11 / 20
宴会
しおりを挟む
宴会場は広い床敷きの部屋であり、意外と装飾は控えめだった。どうやら梓宸が私に気を使って小さめの部屋を準備してくれたらしい。
四角い部屋の一番奥に座っているのが梓宸。部屋の右壁と左壁には二人ずつ美人さんが並んで座っている。……いくらこの部屋が小さめとはいえ、部屋の壁沿いに方卓(テーブル)を並べていては会話するのも大変そうだけど……。やっぱり貴族の習慣はよく分からないわ。
「よし凜風! ここに座れ!」
バンバンと自分の真横の床を叩く梓宸。お前は阿呆か。いくら歓待を受ける側とはいえ、皇帝の横に座れるはずがないでしょうが。皇后(正妃)じゃあるまいし。
勉強が足りない幼なじみは無視して、普通の歓待客が座るという場所にテーブルを準備してもらう。つまりは梓宸の正面。入り口から一番近い場所。
さて。梓宸が両脇に侍らせているのが上級妃・四夫人らしい。いやかなり距離が開いているので『侍らせる』という表現が正しいのかどうかは分からないけど。
四夫人とは藍妃、翠妃、紅妃、白妃のことであり、皆が正一品。昔はもうちょっと違う名前だったそうだ。
通常はこの中から後継ぎを産んだ女性が皇后に選ばれる。とは、私の横で畏まる張さんが小声で教えてくれた。
今日が終わればもう四夫人に会うこともないだろうし、無駄な知識を増やさないで欲しい……。
そんな私の願いなどもちろん張さんに届くことなく。
「彼女は藍妃、海藍。有力貴族・李家の長女ですな。派閥としては太妃派に属しております。今年東宮(男子)を出産なさいました」
妃が定型文な挨拶をしている間、張さんは次々に情報を耳打ちしてくる。私だから覚えられるけど、普通の人なら右から左に聞き流しますよ?
少し青みがかった黒髪をした海藍という女性は、いかにも「貴族の娘!」といった高圧的な美人だった。つり上がった目尻に、気の強そうな眉毛。あと少し肩の力を抜けばもっと美人になるだろうに。
海藍さんは妃らしく折り目正しい挨拶をしてくれたけれど、目は笑っていなかった。心を読むまでもなく「なんでこんな庶民の女に挨拶しなきゃならないのか」という本音が透けて見える。うんうん、後宮の妃と言ったらこうじゃなくちゃね。
心の中で何度も頷いていると次の妃を紹介された。
「彼女は翠妃、瑾曦。北狄の王女ですな。友好の証としてこちらへ嫁いでこられました。一応は革新派に属しております。こちらも去年男子を出産なさいました」
さっきから口にしている太妃派とか革新派ってなんのことだろう? 後宮の派閥? そんな一生役に立たない知識を教えられても困るんだけど……。
瑾曦さんは名前に込められた意味の通り太陽が光り輝くような人だった。北狄人らしい茶髪に、小麦色の肌。輝くように大きな紺碧の瞳。覇気の塊のよう。
どことなく孫武さんに似ている感じがするのは、同じ北狄の人間だからかしらね?
もうなんだか半分流れ作業で次の妃を紹介される。
「彼女は紅妃、春紅。伯家の長女。太妃派です。一昨年と今年公主(女の子)を出産しております」
短い。張さんもだんだん面倒くさくなっていない? 女の子とはいえ陛下の御子を二人も産んだ功労者ですよー?
張さんの紹介はおざなりだったけど、そこはさすが妃に選ばれるだけあって美人さんだった。二人も子供を産んでいるとは思えない。
特に名前と同じ紅色に染まる頬は格別。だけれども、どことなく気弱そうな雰囲気を纏っていてそこがちょっと残念だった。これでもっと覇気があればあの紅色の頬も映えるだろうに。
そんな春紅さんは私を見てびくびくと怯えていた。私、そんなに恐い人じゃ無いと思うのだけど?
しかしまぁ別々の女を孕ませるとは、皇帝だから仕方がないとはいえお盛んなことだ。でも皇帝になってから五年で子供三人は少ない……いや、もう一人懐妊したというから四人か。それにしても少なくない? 後宮なんて百人単位でお相手がいるのでしょうし。
もしや、梓宸ってモテてない? 皇帝なのにモテてない? なんて可哀想な幼なじみなのでしょう……。
「最後となりますが。彼女は白妃、雪花。有力貴族朱家の三女ですな。派閥としては革新派。先日めでたくご懐妊なさいました」
張さんに促され、少し警戒した様子で挨拶をしてきたのは今までの妃に比べて明らかに年若い女性――いや、少女だった。この国には滅多にいない金色の髪と紺碧の瞳。どちらも欧羅人の特徴だ。
純粋な欧羅人は後宮に入れないと思うので、たぶん混血(ハーフ)だろう。まるでときおり輸入されてくる西洋人形のような可愛らしさ。後宮に送り込まれるのも納得だ。
(でも……)
小柄な体格。つぶらな瞳。柔らかそうな肌。
雪花様、どこをどう見ても12~13歳くらいにしか見えなかった。
懐妊?
こんな幼い少女を?
あんな体格のいい梓宸が?
孕ませたの?
孕ませるようなことをしたの?
思いっきり引いた私。まさか幼なじみが幼女趣味だったなんて……。いくらモテないからって幼女に手を出すなんて……。
私のドン引きを察したのか張さんが追加で説明してくる。
「……凜風殿。彼女、あぁ見えて成人しておりますので」
この国の成人は女性が15歳、男性が20歳だ。女性はなるべく早く妊娠出産できるよう成人が早めだし、逆に男性は「一人で家族を養えてこそ大人」という価値観なので遅めとなっている。
いや、それにしても幼すぎるのでは? 私も童顔小柄な自覚があるから人のことは言えないけど……。
あ、もしや私に求婚したのもこんな見た目だから? 背が低くて胸がないから? やっぱり幼女趣味なのかしらあいつ。幼なじみの性癖なんて知りたくなかったわ……。
四角い部屋の一番奥に座っているのが梓宸。部屋の右壁と左壁には二人ずつ美人さんが並んで座っている。……いくらこの部屋が小さめとはいえ、部屋の壁沿いに方卓(テーブル)を並べていては会話するのも大変そうだけど……。やっぱり貴族の習慣はよく分からないわ。
「よし凜風! ここに座れ!」
バンバンと自分の真横の床を叩く梓宸。お前は阿呆か。いくら歓待を受ける側とはいえ、皇帝の横に座れるはずがないでしょうが。皇后(正妃)じゃあるまいし。
勉強が足りない幼なじみは無視して、普通の歓待客が座るという場所にテーブルを準備してもらう。つまりは梓宸の正面。入り口から一番近い場所。
さて。梓宸が両脇に侍らせているのが上級妃・四夫人らしい。いやかなり距離が開いているので『侍らせる』という表現が正しいのかどうかは分からないけど。
四夫人とは藍妃、翠妃、紅妃、白妃のことであり、皆が正一品。昔はもうちょっと違う名前だったそうだ。
通常はこの中から後継ぎを産んだ女性が皇后に選ばれる。とは、私の横で畏まる張さんが小声で教えてくれた。
今日が終わればもう四夫人に会うこともないだろうし、無駄な知識を増やさないで欲しい……。
そんな私の願いなどもちろん張さんに届くことなく。
「彼女は藍妃、海藍。有力貴族・李家の長女ですな。派閥としては太妃派に属しております。今年東宮(男子)を出産なさいました」
妃が定型文な挨拶をしている間、張さんは次々に情報を耳打ちしてくる。私だから覚えられるけど、普通の人なら右から左に聞き流しますよ?
少し青みがかった黒髪をした海藍という女性は、いかにも「貴族の娘!」といった高圧的な美人だった。つり上がった目尻に、気の強そうな眉毛。あと少し肩の力を抜けばもっと美人になるだろうに。
海藍さんは妃らしく折り目正しい挨拶をしてくれたけれど、目は笑っていなかった。心を読むまでもなく「なんでこんな庶民の女に挨拶しなきゃならないのか」という本音が透けて見える。うんうん、後宮の妃と言ったらこうじゃなくちゃね。
心の中で何度も頷いていると次の妃を紹介された。
「彼女は翠妃、瑾曦。北狄の王女ですな。友好の証としてこちらへ嫁いでこられました。一応は革新派に属しております。こちらも去年男子を出産なさいました」
さっきから口にしている太妃派とか革新派ってなんのことだろう? 後宮の派閥? そんな一生役に立たない知識を教えられても困るんだけど……。
瑾曦さんは名前に込められた意味の通り太陽が光り輝くような人だった。北狄人らしい茶髪に、小麦色の肌。輝くように大きな紺碧の瞳。覇気の塊のよう。
どことなく孫武さんに似ている感じがするのは、同じ北狄の人間だからかしらね?
もうなんだか半分流れ作業で次の妃を紹介される。
「彼女は紅妃、春紅。伯家の長女。太妃派です。一昨年と今年公主(女の子)を出産しております」
短い。張さんもだんだん面倒くさくなっていない? 女の子とはいえ陛下の御子を二人も産んだ功労者ですよー?
張さんの紹介はおざなりだったけど、そこはさすが妃に選ばれるだけあって美人さんだった。二人も子供を産んでいるとは思えない。
特に名前と同じ紅色に染まる頬は格別。だけれども、どことなく気弱そうな雰囲気を纏っていてそこがちょっと残念だった。これでもっと覇気があればあの紅色の頬も映えるだろうに。
そんな春紅さんは私を見てびくびくと怯えていた。私、そんなに恐い人じゃ無いと思うのだけど?
しかしまぁ別々の女を孕ませるとは、皇帝だから仕方がないとはいえお盛んなことだ。でも皇帝になってから五年で子供三人は少ない……いや、もう一人懐妊したというから四人か。それにしても少なくない? 後宮なんて百人単位でお相手がいるのでしょうし。
もしや、梓宸ってモテてない? 皇帝なのにモテてない? なんて可哀想な幼なじみなのでしょう……。
「最後となりますが。彼女は白妃、雪花。有力貴族朱家の三女ですな。派閥としては革新派。先日めでたくご懐妊なさいました」
張さんに促され、少し警戒した様子で挨拶をしてきたのは今までの妃に比べて明らかに年若い女性――いや、少女だった。この国には滅多にいない金色の髪と紺碧の瞳。どちらも欧羅人の特徴だ。
純粋な欧羅人は後宮に入れないと思うので、たぶん混血(ハーフ)だろう。まるでときおり輸入されてくる西洋人形のような可愛らしさ。後宮に送り込まれるのも納得だ。
(でも……)
小柄な体格。つぶらな瞳。柔らかそうな肌。
雪花様、どこをどう見ても12~13歳くらいにしか見えなかった。
懐妊?
こんな幼い少女を?
あんな体格のいい梓宸が?
孕ませたの?
孕ませるようなことをしたの?
思いっきり引いた私。まさか幼なじみが幼女趣味だったなんて……。いくらモテないからって幼女に手を出すなんて……。
私のドン引きを察したのか張さんが追加で説明してくる。
「……凜風殿。彼女、あぁ見えて成人しておりますので」
この国の成人は女性が15歳、男性が20歳だ。女性はなるべく早く妊娠出産できるよう成人が早めだし、逆に男性は「一人で家族を養えてこそ大人」という価値観なので遅めとなっている。
いや、それにしても幼すぎるのでは? 私も童顔小柄な自覚があるから人のことは言えないけど……。
あ、もしや私に求婚したのもこんな見た目だから? 背が低くて胸がないから? やっぱり幼女趣味なのかしらあいつ。幼なじみの性癖なんて知りたくなかったわ……。
35
あなたにおすすめの小説
美人な姉と『じゃない方』の私
LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。
そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。
みんな姉を好きになる…
どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…?
私なんか、姉には遠く及ばない…
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
三度裏切られたので堪忍袋の緒が切れました
蒼黒せい
恋愛
ユーニスはブチ切れていた。外で婚外子ばかり作る夫に呆れ、怒り、もうその顔も見たくないと離縁状を突き付ける。泣いてすがる夫に三行半を付け、晴れて自由の身となったユーニスは、酒場で思いっきり羽目を外した。そこに、婚約解消をして落ちこむ紫の瞳の男が。ユーニスは、その辛気臭い男に絡み、酔っぱらい、勢いのままその男と宿で一晩を明かしてしまった。
互いにそれを無かったことにして宿を出るが、ユーニスはその見知らぬ男の子どもを宿してしまう…
※なろう・カクヨムにて同名アカウントで投稿しています
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
醜い私は妹の恋人に騙され恥をかかされたので、好きな人と旅立つことにしました
つばめ
恋愛
幼い頃に妹により火傷をおわされた私はとても醜い。だから両親は妹ばかりをかわいがってきた。伯爵家の長女だけれど、こんな私に婿は来てくれないと思い、領地運営を手伝っている。
けれど婚約者を見つけるデェビュタントに参加できるのは今年が最後。どうしようか迷っていると、公爵家の次男の男性と出会い、火傷痕なんて気にしないで参加しようと誘われる。思い切って参加すると、その男性はなんと妹をエスコートしてきて……どうやら妹の恋人だったらしく、周りからお前ごときが略奪できると思ったのかと責められる。
会場から逃げ出し失意のどん底の私は、当てもなく王都をさ迷った。ぼろぼろになり路地裏にうずくまっていると、小さい頃に虐げられていたのをかばってくれた、商家の男性が現れて……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる