367 / 493
第五部
363
しおりを挟む
「あ、危ないよ……」
わたしはイナリの手を引っ張った。精霊と人が戦って、勝てるわけがない。どんな魔法使いでも、精霊に勝てたという話はない。
そもそも、精霊と人が戦うこと自体、間違っているのだ。地震や津波、嵐に雷と、自然現象に人間が勝てないのと同じである。
挑むだけ、無駄なのだ。
ましてや、メルフは体調によって体温が左右される。しろまるみたいに、いつでも触れるわけじゃない。今のメルフなら、ほんの数秒触れ続けただけで、その場所が使い物にならなくなってしまうかもしれないのだ。
わたしがさっき触れてしまった場所も、赤くただれている。
イナリの両手が使えなくなるかもしれない、ということを考えるだけでゾッとする。
そんな精霊相手に、どう戦うというのか。
「逃げた方がいいよ……」
「――シャシカ、『持ってる』よね」
わたしの言葉を聞かず、イナリはシャシカさんに話しかけた。シャシカさんはそれだけで察したらしい。足元に、短剣がすべり、飛んできた。見覚えのある短剣。わたしを殺そうとしたときに持っていた、サバイバルナイフのようなごつい短剣だ。
こんなときでも、シャシカさんは武器を隠し持っていたらしい。
イナリはそれを拾う。彼は、鞘から剣を抜く。――本当に、戦うつもりらしい。
「……イナリ」
「僕のときは諦めるの」
わたしの声をかき消すように、イナリがハッキリ言った。悲しそうな声でも、咎めるような声でもない。ただ、確認するような声音。
「ちが……そ、そんなつもりじゃ」
諦めないことと、無意味にに挑むのとでは違う。違うのだ。――今、ここで逃げないのは、ただ、ただ無謀なだけ……。
――……本当は、逃げ切る自信もない。見つかっていない状況ならまだやりようもあったかもしれない。でも、もう、遅い。こんなことになるなら、メルフに声をかけるべきじゃなかったのだ。
今更言っても、遅いが。――師匠がわたしを探しているなんて、思ってもみなかったのだ。だって、わたしは、来る者拒まず去る者追わず、な性格の師匠の、たくさんいる弟子の一人だから。
連絡をしないまま、来なくなった兄弟姉妹弟子なんていっぱいいる。わたしも、その一人になってしまったのだと、思っていたのに。
頭の中で言い訳を並べ、後悔にわたしはうつむく。
「帰りたくないんでしょ」
イナリはメルフに向き直る。
「妻にしたい女性の、そんな願いも叶えられないで、何が求婚だ。――今、ここで逃げたら、本当に僕は、何もない男のままになる」
わたしはイナリの手を引っ張った。精霊と人が戦って、勝てるわけがない。どんな魔法使いでも、精霊に勝てたという話はない。
そもそも、精霊と人が戦うこと自体、間違っているのだ。地震や津波、嵐に雷と、自然現象に人間が勝てないのと同じである。
挑むだけ、無駄なのだ。
ましてや、メルフは体調によって体温が左右される。しろまるみたいに、いつでも触れるわけじゃない。今のメルフなら、ほんの数秒触れ続けただけで、その場所が使い物にならなくなってしまうかもしれないのだ。
わたしがさっき触れてしまった場所も、赤くただれている。
イナリの両手が使えなくなるかもしれない、ということを考えるだけでゾッとする。
そんな精霊相手に、どう戦うというのか。
「逃げた方がいいよ……」
「――シャシカ、『持ってる』よね」
わたしの言葉を聞かず、イナリはシャシカさんに話しかけた。シャシカさんはそれだけで察したらしい。足元に、短剣がすべり、飛んできた。見覚えのある短剣。わたしを殺そうとしたときに持っていた、サバイバルナイフのようなごつい短剣だ。
こんなときでも、シャシカさんは武器を隠し持っていたらしい。
イナリはそれを拾う。彼は、鞘から剣を抜く。――本当に、戦うつもりらしい。
「……イナリ」
「僕のときは諦めるの」
わたしの声をかき消すように、イナリがハッキリ言った。悲しそうな声でも、咎めるような声でもない。ただ、確認するような声音。
「ちが……そ、そんなつもりじゃ」
諦めないことと、無意味にに挑むのとでは違う。違うのだ。――今、ここで逃げないのは、ただ、ただ無謀なだけ……。
――……本当は、逃げ切る自信もない。見つかっていない状況ならまだやりようもあったかもしれない。でも、もう、遅い。こんなことになるなら、メルフに声をかけるべきじゃなかったのだ。
今更言っても、遅いが。――師匠がわたしを探しているなんて、思ってもみなかったのだ。だって、わたしは、来る者拒まず去る者追わず、な性格の師匠の、たくさんいる弟子の一人だから。
連絡をしないまま、来なくなった兄弟姉妹弟子なんていっぱいいる。わたしも、その一人になってしまったのだと、思っていたのに。
頭の中で言い訳を並べ、後悔にわたしはうつむく。
「帰りたくないんでしょ」
イナリはメルフに向き直る。
「妻にしたい女性の、そんな願いも叶えられないで、何が求婚だ。――今、ここで逃げたら、本当に僕は、何もない男のままになる」
12
あなたにおすすめの小説
異世界推し生活のすすめ
八尋
恋愛
現代で生粋のイケメン筋肉オタクだった壬生子がトラ転から目を覚ますと、そこは顔面の美の価値観が逆転した異世界だった…。
この世界では壬生子が理想とする逞しく凛々しい騎士たちが"不細工"と蔑まれて不遇に虐げられていたのだ。
身分違いや顔面への美意識格差と戦いながら推しへの愛を(心の中で)叫ぶ壬生子。
異世界で誰も想像しなかった愛の形を世界に示していく。
完結済み、定期的にアップしていく予定です。
完全に作者の架空世界観なのでご都合主義や趣味が偏ります、ご注意ください。
作者の作品の中ではだいぶコメディ色が強いです。
誤字脱字誤用ありましたらご指摘ください、修正いたします。
なろうにもアップ予定です。
【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?
エス
恋愛
前世で日本の文房具好き書店員だった記憶を持つ伯爵令嬢ミリアンヌは、父との約束で、絶対に身分を明かさないことを条件に、変装してオリジナル文具を扱うお店《ことのは堂》を開店することに。
文具の販売はもちろん、手紙の代筆や添削を通して、ささやかながら誰かの想いを届ける手助けをしていた。
そんなある日、イケメン騎士レイが突然来店し、ミリアンヌにいきなり愛の告白!? 聞けば、以前ミリアンヌが代筆したラブレターに感動し、本当の筆者である彼女を探して、告白しに来たのだとか。
もちろんキッパリ断りましたが、それ以来、彼は毎日ミリアンヌ宛ての恋文を抱えてやって来るようになりまして。
「あなた宛の恋文の、添削お願いします!」
......って言われましても、ねぇ?
レイの一途なアプローチに振り回されつつも、大好きな文房具に囲まれ、店主としての仕事を楽しむ日々。
お客様の相談にのったり、前世の知識を活かして、この世界にはない文房具を開発したり。
気づけば店は、騎士達から、果ては王城の使者までが買いに来る人気店に。お願いだから、身バレだけは勘弁してほしい!!
しかしついに、ミリアンヌの正体を知る者が、店にやって来て......!?
恋文から始まる、秘密だらけの恋とお仕事。果たしてその結末は!?
※ほかサイトで投稿していたものを、少し修正して投稿しています。
ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。
ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。
ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
異世界から来た華と守護する者
桜
恋愛
空襲から逃げ惑い、気がつくと屍の山がみえる荒れた荒野だった。
魔力の暴走を利用して戦地にいた美丈夫との出会いで人生変わりました。
ps:異世界の穴シリーズです。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』
伊織愁
恋愛
人族であるリジィーは、幼い頃、狼獣人の国であるシェラン国へ両親に連れられて来た。 家が没落したため、リジィーを育てられなくなった両親は、泣いてすがるリジィーを修道院へ預ける事にしたのだ。
実は動物アレルギーのあるリジィ―には、シェラン国で暮らす事が日に日に辛くなって来ていた。 子供だった頃とは違い、成人すれば自由に国を出ていける。 15になり成人を迎える年、リジィーはシェラン国から出ていく事を決心する。 しかし、シェラン国から出ていく矢先に事件に巻き込まれ、シェラン国の近衛騎士に助けられる。
二人が出会った瞬間、頭上から光の粒が降り注ぎ、番の刻印が刻まれた。 狼獣人の近衛騎士に『私の番っ』と熱い眼差しを受け、リジィ―は内心で叫んだ。 『私、動物アレルギーなんですけどっ! そんなのありーっ?!』
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる