行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

文字の大きさ
12 / 20

宴会・2

しおりを挟む
 私が遠い目をしている間に宴会の準備は整い、梓宸が偉そうな挨拶をして宴会は始まった。といっても私はお酒とか飲まないし、食事を楽しむしかないのだけれども。

 食事はすべて冷たかった。そういう料理というわけではなく、宴会場の隅で一つ一つの料理を毒味の女性が確認して、しばらく時間をおいてからこちらに持ってくるので冷めてしまうのだ。毒によっては効果が出るまで時間が掛かるものがあるからね。

 毒殺を警戒しているのは分かるけど、目の前で震えながら毒味をされるのは気分のいいものではない。
 梓宸や妃たちは特に気にした様子はないので慣れてしまっているのだろう。

(ほんと、小説の世界そのものね)

 梓宸が毒殺されても面白くないし、あとでアレ・・を作って渡しておこう。

 とはいえ。冷めていたとしてもそこはさすが宮殿で出てくる料理。主菜から副菜までどれもこれも美味しいものばかりだった。

 メインとなるのは鶏肉をタレで焼いたもの。それ自体は庶民でも食べることができるのだけど……これはタレや調理方法が違うのか、あるいは使っている鶏肉自体が上等なものなのか、冷めているというのに目を見開くほど美味しかった。

 そんな鶏肉の付け合わせになっているのは野蒜ノビル。いわゆる野草だけど、この国では宮廷料理にも使われる由緒ある食用植物だ。

 なんでも大華国を建国した高祖が敵に敗れ身を隠しているとき、野蒜を食べることによって飢えをしのぎ、ついには敵を打倒するに至ったという伝承があるのだ。だからこそ皇帝の食べる料理には野蒜が多用されているし、宮殿の敷地内にも皇帝専用の野蒜を育てる畑があるらしい。

 主食となる米は当然のように白米のみ。庶民のように雑穀を食べることはなさそうだ。
 ちなみに白米ばかり食べていると栄養が偏り、脚気という病気になってしまうので神仙術士としてはあまりおすすめしていない。……ただまぁ、『白米を食べられる』こと自体が権力の象徴とか豊かさの証になっているので私が何を言っても無駄かしらね?

 それはともかくとして、何というか、暇だ。料理は美味しく、すぐに食べ終わってしまったので手持ち無沙汰。

 私はお酒を飲まない上に、妃たちとは初対面。しかも梓宸の子供を産んだり宿したりしている人たち。話が弾むわけがないし、そもそも席が離れているので会話をしようとすると大声を出さなきゃいけない。女性が大きな声を出すのは『はしたない』とされているので、必然的に妃たちも言葉少なめ。沈黙の帳が降りることも多い。

 なんだこれ? 何が楽しいんだこの宴会? 楽しそうなのは私の顔を肴に酒を飲んでいる梓宸だけでは?

 このまま冷たい料理をつまんでいるのも退屈だし、お酌でもして回りましょうかね?

 宮廷での宴会にお酌という文化があるのかは知らないけど、多少の無礼には目をつぶってくれるというし、問題はないと思う。父の仕事の接待で鍛えたお酌力を見るがいい。

「り、凜風殿。本日は客人という扱いなのですから酌などしなくても……」

 張さんの助言をあえて聞き流して席を立った私。まずは一番目上である梓宸の元へ。私が何かやらかさないか心配なのか張さんもついてくる。

 梓宸に酒器を差し出すと、彼はニヤニヤと笑いながら杯を受けた。

「いや~、こうして凜風からお酌してもらえるとはな! 皇帝になって正解だった!」

 酔っ払いだ。酔っ払いがおる。まだ宴会は始まったばかりなのに酔っ払うのは早すぎないかしら?

「うむ、ここまで酔うのは珍しい。それほど凜風殿との再会が嬉しかったのでしょうな」

 私の斜め後ろに控える張さんがしみじみと髭を撫でていた。

「……馬鹿ね。皇帝になんてならなくても、お酌くらいはしてあげたのに。そういう・・・・関係になれたのに」

 真面目に仕事をしていた梓宸のことはお父様も気に入っていたし、弟が後継ぎとして育てられていたから私は比較的自由に結婚相手を選べたはずだ。人望があり、現場をよく知る梓宸が私と結婚して、将来的に輸送部門を任せてもらえる……そんな未来も存在していたのに……。

「駄目だ。それでは俺が俺を許せん。俺は凜風に胸を張れる男でいなければならなかったのだ」

「…………」

 心身共に衰弱した母親に代わり、少年の頃から肉体労働で生活費を稼いでいた梓宸は立派な人だと思うのだけど。それこそ、実家が裕福だっただけの私では不相応なほどに。

「…………」

「…………」

 言葉もなしに杯を舐める梓宸と、そんな彼を眺める私。不思議な沈黙はなぜだかとても心地よくて……。

「……凜風、だったかしら? あなた、道士なのよね?」

 と、そんな空気を壊したのは妃の一人、海藍様だった。気の強そうな美人さん。

「道士、というよりは神仙術士ですね」

 先代の皇帝に水銀を飲ませた大馬鹿者がいたせいで『道士』という職業にいい印象は持たれづらい。

「どちらでもいいわよ。怪しい術を使うのでしょう? 何か見せてはくれないかしら?」

 宴会芸をしろってことですか?

 この「庶民なのだから私を楽しませなさい!」という感じ、いかにもな貴族様だ。私今日は皇帝陛下の客人って扱いらしいのだけど。そんな人間に宴会芸を求めて大丈夫なのかしらね? 皇帝からの寵愛という点で。

 私がちらりと梓宸を見ると、彼はいいぞいいぞと手を叩いていた。駄目だこの酔っ払い。いっぺん頭から水を被せてやろうかしら?

 私が神仙術で水をぶっかけてやろうとしていると張さんに止められた。残念無念。

 しかし、何か見せてと言われてもねぇ。水を出すのは張さんに止められたし、炎系の術は万が一延焼させたら面倒。落雷したら宴会どころじゃなくなるし、室内に土はないし……。

 私が悩んでいると張さんが助け船を出してくれた。

「では、卜占ぼくせん(占い)などどうでしょうか?」

「卜占ですか?」

「えぇ。凜風殿ならできるでしょう?」

「…………」

 千里眼(鑑定眼)を使えば未来予知的なことも可能だけど、張さんの前でやったことはないはずだ。なぜできると知っているのだろう?

(まぁ、『三代宰相』なら調べ上げていても不思議じゃないか)

 張さんの立場からして、皇帝陛下が入れ込んでいる女(自分で言うのは恥ずかしいわね、これ)がどういう人物か調べるのは当然だし、そのことに文句を言うつもりはない。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

美人な姉と『じゃない方』の私

LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。 そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。 みんな姉を好きになる… どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…? 私なんか、姉には遠く及ばない…

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

三度裏切られたので堪忍袋の緒が切れました

蒼黒せい
恋愛
ユーニスはブチ切れていた。外で婚外子ばかり作る夫に呆れ、怒り、もうその顔も見たくないと離縁状を突き付ける。泣いてすがる夫に三行半を付け、晴れて自由の身となったユーニスは、酒場で思いっきり羽目を外した。そこに、婚約解消をして落ちこむ紫の瞳の男が。ユーニスは、その辛気臭い男に絡み、酔っぱらい、勢いのままその男と宿で一晩を明かしてしまった。 互いにそれを無かったことにして宿を出るが、ユーニスはその見知らぬ男の子どもを宿してしまう… ※なろう・カクヨムにて同名アカウントで投稿しています

裏切り者

詩織
恋愛
付き合って3年の目の彼に裏切り者扱い。全く理由がわからない。 それでも話はどんどんと進み、私はここから逃げるしかなかった。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った

葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。 しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。 いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。 そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。 落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。 迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。 偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。 しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。 悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。 ※小説家になろうにも掲載しています

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

醜い私は妹の恋人に騙され恥をかかされたので、好きな人と旅立つことにしました

つばめ
恋愛
幼い頃に妹により火傷をおわされた私はとても醜い。だから両親は妹ばかりをかわいがってきた。伯爵家の長女だけれど、こんな私に婿は来てくれないと思い、領地運営を手伝っている。 けれど婚約者を見つけるデェビュタントに参加できるのは今年が最後。どうしようか迷っていると、公爵家の次男の男性と出会い、火傷痕なんて気にしないで参加しようと誘われる。思い切って参加すると、その男性はなんと妹をエスコートしてきて……どうやら妹の恋人だったらしく、周りからお前ごときが略奪できると思ったのかと責められる。 会場から逃げ出し失意のどん底の私は、当てもなく王都をさ迷った。ぼろぼろになり路地裏にうずくまっていると、小さい頃に虐げられていたのをかばってくれた、商家の男性が現れて……

処理中です...