会社員だった俺が試しに選挙に出てみたら当選して総理大臣になってしまった件 権力闘争編

もっちもっち

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嵐の前

メシアという遊び

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「おい、また増えてるぞ、“#メシアチャレンジ”の再生数」

研究所の端末に表示されたSNSダッシュボードには、刻々とカウントアップする数字が映っていた。
最初は、門関 志遠が内部資料の一部を公開したとされる、疑惑レベルの話題だった。
だが今や、世の中はそれを遊びとして受け入れ始めていた。
それは単なる情報の拡散ではなかった。
「メシアになる」という妄想は、日常に埋もれた自己を一瞬だけ照らすスポットライトになった。
ネタ半分、本気半分。遊びが、次第に“熱”を帯び始めていたのだ。

「見てください、これ」
女性研究員・小田島 礼が、古いスマホをくるくる回しながら動画をいくつか表示する。
一見おどけた仕草だったが、彼女のまなざしはどこか張りつめていた。

(これ、もう戻れないかもしれない……)

研究所に籍を置く者として、社会に与える波紋の大きさは理解していた。
SNSの波は軽薄で、気まぐれで、だが時に容赦なく現実を飲み込む。

志遠さんが背負っているものの重さ。それを、同じ速度で背負える自信はなかった。
けれど――。

(私が止めなきゃ、誰が止めるの?)

一抹の焦りと、それ以上の衝動が胸の奥に渦を巻いていた。

一本目は、制服姿の高校生が黒板を背に、自分なりの政策を発表していた。
「僕が総理になったら、学費ゼロ!ついでに部活応援金でガチャ課金OKにします!」
教室内の笑い声と、SNSの《草》《わかる》《俺も投票する》というコメント群が連動していた。

「これは?」志遠が目を細める。

「“AI診断系”ですね。顔スキャンして“あなたのメシア適性”を出すんです」
動画では、若い女性がスマホのカメラに顔を近づけると、音声合成でメッセージが流れる。
《メシア度:92%。カリスマレベル:S。適性:救世主(若年層特化)》
「えっ、マジ?……わたし、世界変えちゃうかも……!」

そして、別の動画では、歴史人物比較シリーズが流れていた。
《織田信長 vs 現代の救世主候補・古味良一!?》
「なぜかこの人、最近やたら古味さんを取り上げるんですよ」
小田島が苦笑した。映像では、「古味氏の“庶民目線”」とやらが熱く分析されていた。

一方、酒場で撮られた寸劇動画では、サラリーマンと大学生が議論している。
「お前がメシアだって? 電気代どーすんだよ!」
「TikTik税を廃止して、コンテンツ補助金出します!」
爆笑のやりとりに、《それな》《国会でやれ》《M-1出ろ》のコメントが並ぶ。

「……もはや政治風バラエティだな」志遠がぽつりと呟いた。

「はい。ただし」小田島は指を一本立てた。「再生数はガチです。中高生にバズってます」

SNS上では、「#メシアチャレンジ」のハッシュタグとともに、自己PR系・ネタ動画・陰謀論・AI診断が入り乱れた。
ネット民の一部は、都市伝説レベルで「本当にそんなAIがあるのでは?」と盛り上がり始め、
中には《“その時”が来たら、メシアが選ばれるんだろ?》《選ばれし者って誰だよwww》という不気味な言葉も混じっていた。

志遠は静かに立ち上がった。
「“遊び”のつもりで触れた炎も、燃料があれば本物の火になる」
その声は低く、どこか興奮すら含んでいた。

小田島がスマホを構えたまま、やや戸惑いながら口を開く。
「まさか……“炎上”させる気じゃないですよね?」

「いや」
志遠は背を向け、研究室の奥に進んでいく。
「この火は――希望だ。必要なのは、点火のタイミングだけだよ」

そして彼の後ろで、再びスマホの通知音が鳴り響いた。
今夜もまた、新たな“メシア”が誕生していた。
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