ヒノキの棒と布の服

とめきち

文字の大きさ
85 / 214

第五拾五話 帝国の災難その⑤

しおりを挟む

「陛下!」
 普通なら下の地位の者から声をかけるなどと、不敬の極みであるが、この際はそんなことも言っていられない。
 ヴィッターフェルト侯爵は、あわてて城の上層に上がってきた。
 運動不足のおなかがはあはあと息をするたびに上下する。
 やせ形の公爵であるが、おなかのゆるみはしょうがない。
「どうした侯爵、あわてておるな。なにがあったか申してみよ。」
 皇帝フィリップは、書類から目を上げて公爵を見た。
「はは、実は…」

「なに?聖女?」
「は、しかも治癒魔法に留まらず、植物の生長促進魔法も操ると。」
「なんと言う力じゃ。」
「ワインの発酵促進もして見せたと、報告にあり申す。」
「それが聖女か…」
「は。」
「なにゆえそれがわが国でないのかのう?これほど民が苦しんで居ると言うのに。」
「なんでも、魔物の暴走により、一都市が滅んだそうでございます。」
「なんと!王国でもか。」
「は、そこの教会のシスターが、祈りの力を得て聖女となったと。」
「ううむ、由々しき仕儀じゃ。わが国内でも、聖女を探すのじゃ。」
「御意。」

「王国が聖女を貸してくれれば済むことなのじゃがなあ。」
「それは…」
「言ってみただけだ。無理に決まっておる。」
「…」
「報告はわかった、下がってよい。」
「はは。」
 ヴィッターフェルト侯爵が下がった後、皇帝は窓の外に目をやった。
 高い部屋からは、帝都の様子が広がっている。

「せっかく育てた帝国を、たかが飢饉などで、枯らしてなるものか…」

 フィリップ=アウグスツス=フォン=ゲルマニアは、虚空をにらむ。
「かの者を、攫ってきてはどうかのう?いや、それでは言うことを聞くまい。難しいところよ。」

 かくして、レジオの間者はどんどん増える結果になったのである。

  間者は意外な報告書を上げてきた。

「賦役に金を出す?昼飯もか。」
「御意。」
「なんとのう、一日銀貨一枚か…よくもまあ出したものよのう。」
 ヴィッターフェルト侯爵は、顎に手を添えて考えた。
 そもそも帝国で言う賦役とは、税金の代わりに人夫でもって納入するいわば現物納税制度である。
 それを、レジオ男爵は銭で雇っている。
 肉の入った麦粥を、昼飯に配っている。

「休憩?なんだそれは。」
 ヴィッターフェルト侯爵は、間者に聞いた。
 は、昼前に一回、昼からに一回、人足を休ませるのです。」
「よくわからんな、賦役など一日中使えば良いではないか。」
「はい、そうしましたら、休んだ方がより作業が進むのです。」

 この間者は、実際に賦役人足としてレーヌ川の堤防工事に参加してきた。
 川岸には立派な賦役用の宿舎もある。
 加えて、風呂まである。
 至れり尽くせりである。

「そんなに休んで、そのうえ昼飯を食って休む?仕事をする時間がなくなるではないか。」
「差配の者に聞きましたところ、人間が集中して働けるのは一刻が限度だと言うのです。」
「ふむ。」
「ですから、それが途切れる前に休ませて、水を飲ませてから働かせると、より作業が進みます。」
「…」
「実際に、休んだ後は体が軽く、よく動きました。」
「そのやり方を、もう一度検証してみたほうが良いようだ。」
「は。」
「それは、こちらでやる。お前たちは、聖女についてもっと調べてこい。」
「御意。」

 そう言って、部屋を出ようとして、細作は振り向いた。
「お屋形さま、聖女は一人ではありません、二人です。」
 ヴィッターフェルト侯爵は、愕然とした。
 二人だと!
 あののほほんとした国に、聖女が二人!
 世の中には神も仏もないものか!
 わが国には、救いがないのか?

 いや、負けぬ。

 この帝国が、回りの小国に負けるわけにはいかぬ。
 ヴィッターフェルト侯爵は、拳を握りしめて、奥歯を食いしばった。

「侯爵さま、陛下がお呼びです。」
 小姓がヴィッターフェルト侯爵を呼びに来た。
「わかった。」
 小姓について皇帝の執務室に向かった。
「なんだか王宮のなかまで暗い気がする。」
「はあ、宮内省から明かりを半分にされています。」
「そうなのか?」
「はあ、経費節減だそうです。」

「そうか…まあ、宮内大臣もよく考えたのだな。」
 すぐに陛下の執務室に着いた。
「ヴィッターフェルト侯爵さまをお連れしました。」
「入れ。」
 侯爵一人が中に入る。

「王国に送る書簡だ。」
 陛下は、机の上に一枚の手紙を置いた。
「確認しても?」
 黙ってうなずく皇帝。
「ふむ、これを送ったのち、陛下が直に交渉に向かわれますか?」
「事前に外務省のすり合わせが必要だろう。」
「左様でございますね、そのように指示します。」

「うむ、今回は何を言われても下手に出るのだぞ。」
「かしこまって候。」
 侯爵は、黙って部屋を辞し、外務省に向かった。
「今は隠忍自重しかないのだ…」

 淋しい正月だった。
 恒例の新年祝賀会も、今年は身内だけのささやかなものとなった。
 かつて、これほど貧相な正月があっただろうか。
 帝国が、皇帝が!貧困ゆえに新年を賀することすらできぬとは。
 しかし、小領主や国人領主は、さらに困窮しているのだ。
 皇帝が、えらそうに酒飲んで寝ていられるはずもない。
「たとえ草を食んででも、この苦境を乗り切って見せる!」
 皇帝は、己のこぶしを握り締めて、窓から空を睨んだ。

 一月の空は、いつしか雪を孕んでいた。

※※※※※※※※※※※※※※※

 一方こちらは外務省。
「王国の東部では、小麦が大豊作だそうだ。」
「外商課はなにやってるの?」
「いま、交渉中です!」
「一刻も早く小麦の輸入を進めなくては。」
「国庫予算はどうなってる?」
「いまだ返答なし!」
「ちくしょう、責任のなすり合いでも始めたか。」
 いずこの公務員も似たり寄ったり。

 責任は取りたくないが、功績は欲しい。

 バカ野郎しか居ない。

「ヴィッターフェルト閣下!」
 職員は一斉に立ち上がって頭を下げた。
「ああ、よいよい、仕事を続けてくれ、大臣は部屋か?」
「は、こちらでございます。」
 職員に案内されて、侯爵は外務大臣の部屋に入った。」
 入るなり、大臣に紙片を見せる。
「こ・これは…」
「この内容では、帝国が弱すぎないか?」
「いやまあ、そういう見方もできますが、ここまでの支援要請でありますか。」
「止むを得まい、これ以上の辛抱は、国民にも過酷に過ぎる。」

「いやしかし…」
「お主の主義主張はどうでもいいのだ、陛下が頭を下げに行くとおっしゃるのだ。」
「はは!」
「ならば、臣下一同頭を丸めて同行するくらいの覚悟を持て!」
「ははっ!」
「まずは、王国との会談を出来るだけ早く開けるよう、調整するのだ。」
 ヴィッターフェルト侯爵は、額にピキマークを浮かべて外務大臣を見据えた。

「…」
 外務大臣は、額に脂汗がにじむのを感じた。
「この国が持ちこたえるか、他国に喰い荒されるか、生きるか死ぬかの大勝負なのだ!」
「はっ」
 外務大臣も居住まいを正した。
「一刻も早く渡りをつけてくれ。」
「かしこまりました。」

 ヴィッターフェルト侯爵は、頷いて部屋を出た。
「一世一代の大勝負か…ふふふ」
 意外と、この事態もやる気のスイッチになっている自分に気が付いた。

 この会談の後、火が着いた外務省は、財務省や商工省との折衝を精力的に展開し、皇帝陛下の出立を三週間後に設定した。
 恐ろしいほどの早技である。
しおりを挟む
感想 174

あなたにおすすめの小説

勇者辞めます

緑川
ファンタジー
俺勇者だけど、今日で辞めるわ。幼馴染から手紙も来たし、せっかくなんで懐かしの故郷に必ず帰省します。探さないでください。 追伸、路銀の仕送りは忘れずに。

薬師の名門ブレルスクに入学した私は、退学するまで暴れます。〜少年アレクの倫理で殴る学園ファンタジー〜

鮒捌ケコラ
ファンタジー
入学式から3週間目にして『退学」を言い渡された。 (早くない?RTAじゃないんだからさ。) 自分で言うのもアレだけど、入学してからは結構真面目に通ってた。 けど、どうやら教員の不況を買ってしまったらしい。 幸か不幸か、退学まで1週間の執行猶予が与えられた。 けど、今更どう足掻いても挽回する事は不可能だろうし、 そもそも挽回する気も起こらない。 ここまでの学園生活を振り返っても 『この学園に執着出来る程の魅力』 というものが思い当たらないからだ。 寧ろ散々な事ばかりだったな、今日まで。 それに、これ以上無理に通い続けて 貴族とのしがらみシミッシミの薬師になるより 故郷に帰って自由気ままな森番に復職した方が ずっと実りある人生になるだろう。 私を送り出した公爵様も領主様も、 アイツだってきっとわかってくれる筈だ。 よし。決まりだな。 それじゃあ、退学するまでは休まず毎日通い続けるとして…… 大人しくする理由も無くなったし、 これからは自由気ままに、我儘に、好き勝手に過ごす事にしよう。 せっかくだし、教員達からのヘイトをカンストさせるのも面白そうだ。 てな訳で……… 薬師の名門ブレルスクに入学した私は、退学するまで暴れます。 …そう息巻いて迎えた執行猶予満了日、 掲示板に張り出された正式な退学勧告文を 確認しに行ったんだけど…… どういう事なの?これ。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

魔界建築家 井原 ”はじまお外伝”

どたぬき
ファンタジー
 ある日乗っていた飛行機が事故にあり、死んだはずの井原は名もない世界に神によって召喚された。現代を生きていた井原は、そこで神に”ダンジョンマスター”になって欲しいと懇願された。自身も建物を建てたい思いもあり、二つ返事で頷いた…。そんなダンジョンマスターの”はじまお”本編とは全くテイストの違う”普通のダンジョンマスター物”です。タグは書いていくうちに足していきます。  なろうさんに、これの本編である”はじまりのまおう”があります。そちらも一緒にご覧ください。こちらもあちらも、一日一話を目標に書いています。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語

紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。 しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。 郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。  そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。 そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。 アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。 そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処理中です...