行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

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お茶会

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「それはそうですわ、お姉様。なにせあの御方は大華国九代皇帝・劉宸陛下なのですよ? 先代皇帝は不老不死を追い求め、暴政を繰り返していましたが……そんな暴君から国と民を救った英雄。就任から今日こんにちまで善政を敷き続け、異民族との戦争に勝利し、ついには欧羅の国と対等な通商条約まで結んでみせたのです。皇帝になられた時点で歴史に名を残すことは決定的ですが、劉宸陛下の名前と業績は特記されることでしょう」

「おぉ……」

 梓宸が仕事に戻ったあと。親睦を深めるためと称したお茶会の席で。雪花様はつらつらと皇帝陛下の凄さを語ってくださった。……うん、大丈夫? それほんとに梓宸と同一人物? みんな狐狸の類いに騙されてない?

「そんな皇帝陛下にあんな態度を取れるお姉様! わたくし、感服いたしましたわ!」

「いや、それはただ幼なじみなだけで……あの、その『お姉様』ってなんですか?」

「敬愛に値する人間はお姉様とお呼びするべきでしょう?」

「初耳ですね、そんな習慣……」

 貴族ってこんな感じなの? と私が戦々恐々としていると、雪花様はなぜか不満げに頬を膨らませた。そんな顔も可愛いのだから美少女って得よね。

「もう! お姉様! 妹分に対して敬語など不要ですわ!」

「いやいやいつから妹分に? というか貴族に対して、上級妃に対して、平語とか絶対無理ですから」

「ならば貴族として、上級妃として命令すれば従っていただけますのね?」

「権力の振るい方はもう少し考えるべきでは……?」

 助けを求めるように雪花様の侍女さんたちに視線を移す。お茶会の最中は部屋の隅で待機してくれているのだ。

 先ほどはずいぶんと敵意を向けてきたから、雪花様の発言にも「こんな平民にそのようなことを許すなど!」という感じに反対してくれるはず。……だと、思ったのだけど。なぜか全員から視線を逸らされてしまった。あっれー?

 唖然とする私を嘲笑うかのように雪花様が説明してくる。

「それはそうでしょう。お姉様はかの皇帝陛下相手に物怖ものおじず、無礼な態度をとり、しかもそれを許されたのですから。お姉様が頼めばわたくしの侍女の首くらい簡単に飛ばせるでしょうし、恐れられても仕方ありませんわね」

 何でそんな楽しそうな顔をしているんですかね雪花様は? そもそも私はそんな頼み事なんてしませんし。梓宸だってさすがに聞き入れないでしょう。彼は筋が通らないことには断固反対するのだ。自分は12年も筋を通さなかったくせに。

 あと、この場合の『首が飛ぶ』って物理的な意味ですよね? 職を失うという意味ではなく。

「さ! お姉様! 遠慮なく! 実の妹に話しかけるように! 平語で!」

「う~ん……」

 正直、疑似姉妹関係なんて意味が分からないし、精神年齢を考えれば私の方が妹じゃないのかとも思うけど……。こういう人って自分の要求を取り下げないのよねぇ。

 私に不利益があるなら抵抗するけど……気安く話しかけることと、お姉様と呼ばれるくらいなら拒否し続けるのも変な話かしら? そもそも私、そこまで礼儀にうるさい人間じゃないし。どうせ雪花様の心のケアが済めば後宮を出るのだし。彼女のこの様子だとすぐ終わりそうだし……。

 というわけで私は色々と諦め、雪花様に平語で話しかけることにしたのだった。

「え~っと、じゃあ遠慮なく喋らせてもらいます――いや、もらうわね」

「はい、どうぞ」

 まだ慣れない平語がおかしいのかクスクスと笑う雪花様。なんだかいい雰囲気だし、ここはちょっと踏み込んでみましょうか。

「私って妃たちから見ればかなり邪魔くさい存在に見えると思うのだけど、雪花様は大丈夫なの?」

「雪花、様?」

「……雪花は大丈夫なの?」

 私が呼び捨てにすると雪花様――雪花はたいへん満足そうな顔をした。貴族ってよく分からない……。

「えぇ。それはまぁ。自分が皇后になりたい方や男子を産みたい方からしてみればお姉様は邪魔な存在なのでしょうけど……。わたくしは別に。むしろお姉様に陛下の興味が向けば嬉しいなぁ、みたいな?」

「おぉ……」

 いくら梓宸がもう帰ったとはいえ、ここまでズバッとした返事が来るとは思っていなかったので驚いた。そりゃあ後宮なんだから自分の意思とは無関係に連れてこられた人も多いとは思っていたけれど……。

「むしろわたくしの好みは『王子様系』ですし。こう、線が細くて顔が良い感じですわ。性格は穏やかで優しくて、態度は上品で……」

「あー」

 なんというか、欧羅の物語に出てくる『白馬の王子様』っぽい感じか。
 見た目だけなら宰相の維様がそんな感じだけど……性格に難があるかしらね?

「それと、お姉様が皇后になられたときのために、今のうちから媚を売っておこうという理由もありますわ」

「何とも正直なことで」

「お姉様に嘘はつけませんもの」

「……そもそも私は皇后になるつもりなんてないわよ? というか平民だし」

「南朝貴族『許家』の末裔なのでしょう? その血筋で平民と名乗るのは無理があるのでは?」

「あら、ずいぶんと詳しいのね?」

「四夫人という地位にいますと、様々な情報が耳に入ってくるのですわ。わたくしが望む望まぬに関わらず」

「へぇ? じゃあ例えば、昨日の毒殺未遂事件については?」

「水仙毒。人を死に至らしめる可能性は低いので、わたくしの子供の堕胎を狙った可能性が高い。皇帝陛下にお願いされ、お姉様が私の様子を見に来た。といったところでしょうか?」

「……この国の防諜が不安になるわね……」

「世間の口には戸は立てられぬと言いますし」

 クスクスと笑う雪花だった。やっぱりこの子見た目と精神年齢が合っていないわね。まぁ事情があるから仕方ないんだけど。


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