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宴会・2
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私が遠い目をしている間に宴会の準備は整い、梓宸が偉そうな挨拶をして宴会は始まった。といっても私はお酒とか飲まないし、食事を楽しむしかないのだけれども。
食事はすべて冷たかった。そういう料理というわけではなく、宴会場の隅で一つ一つの料理を毒味の女性が確認して、しばらく時間をおいてからこちらに持ってくるので冷めてしまうのだ。毒によっては効果が出るまで時間が掛かるものがあるからね。
毒殺を警戒しているのは分かるけど、目の前で震えながら毒味をされるのは気分のいいものではない。
梓宸や妃たちは特に気にした様子はないので慣れてしまっているのだろう。
(ほんと、小説の世界そのものね)
梓宸が毒殺されても面白くないし、あとでアレを作って渡しておこう。
とはいえ。冷めていたとしてもそこはさすが宮殿で出てくる料理。主菜から副菜までどれもこれも美味しいものばかりだった。
メインとなるのは鶏肉をタレで焼いたもの。それ自体は庶民でも食べることができるのだけど……これはタレや調理方法が違うのか、あるいは使っている鶏肉自体が上等なものなのか、冷めているというのに目を見開くほど美味しかった。
そんな鶏肉の付け合わせになっているのは野蒜。いわゆる野草だけど、この国では宮廷料理にも使われる由緒ある食用植物だ。
なんでも大華国を建国した高祖が敵に敗れ身を隠しているとき、野蒜を食べることによって飢えをしのぎ、ついには敵を打倒するに至ったという伝承があるのだ。だからこそ皇帝の食べる料理には野蒜が多用されているし、宮殿の敷地内にも皇帝専用の野蒜を育てる畑があるらしい。
主食となる米は当然のように白米のみ。庶民のように雑穀を食べることはなさそうだ。
ちなみに白米ばかり食べていると栄養が偏り、脚気という病気になってしまうので神仙術士としてはあまりおすすめしていない。……ただまぁ、『白米を食べられる』こと自体が権力の象徴とか豊かさの証になっているので私が何を言っても無駄かしらね?
それはともかくとして、何というか、暇だ。料理は美味しく、すぐに食べ終わってしまったので手持ち無沙汰。
私はお酒を飲まない上に、妃たちとは初対面。しかも梓宸の子供を産んだり宿したりしている人たち。話が弾むわけがないし、そもそも席が離れているので会話をしようとすると大声を出さなきゃいけない。女性が大きな声を出すのは『はしたない』とされているので、必然的に妃たちも言葉少なめ。沈黙の帳が降りることも多い。
なんだこれ? 何が楽しいんだこの宴会? 楽しそうなのは私の顔を肴に酒を飲んでいる梓宸だけでは?
このまま冷たい料理をつまんでいるのも退屈だし、お酌でもして回りましょうかね?
宮廷での宴会にお酌という文化があるのかは知らないけど、多少の無礼には目をつぶってくれるというし、問題はないと思う。父の仕事の接待で鍛えたお酌力を見るがいい。
「り、凜風殿。本日は客人という扱いなのですから酌などしなくても……」
張さんの助言をあえて聞き流して席を立った私。まずは一番目上である梓宸の元へ。私が何かやらかさないか心配なのか張さんもついてくる。
梓宸に酒器を差し出すと、彼はニヤニヤと笑いながら杯を受けた。
「いや~、こうして凜風からお酌してもらえるとはな! 皇帝になって正解だった!」
酔っ払いだ。酔っ払いがおる。まだ宴会は始まったばかりなのに酔っ払うのは早すぎないかしら?
「うむ、ここまで酔うのは珍しい。それほど凜風殿との再会が嬉しかったのでしょうな」
私の斜め後ろに控える張さんがしみじみと髭を撫でていた。
「……馬鹿ね。皇帝になんてならなくても、お酌くらいはしてあげたのに。そういう関係になれたのに」
真面目に仕事をしていた梓宸のことはお父様も気に入っていたし、弟が後継ぎとして育てられていたから私は比較的自由に結婚相手を選べたはずだ。人望があり、現場をよく知る梓宸が私と結婚して、将来的に輸送部門を任せてもらえる……そんな未来も存在していたのに……。
「駄目だ。それでは俺が俺を許せん。俺は凜風に胸を張れる男でいなければならなかったのだ」
「…………」
心身共に衰弱した母親に代わり、少年の頃から肉体労働で生活費を稼いでいた梓宸は立派な人だと思うのだけど。それこそ、実家が裕福だっただけの私では不相応なほどに。
「…………」
「…………」
言葉もなしに杯を舐める梓宸と、そんな彼を眺める私。不思議な沈黙はなぜだかとても心地よくて……。
「……凜風、だったかしら? あなた、道士なのよね?」
と、そんな空気を壊したのは妃の一人、海藍様だった。気の強そうな美人さん。
「道士、というよりは神仙術士ですね」
先代の皇帝に水銀を飲ませた大馬鹿者がいたせいで『道士』という職業にいい印象は持たれづらい。
「どちらでもいいわよ。怪しい術を使うのでしょう? 何か見せてはくれないかしら?」
宴会芸をしろってことですか?
この「庶民なのだから私を楽しませなさい!」という感じ、いかにもな貴族様だ。私今日は皇帝陛下の客人って扱いらしいのだけど。そんな人間に宴会芸を求めて大丈夫なのかしらね? 皇帝からの寵愛という点で。
私がちらりと梓宸を見ると、彼はいいぞいいぞと手を叩いていた。駄目だこの酔っ払い。いっぺん頭から水を被せてやろうかしら?
私が神仙術で水をぶっかけてやろうとしていると張さんに止められた。残念無念。
しかし、何か見せてと言われてもねぇ。水を出すのは張さんに止められたし、炎系の術は万が一延焼させたら面倒。落雷したら宴会どころじゃなくなるし、室内に土はないし……。
私が悩んでいると張さんが助け船を出してくれた。
「では、卜占(占い)などどうでしょうか?」
「卜占ですか?」
「えぇ。凜風殿ならできるでしょう?」
「…………」
千里眼(鑑定眼)を使えば未来予知的なことも可能だけど、張さんの前でやったことはないはずだ。なぜできると知っているのだろう?
(まぁ、『三代宰相』なら調べ上げていても不思議じゃないか)
張さんの立場からして、皇帝陛下が入れ込んでいる女(自分で言うのは恥ずかしいわね、これ)がどういう人物か調べるのは当然だし、そのことに文句を言うつもりはない。
食事はすべて冷たかった。そういう料理というわけではなく、宴会場の隅で一つ一つの料理を毒味の女性が確認して、しばらく時間をおいてからこちらに持ってくるので冷めてしまうのだ。毒によっては効果が出るまで時間が掛かるものがあるからね。
毒殺を警戒しているのは分かるけど、目の前で震えながら毒味をされるのは気分のいいものではない。
梓宸や妃たちは特に気にした様子はないので慣れてしまっているのだろう。
(ほんと、小説の世界そのものね)
梓宸が毒殺されても面白くないし、あとでアレを作って渡しておこう。
とはいえ。冷めていたとしてもそこはさすが宮殿で出てくる料理。主菜から副菜までどれもこれも美味しいものばかりだった。
メインとなるのは鶏肉をタレで焼いたもの。それ自体は庶民でも食べることができるのだけど……これはタレや調理方法が違うのか、あるいは使っている鶏肉自体が上等なものなのか、冷めているというのに目を見開くほど美味しかった。
そんな鶏肉の付け合わせになっているのは野蒜。いわゆる野草だけど、この国では宮廷料理にも使われる由緒ある食用植物だ。
なんでも大華国を建国した高祖が敵に敗れ身を隠しているとき、野蒜を食べることによって飢えをしのぎ、ついには敵を打倒するに至ったという伝承があるのだ。だからこそ皇帝の食べる料理には野蒜が多用されているし、宮殿の敷地内にも皇帝専用の野蒜を育てる畑があるらしい。
主食となる米は当然のように白米のみ。庶民のように雑穀を食べることはなさそうだ。
ちなみに白米ばかり食べていると栄養が偏り、脚気という病気になってしまうので神仙術士としてはあまりおすすめしていない。……ただまぁ、『白米を食べられる』こと自体が権力の象徴とか豊かさの証になっているので私が何を言っても無駄かしらね?
それはともかくとして、何というか、暇だ。料理は美味しく、すぐに食べ終わってしまったので手持ち無沙汰。
私はお酒を飲まない上に、妃たちとは初対面。しかも梓宸の子供を産んだり宿したりしている人たち。話が弾むわけがないし、そもそも席が離れているので会話をしようとすると大声を出さなきゃいけない。女性が大きな声を出すのは『はしたない』とされているので、必然的に妃たちも言葉少なめ。沈黙の帳が降りることも多い。
なんだこれ? 何が楽しいんだこの宴会? 楽しそうなのは私の顔を肴に酒を飲んでいる梓宸だけでは?
このまま冷たい料理をつまんでいるのも退屈だし、お酌でもして回りましょうかね?
宮廷での宴会にお酌という文化があるのかは知らないけど、多少の無礼には目をつぶってくれるというし、問題はないと思う。父の仕事の接待で鍛えたお酌力を見るがいい。
「り、凜風殿。本日は客人という扱いなのですから酌などしなくても……」
張さんの助言をあえて聞き流して席を立った私。まずは一番目上である梓宸の元へ。私が何かやらかさないか心配なのか張さんもついてくる。
梓宸に酒器を差し出すと、彼はニヤニヤと笑いながら杯を受けた。
「いや~、こうして凜風からお酌してもらえるとはな! 皇帝になって正解だった!」
酔っ払いだ。酔っ払いがおる。まだ宴会は始まったばかりなのに酔っ払うのは早すぎないかしら?
「うむ、ここまで酔うのは珍しい。それほど凜風殿との再会が嬉しかったのでしょうな」
私の斜め後ろに控える張さんがしみじみと髭を撫でていた。
「……馬鹿ね。皇帝になんてならなくても、お酌くらいはしてあげたのに。そういう関係になれたのに」
真面目に仕事をしていた梓宸のことはお父様も気に入っていたし、弟が後継ぎとして育てられていたから私は比較的自由に結婚相手を選べたはずだ。人望があり、現場をよく知る梓宸が私と結婚して、将来的に輸送部門を任せてもらえる……そんな未来も存在していたのに……。
「駄目だ。それでは俺が俺を許せん。俺は凜風に胸を張れる男でいなければならなかったのだ」
「…………」
心身共に衰弱した母親に代わり、少年の頃から肉体労働で生活費を稼いでいた梓宸は立派な人だと思うのだけど。それこそ、実家が裕福だっただけの私では不相応なほどに。
「…………」
「…………」
言葉もなしに杯を舐める梓宸と、そんな彼を眺める私。不思議な沈黙はなぜだかとても心地よくて……。
「……凜風、だったかしら? あなた、道士なのよね?」
と、そんな空気を壊したのは妃の一人、海藍様だった。気の強そうな美人さん。
「道士、というよりは神仙術士ですね」
先代の皇帝に水銀を飲ませた大馬鹿者がいたせいで『道士』という職業にいい印象は持たれづらい。
「どちらでもいいわよ。怪しい術を使うのでしょう? 何か見せてはくれないかしら?」
宴会芸をしろってことですか?
この「庶民なのだから私を楽しませなさい!」という感じ、いかにもな貴族様だ。私今日は皇帝陛下の客人って扱いらしいのだけど。そんな人間に宴会芸を求めて大丈夫なのかしらね? 皇帝からの寵愛という点で。
私がちらりと梓宸を見ると、彼はいいぞいいぞと手を叩いていた。駄目だこの酔っ払い。いっぺん頭から水を被せてやろうかしら?
私が神仙術で水をぶっかけてやろうとしていると張さんに止められた。残念無念。
しかし、何か見せてと言われてもねぇ。水を出すのは張さんに止められたし、炎系の術は万が一延焼させたら面倒。落雷したら宴会どころじゃなくなるし、室内に土はないし……。
私が悩んでいると張さんが助け船を出してくれた。
「では、卜占(占い)などどうでしょうか?」
「卜占ですか?」
「えぇ。凜風殿ならできるでしょう?」
「…………」
千里眼(鑑定眼)を使えば未来予知的なことも可能だけど、張さんの前でやったことはないはずだ。なぜできると知っているのだろう?
(まぁ、『三代宰相』なら調べ上げていても不思議じゃないか)
張さんの立場からして、皇帝陛下が入れ込んでいる女(自分で言うのは恥ずかしいわね、これ)がどういう人物か調べるのは当然だし、そのことに文句を言うつもりはない。
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