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1.身代わりのお見合い
身代わりのお見合い④
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父はもちろん知っているはずだが、娘の花嫁姿が見られるかもしれないという伯父の誘惑に負けたのだろう。かろうじて「無理はしなくていいからな」と励ましてくれた。
お見合い会場となるホテル内のレストランの個室に入り、相手が来るのを待つ。
程なくして相手がやってきて、伯父がそれぞれの紹介をしようとすると、キッパリとした声がそれを遮った。
「子どもではないんですから、自己紹介くらい自分たちでしますよ。ねぇ? 菜々美さん?」
違います。
そう言わなくてはいけなかったのに。
「神代佳祐です。柚木菜々美さん」
「名前……」
「お見合い相手の名前くらいは把握していますよ」
そのよく通る声とハッキリした物言いに押されてしまって、こくり、と香澄は頷いてしまったのだ。
「まあ……それもそうか。神代さん、どうぞお掛けください」
こちらは伯父がいるけれど、神代は一人で来ていた。彼はひっきりなしに伯父が話すのを聞いていて上手に伯父の相手もしていたが、伯父がそれなりに気を遣っていることも香澄はなんとなく分かる。
やり手のCEOで取引相手であり、怒らせてはいけない相手なのだと言っていたけれど、その通りであることが察せられた。
そう思うとますます顔を上げることができず、香澄はテーブルの上の真っ白なクロスの上に置かれた水の入ったグラスをじっと見ていた。
氷は入っていないが底が丸いグラスはうっすらと汗をかいている。注ぐ時に冷えた水を入れるからだろう。オシャレな形なのだが足のついたグラスの方が持ちやすいのにな……と感じた。そしてそれを心の中で打ち消す。
(そうか、洗う方にしてみたら足がない方がいいんだわ……)
なぜか全く関係のないことばかり頭に浮かんでくる。
そうしているうちに前菜から料理が出てきた。香澄は話すことが上手ではないし、伯父は話すことが大好きだ。黙っていてもなんとなく場が進んでいくことに香澄は安心していた。
前菜の白身魚のカルパッチョは食用の花が散らされ、目にも鮮やかだ。フルコースで伯父には料理を楽しめばいいと聞いていたけれど、それも道理かもしれない。
(旬のお魚……すごく美味しい)
それにお皿がとても華やかで可愛いので本当はお料理の写真なども撮りたいが、さすがにそういった場ではないので我慢する。けれど、ちょっと残念な気がした。
そんな様子を見られていたことに香澄は気づいていなかった。
食事が終わり、ほとんど香澄が口を開かなかった中、神代が香澄に向かって話しかける。
「菜々美さんはとても緊張しているようだし、庭にでも出ますか。少し話しましょう」
菜々美じゃない。けど、ずっと俯いているのも失礼だろうと香澄はやっと顔を上げる。
すると、香澄を見ていた優しくて綺麗な色の瞳にぶつかった。
お見合い会場となるホテル内のレストランの個室に入り、相手が来るのを待つ。
程なくして相手がやってきて、伯父がそれぞれの紹介をしようとすると、キッパリとした声がそれを遮った。
「子どもではないんですから、自己紹介くらい自分たちでしますよ。ねぇ? 菜々美さん?」
違います。
そう言わなくてはいけなかったのに。
「神代佳祐です。柚木菜々美さん」
「名前……」
「お見合い相手の名前くらいは把握していますよ」
そのよく通る声とハッキリした物言いに押されてしまって、こくり、と香澄は頷いてしまったのだ。
「まあ……それもそうか。神代さん、どうぞお掛けください」
こちらは伯父がいるけれど、神代は一人で来ていた。彼はひっきりなしに伯父が話すのを聞いていて上手に伯父の相手もしていたが、伯父がそれなりに気を遣っていることも香澄はなんとなく分かる。
やり手のCEOで取引相手であり、怒らせてはいけない相手なのだと言っていたけれど、その通りであることが察せられた。
そう思うとますます顔を上げることができず、香澄はテーブルの上の真っ白なクロスの上に置かれた水の入ったグラスをじっと見ていた。
氷は入っていないが底が丸いグラスはうっすらと汗をかいている。注ぐ時に冷えた水を入れるからだろう。オシャレな形なのだが足のついたグラスの方が持ちやすいのにな……と感じた。そしてそれを心の中で打ち消す。
(そうか、洗う方にしてみたら足がない方がいいんだわ……)
なぜか全く関係のないことばかり頭に浮かんでくる。
そうしているうちに前菜から料理が出てきた。香澄は話すことが上手ではないし、伯父は話すことが大好きだ。黙っていてもなんとなく場が進んでいくことに香澄は安心していた。
前菜の白身魚のカルパッチョは食用の花が散らされ、目にも鮮やかだ。フルコースで伯父には料理を楽しめばいいと聞いていたけれど、それも道理かもしれない。
(旬のお魚……すごく美味しい)
それにお皿がとても華やかで可愛いので本当はお料理の写真なども撮りたいが、さすがにそういった場ではないので我慢する。けれど、ちょっと残念な気がした。
そんな様子を見られていたことに香澄は気づいていなかった。
食事が終わり、ほとんど香澄が口を開かなかった中、神代が香澄に向かって話しかける。
「菜々美さんはとても緊張しているようだし、庭にでも出ますか。少し話しましょう」
菜々美じゃない。けど、ずっと俯いているのも失礼だろうと香澄はやっと顔を上げる。
すると、香澄を見ていた優しくて綺麗な色の瞳にぶつかった。
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