺の背に触れようとしている。
さっきまでの慌てっぷりとは思えない食いつきっぷりだ。いいよ、の部分しか聞こえてなさそう。
少しばかり呆気に取られたものの、やはりその期待に満ちた目で見つめられてしまうと。仕方がないなぁ、と思ってしまう。自然と笑みがこぼれてしまう。
「ふふ……いいよ。それに万が一の時は、その手で俺のこと、守ってくれそうだし?」
「っ、はい! 精一杯っ、いえ絶対に、確実に守らせて頂きます!」
「あ、ああ、ありがとう」
冗談めかして言ったつもりだったんだが。
何が、どう彼の心に響いたんだろうか。目茶苦茶やる気満々だ。此処が何処かはまだ知らないが、彼が俺の安全を確保する為にと専用の部屋まで用意してくれたくらいだ。万が一なんて起こる訳がないだろうに。
もし躓かれてしまっても、私がしっかり受け止めますからね!
自信満々な、それでいて何処か楽し気な宣言に、そういう万が一の時は助かるかも、と納得していた。
全体重をかけて押しても、力の限り引っ張ってもビクともしなかった白い扉。白い部屋からの唯一の出口は、リアムがその前に立つことであっさりと開いた。そのノブへと手を出すまでもなく、扉自らが俺達を招くように開いてみせたのだ。
扉の先は、俺からはまだ良く見えない。長身なリアムの背によって、そのほとんどが隠されてしまっている。でも、今はそれで良かったのかもしれない。
たかが扉をくぐるだけ。日常生活において何度も、特に意識もせずに繰り返してきた行為に対して、何故だか今は躊躇してしまっている。その先には何があるのか、知りたいと望んだのは俺自身だったのに。
「カイト様」
はたと顔を上げれば、目に入ったのは優しい眼差し。
「……大丈夫、私が居ます。ネモネも」
白い手が俺の手を握り、黒い手が背中に寄り添ってくれる。俺の首を温かくしてくれているふわふわが、みっ、と元気よく鳴いた。
「不安を覚えてしまう必要はありません。此方には貴方を脅かすものは何もない。それから約束したでしょう? 万が一の時には私が確実に守らせて頂くと」
「ありがとう……そうだよな……よしっ」
俺の掛け声に合わせるように、ネモネもまた鳴き声を上げた。見上げると夜空のような瞳とかち合う。
「行こう」
「はい」
頷き合ってから俺達は、最初の一歩を踏み出した。
「では、参りましょう、カイト様」
「ああ」
頷けば、白い手に優しく手を引かれた。
部屋の外へと繋がっている唯一の扉へと歩み始めた矢先に、ひんやりとした何かが俺の背に優しく触れてきた。
顔だけ振り向けば、見えたのは薄ぼんやりとした影。繋いでいる手とは別の、けれどもこちらも彼の手だという、コートの裾からゆらりと二本伸びている変幻自在な黒。今はその片方だけでも、俺の身体を包み込んでしまえそうな大きな手のひらが俺の背に添えられていて。
けれども、すぐに離れていった。まるで俺の視線に気が付き、驚いたみたいにその長い指先をわたわたとさせながら。
「申し訳ございませんっ、此方の手で貴方に触れる際には事前に許可を取るというお約束でしたのに……」
ああ、そういう。ということは、また無意識の内に手が出ていたのかな。
リアムは、よっぽど気にしてしまっているようだ。声色だけではなく、あまり表情の変化が分かり辛い整った顔にも申し訳なさが滲んでしまっている。
いいのにな、別に。頬をつつかれるみたいにびっくりはしないし、それに。
「いいよ。気遣ってくれていたんだよな?」
「良いんですか?」
尋ねながらも、青みがかっていた黒い眼差しには、鮮やかな黄色が滲み始めている。離れかけようとしていた白い手は即座に俺の手を握り直し、わたわたしていた黒い手は早くも俺の背に触れようとしている。
さっきまでの慌てっぷりとは思えない食いつきっぷりだ。いいよ、の部分しか聞こえてなさそう。
少しばかり呆気に取られたものの、やはりその期待に満ちた目で見つめられてしまうと。仕方がないなぁ、と思ってしまう。自然と笑みがこぼれてしまう。
「ふふ……いいよ。それに万が一の時は、その手で俺のこと、守ってくれそうだし?」
「っ、はい! 精一杯っ、いえ絶対に、確実に守らせて頂きます!」
「あ、ああ、ありがとう」
冗談めかして言ったつもりだったんだが。
何が、どう彼の心に響いたんだろうか。目茶苦茶やる気満々だ。此処が何処かはまだ知らないが、彼が俺の安全を確保する為にと専用の部屋まで用意してくれたくらいだ。万が一なんて起こる訳がないだろうに。
もし躓かれてしまっても、私がしっかり受け止めますからね!
自信満々な、それでいて何処か楽し気な宣言に、そういう万が一の時は助かるかも、と納得していた。
全体重をかけて押しても、力の限り引っ張ってもビクともしなかった白い扉。白い部屋からの唯一の出口は、リアムがその前に立つことであっさりと開いた。そのノブへと手を出すまでもなく、扉自らが俺達を招くように開いてみせたのだ。
扉の先は、俺からはまだ良く見えない。長身なリアムの背によって、そのほとんどが隠されてしまっている。でも、今はそれで良かったのかもしれない。
たかが扉をくぐるだけ。日常生活において何度も、特に意識もせずに繰り返してきた行為に対して、何故だか今は躊躇してしまっている。その先には何があるのか、知りたいと望んだのは俺自身だったのに。
「カイト様」
はたと顔を上げれば、目に入ったのは優しい眼差し。
「……大丈夫、私が居ます。ネモネも」
白い手が俺の手を握り、黒い手が背中に寄り添ってくれる。俺の首を温かくしてくれているふわふわが、みっ、と元気よく鳴いた。
「不安を覚えてしまう必要はありません。此方には貴方を脅かすものは何もない。それから約束したでしょう? 万が一の時には私が確実に守らせて頂くと」
「ありがとう……そうだよな……よしっ」
俺の掛け声に合わせるように、ネモネもまた鳴き声を上げた。見上げると夜空のような瞳とかち合う。
「行こう」
「はい」
頷き合ってから俺達は、最初の一歩を踏み出した。
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