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しおりを挟むその一、
不器用なくせに彼に料理を食べて欲しくて頑張った結果、結局激まず料理が完成した。
「っ、あ!だ、だめ!」
「何で。」
「そ、それは僕が食べるから、透くんのご飯は今からスーパー行って買っ」
「腹減ったからもう食うし。」
「・・・・・・あああ・・・っ!」
慌てて冷蔵庫に隠そうとした料理を仕事から帰ってきた透くんは目ざとく見つけてしまい、全て平らげてしまったのである。
そのニ、
ヒート中、ぐちゃぐちゃになった汚い顔を見られたくなくて顔を隠していたら、手を押さえられて隠せなくなった。
「んっ、あ、や、やだぁ、」
「全部見せろって、言ってんじゃんっ、」
「あっ、ああっ、だって、きたなっ、!、きゃうっ」
「隠すのが悪い。」
「・・・っ、あああっ、」
涙も鼻水も涎も全部垂れ流しの汚い顔全開で、僕は意識を何度も飛ばして一日中抱き潰された。
こんな感じで僕の恋人、高梨 透くんはどんなお願いをしても全然言うことを聞いてくれない。
だからふと、僕のくだらない悪知恵が働いた。
「別れてほしい」とお願いしたら、彼はどんな反応をするんだろう。
これもいつもみたいに「嫌だ」って、お願いを聞かずに別れないでいてくれるのかなって。
もちろん「別れほしい」だなんて本気で考えたこと今まで一度もない。
透くんは通勤途中の電車でヒートを起こしかけた僕を偶然見かけて病院に運んでくれた僕のヒーロー。
しかもヒートが不安定で苦労してやっと派遣社員で雇ってもらったのにまた休んだらクビになってしまうと怯える僕に、何と新しい就職先まで紹介してくれた。
今の世の中、Ω差別はもうさすがにほとんどない。
だけど、Ωの就職となれば話は別だ。
特に男のΩの全体数が少ない上に、僕は体質的に抑制剤が効きにくくて、ヒートの周期が不安定。
そういう人材を会社側も正規で雇いづらいのは僕にだって分かる。
だけど透くんが紹介してくれた会社は社長さんがΩというだけあって理解と手当が厚く、働いているΩの人も他の会社より多くて、僕にとっては天国みたいな場所。
子どもみたいに泣きながら何度も何度も頭を下げて、それだけじゃ感謝が伝えきれないからと食事に誘ったら嫌がらずに来てくれて。
楽しくお酒を飲んでるうちについ最近終わったはずのヒートが来ちゃって、その結果透くんを巻き込んでしまった。
『責任取る。付き合って一緒に住もう。』
避妊もちゃんとしてくれた上に僕のヒートが落ち着くまで相手をしてくれた。
抑制剤を飲まずにヒートが落ち着いたのは初めてで、体への負担がこんなにも少ないのかと驚いたくらい。(強めの薬は副作用が大きい)
そう言って何の落ち度もない透くんに僕が何度説明しても、彼は頑なに譲らなかった。
将来有望、大手商社に勤める透くんは僕には勿体無い超超超かっこいい人。
両親共にαって言ってたから遺伝子的にも優秀なんだろうけど、彼自身とっても努力家でいつも遅くまで仕事を頑張っている。
まだまだ若いのに新しくできた後輩やお世話になってる先輩の分まで仕事のフォローをしたり、自分に出来ることは何でも率先してやったり・・・とにかく凄いわけ。
それに毎週欠かさずジムに通って腹筋綺麗に割れてるし、料理もできて、気遣いもできる。
顔もキリッとした目元が涼しげで表情はそんなに豊かな方とは言えないけど、たまに笑う顔なんて思わず胸がキュンと、しちゃうくらい・・・、僕は透くんのことが大好きだ。
実は随分前から透くんのことは通勤電車で見かけていた。
周りの人より頭ひとつ分背が高い透くんは特別なことをしなくてもいつも目立っていたし、正直透くん目当てであの時間帯の電車に乗っていた人も多いんじゃないかと思う。
・・・・・・だって、僕もその一人だったから。
それがこうして今、偶然に偶然が重なって、奇跡が起きた。
何の取り柄もない僕が透くんと付き合えて、一緒に住んで暮らしてるだなんて本当信じられない。
だからきっと、調子に乗ったバチが当たったんだと思う。
あの日はちょうど付き合いだして半年記念日で、僕はいつものように記念のケーキを買って少しウキウキしながら家路に着いた。
珍しく家に灯りがついていることに驚いた僕が慌てて玄関を開けると、部屋の中から夕食の美味しそうな匂いが漂っている。
透くんはすでに冷蔵庫にあった物で夕食を作ってくれていて、僕をハグで出迎えてくれた。
普段そういうスキンシップの類いを透くんはほとんどしないタイプで、僕は舞い上がってケーキの入った箱を落としてしまう。
半べそをかいた僕の鼻を摘んだ透くんは「二人で食べれば何だって美味いだろ」と甘い言葉を口にして、僕をダイニングへと連れて行ってくれた。
二人で美味しい夕食を食べて不恰好なケーキを半分こして食べた後、僕は平然を装って透くんに問いかける。
「ねえ、透くん。」
「なに。」
「他に気になる人ができたから僕と別れて欲しいんだけど。」
何でこんな理不尽なお願いに「嫌だ」と透くんが答えてくれるだなんて自信があったのか。
答えは簡単。
透くんが僕のことをたくさんたくさん大事にしてくれたから、何も持ってない出来損ないのΩのくせに、自信だけがついてしまったが故の大惨事。
全部僕が蒔いた種なんだから馬鹿としか言いようがないよね。
「分かった。」
「・・・・・・え?」
「俺が引っ越せばいいし、このマンションは投資で買ったところだからこのまま住んでいいよ。」
「い、いや、それは、」
「ケーキご馳走様。美味しかった。」
「あ、う、うん。」
「じゃあ、おやすみ。」
僕の頭に伸ばしかけた透くんの大きな手は寸前のところで止まり、何事もなかったように元に戻っていった。
しばらく呆然とした後、ケーキの皿を片付けようと伸ばした手が情けなく震えていることに気づいて、自分は取り返しのつかないことをしてしまったのだとようやく理解する。
声を殺して泣いたところで何も変わらないのに、僕はキッチンでも、浴室でも、自室でも、ずっとずっと泣いていた。
早朝、自室から聞いた玄関扉が開く音。
いつもより随分と早い時間に彼は会社へ出勤して行き、それっきりこの家に戻ってくることはなかった。
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