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しおりを挟む「別に断ってもいいのよ。ジェハが決めれば良いわ。」
「・・・へ?」
サフィーが来た日の夕飯の時間。
持ち掛けた汁椀をゴトっと倒してしまった。
隣には母上の言葉に心底不服そうな顔をしたサフィー。
そして溢れた汁が広がる前に、すかさず拭いてくれたのはうちの有能な側仕えロイ。いつも本当ありがとうな、ロイ。
衝撃の一言に言葉が出ない俺に変わって、斜め前に座ったリファが、カチャンッと雑に箸を置いて口を開く。
珍しく怒っているように見えた。
「結婚は決まった話じゃなかったの?ジェハを困らせないで。」
「断ってはならないとは言われていない。・・・他にも縁談の話が来ているのでしょう?貴方には。」
リファからサフィーに視線を移し、優しく微笑むあの母上の顔は、サフィーを挑発してるようにも見える。
サフィーがそれに気づいているのかは分からない。
真っ直ぐと母上を射抜くような目で見据えたまま、俺の肩を引き寄せた。
「受ける気はない。分かっているだろう。」
「運命の出会いがあるかもしれないわよ。」
「運命の相手にはもう出会った。」
「ジェハはそうと限らないでしょう。貴方とは"最近"顔を合わせたばかりなのだから。」
「・・・・・・・・・チッ」
おお・・・、母上に舌打ち。
さすが皇子。なかなか強いな、サフィー。
二人とも妙に含んだ言い方が気になるところだけど。
それにしても・・・・・・、何だこのどよどよした空気は!空気、悪ッッ!!!
父上だけだぞ、動じてないの。もぐもぐ普通に食べてるし!
「・・・分かった。俺が決めて、返事するから。母上は心配してくれてんだよ、多・・・分。リファ、怒んな。」
「怒ってない。」
「本当嘘下手だな。」
「ふん。」
リファがあんな風に口を尖らせているときは、本当に腹が立ってるときだ。
母上に物申すのも珍しいし、俺のこと心配してくれたんだよな。
ありがとう、リファ。
ロイが淹れてくれたお茶を飲んで、母上は静かに立ち上がり、自室に戻って行った。
ふとリファに目をやると、首元にある飾りを人差し指にくるくると巻き付けている。
細い鎖に、小さな花の飾りがついていて中心に黒い石が埋まったもの。
俺が祭りでリファに買って贈った首飾りだ。
結構気に入っているらしく、渡した日から欠かさず毎日つけてくれている。・・・可愛い奴め。
普段こんなふうに怒ることもないから、なかなか気持ちの整理がつかないんだろう。
指でずっと首元の花を弄んでいる。
「落ち着くまでそうしていいから、鎖は千切んなよ。」
「そんなに引っ張ってないもん。」
「はいは」「首飾り?」
「おわっっっ?!!」
サフィーがリファの首飾りに釘付け。
肩を抱いていた手にグッと力が入ったからびっくりした。
目を見開いて、固まってるんですけど・・・ええっと・・・?
「何、こいつどうしたの・・・?」
「単に妬いてるんじゃない?でもこれはあげないからね、サフィー様。これは、わ・た・し・の♡可愛い弟から・・・のね♡」
「・・・・・・ジェハ?」
「えっ?な、な、なに?!怖っ、顔怖っ!俺、首飾りあげただけなんだけど?!!」
「・・・まあ、母上が過保護になるのもわかるんだよ?ジェハは色々疎いの。あの父上だって心配して、帽子被らせるくらいはしたもんね。結局まさかのサフィー様に目付けられたわけだけど。・・・あはは。」
「誰にも譲る予定はない。」
「なに?!何の話?!帽子は日除けだろ?!!」
「「・・・・・・・・・」」
「二人とも、何、その目!!!!ヤメテ!!」
じとっと、湿った目で俺のことを見るな!!
首飾りが、何?
あの帽子が、何?
疎いって、何!!!?
「サフィー様。ジェハの部屋の周り、夜は周りに誰もいない端っこだから。」
「承知した。」
「何の話・・・って、何で俺を抱える?!!恥ずかしい!ロイが見てるんだけ・・・ええっ?!ロイ泣いてる!?何故に!!?」
「・・・ロイには、色々世話になったからな。」
「はあああ?何言って・・・?お前は今日ロイに会ったばっか・・・ちょっ、ちょちょ!!」
サフィーは俺を担ぎ上げ、スタスタ部屋に歩いて行く。
貸した部屋の前を華麗に素通りして、躊躇うことなく俺の部屋にあいつは入った。
「俺、抱き枕じゃないんだけど。」
「もう少し太った方が抱き心地は良さそうだな。」
「・・・・・・痩せてやる。」
「ほら、早く寝ろ。」
「お前がな!!!」
喉を鳴らして笑ったあと、また俺の背中をさするサフィー。
『こいつを追い出すまで寝てなるものか!』と意地を張っていた俺。
が、しかし、数分後には夢の中。
単純すぎて涙が出るぜ。
この日から、朝目を覚ますと『今から俺のこと締め殺す気なの?』と思うぐらいガチガチに俺を抱きしめたサフィーを、遠慮なくボコスカ叩いて起こすのが日課になった。
-----------------------
皇子くせして、あんまり愛想ない。
筋肉馬鹿。
すぐ俺の匂い嗅ぐ、変態。
色々あいつへの悪口を頭で浮かべてみたものの、目の前の光景が"そんなこと大したことじゃない"と語っている。
「今日もモテモテですなぁ。」
「・・・・・・気のせいだろ。」
俺の返事に、ぐふふ、と笑うリファの顔がうるさい。
数メートル先には、人に囲まれたサフィーの姿。
外からの人間が超珍しいことに加え、そいつがまさかあの帝国の皇子と聞けば、みんな放っておくわけがない。
しかもあの整った顔に、あの鍛え上げられた体だ。
老若男女問わず、まあ~~~・・・人が寄ってくる、寄ってくる。
今日は屋根の補修。
大きいだけで、ガタがきてる我が家。
雨漏りが酷かった場所を中心に補修を始めていたんだけど、俺とリファじゃ、全然作業が捗らなかった。
いきなり教えたところで、そんな役に立たないだろうと舐めてかかっていた俺たち双子。
ところがどっこい、サフィーの学習能力の高さよ。
テキパキテキパキこなしていき、昼前に目処がついた。
で、今昼飯。
『これ食べな』『こっちも美味しいよ』と食べ物が沢山届く。
ここ数日間、サフィーの手が空いた時に、薪割りとか、壁の補修とか。体格を活かした仕事を手伝ってたら、この様さ。
愛想はないけど、社交性はあるもんな。
腐っても皇族。やっぱすげーわ。
「でもさ、ジェハ以外にデレデレしないところがサフィー様って感じ。」
「・・・・・・デレデレなんかしてない。」
「じゃあもっとした方がいいな。」
「!!?んなっ!??」
数メートル先に居たはずのサフィーが、いつの間にか真横に居る。
足音を消して歩くな!お前は野生動物か!
「ココの実も貰った。ジェハが食べろ。」
「食べる。」
「あは!それは即答じゃん。ブレないね~。そろそろあの場所の実も良い感じなんじゃない?」
「・・・リファが行ってきて。」
「ええ~?あの木まで結構遠いから疲れるんだけど。昔はジェハが行ってたのに、ぱったり行かなくなったよね。私ばっかりじゃん。」
俺はココの実が大好きだ。
三度の飯をココの実に置き換えたっていい。
そんな筋金入りのココの実好きの俺が、心底気に入ってるココの木がある。
山を少し下った先、小川の近くに生えている木だ。その木になる実が一番美味い。冗談抜きで一番だ。
リファと遊んでる時に偶然見つけた木で、多分俺とリファしか知らない。
でも。
いつからか、あの木を見ると胸がキュッと苦しくなるんだよ。
最後に行ったのは、確か十歳にもならないくらいの時。
思い出すのは、白黒の風景で、俺の頭には何故か包帯。
リファと激しい喧嘩でもしたっけな。正直よく覚えてない。
「サフィー様と行ってくれば?ネロも居るし、乗せてもらったらいいじゃん。」
「別にそこまでして食べなくてもい、」
「行こう。」
「いや、いいよ。この実も美味そ」
「俺がジェハと行きたいんだ。」
食い気味に返事をするサフィーに、手をぎゅっと握られて、顔を上げる。
サフィーはまたあの少し泣きそうな顔に見えて、俺は『仕方ねぇな』と呟いて、差し出されたココの実を頬張る。
この実は少し、採るのが早かったらしい。
「・・・すっぱ・・・」
何で、あの場所を思い出すと胸がキュッとするんだろう。
何で、サフィーはあんな寂しそうな、泣きそうな顔なんだろう。
そんなことを考えているうちに、サフィーはさっさと立ち上がって残りの作業を片付け始めた。
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