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第五部 晴天帰路
135 霧の発生源
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仙神ジョウガの治める国マナウは、タンザナイトを北上した山脈地帯にある。雲に包まれた高い山一帯が、マナウ民族の住む地方で、国名にもなっている。
「山の上空に、ホルスの神器を置いてきたよー」
空を飛んで先行していたリーシャンが、一行の元に戻ってきたのは、数日前のこと。
心菜、真、大地、そしてジョウガが変装した少女イロハの面々は、マナウの山を登っているところだった。
「祝福の竜神よ、感謝する。これでマナウは、霧の災いから救われることだろう」
イロハは、リーシャンに礼を言った。
本人は正体がばれていないと思っている。
心菜はあまり深く考えないタイプなのでイロハの正体に気づいておらず、大地はそれどころではなかった。真とリーシャンは気付いているが、指摘する必要は無いと思っている。
ともあれ、これでミッションクリアだ。
後は霧が引いてマナウが救われるのを、山の上でのんびり待てば良いと、心菜や真は思っていた。
だが……。
「霧が、引くどころか、濃くなってるにゃ……?」
空を仰いで、心菜は呟いた。
太陽を遮る霧はますます深くなるばかり。
天空に置いてきたホルスの神器は、影すら見えなかった。
「寝込んだ人が起きてくる気配もないし」
真も眉をしかめる。
一行は山に登って、イロハの家族が暮らす家に世話になっていた。
家族と言っても実際は、守護神であるイロハ付きの神官なのだろう。女性が多く、真たちにも恭しい態度で接した。
そこは高山の狭い土地に建つ都市で、あちこちに谷川が流れている。川まで数百メートルはあろうかという落差だ。険しい崖は細い橋で繋げられており、それは赤い欄干のある雅な橋だった。
建造物は石と木で出来ており、敷地が狭いので縦に高層になっている。窓や屋根には、雲と蝶々を象った陶器の飾りが置かれていた。各家の前に立てられたポールに、短冊のような黄色い旗が垂れ下がっている。マナウは年中強い風が吹き、旗が風に流れるそうだが、今は霧のせいか湿気て重くなった布が、微風に揺れるばかりだ。
マナウの住人は病んでしまっており、都市は重苦しい霧に沈んでいる。
イロハ付きの神官も半数以上、寝込んでいる状態だった。
「こんな時に枢っちがいたら、何をすればいいか分かるんだろうけど」
こういうトラブルは専門外で、何から手を付けたらいいか分からない。
真は参ったなあとぼやく。
そこで、ぼんやりしていた大地が呟いた。
「……この霧って、どこから来てるんっすかね? 源を調べれば……」
ハッと全員の視線が、大地に集中する。
「失念《しまった》。霧をどうにかする方法を考えるので、頭がいっぱいだった」
と、イロハ。
心菜は、膝に乗ったリーシャン(小型化している)を持ち上げた。
「枢たんに、聞いてみましょう!」
リーシャンの「神様連絡網」は、通信に必要な金色の石を未来の椿が持っていってしまったが、枢が二個目の石を作って持ち歩いていた。
「じゃあ、カナメに呼び掛けるよ~。もしもし~」
リーシャンの金色の角が光り輝く。
『……はい。こちらはラスボスの本拠地で、かくれんぼ中の枢だけど』
「枢たん!」
角から声が響くという珍妙な光景だが、もう慣れたので誰も突っ込まない。
かくれんぼ中とは砕けた表現だが、要は潜行任務中なのだろう。枢は見つからないために声を潜めているようだった。
「マナウから心菜がお届けします! 本日も曇り! ここ最近ずっと曇りなので、そろそろ布団を干したいです!」
心菜が報告する。
内容は別に間違ってないのだが、問題が伝わるか微妙な表現だ。
『あー、なるほど。やっぱり、ホルスの神器でも、霧を払えなかったんだな』
しかし、枢には伝わった。
さすが恋人というべきか。
しかもこの状況を予測していたらしく、驚いていないようだった。
真が割って入る。
「枢っち、大地が霧の源を探したら、と言ってるんだけど」
『霧の源か』
枢は、考え込むように間を置いて答えた。
『霧はさ、温度差によって生じるんだ』
「温度差?」
『例えば、真冬の寒い日に、息を吐くと白くなるだろ』
「あれは霧じゃないし」
『原理は一緒だ。そうだな、調べるとしたら……その近くに川はあるか?』
考えるまでもない。
真は、この建物の近くにも流れている谷川を思い描いた。
「あるぜ」
『じゃあ、その川の水が温かいか、調べてくれ』
イロハは不可解そうにしていたが、真は例の温度差と関係あるのだろう、とピンときた。
『マナウの霧は、災厄魔というモンスターの仕業かもしれない。そいつは黙示録獣と同じくらい強い。交戦しないで、できれば逃げてくれ』
「ええっ、黙示録獣と同じくらい?! 俺らに勝ち目ないってことか」
『念のために夜鳥もそちらに向かった。調べるのは良いけど、直接戦うのは危険だから避けた方がいい』
枢の声は真剣だった。
逃げろ、と聞いてイロハの顔色が変わる。
「冗談! 逃げられる訳がない!」
マナウの守護神のイロハにとっては、当然の反応だろう。
『心菜、真、大地……セーブしてあるけど、相手が災厄魔なら特殊スキルで復活の邪魔をされるかもしれない。相手は世界を滅ぼすモンスターだからな。お前らは、命の危険を感じたら、撤退しろ。ホルスの約定は無視していい。責めは俺が負う』
命大事に、くれぐれも無茶するな、と念押しして、枢は通話を切った。
若干一名をのぞいて、一同は沈んだ空気になる。
「災厄魔! 世界の危機! 心菜、燃えてきました!」
心菜が拳を振り上げて鼻息荒くする。
「早速、川の水の温度を測りましょう! 水温計はどこですか?!」
「この世界に水温計はねーよ」
真が突っ込む。
そういう訳で、とりあえず、谷川に降りてみようということになった。
「山の上空に、ホルスの神器を置いてきたよー」
空を飛んで先行していたリーシャンが、一行の元に戻ってきたのは、数日前のこと。
心菜、真、大地、そしてジョウガが変装した少女イロハの面々は、マナウの山を登っているところだった。
「祝福の竜神よ、感謝する。これでマナウは、霧の災いから救われることだろう」
イロハは、リーシャンに礼を言った。
本人は正体がばれていないと思っている。
心菜はあまり深く考えないタイプなのでイロハの正体に気づいておらず、大地はそれどころではなかった。真とリーシャンは気付いているが、指摘する必要は無いと思っている。
ともあれ、これでミッションクリアだ。
後は霧が引いてマナウが救われるのを、山の上でのんびり待てば良いと、心菜や真は思っていた。
だが……。
「霧が、引くどころか、濃くなってるにゃ……?」
空を仰いで、心菜は呟いた。
太陽を遮る霧はますます深くなるばかり。
天空に置いてきたホルスの神器は、影すら見えなかった。
「寝込んだ人が起きてくる気配もないし」
真も眉をしかめる。
一行は山に登って、イロハの家族が暮らす家に世話になっていた。
家族と言っても実際は、守護神であるイロハ付きの神官なのだろう。女性が多く、真たちにも恭しい態度で接した。
そこは高山の狭い土地に建つ都市で、あちこちに谷川が流れている。川まで数百メートルはあろうかという落差だ。険しい崖は細い橋で繋げられており、それは赤い欄干のある雅な橋だった。
建造物は石と木で出来ており、敷地が狭いので縦に高層になっている。窓や屋根には、雲と蝶々を象った陶器の飾りが置かれていた。各家の前に立てられたポールに、短冊のような黄色い旗が垂れ下がっている。マナウは年中強い風が吹き、旗が風に流れるそうだが、今は霧のせいか湿気て重くなった布が、微風に揺れるばかりだ。
マナウの住人は病んでしまっており、都市は重苦しい霧に沈んでいる。
イロハ付きの神官も半数以上、寝込んでいる状態だった。
「こんな時に枢っちがいたら、何をすればいいか分かるんだろうけど」
こういうトラブルは専門外で、何から手を付けたらいいか分からない。
真は参ったなあとぼやく。
そこで、ぼんやりしていた大地が呟いた。
「……この霧って、どこから来てるんっすかね? 源を調べれば……」
ハッと全員の視線が、大地に集中する。
「失念《しまった》。霧をどうにかする方法を考えるので、頭がいっぱいだった」
と、イロハ。
心菜は、膝に乗ったリーシャン(小型化している)を持ち上げた。
「枢たんに、聞いてみましょう!」
リーシャンの「神様連絡網」は、通信に必要な金色の石を未来の椿が持っていってしまったが、枢が二個目の石を作って持ち歩いていた。
「じゃあ、カナメに呼び掛けるよ~。もしもし~」
リーシャンの金色の角が光り輝く。
『……はい。こちらはラスボスの本拠地で、かくれんぼ中の枢だけど』
「枢たん!」
角から声が響くという珍妙な光景だが、もう慣れたので誰も突っ込まない。
かくれんぼ中とは砕けた表現だが、要は潜行任務中なのだろう。枢は見つからないために声を潜めているようだった。
「マナウから心菜がお届けします! 本日も曇り! ここ最近ずっと曇りなので、そろそろ布団を干したいです!」
心菜が報告する。
内容は別に間違ってないのだが、問題が伝わるか微妙な表現だ。
『あー、なるほど。やっぱり、ホルスの神器でも、霧を払えなかったんだな』
しかし、枢には伝わった。
さすが恋人というべきか。
しかもこの状況を予測していたらしく、驚いていないようだった。
真が割って入る。
「枢っち、大地が霧の源を探したら、と言ってるんだけど」
『霧の源か』
枢は、考え込むように間を置いて答えた。
『霧はさ、温度差によって生じるんだ』
「温度差?」
『例えば、真冬の寒い日に、息を吐くと白くなるだろ』
「あれは霧じゃないし」
『原理は一緒だ。そうだな、調べるとしたら……その近くに川はあるか?』
考えるまでもない。
真は、この建物の近くにも流れている谷川を思い描いた。
「あるぜ」
『じゃあ、その川の水が温かいか、調べてくれ』
イロハは不可解そうにしていたが、真は例の温度差と関係あるのだろう、とピンときた。
『マナウの霧は、災厄魔というモンスターの仕業かもしれない。そいつは黙示録獣と同じくらい強い。交戦しないで、できれば逃げてくれ』
「ええっ、黙示録獣と同じくらい?! 俺らに勝ち目ないってことか」
『念のために夜鳥もそちらに向かった。調べるのは良いけど、直接戦うのは危険だから避けた方がいい』
枢の声は真剣だった。
逃げろ、と聞いてイロハの顔色が変わる。
「冗談! 逃げられる訳がない!」
マナウの守護神のイロハにとっては、当然の反応だろう。
『心菜、真、大地……セーブしてあるけど、相手が災厄魔なら特殊スキルで復活の邪魔をされるかもしれない。相手は世界を滅ぼすモンスターだからな。お前らは、命の危険を感じたら、撤退しろ。ホルスの約定は無視していい。責めは俺が負う』
命大事に、くれぐれも無茶するな、と念押しして、枢は通話を切った。
若干一名をのぞいて、一同は沈んだ空気になる。
「災厄魔! 世界の危機! 心菜、燃えてきました!」
心菜が拳を振り上げて鼻息荒くする。
「早速、川の水の温度を測りましょう! 水温計はどこですか?!」
「この世界に水温計はねーよ」
真が突っ込む。
そういう訳で、とりあえず、谷川に降りてみようということになった。
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