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第七十五話 マリエナの森が深いこと
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ザクス商会のことは、ゴルテスに任せてソンヌ川から用水を引っ張るために上流に向かうカズマ。
「お屋形さま~、この街道沿いに用水を作るんですか?」
細長い体で振り向くマルノ=マキタ。
マキタ男爵家の八男で、細面の言うなればイケメン。
剣の腕はなかなかのもので、男爵家でなければ近衛兵にもなれそうなほど。
しがない男爵家の八男では、騎士団にもなかなか入れない。
むちゃくちゃ試験がむずかしいらしいし。
「そうだよ、向こうのメルキア子爵んとこが、街道整備の打診をしてきたからそれも含めて考えてる。」
「はあ、マリエナとレジオとの間の街道みたいにするんですか?」
「う~ん、あれはやりすぎたね。」
「ですよね~。」
マルノは困ったような顔で笑う。
確かにやり過ぎの感はある。
レジオとマリエナを繋ぐ街道は、土ボコ魔術師を総動員して、高さ五メートル幅一〇メートルの高架道にした。
まあ、延々と防壁が続くようなものだ。
ところどころ、道の下を獣が通り抜けるようにトンネルになっている。
もちろん馬車がすれ違えるように、退避場所も作ってある。
短い距離だからできたことかもしれないが、とにかく立派な道だ。
立派すぎる道だ。
大切なことなので二回言いました。
街道の横は深い堀になっていて、ゴブリンなど一度落ちたらたぶん上がってこられない。
道の壁下は、カンカンに硬化をかけてあるので、水に寄る浸食はないようだ。
しかも、突起がないので、よじ登ることも難しい。
水が溜まったら、もうアカン。
幅は三メートルと狭いが、深さも三メートルあるので、子供などが近寄ると危ない。
もちろん、手すりなどは付けてあるが、落ちたら救助がたいへんだ。
よい子は近寄ってはいけないよ。
ソンヌ川もけっこう深い。
一番深いところでは二〇メートルくらいの淵もある。
だからカズマはそれを利用した水運を進めたかったんだが、それにはネックとなる障害がある。
「サイレーン?」
「そうです、ソンヌ川にはサイレーンの群れがいて、船なんかボコボコにされます。」
マルノは、うんざりしたような顔をした。
「なんだいそれは?」
「サイレーンと言うのは、こう嘴みないなのが付いた水の魔物で、淡水も海水も住めます。」
「へえ…」
「そして、縄張り意識が強くて、縄張りに近づいたものは、人であれ獣であれ、そのするどい嘴で刺し貫いてしまいます。」
「こわ!」
「ですから、ソンヌ川では小舟を出すときも、舳先に見張りが不可欠なんです。」
「へえ~。」
カズマは、一匹捕まえて実験してみたいと思った。
「つまり、サイレーンの嘴が貫けない船を作ればいいのだな。」
「ええ?」
カズマはにやりと笑って見せた。
マルノたちにしてみれば、船とは五メートルほどの浅い木の船しか思いつかないのだ。
それしか見たことがない。
それか、丸太をくり抜いたカヌーか。
そんな薄っぺらいものでないと、川には浮かばない。
お屋形さまが硬化をかけても、サイレーンに勝てるのか?
マルノは思案投げ首である。
「でも、あれの卵はうまいんだよな。なかなか獲れないから、塩漬けのサイレーンの卵は、金貨と卵の重さは同等と言われるんです。」
「なんだよそれは、めっさ高い卵だな。」
「肉もうまいんですけど、卵なんて一粒でも口に入ったらめったにない幸福ってもんです。」
「なんだか、すげえな。」
(カズマ~、リヨン太公に食わせたの、サイレーンのタマゴだよ。)
「うまいタマゴだと思ったけど、名前忘れた。」
(あ~あ。)
かなり上流まで(だいたいマリエナの耕地から五キロほど。)歩いて、地盤も少し高くなったところで、カズマは振り向いて後方を見た。
「うん、けっこう高低差があるな。」
「そうですね、向こうまでよく見渡せます。」
「よし、ではここを起点としよう。」
「はっ!」
カズマはソンヌ川の川岸に、幅一〇メートルの水門を立ち上げて、取水口を作る。
「で、でかい。」
マルノは呆れてそれを見ていた。
川岸に硬化をかけて、そのまわりに巨大な岩を重ねる。
これで、この取水口が流されるようなことはないだろう。
「どうかな?もう少し岩を積んだ方がいいかな。」
「いえ、お屋形さま、なにと戦うおつもりですか?」
「へ?大水が出たときに、取水口が流されても困るし…」「
取水口の周りには、軽く二〇メートルの高さに堤防が盛られている。
カズマの魔力は、ほんの一〇分ほどの間に、差しわたし二〇~三〇メートルの堤防を築きあげていた。
堤防の川の側には、大きな岩を積み上げて、堤防に直接水が当たらないようにしてある。
取水口は、川べりからぐっと入り込んだ所にある。
「この堤防をず~っと下流までつなげば、洪水の心配もないだろう?」
「そりゃそうですが、どんだけデカい事業にするんですか?」
「追い追い、そう言う仕事も必要になるんだよ。帝国の避難民はまだ増えるだろうし、賦役は必要だ。」
「はあ…」
(お屋形さまの考えは、どこまで未来を見ているのか…)
マルノはカズマの頭脳にある、壮大な計画を思ってあきれた。
「お屋形さま、お屋形さまはマリエナをどうしたいんですか?」
「そうだな、イシュタール王国でも、一・二をあらそう住みやすい領地にするのだ。」
(な、なんという目標を掲げているんだ!)
マルノは、あまりに漠然とした内容に、かえって面食らった。
この取水口や堤防も、その一端でしかないと言うのか。
マルノは、自分の育った狭い領地を思い出した。
狭い領地に、ごちゃごちゃとしているマキタ男爵領を思った。
あまりに雑然とした街並み。
農地はデコボコと、入り組んでいて、道もくねくねとその間を縫っている。
小麦も野菜もたくさん採れる訳でもない、特産品もない。
そんな領地に飽き飽きして、王都で一発当ててやろうとやってきた。
今年の門衛試験には、二〇人の募集に三百五十人が応募すると言う大惨事になった。
おかげで、弱小男爵家の三男には、書類の時点ではねられたのだ。
今回、マリエナ伯爵領の陣借り募集に飛びついたのは、そう言った訳がある。
「最初から森を切り開いて作る領地なら、あるいは…」
来てみて驚いた、すでに延々と農地ができている。
森は次々に伐採されている。
一緒に来たマルス=リョービ(男爵家の八男)も口をあんぐりと開けていた。
「こ、こんなに開発が進んでいるのか。」
「おい、君たちは陣借りか?」
でかい男が声をかけてきた。
防具も何も着けてない、上半身は裸で汗に光っている。
「ははい、そうです。」
「おお、それはありがたい。俺はゲオルグ=ベルン、伐採の責任者だ。」
「よろしく、マルノ=マキタです。」
「ま、マルス=リョービです。」
「若いな!何歳だ?」
「十七歳です。」
「そうか、早速だがあそこの森を切り開く予定なんだ、仕事にかかってくれるか。」
「わかりました。」
「ああ、荷物なんかはそこのカマボコハウスに置くと好い。そこが君たちの宿舎だ。」
「カマボコ?」
見ると、ドームのような屋根をした、簡単な家が建っている。
タテヨコ七~八メートルくらいだろうか?
「ここですか?」
「そうだ、斧はこっちにある。」
ゲオルグは、笑顔で行ってしまった。
二人は、カマボコハウスに荷物を置くと、斧を持って森に走った。
「うわ~、太い!」
「どれもこれも、直径が一メートルはあるぞ。」
「ま、まあ文句言っても始まらない、切ってみようぜ。」
「そ、そうだな。」
マルス=リョービは、マルノの言葉にうなずいた。
なにしろ、これを斧でぶった切るのには、半日はかかるだろう。
「そこー、危ないですよ~。」
時ならぬ女性の声に振り向くと、目の前五〇センチほどのところに、木が倒れてきた。
「ぶえ~!」
マルノは、急いで後ろに下がる。
下がったところにいたマルスとぶつかって、ひっくり返った。
「なにすんだ!」
「あぶね~、ヤバかったんだよ。」
マルノの下で、マルス=リョービがぶつぶつ文句を言っているが、それよりもやってきた女性に目を奪われた。
黒いローブに、白い頭巾。
教会の修道女のような女性だが、目を見張るほど美しい。
「お怪我はありませんか?」
「ははい、大丈夫です!」
ばね仕掛けのように飛び上がったマルスは、緊張が一気にMAXとなっていた。
「なんだよもう…う!」
マルス=リョービも、その女性に息を呑んだ。
「ごめんなさいねえ、さっきまで誰もいなかったので。」
「い、いえ、われわれも今着いたところで。」
「そうですか?じゃあ、ちゃっちゃと枝切りますね。」
「切る?」
彼女は、斧も鉈も持っていなかった。
ちゅいん
彼女は、何事もないように指先から赤い光を出すと、豆腐のように枝を切り落とした。
「な・あ・ええ?」
マルノの前で、あっという間に木の枝が切り落とされて、丸太になって行く。
マルス=リョービは、茫然とその様子を見ている。
「な、なにが起こっているのだ?」
魔法と言うものが使えるかどうかなど、実際に水晶玉でなければ判別しようがない。
しかし、このシスターの魔法は異常だ。
なぜ、指先からでた光で枝が切れる?
それも、鼻歌交じりにである。
「俺は夢を見ているのか?」
「こんな魔法見たことねえぞ。」
マルノは思わずつぶやいていた。
「あの…」
シスターが声をかけてくる。
「ははい!」
「この枝をあちらに積み上げていただけます?」
「わ、わかりました!」
自然と声が大きくなる。
シスターはくすくすと笑っているが、それに答える余裕はない。
「アリスー!」
「はい、ティリスさん。」
「そっちはどう?って、もう枝も切ってあるし。」
「ええ、こちらのお二人が手伝ってくださるので、助かりました。」
「おお、これは屈強な若者がキター。」
キターだけ、変な発音だぞ。
このシスターも頭巾をかぶっているが、なかなかかわいい。
「アリス、この木も切るの?」
「ええっと、それは残すほうですわ。」
「じゃあ、あっちの木だね。」
「はい、それです。」
なんだよ、俺たちは切ってはいけない木を切るところだったのか。
マルノは、すぐにかからなくてよかったと、ほっとした。
たしかに、真ん中に一本立っていて変だとは思ったんだけどな。
「ティリスさん、これ、お願いできる?」
「がってんがってんしょ~ち。」
(どこの青影さんですか?)
ティリスは、太い丸太に近づくと、なにげに手をかざした。
「そらそら、お水を吐き出しなさい。」
ティリスが静かに言うと、木の幹からゆっくりと湯気が立ちあがる。
やがてそれが止まると、木はきれいに乾燥していた。
「じゃあ、刻むね。」
「柱にして。」
「了解~。」
聖女ティリスは、指先から青い光を出して、丸太をスパスパと切り始めた。
「ほ、本当に柱ができてる。」
「あ、あんな簡単そうに…」
マルノとマルスは、茫然とそれを見ていた。
まるで図ったように綺麗な柱が四角に刻まれていく。
「せ、製材所いらないな。」
「まったくだ。」
「あのう、お二人にはあちらの木を切っていただけますか?」
アリスティアは、おずおずと二人に声をかけた。
「はい!すぐに!」
マルノは、斧を担いで森に向かった。
「おい、待てよ。」
マルス=リョービも、その後に続く。
二人が森に入ると、数人の男たちが斧をふるっていた。
「なんだよ、気が付かなかったな。」
「ああ、こんなにいたんだ。」
二人はその中に入って、木の幹に斧を叩き付けた。
「これはきつい。」
マルノは一本目で、その作業の過酷さに気付いた。
「しょうがあんめえ、何事も士官のためだ。」
「そのと~り。」
(どっかでピアノ買ってくるのか?)
木が切り倒されると、そこに寡婦や孤児がのこぎりを持ってやってきて、枝を切り落として行く。
「なるほど、分業が進んでいるんだな。」
「ああ、みんなに仕事があるのはいいことだ。」
「にいちゃんたち、どこから来たんだ?」
見れば一〇歳前後の金髪の小僧が立っていた。
「なんだあ?この小僧は。」
「ちぇ、小僧じゃないやい。おいらラルってんだ。」
「ほう、俺はマルノ。王都から来た。」
「へえ、冒険者か?」
「いや、陣借りだ。」
「へえ、陣借りだけで食っていけないから、冒険者もやってるって感じか。」
「なんだよ、よく知ってるな小僧。」
「ラルだ。」
「あはは、ラル、俺はマルスだ。」
「おう、この分業化を考えたのもお屋形さまだ。」
「へえ、すげえな。」
「ああ、帝国の避難民がたくさん来たからな。」
「帝国?」
「ああ、帝国じゃ三年続いて飢饉だそうだよ。」
ラルは丸太に腰掛けて話す。
「ほう、そうなのか?」
「ああ、王国じゃこの三年、豊作続きなのにな、向こうじゃ最近イナゴがでたそうだ。」
「蝗害か!恐ろしいな。」
「ああ、軍隊の魔法部隊が出動して焼き払ったそうだ。」
「うげえ。」
マルスは、妙なうめき声を上げた。
「お屋形さまが見に行った時には、一揆になりかけていて、二~三百人くらい石投げてたんだ。」
二人は帝国の状態に思いをはせた。
「最後には千人くらい集まって来たので、お屋形さまがここに連れてきた。」
「ど、どうやってだ?」
「まあ、いろいろだ。」
「はあ?」
ラルはそう言ってケムに巻く。
「結局帝国の避難民は三千人を越えた。」
「なんだよ、出来たての領地にすげえ領民だな。」
「ああ、労働力が一気に増えたので、森の開発が進んでるんだ。」
「なるほどねえ。」
「喰いつめ浪人みたいなのばっかりで、食わすのに苦労するぜ。」
「へえ…」
ただの小僧じゃねえな、マルノは改めてラルを見た。
小ざっぱりとした服を着て、顔にも腕にも汚れた様子がない。
どう言う素姓の子供なんだろう?
「俺は、レジオの孤児だよ。」
ぽつりとラルが言う。
「…」
「お屋形さまに拾われて、こうしてマリエナに居る。」
「そうか。」
苦労したななどとは聞かない。
このやくざな国は、野獣や魔物が闊歩する森が多すぎる。
しかも戦争、小競り合いもそこいらで勝手に起こっている。
母子寡婦など、そこらじゅうに居る。
男は魔物に喰われて死んでしまうしな。
まあ、そんなわけでマルノ=マキタとマルス=リョービはマリエナの家臣となって行く。
「お屋形さま~、この街道沿いに用水を作るんですか?」
細長い体で振り向くマルノ=マキタ。
マキタ男爵家の八男で、細面の言うなればイケメン。
剣の腕はなかなかのもので、男爵家でなければ近衛兵にもなれそうなほど。
しがない男爵家の八男では、騎士団にもなかなか入れない。
むちゃくちゃ試験がむずかしいらしいし。
「そうだよ、向こうのメルキア子爵んとこが、街道整備の打診をしてきたからそれも含めて考えてる。」
「はあ、マリエナとレジオとの間の街道みたいにするんですか?」
「う~ん、あれはやりすぎたね。」
「ですよね~。」
マルノは困ったような顔で笑う。
確かにやり過ぎの感はある。
レジオとマリエナを繋ぐ街道は、土ボコ魔術師を総動員して、高さ五メートル幅一〇メートルの高架道にした。
まあ、延々と防壁が続くようなものだ。
ところどころ、道の下を獣が通り抜けるようにトンネルになっている。
もちろん馬車がすれ違えるように、退避場所も作ってある。
短い距離だからできたことかもしれないが、とにかく立派な道だ。
立派すぎる道だ。
大切なことなので二回言いました。
街道の横は深い堀になっていて、ゴブリンなど一度落ちたらたぶん上がってこられない。
道の壁下は、カンカンに硬化をかけてあるので、水に寄る浸食はないようだ。
しかも、突起がないので、よじ登ることも難しい。
水が溜まったら、もうアカン。
幅は三メートルと狭いが、深さも三メートルあるので、子供などが近寄ると危ない。
もちろん、手すりなどは付けてあるが、落ちたら救助がたいへんだ。
よい子は近寄ってはいけないよ。
ソンヌ川もけっこう深い。
一番深いところでは二〇メートルくらいの淵もある。
だからカズマはそれを利用した水運を進めたかったんだが、それにはネックとなる障害がある。
「サイレーン?」
「そうです、ソンヌ川にはサイレーンの群れがいて、船なんかボコボコにされます。」
マルノは、うんざりしたような顔をした。
「なんだいそれは?」
「サイレーンと言うのは、こう嘴みないなのが付いた水の魔物で、淡水も海水も住めます。」
「へえ…」
「そして、縄張り意識が強くて、縄張りに近づいたものは、人であれ獣であれ、そのするどい嘴で刺し貫いてしまいます。」
「こわ!」
「ですから、ソンヌ川では小舟を出すときも、舳先に見張りが不可欠なんです。」
「へえ~。」
カズマは、一匹捕まえて実験してみたいと思った。
「つまり、サイレーンの嘴が貫けない船を作ればいいのだな。」
「ええ?」
カズマはにやりと笑って見せた。
マルノたちにしてみれば、船とは五メートルほどの浅い木の船しか思いつかないのだ。
それしか見たことがない。
それか、丸太をくり抜いたカヌーか。
そんな薄っぺらいものでないと、川には浮かばない。
お屋形さまが硬化をかけても、サイレーンに勝てるのか?
マルノは思案投げ首である。
「でも、あれの卵はうまいんだよな。なかなか獲れないから、塩漬けのサイレーンの卵は、金貨と卵の重さは同等と言われるんです。」
「なんだよそれは、めっさ高い卵だな。」
「肉もうまいんですけど、卵なんて一粒でも口に入ったらめったにない幸福ってもんです。」
「なんだか、すげえな。」
(カズマ~、リヨン太公に食わせたの、サイレーンのタマゴだよ。)
「うまいタマゴだと思ったけど、名前忘れた。」
(あ~あ。)
かなり上流まで(だいたいマリエナの耕地から五キロほど。)歩いて、地盤も少し高くなったところで、カズマは振り向いて後方を見た。
「うん、けっこう高低差があるな。」
「そうですね、向こうまでよく見渡せます。」
「よし、ではここを起点としよう。」
「はっ!」
カズマはソンヌ川の川岸に、幅一〇メートルの水門を立ち上げて、取水口を作る。
「で、でかい。」
マルノは呆れてそれを見ていた。
川岸に硬化をかけて、そのまわりに巨大な岩を重ねる。
これで、この取水口が流されるようなことはないだろう。
「どうかな?もう少し岩を積んだ方がいいかな。」
「いえ、お屋形さま、なにと戦うおつもりですか?」
「へ?大水が出たときに、取水口が流されても困るし…」「
取水口の周りには、軽く二〇メートルの高さに堤防が盛られている。
カズマの魔力は、ほんの一〇分ほどの間に、差しわたし二〇~三〇メートルの堤防を築きあげていた。
堤防の川の側には、大きな岩を積み上げて、堤防に直接水が当たらないようにしてある。
取水口は、川べりからぐっと入り込んだ所にある。
「この堤防をず~っと下流までつなげば、洪水の心配もないだろう?」
「そりゃそうですが、どんだけデカい事業にするんですか?」
「追い追い、そう言う仕事も必要になるんだよ。帝国の避難民はまだ増えるだろうし、賦役は必要だ。」
「はあ…」
(お屋形さまの考えは、どこまで未来を見ているのか…)
マルノはカズマの頭脳にある、壮大な計画を思ってあきれた。
「お屋形さま、お屋形さまはマリエナをどうしたいんですか?」
「そうだな、イシュタール王国でも、一・二をあらそう住みやすい領地にするのだ。」
(な、なんという目標を掲げているんだ!)
マルノは、あまりに漠然とした内容に、かえって面食らった。
この取水口や堤防も、その一端でしかないと言うのか。
マルノは、自分の育った狭い領地を思い出した。
狭い領地に、ごちゃごちゃとしているマキタ男爵領を思った。
あまりに雑然とした街並み。
農地はデコボコと、入り組んでいて、道もくねくねとその間を縫っている。
小麦も野菜もたくさん採れる訳でもない、特産品もない。
そんな領地に飽き飽きして、王都で一発当ててやろうとやってきた。
今年の門衛試験には、二〇人の募集に三百五十人が応募すると言う大惨事になった。
おかげで、弱小男爵家の三男には、書類の時点ではねられたのだ。
今回、マリエナ伯爵領の陣借り募集に飛びついたのは、そう言った訳がある。
「最初から森を切り開いて作る領地なら、あるいは…」
来てみて驚いた、すでに延々と農地ができている。
森は次々に伐採されている。
一緒に来たマルス=リョービ(男爵家の八男)も口をあんぐりと開けていた。
「こ、こんなに開発が進んでいるのか。」
「おい、君たちは陣借りか?」
でかい男が声をかけてきた。
防具も何も着けてない、上半身は裸で汗に光っている。
「ははい、そうです。」
「おお、それはありがたい。俺はゲオルグ=ベルン、伐採の責任者だ。」
「よろしく、マルノ=マキタです。」
「ま、マルス=リョービです。」
「若いな!何歳だ?」
「十七歳です。」
「そうか、早速だがあそこの森を切り開く予定なんだ、仕事にかかってくれるか。」
「わかりました。」
「ああ、荷物なんかはそこのカマボコハウスに置くと好い。そこが君たちの宿舎だ。」
「カマボコ?」
見ると、ドームのような屋根をした、簡単な家が建っている。
タテヨコ七~八メートルくらいだろうか?
「ここですか?」
「そうだ、斧はこっちにある。」
ゲオルグは、笑顔で行ってしまった。
二人は、カマボコハウスに荷物を置くと、斧を持って森に走った。
「うわ~、太い!」
「どれもこれも、直径が一メートルはあるぞ。」
「ま、まあ文句言っても始まらない、切ってみようぜ。」
「そ、そうだな。」
マルス=リョービは、マルノの言葉にうなずいた。
なにしろ、これを斧でぶった切るのには、半日はかかるだろう。
「そこー、危ないですよ~。」
時ならぬ女性の声に振り向くと、目の前五〇センチほどのところに、木が倒れてきた。
「ぶえ~!」
マルノは、急いで後ろに下がる。
下がったところにいたマルスとぶつかって、ひっくり返った。
「なにすんだ!」
「あぶね~、ヤバかったんだよ。」
マルノの下で、マルス=リョービがぶつぶつ文句を言っているが、それよりもやってきた女性に目を奪われた。
黒いローブに、白い頭巾。
教会の修道女のような女性だが、目を見張るほど美しい。
「お怪我はありませんか?」
「ははい、大丈夫です!」
ばね仕掛けのように飛び上がったマルスは、緊張が一気にMAXとなっていた。
「なんだよもう…う!」
マルス=リョービも、その女性に息を呑んだ。
「ごめんなさいねえ、さっきまで誰もいなかったので。」
「い、いえ、われわれも今着いたところで。」
「そうですか?じゃあ、ちゃっちゃと枝切りますね。」
「切る?」
彼女は、斧も鉈も持っていなかった。
ちゅいん
彼女は、何事もないように指先から赤い光を出すと、豆腐のように枝を切り落とした。
「な・あ・ええ?」
マルノの前で、あっという間に木の枝が切り落とされて、丸太になって行く。
マルス=リョービは、茫然とその様子を見ている。
「な、なにが起こっているのだ?」
魔法と言うものが使えるかどうかなど、実際に水晶玉でなければ判別しようがない。
しかし、このシスターの魔法は異常だ。
なぜ、指先からでた光で枝が切れる?
それも、鼻歌交じりにである。
「俺は夢を見ているのか?」
「こんな魔法見たことねえぞ。」
マルノは思わずつぶやいていた。
「あの…」
シスターが声をかけてくる。
「ははい!」
「この枝をあちらに積み上げていただけます?」
「わ、わかりました!」
自然と声が大きくなる。
シスターはくすくすと笑っているが、それに答える余裕はない。
「アリスー!」
「はい、ティリスさん。」
「そっちはどう?って、もう枝も切ってあるし。」
「ええ、こちらのお二人が手伝ってくださるので、助かりました。」
「おお、これは屈強な若者がキター。」
キターだけ、変な発音だぞ。
このシスターも頭巾をかぶっているが、なかなかかわいい。
「アリス、この木も切るの?」
「ええっと、それは残すほうですわ。」
「じゃあ、あっちの木だね。」
「はい、それです。」
なんだよ、俺たちは切ってはいけない木を切るところだったのか。
マルノは、すぐにかからなくてよかったと、ほっとした。
たしかに、真ん中に一本立っていて変だとは思ったんだけどな。
「ティリスさん、これ、お願いできる?」
「がってんがってんしょ~ち。」
(どこの青影さんですか?)
ティリスは、太い丸太に近づくと、なにげに手をかざした。
「そらそら、お水を吐き出しなさい。」
ティリスが静かに言うと、木の幹からゆっくりと湯気が立ちあがる。
やがてそれが止まると、木はきれいに乾燥していた。
「じゃあ、刻むね。」
「柱にして。」
「了解~。」
聖女ティリスは、指先から青い光を出して、丸太をスパスパと切り始めた。
「ほ、本当に柱ができてる。」
「あ、あんな簡単そうに…」
マルノとマルスは、茫然とそれを見ていた。
まるで図ったように綺麗な柱が四角に刻まれていく。
「せ、製材所いらないな。」
「まったくだ。」
「あのう、お二人にはあちらの木を切っていただけますか?」
アリスティアは、おずおずと二人に声をかけた。
「はい!すぐに!」
マルノは、斧を担いで森に向かった。
「おい、待てよ。」
マルス=リョービも、その後に続く。
二人が森に入ると、数人の男たちが斧をふるっていた。
「なんだよ、気が付かなかったな。」
「ああ、こんなにいたんだ。」
二人はその中に入って、木の幹に斧を叩き付けた。
「これはきつい。」
マルノは一本目で、その作業の過酷さに気付いた。
「しょうがあんめえ、何事も士官のためだ。」
「そのと~り。」
(どっかでピアノ買ってくるのか?)
木が切り倒されると、そこに寡婦や孤児がのこぎりを持ってやってきて、枝を切り落として行く。
「なるほど、分業が進んでいるんだな。」
「ああ、みんなに仕事があるのはいいことだ。」
「にいちゃんたち、どこから来たんだ?」
見れば一〇歳前後の金髪の小僧が立っていた。
「なんだあ?この小僧は。」
「ちぇ、小僧じゃないやい。おいらラルってんだ。」
「ほう、俺はマルノ。王都から来た。」
「へえ、冒険者か?」
「いや、陣借りだ。」
「へえ、陣借りだけで食っていけないから、冒険者もやってるって感じか。」
「なんだよ、よく知ってるな小僧。」
「ラルだ。」
「あはは、ラル、俺はマルスだ。」
「おう、この分業化を考えたのもお屋形さまだ。」
「へえ、すげえな。」
「ああ、帝国の避難民がたくさん来たからな。」
「帝国?」
「ああ、帝国じゃ三年続いて飢饉だそうだよ。」
ラルは丸太に腰掛けて話す。
「ほう、そうなのか?」
「ああ、王国じゃこの三年、豊作続きなのにな、向こうじゃ最近イナゴがでたそうだ。」
「蝗害か!恐ろしいな。」
「ああ、軍隊の魔法部隊が出動して焼き払ったそうだ。」
「うげえ。」
マルスは、妙なうめき声を上げた。
「お屋形さまが見に行った時には、一揆になりかけていて、二~三百人くらい石投げてたんだ。」
二人は帝国の状態に思いをはせた。
「最後には千人くらい集まって来たので、お屋形さまがここに連れてきた。」
「ど、どうやってだ?」
「まあ、いろいろだ。」
「はあ?」
ラルはそう言ってケムに巻く。
「結局帝国の避難民は三千人を越えた。」
「なんだよ、出来たての領地にすげえ領民だな。」
「ああ、労働力が一気に増えたので、森の開発が進んでるんだ。」
「なるほどねえ。」
「喰いつめ浪人みたいなのばっかりで、食わすのに苦労するぜ。」
「へえ…」
ただの小僧じゃねえな、マルノは改めてラルを見た。
小ざっぱりとした服を着て、顔にも腕にも汚れた様子がない。
どう言う素姓の子供なんだろう?
「俺は、レジオの孤児だよ。」
ぽつりとラルが言う。
「…」
「お屋形さまに拾われて、こうしてマリエナに居る。」
「そうか。」
苦労したななどとは聞かない。
このやくざな国は、野獣や魔物が闊歩する森が多すぎる。
しかも戦争、小競り合いもそこいらで勝手に起こっている。
母子寡婦など、そこらじゅうに居る。
男は魔物に喰われて死んでしまうしな。
まあ、そんなわけでマルノ=マキタとマルス=リョービはマリエナの家臣となって行く。
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相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
薬師の名門ブレルスクに入学した私は、退学するまで暴れます。〜少年アレクの倫理で殴る学園ファンタジー〜
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入学式から3週間目にして『退学」を言い渡された。
(早くない?RTAじゃないんだからさ。)
自分で言うのもアレだけど、入学してからは結構真面目に通ってた。
けど、どうやら教員の不況を買ってしまったらしい。
幸か不幸か、退学まで1週間の執行猶予が与えられた。
けど、今更どう足掻いても挽回する事は不可能だろうし、
そもそも挽回する気も起こらない。
ここまでの学園生活を振り返っても
『この学園に執着出来る程の魅力』
というものが思い当たらないからだ。
寧ろ散々な事ばかりだったな、今日まで。
それに、これ以上無理に通い続けて
貴族とのしがらみシミッシミの薬師になるより
故郷に帰って自由気ままな森番に復職した方が
ずっと実りある人生になるだろう。
私を送り出した公爵様も領主様も、
アイツだってきっとわかってくれる筈だ。
よし。決まりだな。
それじゃあ、退学するまでは休まず毎日通い続けるとして……
大人しくする理由も無くなったし、
これからは自由気ままに、我儘に、好き勝手に過ごす事にしよう。
せっかくだし、教員達からのヘイトをカンストさせるのも面白そうだ。
てな訳で………
薬師の名門ブレルスクに入学した私は、退学するまで暴れます。
…そう息巻いて迎えた執行猶予満了日、
掲示板に張り出された正式な退学勧告文を
確認しに行ったんだけど……
どういう事なの?これ。
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仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
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