ハチミツ色の絵の具に溺れたい

桃本もも

文字の大きさ
17 / 38

第17話

しおりを挟む
 わたしはゴールデンウィークの前半に、二泊三日で里帰りした。
 まほろのお見舞いに行って、まほろのお母さんと思い出話をしたり、画材屋でスケッチブックやトーンを買いこんだりした。
 家では簡単な料理を作ってみせ、両親をおどろかせた。祖母は「これは良いお嫁さんになるわ」と気の早いことを言った。

 三日目、わたしはお昼前に家を出た。あと一泊していけという家族に「賞味期限が今日で切れる牛乳があったのを思い出したから」と嘘をつき、空いた電車に乗ってアパートへと帰りついた。午後三時を回るころだった。買いものした画材やおみやげで、荷物は出かけるときの倍になっていた。

 二日ぶりに鍵を開け、部屋に入る。雨戸を閉めて出かけたはずなのに、磨りガラスの戸が金色に光っている。ぼんやりと、桃色のふわふわしたものが動いているのが透けて見えた。

 戸を開けると、部屋は傾きはじめた太陽の光にあふれていた。金色のハチミツに満たされたような部屋のこたつの上で、まほろはこっちを見上げて待っていた。

「ただいま、まほろ」
「おかえりなさい、先輩」

 この街に戻ってきて、ようやくほっとひと息つくことができた。荷物を置き、床にひざをついてぬいぐるみの目を見つめた。

「やっぱり、早く帰ってきてくれた」

 まほろはぬいぐるみを脱ぎ捨て、本来の姿に戻った。近寄ってきて、真正面からノースリーブの真っ白な腕を首に回してきた。わたしもまほろを抱き返す。

 触れられるかどうかはもう問題ではなかった。ふたりともボディタッチが多い方ではなかったから、高校のときに肌に触れ合ったのは一度か二度あったかな、という程度。しかも、こんなに恥ずかしげもなくできた訳じゃない。
 もうわたしとまほろがやりとりできるのは、声と温度だけだということに、まほろも気づいているのだろうか。

 わたしは慣れない仕草でまほろから離れた。まほろもゆっくりと腕を下ろし、カーペットの上にぺたんと座った。

「まほろ、雨戸開けられたんだ。すごいね」
「あ、勝手にごめんなさい。でも、電気の光より自然光の方が作業しやすくて……。ちゃんと夜は閉めてましたよ」
「むしろ部屋を空けてるって思われなくてよかったのかも。留守番ありがとね」

 まほろは褒められて喜ぶ子どものようにはにかんでから、ちらっとこたつの上に目を向けた。力なく横倒しになったぬいぐるみは、パッチワークのワンピースを着ていた。
 まほろは先週花柄ワンピースを完成させてから、新しい服作りに取りかかっていた。わたしが帰省しているあいだに仕上がったらしい。
 五、六種類の布地は小花柄、ギンガムチェック、水玉模様など、柄はバラバラだが緑系の色で統一されており、全体のまとまりがあった。
 そもそも、このワンピースの材料もわたしのお古なのだが、今うさぎが着ているものは、もとの十分の一に縮小コピーしたような出来ばえだった。

 可愛さにひと目惚れして買ったはいいものの、派手すぎて着る勇気がなく、もっぱら観賞用になっていたワンピースだった。タンスの肥やしにしておくのもかわいそうだから、自由に使っていいとまほろに譲ったのだ。

「まほろ、もとのかたちそのままに作ってくれたんだ」
「先輩がお気に入りだったみたいなので、せっかくなら原型を残したいと思ったんです。それと……」

 まほろはぬいぐるみの横に畳んである、ワンピースの余り布を指さした。広げてみてください、と言われ、わたしはそっと手に取った。
 切り刻まれていると思っていたが、案外原型を留めていた。いや、そんなレベルではない。総柄の派手な長袖ワンピースは、ひざ丈くらいになりそうなスカートになっていた。

「先輩、せっかく買ったのに一回も着てないって言うので、ちょっとアレンジしてみたんです。ワンピースだと全身だから派手なだけで、上をシンプルなシャツとかトレーナーにすれば着やすくなると思って……。どうせぬいぐるみ用にはいっぱい布使わないので、先輩の分も作ってみたんです」

 まほろはあごを引き、上目遣いで見つめてくる。

「もし……気に入ってもらえたら、着てほしいなって」

 わたしは立ち上がり、スカートを腰に当てた。ちょうどひざが隠れるくらいの丈だ。

「まほろ、すごいよ。大学に着て行く。ありがとう」
「よかったぁ。がんばった甲斐がありました」

 まほろはにっこりと笑い、わたしの足もとに置きっぱなしの紙袋に目を移した。その中身を察知し、わあ、と大きな口を開ける。

「エキソンパイだ!」
「リクエスト通りに買ってきたよ。わたしも久しぶりに食べたかったし」

 脚を正座に直し、からだを揺らすまほろの熱い視線を浴びながら、わたしは包装紙を解き、箱を開けた。クリーム色の個包装には透明の窓があり、こんがりと色のついたパイの表面が見えていた。

「食べさせてください」

 食べる? と訊く前に、まほろが迫ってきた。ビニールを破り、雛鳥のように口を開けて待っているまほろに差し出す。
 四角いパイの角に噛みついたまほろは、咀嚼はしないまま頬をふくらませ、こくんとのどを鳴らした。頬が落ちるのを防ぐかのように、ぺたぺたと手で触っている。

 わたしとまほろは、ひとつのパイを交互に食べた。まほろの口に入り、味のなくなったところを含めて他の場所もいっしょに食べれば、ちょっと味が薄まるだけで済む。

「おいしかったぁ。先輩、買ってきてくれてありがとうございます。でも……十二個入りはいくらなんでも多くないですか?」
「大丈夫。五つくらいは賞味期限内に食べられるとして、あとは冷凍しておくから」
「先輩、あたし以上に通ですね……」
「母親がやってたのを真似してるだけだよ」

 パイを六つ冷凍庫に詰めこむ。扉が閉まるのを見届けたまほろが、シンクの縁に手を滑らせながら訊ねてきた。

「先輩、そういえば晩ごはんはどうしますか? 帰省前に食材は使い切っちゃいましたよね」
「そうだった……。じゃあ、買いもの行こうか」
「コンビニに?」
「スーパーだよ」

 まほろは満足げにうなずいた。わたしはちょっとした外出用のサコッシュに財布とケータイと、まほろにすすめられて持つようになったエコバッグを入れ、玄関へと向かう。
 靴を履きながら振り返ると、まほろはまだシンクの前で棒立ちしている。

「まほろ、何してんの」
「え?」
「いっしょに行こ」

 靴紐を結んで立ち上がると、まほろは顔を輝かせてうなずいた。わたしの方に駆け寄ろうとし、ふと白いワンピースのままだと気づく。

「ちょっと、三十秒だけ待ってください」
「見ない方がいい?」
「どちらでもお好きに」

 わたしはドアの方を向いて、一応目もつぶった。背後で物音はしない。
 心の中で二十三秒まで数えたとき、まほろから声がかかった。

「先輩、お待たせしました」

 振り返ると、わたしがひと目惚れし、こんなふうに着こなせたらな、と想像していた通りに、パッチワークのワンピースを身にまとったまほろがいた。わたしはまぶしいわけじゃないのに、目を細めていた。

「似合うよ、まほろ」

 まほろが腕に飛びついてきた。スカートがひざの高さでやわらかくひるがえった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

雨の日にやさぐれお姉さんを拾ったと思ったら胃袋も心も掴んでくるスーパーお姉さんだった

九戸政景
恋愛
新人小説家の由利美音は、ある日の夜に一人の女性を拾う。太刀川凛莉と名乗る女性との共同生活が始まる中、様々な出会いを果たしながら美音は自身の過去とも向き合っていく。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

高塚くんの愛はとっても重いらしい

橋本彩里(Ayari)
恋愛
時期外れ、しかも偏差値の高い有名校からなぜかわざわざやってきた話題の転校生。 「どこに隠れていたの?」 そんな彼に、突然探していたと莉乃は背後から抱きしめられ、強引に連れて行かれる。 その日から莉乃は高塚くんに振り回される毎日。 この関係は何? 悩みながらもまるで大事な恋人のように莉乃を扱う彼に絆されかけていた、あの言葉を聞くまでは……。 高塚くんの重愛と狂愛。 すれ違いラブ。 見目がいいだけの男ではないのでご注意ください。 表紙イラストは友人のkouma.作です。

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた

九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。 そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。

処理中です...