行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

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宴会・3

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「占うことはできますが、未来のことはすぐに正解かどうか分からないですし、余興にはならないのでは?」

「いえいえ占いが合っている間違っていると騒ぐだけでも充分な余興となるのですよ」

「そういうものですか」

 この胡散臭い顔。絶対何か裏がある。
 張さんが何を企んでいるかは分からないけれど、こちらとしては名案も思い浮かばないので卜占をすることにした。

「ではまずは俺を占ってもらおうか!」

 酔っ払いが右手を差し出してきた。地元で流行っていた手相占いだろう。反射的に梓宸の手を握るけど、手相よりも手っ取り早いから金色の瞳で彼を『視』た。

 視えたのは、少し先の未来。

 …………。

 ……なんでこいつの隣に私が座っているんだ? しかも数多くの官僚の前で。無意味なまでに豪奢な服を着て。とても幸せそうに微笑んで。

 いやいや、ないない。これじゃまるで皇帝と皇后・・・・・じゃないか。ありえないってそんな未来。皇帝と平民が結婚するだけじゃなく、正妃になるとか。

 しかし、ありえないと拒絶するなら別の占い結果を伝えなきゃいけないわけで……。

「……わーなんという龍顔ー。まさしく皇帝となるために産まれてきた御方ですわー。すてきー。我が大華国の将来は安泰ですわねー」

 思いっきり棒読みでからかってやったけど、酔っ払いは本気にしたようでとても満足げ。大丈夫かしらこの男? 悪い方術師に騙されない? お姉さん心配だわー。

「ふむ、不安であるなら凜風殿が側で目を光らせることですな。皇后の位は空いておりますぞ?」

 その手には乗りませんー。庶民が皇后とか何の冗談か。
 酔っ払いから視線を逸らすと、事の発端である海藍様が目に入った。「やはり口だけの方術師ですのね!」とその顔が語っている。

 少し苛ついたので彼女のことも視ることにする。

 …………。

 ……うわぁ。

 良くも悪くも真っ直ぐ。直情型。実直な人物と言えば聞こえはいいけど、悪い大人にすぐ騙されそう。

 この人、陰謀渦巻く後宮でよく今まで生きてこられたなぁ。男子を産んだのだから色々狙われるだろうに。

「な、何よその哀れみの視線は!?」

「いえいえさすがはお妃様、とても気高く素直で単純――ごほん。『悪い男に騙されるくらいなら』と後宮に叩き込んだお父上のご慧眼はさすがの一言かと」

「今単純って言った? 単純って言ったわよねこの方術師?」

 海藍様はジト目で張さんを見るが、張さんは「はて、老いぼれはすっかり耳が遠くなりましてなぁ」と素知らぬ顔だ。

「――あっはっはっ! 面白い方術師だね! あたしのことも見てくれよ!」

 自分の席を立ってまで私に近づき、ずいと右手を差し出してきたのは瑾曦ジンシー様。北狄の王女様で太陽のような人。この豪放磊落さ、やはり孫武さんを思い出す。北狄の人ってみんなこうなのかしらね?

 相手が望んでいるのでこちらとしても断る必要はない。

「では失礼しまして。……あら? 孫武さんの妹でしたか。道理で似ていると――むぐっ」

 言葉の途中で口をふさがれた。瑾曦様に。

「おっとすまないね。自分から頼んでおいて何だが、それ以上は公然の秘密ってヤツだ。ここにいる連中なら別に構わんが、他の場所では黙っていてくれよ」

 軽い調子で謝ってから瑾曦様は手を離してくれた。

 孫武さんと瑾曦様が兄妹ということは、孫武さんは北狄の王子であることを意味している。そんな彼が『皇帝劉宸』の親衛隊長……。

 北狄からしてみれば自分のところの王子が他国の皇帝にはべっているわけで。逆に大華国からしてみればいつでも皇帝の寝首をかけるところに北狄の王子がいると。なるほどこれは面倒くさそうだ。

 あれ? これ私口封じされる展開? やだわーこんなところで若い命を散らすなんてー。

「よく言うよ。殺されるつもりなんてこれっぽっちもないくせに」

 それはそうである。自分から殺されたいという奇特な人間は滅多にいないと思う。少なくとも私はゴメンだ。

「大華国の連中に北狄人の顔の見分けはつかないだろうと油断していたが、そうかこれが神仙術か……。何とも面白い嬢ちゃんだね」

 まるで男のような口調で瑾曦様は笑う。北狄の訛り……ではないか。北狄には男勝りの女性が多いみたいだけど、本当みたいね。

「しかし『孫武様』ではなく『孫武さん』ね。うちの馬鹿兄――じゃなくて兄貴と知り合いなのか?」

「えぇ。昨日出会ったばかりですが、求婚されまして」

「……あの愚兄、もう嫁さんがいるのに何やってんだ。しかも陛下のお手つきに……」

 いやお手つきじゃないですから。今までもこれからもそんな予定はないですから。

 瑾曦様が(梓宸の護衛として室内にいた)孫武さんを睨み付けると――彼はなぜか自信満々に腕を組み、胸を張った。

「あんな面白い女だぞ! 口説くのが礼儀ってものだろう――がっ!?」

 瑾曦様の投げた酒器(銅製)が孫武さんの額に直撃した。下手すりゃ流血沙汰はずなのに孫武さんは無傷。やはり岩山のような人だ。

 というか孫武さんの実力からして飛んでくる酒器くらい避けられるはずなので、たぶん兄と妹とのじゃれ合いなのだろう、きっと。そう言い聞かせて私は目の前の兄妹喧嘩から視線を逸らした。陛下の目の前で親衛隊長と妃が言い争うとか笑えない。


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