会社員だった俺が試しに選挙に出てみたら当選して総理大臣になってしまった件 権力闘争編

もっちもっち

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嵐の前

メシアに揺れる首相官邸 ― 阿相への揺さぶり

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官邸執務室。昼を少し回った時刻。
窓から差し込む光に照らされながら、阿相元春は机上の新聞を手に取っていた。

紙面の一面に自分の写真と「北方防衛施設の遅れ、SNSで話題化」の見出しが躍っている。
その内容は、見覚えのあるものだった。

「……またか。ネットが勝手に騒いでるだけだろう」
ぽつりと呟きながらも、阿相の目は曇っていた。

先日、取材に訪れた新聞記者には”北方防衛施設”について聞かれたが、そのときは備えは十分。同盟国との連携も常に確認していると答えたはずだ。しかし、記事には裏を返して、今の備えで十分という官邸の認識の甘さと書かれていた。それを裏付けるように、SNSで話題となっている出所不明の情報を結び付け、国民の危機感をあおる内容となっていた。

「総理……」と、そばにいた政務秘書官が口を開く。

「先週から続いております。“北の大国”との関係悪化を背景に、複数の匿名アカウントが“政府の無策”を指摘。
“国民の命をどう守るつもりか”というハッシュタグが、今朝のトレンド1位になりました」

「くだらん……国民は戦争が好きなのか。どいつもこいつも不安をあおれば反応する。昔と何も変わらん」

阿相は苛立ちを隠せなかった。
自分の進めてきた「対話優先」「抑制的外交」の方針は、確かに摩擦を回避し、日本を戦争から遠ざけてきた。
だが、それが今、弱腰だと非難されている。

机の上に、もうひとつの資料がある。

「門関の影響です」と秘書官が言った。

阿相は顔をしかめた。

「また奴か」

「彼の息子が、“国際戦略を考える研究所”で何らかの世論研究に関わっているという話もあります。
どうも、あの防衛意識キャンペーンの背後には、“設計された世論波”があるのではと……」

「設計……?」阿相の眉が動く。

「“メシアシミュレーション”と呼ばれているようです。
今の政権に不満を持つ世論を醸成し、やがて“救世主”を求める声をつくる。
そして、そこに“誰か”を用意する……という流れを、あらかじめ描いている可能性が」

「……誰かとは、門関が?」
阿相が考えてみるが、70を超えた老人がメシアなど柄にでもないと首を振った。
先日の門関との会話、「もっと若い人間が総理になるべき」が引っ掛かった。

昔から、門関幸太郎という男は“戻ってくる男”だった。
失脚したかと思えば何かを仕掛けて再浮上する。
政界の死霊――いや、策謀の亡霊とでも呼ぶべきか。
若い何者かをメシアという傀儡にすえ、自分はその裏で実権を握るつもりではないだろうか。

「……総理、報道関係にも影響が出始めています。
昨日の記者会見では、“同盟国は有事に本当に守ってくれるのか”という質問が、立て続けに出ました。
このままでは、内閣支持率が……」

阿相はゆっくりと立ち上がった。

「やらせは通用しない。民意をねじ曲げてまで権力を奪おうというのなら、受けて立つ」

その背中には、長年の政治家人生を思わせる気骨が宿っていた。

だが、それを見ていた秘書官の目は、どこか不安げだった。
この“揺さぶり”は単なる批判ではない。世論そのものの地盤を、計画的に崩していく工作なのではないか?

――敵は、情報で地面ごと傾けてくる。
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