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閑話 大人たち
しおりを挟む伯爵家の家令・セバスチャンと、メイド長のサラは沈痛な面持ちでセバスチャンの執務室に集まっていた。
話題になるのはもちろん別邸に押し込まれたお嬢様――リーナのことだ。
「こんな、こんなことが許されていいのでしょうか!」
リーナに対する待遇に涙を流すサラだった。
たしかにリーナの銀髪は珍しいだろう。正直に言えば、リーナの赤い瞳を見て不気味さを感じたことはサラにもある。しかし、だからといって伯爵家の血筋を、自分の娘を、別邸に軟禁するなんて……。
サラが思い出すのは、伯爵から別邸入りを告げられた直後のリーナの態度だ。
実の父から『バケモノ』とか『気持ち悪い』と罵られようとも、リーナは眉毛一つ動かさなかった。さらには執事やメイドにも丁寧な口調で接し、彼らが怒られないようにと別邸での生活を受け入れた。
たった七歳の少女が、だ。
実際には直前に前世の記憶を取り戻したのだが、関係なかった。それ以前からリーナは無表情となり、泣かなくなり、メイドたちにも丁寧に接するようになっていたのだから。
まるで、全てを諦めたかのように。
まるで、一刻も早く大人になろうとしているかのように。
「あんな、あんな態度は、子供がしていいものではありません! 子供は笑って、泣いて、元気に走り回るべきものなのです!」
「……あぁ、そうだ。お嬢様の置かれた状況はとても過酷だ。あぁならなければ心が持たなかったのだろう。私たちが手助けしてやらねばならんが……」
一旦口を閉じるセバスチャン。別邸にメイドを派遣するという彼の申し出を、リーナは少し慌てた様子で拒絶した。
おそらく、派遣されたメイドの口からセバスチャンたちの協力が漏れるのを恐れているのだろう。そうなれば伯爵はセバスチャンたちをさらにリーナから遠ざけようとするだろうし、今の伯爵であれば癇癪を起こしてセバスチャンたちをクビにしてもおかしくはなかった。
――聡明なご令嬢だ。
聡明にならなければいけなかったご令嬢なのだ。
セバスチャンはもう高齢であるし、家令という地位に未練があるわけでもない。だが、ここで自分がいなくなればリーナに対する扱いはさらに悪くなるだろうと思い、踏みとどまっているのだった。
「私たちが表立って協力すると、お嬢様に対する扱いはさらに悪くなるだろう。――あの男であれば食事の供給をやめさせても不思議ではない」
あの男。
セバスチャンは自らの主・伯爵閣下をそう呼んだ。先代、先々代には多大なる恩があるにもかかわらず。
だが、それも仕方ない。あの男はわざわざ後妻付きのメイドに直接命令し、リーナに残飯を与えているのだから。しかも一日一食だけ。そんな男を、セバスチャンは、もはや『主』と認めることはできなかった。
セバスが考えているのは伯爵家の未来でも、家令としての職責を果たすことでもない。――リーナお嬢様を、どうやってこの地獄から救い出すかという一点のみだ。
「ルクトベルク公にお嬢様の窮状をお伝えできればいいのだが……」
大貴族・ルクトベルク公爵家。
リーナの母親の実家であり、現当主はリーナの祖父ということになる。堂々たる公爵家にして、代々宰相を輩出してきた名家。そんなルクトベルク家であれば伯爵家を黙らせてリーナを救うことができるだろう。
しかし、だからこそ、使用人でしかないセバスチャンたちでは接触を図ることすらできない相手となる。身分制度とはそういうものなのだ。
これが他の貴族家であれば使用人同士の人脈を使って『噂』を耳にさせることくらいはできるかもしれないが……大貴族ともなると、使用人の間にも身分制度があるものなのだ。下手に行動して問題となってしまってはリーナの置かれた状況がさらに悪くなってしまうかもしれない。
(いざとなれば、お嬢様を屋敷から脱出させて私の故郷に……いや無理か。ルクトベルク公爵家の血を引く人間が行方不明となれば、まず真っ先に使用人が疑われてしまう)
下手をすれば『貴族令嬢を誘拐した犯人に協力した』として、セバスチャンの一族だけではなく、村の人間までも罰せられてしまうかもしれない。貴族であればそのくらいやってもおかしくないし、平民に抵抗する術はない。
頭を悩ますセバスとサラだったが、そう簡単に名案は浮かばないものであり。
「……とにかく、別邸に食料をお届けしなければ……。サラは口の硬いメイドを選抜してくれ。お嬢様に同情し、決して口を割らない人間だ。私は何とかルクトベルク公爵家と連絡を取れないか試してみよう」
「そうですね。お願いいたします……」
決意を込めた目で頷き合うセバスチャンとサラ。
そう。リーナは、一人ではなかったのだ。
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