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第百二十九話 領都での挙式
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領都ではオルレアン領の寄り子寄り孫が集まって、貴族二〇〇人あまりが終結した。
カズマの顔を見ることが第一目的であり、エリシアの成婚祝いがそれに続く。
なにしろ、先代がどうして領地を譲ったかも確かな情報がない。
それでも、新しい領主さまが領都に帰ってきている。
自然、領民は沸き返った。
ま・おらが殿さまだ。
血筋はどうこう言わんが、エリシア様の婿さんだ。
歓迎しようぜ、うわっほい!
…てなもんだ。
西のもと王都はノリがいい。
オルレアン大聖堂では、盛大に鐘が鳴らされて、いましも新郎新婦が入場してきた。
マリア=エクレール=カリフが走りに走って集めた衣装は一五〇着になんなんとしていた。
その中から、ひとつの花嫁衣裳を選んだ。
侍女軍団喧々諤々、候補は五着にまで絞られたが、そこからがたいへん。
「これが王都でも有名な…」
「こちらこそ、オルレアンでも最高の…」
いや、言いたいことはわかるのだが、最終的には花嫁本人に任せてはどうかな?
「しかし、これはシャネー夫人の逸品で…」
いや、それもわかりますが
やはりここは、マリア=エクレール=カリフが口を開いた。
お屋形さま肝いりのメイド頭である。
最近、貫禄までついてきている。
両手を広げて皆を押さえる。
「ここは、エリシアさまにご判断いただきましょう。われらの仕事は、五着まで絞ったことで達成されています。」
「マリア=エクレールさま。」
次席侍女、ナミリアがそばに来た。
「どうしました、ナミリア。」
「はい、エリシアさまのお胸が育っています。」
「!」
予想外であった。
そういえば彼女はまだ十五歳、いま成長期を迎えたとしたら、考えられる。
「すぐに修正を。」
「はい!」
せっかく測ったはずのドレスが、まさかまさか。
「まさかご懐妊?」
「いまだわかり申さず。」
「ふむ…いまだ成長期でございます、御様子はつぶさに。」
「かしこまってございます。」
ナミリアは、ふかく頭を垂れた。
「ナミリア。」
「はい。」
「ティリスさまのご様子は?」
「は、王都よりの頼りでは、お健やかとのこと。」
「誰がついておる?」
「は、おもにプルミエ導師さまが。」
「はあ?侍女はだれが?」
「あはい、イベットとカサーラでございます。」
「ううむ、いささか心もとなし。」
エクレールは、顎に指を添えて考える。
「ですが、こちらでは御婚礼の支度がため、王都までは人が裂けませぬ。」
ナミリアは悩ましげに眉を寄せた。
「そうよの、ここはプルミエさまにすがるしか…」
エクレールの悩みは尽きないが、ナミリアは少し余裕がある。
「タウンハウスの者どもは、こころ利きたるものにて、あまりご心配はないと存じます。」
「そうじゃのう、こちらの人員は裂けぬものじゃ、くれぐれも気にかけてくりゃれ。」
「かしこまりました。」
マリア=エクレール=カリフにも、風格が出てきた。
やはり、カズマに呼ばれて侍女頭を拝命してから、かなり勉強したようだ。
王都のタウンハウスに残した侍女は三〇名あまり、メイドは四〇名と少し、マリア=エクレール=カリフももともとはタウンハウスの侍女である。
人生は流転する。
「産み月はいつじゃったかのう?」
「されば、卯月かと。」
「あと二つきか、こちらの婚礼が済み次第私は王都に立ちかえる。こちらのことは任せましたよ。」
「はは、畏まって候。」
マリア=エクレール=カリフが悩むより早く時は過ぎゆき、オルレアン大聖堂に集った寄り子たちは華燭の典に酔うことになる。
大聖堂に現れたエリシア=ド=オルレアンは、ユリウス=ゴルテスのエスコートで中央通路を進む。
まあ、父親がいないのであるから、だれがエスコートするかでかなりもめたようだ。
ザギトワやロイブルが手を上げなかったわけではない。
それでも筆頭家老と言う立場が、現状を呼んだ。
威風堂々、聖堂の中央を歩く姿は、君子たるにふさわしい。
もめごとよりも融和を尊しとしたザギトワの意見は、もっともだと思われる。
ゴルテスの姿に、ミハイロフ=ザギトワは一種誇らしい気持ちになった。
さすがに三〇〇人長。
退役前に五〇〇人長に出世した人物は、三〇〇人を超える出席者の注目する中をゆっくりと進む。
やがて司教の前で、カズマにその手を受け渡す。
どうしてこうなった?
カズマは不本意だったが、こうして大聖堂の舞台に立っている。
アリスティアの勧めだけでは、うんと言わなかっただろう。
決め手はティリスの手紙であった。
エリシアと言う少女の夢をかなえてほしいと書いてあった。
女性としては、なし崩し的に夫婦となるのは、孤児である自分には抗いようもない。
しかし、親のある子が、ちゃんとした式もなしに夫婦となるのはいただけない。
と言う切なる願いである。
これにはカズマもぐうの音もでなかった。
そのうえで、今日の式典に挑んだ。
白いドレスは、裾が十五メートルも伸びていた。
少女の夢の具現化のようなドレスである。
リモージュ侯爵の孫が、その裾を持った。
アマルナとオルトガの長子である。
名をマッシュ。
今年七歳におなりになる。
次代のリモージュ侯爵である。
エリシアは、薄く浮かんだそばかすをうまく隠して笑う。
侍女たちの気合いの入ったお化粧のおかげだろう。
後ろを振り向いて、そっと微笑む。
マッシュもうれしくてはにかんだ。
カワユス
貴族の長子としての教育も始まっている。
あばれて迷惑をかけるようなことはしない。
着飾った下級貴族は、聖堂の中に入ることを許されたもののほかは、教会前の広場に集っている。
男女ともに一張羅をひっかけて、華燭の典がはじまるのを今か今かと待っている。
お抱えの騎士たちは、ここで張りきらなくていつやるの?『今でしょ!』と磨きたてた鎧を押し出した。
ずらりと並ぶ糊口の家臣たち。
富めるときも貧しき時も、オルレアンに忠誠を誓ってきた。
きらきらと陽光をはじいて光る白銀の甲冑に、子供たちは憧れの眼差しを向ける。
やがて、この子供たちは、一人前の騎士になり、三河武士となるのだ。
「かっこいい!」
「おれも、大きくなったら若さまの騎士になるんだ!」
頼もしい限りである。
まあ、こういうことも領民の楽しみの一つなのである。
娯楽の少ない封建社会の人々は、祭りと結婚式ぐらいしか楽しみがない。
今回は新領主のお国入りと、跡取り娘の結婚式である。
領民は沸き立ち、こぞってお祝いに駆け付けた。
火事場泥棒が出ないか心配だ。
カズマは、マリエナで作ったワインを大量に放出した。
教会前には大きな樽がたくさん並べられ、めいめいにコップを持って集まった民衆にふるまわれる。
なにしろ、紙コップなんてないからな。
駆り出された騎士たちや、カズマの家臣(マルソーやジャックのほか、ゲオルグ=ベルンなど)がワインをひしゃくですくって配っている。
「さあさあ、並べ並べ!マリエナのワインだ!豊穣の聖女さまの謹製だぞ!」
「おおお!聖女さま!」
「聖女さまばんざい!」
「エリシアさま!おめでとう!」
言葉は何でもいいみたいだ。
領民はこぞって器を突き出し、家臣はワインを注ぐ。
教会前にはにわかに屋台を出すものもあらわれて、ますますお祭り気分は盛り上がっている。
もくもくと、炭であぶられた串肉(謎)が、いい匂いをばらまく。
「おおい!二本くれ!」
「あいよ!銅貨五枚!」
「おお?サービスか?」
普段なら一本銅貨三枚である。
「そうだよ、お祝いじゃないか、サービスサービスぅ」
ミサトさんのような節回しで、売り子は手を振る。
そんな中、カズマとエリシアは司祭の前に立ち、誓いの言葉を宣誓するところである。
アリスティアも、聖女の姿で傍らに立っている。
カズマはちらりとアリスティアに視線を向けた。
アリスティアは、軽くうなずいてオシリスの白い石像を見上げた。
急ごしらえとは言え、オルレアンの跡取りにふさわしい、立派な結婚式だと噂された。
領民は正直だ。
とりあえず腹がふくれて、うまい酒が呑めたら納得する。
いい領主だと思う。
最初が肝心。
酒は余っても、足りないなどという不調法は許されない。
ロイブルやザギトワ、ヘンリーやオスカーは、脂汗を流しながらワインの樽を数えている。
はたして足りるのか?
いささかペースが速い。
そこへ、ドメーヌ=ブリヨンが、荷馬車を仕立ててやってきた。
馬車は十台を数え、それにワインの樽を満載してきた。
いったい何十樽もってきたのだか?
「おお!助かった!」
ロイブルは、両手を上げて歓喜の声を上げる。
ラ・フェルテ=サン=トーヴァン男爵領から、テイエ騎士爵領から、オリヴェ騎士爵も樽を運んできた。
ここを先途と売り込み合戦が始まっている。
この際は、出し惜しみはなしだ。
「さあさあ!テイエ騎士爵領のワインだ!遠慮なく呑んでくれ!」
テイエ騎士爵の家臣が、大声を上げてオリヴェ騎士爵の家臣をけん制する。
「こっちはオリヴェ騎士爵領のワインだよ!」
オリヴェ騎士爵の家臣も負けてはいない、笑顔を振りまいている。
「「うまかったら次は買いに来てくれよ!」」
売り子の掛け声もいっそう大きくなろうと言うものだ。
「サン・トーヴァンどの!かたじけない!」
ロイブルは、馬車の横から走り、大声を出した。
「おお、ロイブル殿。お待たせしましたな。」
ラ・フェルテ=サン=トーヴァン男爵は、御者台の上から満面の笑みで答えた。
男爵さま自ら馬を繰って駆け付けたのだ。
この人は、駆け引きとか利益とか、ぜんぜん考えてないのだ。
自分の好きな人のために、できることをしたい人なのだ。
「お屋形さまは、いかがですかな?」
馬車を停めながら、ロイブルに笑顔を向ける。
「おお、ただいま式典の最中でござる。」
「それはよかった、間に合った。」
ラ・フェルテ=サン=トーヴァン男爵は満面の笑みで馬車から下りる。
「まだまだふるまい酒は、これからでござる。」
「どうぞ、存分になされてくだされ。」
「さようかたじけない!」
ゲオルグたちの前には黒山の人だかり。
みんな振る舞い酒に酔い、楽しげに踊る。
教会前の広場では、すでに踊りの輪も広がっていた。
楽しげに踊るひとひとひと。
もう、これがなにの集まりなのかわからなくなっている。
ここを千度と告白合戦も始まったようだ。
「こここ!ここで宣言する!俺と結婚してくれ!」
「ええ~?」
「ちょっとまったあ~!」
「俺と結婚してくれ!」
モテる娘は、目の前に求婚者が詰めかけた。
領内各所の貴族も、後れを取ってはなるまいと、寄り子寄り孫がおっとり刀でかけつけた。
続々と黒塗りの馬車もやってくる。
大聖堂の階段には、式典から吐き出された貴族たちが並び、新郎新婦を待つ。
ながいベールを引きながら、エリシアとカズマが現れると、万雷の拍手で迎えられた。
両脇からライスシャワーを浴びせられて、階段を下る両名。
階段の中ほどで止まると、領民に向かって手を振る。
ふるまい酒でいい気分になった民衆は、盛大に拍手を送り、口々に祝詞を叫ぶ。
そうして、領都における婚礼とお披露目は進められた。
もちろん、酒だけではなく、料理や、子供向けの飴菓子などもくばられて、ますますお祭り騒ぎは盛り上がる。
大聖堂に隣接する、領主の館では立食の園遊会に突入した。
ジュリアーナ未亡人は、黒い衣装に身を包んでいたが、エリシアに寄り添い世話をしている。
もう一人の未亡人、レジオ男爵夫人マリアンもいる。
男爵に叙せられたミシェル=ルルーとともに、遠くレジオから馬車を連ねてやってきた。
内大臣オシュロス=ド=シャルトル伯爵も、国王の祝詞と祝儀を持ってやってきた。
「これは内大臣さま、ようこそおこしやす。」
カズマは目ざとく見つけて、シャルトル伯爵に声をかけた。
「おお、マリエナ伯爵、今日はおめでとうござる。お上より祝詞と祝儀を賜った。」
シャルトル伯爵が、笑顔で近づくと、エリシアも声をかける。
「これは、わざわざのお運びありがとう存じます。」
「おう、これは奥方、いやおめでとうござる。」
「ありがとう存じます。」
エリシアも、優雅なカーテシーで挨拶する。
そのへんは、大貴族オルレアン公の娘だけのことはある。
シャルトル伯爵は、ゴルテスに案内されて、料理の並ぶテーブルに進んだ。
まあ、領地のことである、家臣の最上位は子爵のゴルテスなのでこれは当然の待遇。
「ようこそおいで下さいました、家老のユリウス=ゴルテスでござる。」
「おお、五百人長(辞職前に出世)、こんなところで会えるとは。」
「どうかなさいましたか?」
「いや、お主辞職したのに、退職金を取りに来ないので、陸軍の出納係がなげいておったぞ。」
「え?そんなものがあったのですか?」
「おお、そうじゃ。いいかすぐに手続きいたせよ。」
「はは、かたじけなく存じます。」
ゴルテスさん、無頓着にも程がある。
アリスティアは、絶えず二人のそばにいて、かいがいしく世話をしている。
なんとなく笑顔も曇りがち。
なにやら思うところもあるのか?
貴族の娘としての教養もあるアリスティアにしては、様子がおかしい。
エリシアに対してなにかの屈託があるのか。
おめでたい席での聖女の様子に、首をかしげるものもいた。
カズマもその一人。
すぐそばで見ているが、なにやら顔色も良くない。
白い頬が、より白い。
いや青白い。
「アリスティア?具合が悪いなら部屋に行って休んだら?」
カズマは心配だ。
「いえ、だんないです…」
いや、そんな様子ではないぞ。
「アリス…」
「うっ」
アリスティアは、口元を押さえてその場から小走りに抜ける。
心配した恵理子が後を追ってきた。
カズマは、客が声をかけてくるので、後を追う訳にも行かない。
心配だ…
カズマの顔を見ることが第一目的であり、エリシアの成婚祝いがそれに続く。
なにしろ、先代がどうして領地を譲ったかも確かな情報がない。
それでも、新しい領主さまが領都に帰ってきている。
自然、領民は沸き返った。
ま・おらが殿さまだ。
血筋はどうこう言わんが、エリシア様の婿さんだ。
歓迎しようぜ、うわっほい!
…てなもんだ。
西のもと王都はノリがいい。
オルレアン大聖堂では、盛大に鐘が鳴らされて、いましも新郎新婦が入場してきた。
マリア=エクレール=カリフが走りに走って集めた衣装は一五〇着になんなんとしていた。
その中から、ひとつの花嫁衣裳を選んだ。
侍女軍団喧々諤々、候補は五着にまで絞られたが、そこからがたいへん。
「これが王都でも有名な…」
「こちらこそ、オルレアンでも最高の…」
いや、言いたいことはわかるのだが、最終的には花嫁本人に任せてはどうかな?
「しかし、これはシャネー夫人の逸品で…」
いや、それもわかりますが
やはりここは、マリア=エクレール=カリフが口を開いた。
お屋形さま肝いりのメイド頭である。
最近、貫禄までついてきている。
両手を広げて皆を押さえる。
「ここは、エリシアさまにご判断いただきましょう。われらの仕事は、五着まで絞ったことで達成されています。」
「マリア=エクレールさま。」
次席侍女、ナミリアがそばに来た。
「どうしました、ナミリア。」
「はい、エリシアさまのお胸が育っています。」
「!」
予想外であった。
そういえば彼女はまだ十五歳、いま成長期を迎えたとしたら、考えられる。
「すぐに修正を。」
「はい!」
せっかく測ったはずのドレスが、まさかまさか。
「まさかご懐妊?」
「いまだわかり申さず。」
「ふむ…いまだ成長期でございます、御様子はつぶさに。」
「かしこまってございます。」
ナミリアは、ふかく頭を垂れた。
「ナミリア。」
「はい。」
「ティリスさまのご様子は?」
「は、王都よりの頼りでは、お健やかとのこと。」
「誰がついておる?」
「は、おもにプルミエ導師さまが。」
「はあ?侍女はだれが?」
「あはい、イベットとカサーラでございます。」
「ううむ、いささか心もとなし。」
エクレールは、顎に指を添えて考える。
「ですが、こちらでは御婚礼の支度がため、王都までは人が裂けませぬ。」
ナミリアは悩ましげに眉を寄せた。
「そうよの、ここはプルミエさまにすがるしか…」
エクレールの悩みは尽きないが、ナミリアは少し余裕がある。
「タウンハウスの者どもは、こころ利きたるものにて、あまりご心配はないと存じます。」
「そうじゃのう、こちらの人員は裂けぬものじゃ、くれぐれも気にかけてくりゃれ。」
「かしこまりました。」
マリア=エクレール=カリフにも、風格が出てきた。
やはり、カズマに呼ばれて侍女頭を拝命してから、かなり勉強したようだ。
王都のタウンハウスに残した侍女は三〇名あまり、メイドは四〇名と少し、マリア=エクレール=カリフももともとはタウンハウスの侍女である。
人生は流転する。
「産み月はいつじゃったかのう?」
「されば、卯月かと。」
「あと二つきか、こちらの婚礼が済み次第私は王都に立ちかえる。こちらのことは任せましたよ。」
「はは、畏まって候。」
マリア=エクレール=カリフが悩むより早く時は過ぎゆき、オルレアン大聖堂に集った寄り子たちは華燭の典に酔うことになる。
大聖堂に現れたエリシア=ド=オルレアンは、ユリウス=ゴルテスのエスコートで中央通路を進む。
まあ、父親がいないのであるから、だれがエスコートするかでかなりもめたようだ。
ザギトワやロイブルが手を上げなかったわけではない。
それでも筆頭家老と言う立場が、現状を呼んだ。
威風堂々、聖堂の中央を歩く姿は、君子たるにふさわしい。
もめごとよりも融和を尊しとしたザギトワの意見は、もっともだと思われる。
ゴルテスの姿に、ミハイロフ=ザギトワは一種誇らしい気持ちになった。
さすがに三〇〇人長。
退役前に五〇〇人長に出世した人物は、三〇〇人を超える出席者の注目する中をゆっくりと進む。
やがて司教の前で、カズマにその手を受け渡す。
どうしてこうなった?
カズマは不本意だったが、こうして大聖堂の舞台に立っている。
アリスティアの勧めだけでは、うんと言わなかっただろう。
決め手はティリスの手紙であった。
エリシアと言う少女の夢をかなえてほしいと書いてあった。
女性としては、なし崩し的に夫婦となるのは、孤児である自分には抗いようもない。
しかし、親のある子が、ちゃんとした式もなしに夫婦となるのはいただけない。
と言う切なる願いである。
これにはカズマもぐうの音もでなかった。
そのうえで、今日の式典に挑んだ。
白いドレスは、裾が十五メートルも伸びていた。
少女の夢の具現化のようなドレスである。
リモージュ侯爵の孫が、その裾を持った。
アマルナとオルトガの長子である。
名をマッシュ。
今年七歳におなりになる。
次代のリモージュ侯爵である。
エリシアは、薄く浮かんだそばかすをうまく隠して笑う。
侍女たちの気合いの入ったお化粧のおかげだろう。
後ろを振り向いて、そっと微笑む。
マッシュもうれしくてはにかんだ。
カワユス
貴族の長子としての教育も始まっている。
あばれて迷惑をかけるようなことはしない。
着飾った下級貴族は、聖堂の中に入ることを許されたもののほかは、教会前の広場に集っている。
男女ともに一張羅をひっかけて、華燭の典がはじまるのを今か今かと待っている。
お抱えの騎士たちは、ここで張りきらなくていつやるの?『今でしょ!』と磨きたてた鎧を押し出した。
ずらりと並ぶ糊口の家臣たち。
富めるときも貧しき時も、オルレアンに忠誠を誓ってきた。
きらきらと陽光をはじいて光る白銀の甲冑に、子供たちは憧れの眼差しを向ける。
やがて、この子供たちは、一人前の騎士になり、三河武士となるのだ。
「かっこいい!」
「おれも、大きくなったら若さまの騎士になるんだ!」
頼もしい限りである。
まあ、こういうことも領民の楽しみの一つなのである。
娯楽の少ない封建社会の人々は、祭りと結婚式ぐらいしか楽しみがない。
今回は新領主のお国入りと、跡取り娘の結婚式である。
領民は沸き立ち、こぞってお祝いに駆け付けた。
火事場泥棒が出ないか心配だ。
カズマは、マリエナで作ったワインを大量に放出した。
教会前には大きな樽がたくさん並べられ、めいめいにコップを持って集まった民衆にふるまわれる。
なにしろ、紙コップなんてないからな。
駆り出された騎士たちや、カズマの家臣(マルソーやジャックのほか、ゲオルグ=ベルンなど)がワインをひしゃくですくって配っている。
「さあさあ、並べ並べ!マリエナのワインだ!豊穣の聖女さまの謹製だぞ!」
「おおお!聖女さま!」
「聖女さまばんざい!」
「エリシアさま!おめでとう!」
言葉は何でもいいみたいだ。
領民はこぞって器を突き出し、家臣はワインを注ぐ。
教会前にはにわかに屋台を出すものもあらわれて、ますますお祭り気分は盛り上がっている。
もくもくと、炭であぶられた串肉(謎)が、いい匂いをばらまく。
「おおい!二本くれ!」
「あいよ!銅貨五枚!」
「おお?サービスか?」
普段なら一本銅貨三枚である。
「そうだよ、お祝いじゃないか、サービスサービスぅ」
ミサトさんのような節回しで、売り子は手を振る。
そんな中、カズマとエリシアは司祭の前に立ち、誓いの言葉を宣誓するところである。
アリスティアも、聖女の姿で傍らに立っている。
カズマはちらりとアリスティアに視線を向けた。
アリスティアは、軽くうなずいてオシリスの白い石像を見上げた。
急ごしらえとは言え、オルレアンの跡取りにふさわしい、立派な結婚式だと噂された。
領民は正直だ。
とりあえず腹がふくれて、うまい酒が呑めたら納得する。
いい領主だと思う。
最初が肝心。
酒は余っても、足りないなどという不調法は許されない。
ロイブルやザギトワ、ヘンリーやオスカーは、脂汗を流しながらワインの樽を数えている。
はたして足りるのか?
いささかペースが速い。
そこへ、ドメーヌ=ブリヨンが、荷馬車を仕立ててやってきた。
馬車は十台を数え、それにワインの樽を満載してきた。
いったい何十樽もってきたのだか?
「おお!助かった!」
ロイブルは、両手を上げて歓喜の声を上げる。
ラ・フェルテ=サン=トーヴァン男爵領から、テイエ騎士爵領から、オリヴェ騎士爵も樽を運んできた。
ここを先途と売り込み合戦が始まっている。
この際は、出し惜しみはなしだ。
「さあさあ!テイエ騎士爵領のワインだ!遠慮なく呑んでくれ!」
テイエ騎士爵の家臣が、大声を上げてオリヴェ騎士爵の家臣をけん制する。
「こっちはオリヴェ騎士爵領のワインだよ!」
オリヴェ騎士爵の家臣も負けてはいない、笑顔を振りまいている。
「「うまかったら次は買いに来てくれよ!」」
売り子の掛け声もいっそう大きくなろうと言うものだ。
「サン・トーヴァンどの!かたじけない!」
ロイブルは、馬車の横から走り、大声を出した。
「おお、ロイブル殿。お待たせしましたな。」
ラ・フェルテ=サン=トーヴァン男爵は、御者台の上から満面の笑みで答えた。
男爵さま自ら馬を繰って駆け付けたのだ。
この人は、駆け引きとか利益とか、ぜんぜん考えてないのだ。
自分の好きな人のために、できることをしたい人なのだ。
「お屋形さまは、いかがですかな?」
馬車を停めながら、ロイブルに笑顔を向ける。
「おお、ただいま式典の最中でござる。」
「それはよかった、間に合った。」
ラ・フェルテ=サン=トーヴァン男爵は満面の笑みで馬車から下りる。
「まだまだふるまい酒は、これからでござる。」
「どうぞ、存分になされてくだされ。」
「さようかたじけない!」
ゲオルグたちの前には黒山の人だかり。
みんな振る舞い酒に酔い、楽しげに踊る。
教会前の広場では、すでに踊りの輪も広がっていた。
楽しげに踊るひとひとひと。
もう、これがなにの集まりなのかわからなくなっている。
ここを千度と告白合戦も始まったようだ。
「こここ!ここで宣言する!俺と結婚してくれ!」
「ええ~?」
「ちょっとまったあ~!」
「俺と結婚してくれ!」
モテる娘は、目の前に求婚者が詰めかけた。
領内各所の貴族も、後れを取ってはなるまいと、寄り子寄り孫がおっとり刀でかけつけた。
続々と黒塗りの馬車もやってくる。
大聖堂の階段には、式典から吐き出された貴族たちが並び、新郎新婦を待つ。
ながいベールを引きながら、エリシアとカズマが現れると、万雷の拍手で迎えられた。
両脇からライスシャワーを浴びせられて、階段を下る両名。
階段の中ほどで止まると、領民に向かって手を振る。
ふるまい酒でいい気分になった民衆は、盛大に拍手を送り、口々に祝詞を叫ぶ。
そうして、領都における婚礼とお披露目は進められた。
もちろん、酒だけではなく、料理や、子供向けの飴菓子などもくばられて、ますますお祭り騒ぎは盛り上がる。
大聖堂に隣接する、領主の館では立食の園遊会に突入した。
ジュリアーナ未亡人は、黒い衣装に身を包んでいたが、エリシアに寄り添い世話をしている。
もう一人の未亡人、レジオ男爵夫人マリアンもいる。
男爵に叙せられたミシェル=ルルーとともに、遠くレジオから馬車を連ねてやってきた。
内大臣オシュロス=ド=シャルトル伯爵も、国王の祝詞と祝儀を持ってやってきた。
「これは内大臣さま、ようこそおこしやす。」
カズマは目ざとく見つけて、シャルトル伯爵に声をかけた。
「おお、マリエナ伯爵、今日はおめでとうござる。お上より祝詞と祝儀を賜った。」
シャルトル伯爵が、笑顔で近づくと、エリシアも声をかける。
「これは、わざわざのお運びありがとう存じます。」
「おう、これは奥方、いやおめでとうござる。」
「ありがとう存じます。」
エリシアも、優雅なカーテシーで挨拶する。
そのへんは、大貴族オルレアン公の娘だけのことはある。
シャルトル伯爵は、ゴルテスに案内されて、料理の並ぶテーブルに進んだ。
まあ、領地のことである、家臣の最上位は子爵のゴルテスなのでこれは当然の待遇。
「ようこそおいで下さいました、家老のユリウス=ゴルテスでござる。」
「おお、五百人長(辞職前に出世)、こんなところで会えるとは。」
「どうかなさいましたか?」
「いや、お主辞職したのに、退職金を取りに来ないので、陸軍の出納係がなげいておったぞ。」
「え?そんなものがあったのですか?」
「おお、そうじゃ。いいかすぐに手続きいたせよ。」
「はは、かたじけなく存じます。」
ゴルテスさん、無頓着にも程がある。
アリスティアは、絶えず二人のそばにいて、かいがいしく世話をしている。
なんとなく笑顔も曇りがち。
なにやら思うところもあるのか?
貴族の娘としての教養もあるアリスティアにしては、様子がおかしい。
エリシアに対してなにかの屈託があるのか。
おめでたい席での聖女の様子に、首をかしげるものもいた。
カズマもその一人。
すぐそばで見ているが、なにやら顔色も良くない。
白い頬が、より白い。
いや青白い。
「アリスティア?具合が悪いなら部屋に行って休んだら?」
カズマは心配だ。
「いえ、だんないです…」
いや、そんな様子ではないぞ。
「アリス…」
「うっ」
アリスティアは、口元を押さえてその場から小走りに抜ける。
心配した恵理子が後を追ってきた。
カズマは、客が声をかけてくるので、後を追う訳にも行かない。
心配だ…
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幸か不幸か、退学まで1週間の執行猶予が与えられた。
けど、今更どう足掻いても挽回する事は不可能だろうし、
そもそも挽回する気も起こらない。
ここまでの学園生活を振り返っても
『この学園に執着出来る程の魅力』
というものが思い当たらないからだ。
寧ろ散々な事ばかりだったな、今日まで。
それに、これ以上無理に通い続けて
貴族とのしがらみシミッシミの薬師になるより
故郷に帰って自由気ままな森番に復職した方が
ずっと実りある人生になるだろう。
私を送り出した公爵様も領主様も、
アイツだってきっとわかってくれる筈だ。
よし。決まりだな。
それじゃあ、退学するまでは休まず毎日通い続けるとして……
大人しくする理由も無くなったし、
これからは自由気ままに、我儘に、好き勝手に過ごす事にしよう。
せっかくだし、教員達からのヘイトをカンストさせるのも面白そうだ。
てな訳で………
薬師の名門ブレルスクに入学した私は、退学するまで暴れます。
…そう息巻いて迎えた執行猶予満了日、
掲示板に張り出された正式な退学勧告文を
確認しに行ったんだけど……
どういう事なの?これ。
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