足枷《あしかせ》無しでも、Stay with me

ゆりえる

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16.

折れた松葉杖と……

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 詩奈しいなの悲痛の叫びも虚しく、松葉杖は2本とも使用できない状態に折れてしまっていた。

「ふん、ざまーみろ!」

「1人悲劇のヒロインぶって、イイ気になってた報いだって!」

「下で、北岡君と矢本君が部活してるから、助けてもらえばいいじゃん」

「芋虫とかナメクジみたいにってけば? キモがられるけど、部活の場所まで辿り着けるから!」

「マジうける! スマホ有ったら、動画撮りたかった~!」

「さてと、私達がいると詩奈しいなが動かないから、離れた所から見物しよ~!」

 クラスの女子達の嘲笑う声と、好奇心に駆られた外部からの視線が、一気に詩奈しいなを攻撃してきた。
 女子達が騒がしく階下へと去って行った後しばらくの間、哀しくて悔しくて涙が止まらず、その場から動けなくなっていた詩奈しいな

(どうしよう、この松葉杖、もう使えない……右足首が自由にならないだけでも、十分過ぎるくらい私にとっては試練なのに、頼りにしていた松葉杖までこんな風にされるなんて……)

 学校に復帰後間もなく、クラスメイト達から、このように過酷な仕打ちを受けるとは予想すら出来なかった。

 特に、小学生の時からの友人だった芽里めりが先導していたのは、衝撃が大きかった。
 中学校入学時、同じ1年1組で喜び合い、あの怪我以前は、ずっとクラスで一緒に過ごしていた。
 その芽里めりが、手の平返したように、詩奈しいなを敵視し出した。
 それも、凌空りくが見ている所では、今迄通りの親友の素振りをし、居ない所では、主犯格のようにクラスメイトの女子を引き連れている。
 この場から離れ、階段の踊り場や玄関などで、詩奈しいなが這って降りて来るのを、クラスメイト達と悪態をきながら、今か今かと待ち伏せしている事だろう。

 自分はいつから、クラスメイトの殆どを敵に回したのだろう?

 この怪我以前は、そんな徴候など微塵みじんも無かったはずだ。
 とすると、理由は、女子達の人気者である凌空りく瑞輝みずきに庇われる立場となっている事なのだと、容易に詩奈しいなでも憶測出来た。
 そうならば、彼らの手伝いを不要としない限り、クラスメイト達の嫌がらせは続くだろう。

 しばらく、床に伏せたまま感傷的になっていた詩奈しいなだったが、このままでは、下で待たせている母が心配すると思い、壁まで這って行き、壁伝いに立ち上がった。

 その頃、随分前に瑞輝みずきからリュックを届けられてからずっと、詩奈しいなが戻るのを車の中で待っていた母。
 詩奈しいなの帰りが、予想よりもずっと遅い事が気になり、車から出て校門の辺りを徘徊し出した。

 部活中の瑞輝みずきが、まだ詩奈しいなの家の車が停まっている事と、母が校内の様子を伺うように歩いている事に気付き、走って近付いた。

「まだ、戻っていないんですか?」

「あっ、矢本君。部活中のところ申し訳無いけど、詩奈しいながまだ戻らないの。何かトラブルが有ったのかも知れないから、見て来てもらえないかしら?」

「いいですよ! ちょっと待ってて下さい」

 主将に一言断り、玄関に向かった瑞輝みずき

 下駄箱の陰で、1組の女子達が群がりながらヒソヒソ声で話している姿が目に入り、不穏な予感がするまま、階段を駆け上がった。
 4階まで上がると、詩奈しいなが壁伝いに右足首を引き摺りながら廊下を歩くのが目に入った。

「牧田! どうした? 松葉杖は……?」

 詩奈しいなの歩み方に驚き、矢継ぎ早に質問して来た瑞輝みずき

(矢本君、来てくれた! あんなイヤな事が有った後でも、矢本君を見ると、何も無かったように、舞い上がらずにいられないなんて……私、ホントに矢本君がこんなに大好きなんだ……)

「松葉杖は……」

 詩奈しいなの視線が向けられた教室へ、瑞輝みずきは入って行った。
 教室の後部に、不自然に折られた2本の松葉杖が無造作に置かれていた。

「誰が、こんな事を……?」

 そう言いかけたが、先刻、下駄箱付近で目にしていた1組の女子達を思い出した。

「あいつら、ホント、頭おかしいんじゃね!」
 
 その時、瑞輝みずきが部活から抜けた事で、詩奈しいなに異変が有ったのかと心配した凌空りくも駆け付けて来た。

「牧田さん、大丈夫? 松葉杖は……?」

 凌空りくは、瑞輝みずきの視線の先に有る、折れた松葉杖に気付き、2本とも持った。

「牧田、無理して足首が悪化したら大変だから、オンブするよ」

「でも……そしたら、またクラスの女子達が……」

 詩奈しいなに対する嫌がらせも激化しそうなのはもちろん、自分のせいで、部活中の2人に迷惑をかけた上、冷やかされてしまうのが辛かった。

「んな事を気にしてる場合じゃね~だろ! お母さんも遅いから心配しているし! あのまま足引き摺っているうちに、バランス崩してコケたら、また入院に逆戻りになる!」

 瑞輝みずきの言う通りだ。
 我を張ったところで、足に負担かけて、余計に周囲に迷惑をかける期間が長引くのだけは避けたい。
 
「ゴメンね、矢本君。階段大変だけど、お願い……」

 躊躇ためらいながらも、瑞輝みずきに背負われた詩奈しいな

(また、矢本君の背中……また、オンブされる時が来るなんて思わなかった……こんな心折れそうに疲れた後なのに、シアワセな気持ちが込み上げて来る……)

 瑞輝みずきが階段をよろける事も無く歩いている様子を見届けてから、凌空りくは、折れた松葉杖を職員室にいる担任の浜口に見せに行った。
 詩奈しいなを背負った瑞輝みずきが階下まで降りないうちに、浜口が急いで駆け付けた。

「牧田、無事か? 誰が、こんな酷い事をしたんだ?」

 詩奈しいなは10人ほどの女子の顔触れを覚えていたが、その辺に潜んでいそうな気がして、言えずにいた。

「俺、さっき何人か見たから、何となく分かってる。今は、取り敢えず、牧田のお母さんが心配しているから」

 浜口や凌空りくも共に、母の車へ向かって行くと、そのまま車から出て歩いていた母が駆け寄って来た。

「えっ、詩奈しいな、どうしたの? 松葉杖が……どうしてこんな事に?」

 驚きながら、浜口の方を見つめた母。

「申し訳ありません! 私の目の不行き届きで、こんな事になってしまいましたが、早急に犯人を見付け対処しますので!」

 浜口は、謝りながら何度も頭を下げ続けた。

「この子が、目の前で松葉杖を折られて、どれだけ心に傷を負った事か、ここに戻るまでどんなに心細かった事か、クラスの生徒達によく伝えて下さい!」

「もちろんです、申し訳ありませんでした! 分かり次第、また連絡させて頂きますので! 本当に申し訳ありません」

 何度も繰り返し深々と頭を下げている浜口を見ていると、自分のせいに思えて気の毒な気持ちになる詩奈しいな

 凌空りくが、車の後部席のドアを開けて松葉杖を足元に置き、瑞輝みずきが、車の上部に詩奈しいなの頭がぶつからないよう、ゆっくりと下ろした。

「大丈夫か、牧田?」

「うん、ありがとう、矢本君……お母さん、先生が悪いわけじゃないし、私なら大丈夫だから! もう帰りたい」

 2日連続で色んな事が有り過ぎて、心身共に滅入っている詩奈しいなは、一刻も早く家に戻りたかった。

「2度とこのような事が繰り返されないように、よろしくお願いしますね!」 

 念を入れるようにきつい口調で母が言うと、浜口が最敬礼して車を見送った。

 車が去ると、瑞輝みずきは浜口に向き直った。

「先生! 先生を男と見込んで話が有る!」

「いやいや、お前に見込まれなくても、俺は男だがな。で、要件は何だ?」

「松葉杖を折った犯人は、1組の女子の半数くらいの大人数だった。そこでだ、俺を1組に変えてくれ!!」

 サッカー部の顧問をしている浜口は、瑞輝みずきの性格をよく知っていたが、その唐突な要望に驚かされた。

「お前、一体、何言い出すんだ? そりゃあ、無理だろう!」

「先生は、まだ把握できてないかも知れないけど、ハッキリ言って、1組の男女、特に女子はクズだ! このまま牧田へのイジメがエスカレートしたら、牧田は不登校になってしまう! あいつを怪我させた俺は、あいつが治るまで守る責任が有る! 違うクラスのままだと、それが無理なんだ!」

 真摯に訴える瑞輝みずきの視線を逸らせない浜口。
 そこへ駆け付け、更に話に便乗しようとする、サッカー部マネージャーの有川若葉。

「先生、私と瑞輝みずきはペアだから! って事も有るけど、男子2人だけだと不安なんだよね~。更衣室とかはイジメに格好の場所だけど、さすがに男子禁制だしね! 私も一緒に1組に入った方が、上手くやれるよ!」

 そこは任せて! と言わんばかりに、胸を叩いた若葉。

「えっ、お前まで来るのかよ? でも、まあ女子同士の方が心強い時も有るか。さっき見かけたけど、牧田のクラスメイトで友達だった小畑も、松葉杖を折った犯人の1人だし」

「えっ、小畑さんが……? 今日はずっと牧田さんに親切にして、友情続いているように見えていたけど……」

 先刻、教室で詩奈しいなを手伝ったり、気遣っている様子を見ていた凌空りくには、芽里めりが松葉杖を折った犯人の1人とは信じ難かった。

「友達ぶって見せて油断させてから、裏切って面白がってるバターン! それか、凌空りくとか、クラス内に好きな男子がいて、良い印象でいたかったんだね~」

 1組のイジメる側の女子の立場になり、若葉が解析した。

「なるほど、確かに若葉がいた方が頼もしいかもな! って事で、先生、頼むわ~! さあ、職員会議、職員会議!!」

 浜口の背中を押して、職員室に向かわせる瑞輝みずき

「1組か~、なんかちょっと気が乗らないクラスだけど。まあ、私は瑞輝みずきさえいれば、何組でもいいんだけどね~!」

 もうすっかり、気分は1組の一員になっている瑞輝みずきと若葉。

 彼らが思っているほど、そんなに上手く行くのか疑問だったが、確かに、この2人が1組に加わってくれると、詩奈しいなにとって、過酷な環境が少しは改善を期待出来ると予想した凌空りく

 瑞輝みずきや若葉が担任に対し、そんな申し出をしているとは露知らず、今日1日の出来事を車の中で母に報告しながら、今迄、必死でこらえていた涙が止めどなく溢れて来た詩奈しいな

芽里めりちゃんも、松葉杖を折った犯人の中にいたなんて……優しくされた後に、そんな仕打ちをしてくるなんてひど過ぎるよね……詩奈しいな、よく頑張ったね、今日1日」

 詩奈しいなの話を聞き、もらい泣きせずにいられない母。

「私、考えたんだ……芽里めりやクラスの女子達が嫌がらせをして来るのは、私が、矢本君や北岡君に面倒看てもらっているせいだって……でも、今、学校へ行くと、結局、何も出来なくて色んな人に迷惑かけてしまっている……だから、私、今迄以上にリハビリ頑張るから! 病院のリハビリ室も毎日通うし、勉強も自分で何とか頑張るから……松葉杖無しで、色々出来るようになるまで、学校は休みたい!」

 詩奈しいなの希望を聞き驚いたが、その方が要らぬ心配をせずに済み、詩奈しいなの心身の負担が最小で収まる気がした母。

「確かに、詩奈しいなの言う通りかも知れないわね。お父さんにも相談してから決めましょう」

 母が賛成してくれて、ホッとした詩奈しいな
 父も、自分と母で説得すると首を縦に振らずにいられないだろうと予想した。

 数時間後、父が仕事から帰宅し、折れた松葉杖を見て絶句した。

詩奈しいなの友達だった女子も含めて10人くらいで、詩奈を囲んで、床に叩き付けて折ったそうよ」

「こうなるのを恐れていたんだ! なんで、寄ってたかって、足を怪我している詩奈しいなに対して、こんなむごい事が出来るんだ?」

「それは……」

 学校の人気者の男子2人にかまわれている逆恨みだと、父には言えなかった詩奈しいな
 そんな事を父に伝えると、また瑞輝みずきへの風当たりが強くなるに決まっていた。
 母もまた、瑞輝みずきの努力や、そんな詩奈しいなの気持ちを汲み、父に言えずにいた。
 
「あの矢本とかいう男子はどうしているんだ? あいつのせいで、詩奈しいなが、こんな辛い思いしているのに、見て見ぬふりか?」

 母は、何度か瑞輝みずきと接していたり、詩奈しいなとの話の内容から、瑞輝みずきに対する印象は随分良くなっているが、父は相変わらず反感を抱いたままだった。

「矢本君は、そんな事しない! 今日だって、私が、1階まで降りられなくて、どうしようか困っている時に、ちゃんと助けに来てくれた!」

 瑞輝みずきに対する父の反感を何とか和らげられたらと、願わずにいられない詩奈しいな

「そんな事くらい当然だ!あんな怪我を負わずにいたら、詩奈しいなは今頃、何の問題も無く、友達と楽しい中学生生活をしていたんだからな!」

「確かに、怪我をしてから、嫌な事ばかり増えているけど、私、嫌な事ばかりじゃない! 怪我をしなかったら気付けなかった事も、色々気付けたし……」

(何より、大好きな矢本君と、こんなに一緒に過ごす時間が出来た!)

 父に、その気持ちだけは、どう伝えても分かってもらえないと思い、口を閉ざした。

「だからって、どうするんだ、これから? 学校へ行く度に、イジメに怯える事になるだろ! こんな松葉杖の破損どころじゃなく、身体を攻撃されようものなら、その足でどうやって逃げるんだ?」

「それなんだけど……お父さん、私、もっとリハビリして、松葉杖無しで歩けるまで、学校休みたい」

 詩奈しいなの言葉に驚きを隠せない父。

「不登校か?」

詩奈しいなの右足首が治るまでの間だけよね?」

 父が厳めしい表情で問い、慌てて、母が助け船を出した。

「もちろん、治ったら、また登校するから! 今のままだと、クラスの皆に迷惑かけて、ひんしゅく買ってしまうし……休んでいる間は、しっかり勉強もリハビリも欠かさないで頑張るから!」

 このまま登校し続けると、次はどんなイジメが待っているか分からない。
 不登校は認めたくない父も、さすがに登校の都度、詩奈しいなが辛い思いを繰り返すのは忍びなかった。

「治るまでの間というなら認めよう! 自分の言った事はしっかり守るんだぞ!」

 父の許しを得て、あの教室から解放される事が出来ると思い、心底ホッとした詩奈しいな
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