行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

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雪花

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 後宮の案内もつつがなく終了し。いよいよ妃たちの宮殿が建ち並ぶ区画にやってきた。

 上級妃。いわゆる四夫人には後宮内にそれぞれ大きめの宮殿が与えられている。これには他の妃との格の違いを見せつける意味と、四夫人と皇帝の安全確保、そしてなにより皇帝との情事の詳細が外に漏れないようにするという意味があるらしい。

 そもそもこの国の文化として扉に鍵は付けないので、そういうこと・・・・・・をするなら独立した宮を建てるのが一番安全で確実、ということなのだと思う。

 そう考えると、「下級妃の私の部屋に皇帝陛下が!」という夢物語が起こる可能性はほとんどないのが分かると思う。下級妃の部屋には鍵もなく、一つの建物に複数の妃の部屋がある形。そもそもそういうこと・・・・・・ができるように作られていないのだから。なんとも夢のないお話だ。

 四人の上級妃のうち、次の皇帝となる男子を産んだ妃が皇后に選ばれ、後宮から脱出し、皇帝と共に皇宮で暮らすことができるようになると。

 なんだか欧羅における『トーナメント戦』みたいねなどと考えているうちに白妃・雪花様の宮殿に到着した。

「あら」

 後宮の扉には鍵が付いていないのが普通のはずなのだけど。雪花様の宮殿にはちゃんとした鍵が付けられていた。

 待ち構えていた女官に案内され、梓宸と共に雪花様の私室前へ。

「あらあら」

 こちらにもしっかりとした鍵。しかも二つも付いているという厳重さ。何が珍しいって欧羅製の鍵ってことだ。もしかしたらうちの商会で購入したものかもしれないわね。

 後宮の部屋に鍵が付いていない理由の一つが「いつでも皇帝陛下をお迎えします」という意思表示なら、逆に……。

「ずいぶんと厳重ね? 梓宸、実は嫌われているんじゃない?」

「ぐっ、いや、そんなことは……ないと……思う、ぞ?」

 心当たりがあるのか視線を逸らす浮気野郎だった。

 すでに『皇帝のお通り』は知らされていたのか、扉に鍵は掛かっていなかった。まずは梓宸が室内に入り、私が後に続く。

 途端に向けられる敵意の目。
 うわぁ、侍女たちから遠慮なく睨まれているわね。まさか私が毒を混ぜた犯人と疑われているわけじゃないでしょうから……『皇帝と仲良くやって来た、雪花様の敵』という認識だろうか?

 え~、私、こんな雰囲気の中で仕事するの? とっても面倒くさいんですけど? そもそも心のケアなら私がこの宮殿に来る必要もないじゃない?

 ということを(侍女にも聞こえるような大声で)梓宸に進言するも、「まぁまぁ、まぁまぁまぁ」と頼りなく宥めてくるだけ。駄目だコイツ頼りにならない。

 もう面倒くさいから神仙術の秘奥義で洗脳しちゃおうかなーなどと考えていると、

「――お姉様・・・!」

 聞き馴染みのない呼び名を叫びながら、私に抱きついてきたのは白妃・雪花様。相変わらずの美少女だ。

 いやいや、貴女が抱きつくのは隣じゃないですか? お腹の子供の父親・皇帝陛下ではないのですか? そもそもなんですか『お姉様』って。実は生き別れの妹という展開ですか?

 と、怒濤のツッコミをしたかったのだけど、口を開く前に雪花様が一旦私から離れ、自分の侍女たちを見渡した。

「――あなたたち。何ですかその態度は? この御方は毒を食べたリンを救ってくださったのですよ?」

 鈴、というのはあの毒を食べた侍女かしら? 姿が見えないので言いつけを守って休息しているらしい。

 雪花様のお言葉に、侍女頭っぽい人が反論する。

「し、しかし雪花様。その女は――」

「――わたくしの顔に泥を塗るつもり?」

 一気に部屋の気温が下がったような気がした。侍女たちも顔を青くして震えてしまっている。このひりつくような空気、さすがは皇帝の子供を宿せる立場まで上り詰めた妃といったところか。

 私が感心している中、「け、喧嘩するなよぉ」と私の背中に隠れている皇帝陛下。とても情けないと思います。

「い、いやいや凜風。そうは言うがな、男の戦いと女の戦いはやはり勝手が違うのだ」

「それを何とかするのも皇帝の仕事でしょう? あなたの後宮ハーレムなのだから」

「いやそれはどちらかというと皇后の仕事……」

「言い訳しないの」

「……はい、すみません。実力不足です」

「よろしい」

 満足した私が梓宸から視線を外すと――なんか、ものすごい目で見られていた。侍女たちから。先ほどの敵意とはまた違った視線だ。

 そんな中。満面の笑みを浮かべた雪花様が再び私に抱きついてきた。

あの・・皇帝陛下に意見するなんて! さすがはお姉様ですわ!」

 ……あの・・

 もしかして、梓宸って意外と恐れられているとか?

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