一目惚れは、嘘でした?

谷川ざくろ

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14 シエラ、指輪をもらう

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 翌朝、シエラはリオンと手を繋いで食事室へとやって来た。
 一気に悪化して一気に快復したアルフレッドとは違って、リオンの熱はぐずぐずと続いていたのだが、今朝ようやく全快したのである。

「おはよう、リオン。具合はどうだい?」
「お、おはようございます、お義兄さま……」

 挨拶だけして質問に答えず、リオンはモジモジとシエラの後ろに隠れてしまった。
 アルフレッドが「どうしたの?」と困ったような視線を向けてくる。
 その視線を受けた瞬間、シエラの頬がポッと染まった。

 アルフレッドの目を見ていると、どうしても昨晩のことを思い出してしまう。
 初めてキスをした。何度も何度も唇を重ねた。
 その時の感覚がまだ残っていて、いつの間にか指先で唇をなぞっていた。

「…………」
「…………」

 それを食い入るように見ているアルフレッドの目に気付く。
 言葉を失うシエラと同じく、アルフレッドも口を噤み視線を逸らすが、黒髪の隙間から見える耳が赤い。
 また熱がぶり返したのかと思うほどだが、そうではないと分かるから、シエラは何も言えない。

「……けんかしたの?」

 姉と義兄の間に流れる空気がいつもと違うことに気付いたのだろう。
 リオンが二人を交互に見てから、不安そうに眉を下げた。

「そっ、そんなことないわよ」
「そうだよ。なんでもないよ」
「ほら、リオン。お義兄さまに伝えることがあるんでしょう?」

 シエラに促され、リオンがおずおずと前に出てくる。
 それでも両手に抱えた本で顔を半分以上隠すようにして、背の高いアルフレッドを見上げた。

「あのね……この前は、言うことをきかなくてごめんなさい。アンナを助けてくれて、ありがとうございました」

 アルフレッドがふっと表情を緩めた。
 リオンの身長に合わせるように膝をつき、背中も丸める。

「みんな無事だったからいいんだ。リオンも元気になってよかった。今日は何をして遊ぼうか?」
「遊んでくれるの?」
「今日は休みなんだよ。リオンは何がしたい?」

 モジモジしていたリオンが目を輝かせる。
 手にしていた本をアルフレッドに見せるように突き出して、元気よく言った。

「じゃあ、ぼく、馬にのってみたい!」
「馬? ああ、なるほど」

 アルフレッドがリオンの抱える本にチラリと視線を落として、納得したように頷いた。

 リオンが持っている本は『少年と銀のたてがみ』だ。
 主人公の少年と相棒の馬の物語で、この国の男児は大抵この本を読んで馬に憧れを持つ。

 リオンも七歳だ。
 乗馬を習わせるにはちょうどいい年頃なのだが、当然、今まで馬に乗ったことはない。

「よし、じゃあ今日は僕の馬に一緒に乗ってみようか」
「やったぁ! 姉さま、行ってくるね! 本もってて!」
「はいはい。お義兄さまの言うことをよく聞いてね」
「はい!」

 リオンは『少年と銀のたてがみ』をシエラに託し、アルフレッドと手を取り外に出た。
 思わずシエラが「はぁ」と息を吐くと、側で一部始終を見ていたイブがにこにこと笑いながら話しかけてきた。

「何かございましたわね」
「なっ……何もないわよ?」
「それで何もなかったと思う方が難しゅうございますわ。ご婚約なさっているのですから、わたくしは何も申しませんけれども」
「申しているじゃないの」

 リオンと同じように本で顔を隠したシエラに構わず、イブは続けた。

「お嬢様が幸せになってくださったら、それで」
「し、幸せよ……」

 その後は、乗馬中の二人がよく見える部屋の窓辺で編み物をして過ごした。



 しばらくして、初めての乗馬に興奮した様子のリオンが戻ってきた。
 隣のアルフレッドに何やらしつこく絡んでいる。

「ぜったいだよ」
「分かったよ」
「ぜったいに、ぜったいだよ」
「ああ、絶対」

 アルフレッドが苦笑しながら頷いている。
 何事かと思っていると、リオンがシエラに駆け寄り自慢げに笑った。

「お義兄さまが、ぼくの馬を連れてきてくれるって!」
「え? 馬を?」
「乗馬はできて損はないよ」
「それはそうだけど……」

 さすがに馬は高価すぎる。
 それに生き物だから、世話もしなければいけない。
 ただほしいから買ってもらう、というわけにはいかないはずだが、そこはすでにアルフレッドから説明済みのようだ。

「馬の世話を習って、毎日欠かさず面倒を見るって約束したよね?」
「はい! いっしょう大事にして、しんゆうになるんだ! だからいいよね、姉さま?」
「毎日しっかりお世話するならね。お義兄さまにもお礼を言って」
「やったぁ! ありがとうございますお義兄さま! 姉さま!」

 少し甘い気もするが、満足に遊ぶこともできなかった過去を思うと、アルフレッドがいいと言っているならいいか、という気になってしまう。
 わがままに育たないよう気をつけなければ。

「馬はぼくがえらんでいいんだよね」
「ああ、いいよ。僕と一緒にね」
「ぜったいだよ」
「絶対」
「ぜったいにぜーったい」
「僕はずいぶん信用がないらしいな」

 おかしそうに笑ったアルフレッドは、「そうだ、少し待ってて」と言い残して書斎に向かった。
 すぐに戻ってきたアルフレッドの手には、なぜか指輪が乗っている。

「私、アルフレッド・ベルーフィアは、リオン・ハウエルの生涯の友となる馬をリオンと一緒に探し、その決定権はリオンにあることをここに認めます」

 アルフレッドが指輪に向かって話しかけた。
 それから指輪をひと撫ですると、

『私、アルフレッド・ベルーフィアは、リオン・ハウエルの生涯の友となる馬をリオンと一緒に探し、その決定権はリオンにあることをここに認めます』

 と、指輪からアルフレッドの声が聞こえてきた。

「わあっ」
「指輪からアルの声が!」
「録音魔法。母の研究だよ。父と喧嘩したときにはこれで言質を取るんだって息巻いていてね。研究成果は全部燃えて、この指輪の作り方も失われてしまったけど、いつか僕が完成させようと思っていた。最近ようやく試作品が完成したところなんだけど、うまくいったみたいだ」

 アルフレッドはもう一度同じ音声を流してから、指輪をシエラに差し出した。

「約束の証拠であるこの指輪をシエラに持っていてもらうのはどう?」
「いいとおもいます!」
「じゃあシエラ、手を出して」

 早く早く、とリオンに促され、シエラは手を出した。
 しかし、指輪を受け取ろうと出した手のひらがひっくり返され、手の甲が上になる。
 
「アル?」
「つけさせて」

 言うやいなや、シエラの薬指にすっと指輪がはめられる。
 小ぶりな石が一粒はめ込まれただけのシンプルな指輪だ。

「お母様の研究の、大切なものなのに……私が身につけていていいんですか?」
「うん。シエラに持っていてほしい」

 手をかざすと、赤い石がきらめいた。
 アルフレッドの瞳とよく似た色だった。

「きれい」

 好きな人の色をまとうのは、こんなに幸せなことなのか。
 リオンとアルの約束が果たされた後も、その指輪はずっと、シエラの指を飾ることとなる。
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