メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井

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漂流する惑星『サ・ザ・ランド』

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 もし今目の前に広がっている場面がゲームの1シーンであれば“ソレ”に修也との戦闘におけるダメージが残っているはずなのだが、生憎なことにこれはゲームではなく現実。上手い具合にことは運ばない。

 いや、敵が生身の相手であればゲームのようにダメージが残っていたのだろうが、相手は体力の衰えなど見せるはずがないアンドロイド。

 仮に損傷等がダメージの代わりになったとしてもその損傷が戦闘に与える影響は極めて小さなものだろう。最初に出会った時と同様にピンピンとしているのが麗俐が抱いていた懸念を言い当てたといってもいい。

 だが、こんなところで怯むわけにはいかない。麗俐はエネルギーブレードを両手で強く握り締めながら目の前の相手を睨む。

 フェイスヘルメット越しなので表情そのものを見ることはできないだろうが、ヘルメット越しであっても矢のように尖った両目から伝わる殺気のことくらいは察することができるだろう。

 いや、察するなどと人間や生物に使う表現を用いるのは適切ではない。ここで用いるべき言葉は『認識』。人間味が感じられないアンドロイドに対して使う表現としてこれ以上しっくりとくる表現は見当たらない。

 麗俐はここで自らの首を横に振る。つまらないことを考えていては勝負に勝つことはできない。緊張の糸を極限まで張り詰めなくては勝つことはできないだろう。

 麗俐は中学生の頃までよく読んでいた異世界を題材とした令嬢系の漫画のことを思い出していた。

 頭の中で意識するのは物語に登場する令嬢を守り、彼女を狙う悪漢と対峙する王子や騎士たちの姿。

 物語に登場する王子や騎士は自分の愛する人を守るため剣を抜き、恐るべき相手を前にして余計なことは考えていないはずだ。

 漫画の中に登場する彼らは自分の愛する人を守るため、目の前の相手を倒すことだけに専念していたとはっきり覚えている。

 麗俐の前に騎士や王子が現れないというのであれば自分自身がそういった存在になりさえすればいい。

 麗俐は自身に向かってそう強く言い聞かせた。その甲斐もあってか、“ソレ”が両足と両腕をふやけた紙のように広げて目の前から迫ってきた時も、動じる様子を見せなかった。

 あくまでも落ち着いた調子のまま“ソレ”を迎え撃つ。一貫して、そうした姿勢を貫いたことで麗俐はあっさりとカッターへと変貌させた“ソレ”の右腕を弾き、“ソレ”の右脇を貫いたのであった。

 当然だが、カッターを右脇腹に強力な熱の刃を受けても“ソレ”は無傷。何事もなかったかのようにピンピンと体を動かしてみせた。

 そればかりか、挑発するように人差し指を左右に動かす。どこまでも麗俐から冷静さを奪い取るつもりでいるらしい。

 ここで挑発に乗り、冷静さを欠けば相手の思う壺。そんなものに乗ってはならない。もし、挑発に乗ってしまえばあっさりと殺されてしまうだろう。鼠取りに引っ掛かってそのまま殺処分へと追い込まれてしまう鼠のように。

 麗俐は落ち着いた調子のまま“ソレ”が次々と繰り出していく攻撃を乗り越えていた。その姿は数多の戦を駆け抜けた歴戦の勇士そのもの。

 “ソレ”もそのことを感じ取ったのか、麗俐の見事な戦いぶりを感じ取ったのか、一度体を人型の姿へと戻すとパチパチと小さな拍手を送っていく。

「見事だ。ここまでぼくの攻撃に耐えた侵入者はそうはいない。拍手を送ろう。蛮族の少女よ」

 煽っているわけではない。“ソレ”が口にしたのはあくまでも素直な賞賛。

 とは言っても、素直な賞賛だからといって素直に礼を述べるほど麗俐は人間ができていない。

 棘のある嫌味な口調で言葉を返したことがその証明だといえるだろう。


「ご親切にどうも。どうせ褒めるんだったらあんたの名前くらい教えたら?」

「名前? 何だね? それは?」

 “ソレ”は首を傾げながら問い掛ける。冗談や皮肉で言っているのではなく本当に質問の意味が分かっていないらしい。問い掛ける際の口調は明らかに本気の声であった。

 どうやら機械であるが故に名前を敵から名付けられていないらしい。
 麗俐が困惑した表情で“ソレ”を見つめていた時のことだ。

「待て、名前がないというのならば今ここで私が名付け親になってやろう」

 と、背後から修也が声を上げた。まだ戦闘によるダメージが残っているのか、少し声が荒い。ゼェゼェというか細い息がヘルメットから漏れるのを麗俐は聞き逃さなかった。おそらくは両肩で息をするような追い込まれた状態。

 父親の状況を察し、慌てて止めようとする麗俐を修也は手で制し、思わず2人の両肩をすくめさせるほどの大きな声で言った。

「キミの名前はアッシュだ! 20世紀の末頃に放映された映画に登場するアンドロイドの名前なんだよ。キミにはピッタリだろ!?」

 この時の修也の口角の端を吊り上げ、得意げな表情を浮かべていたに違いない。

 だが、肝心の“ソレ”もとい『アッシュ』はピンとこないようだ。相変わらず不思議そうに片眉を上げている姿を見せていた。

「私の名前の由来となった『アッシュ』とやらはどんなキャラクターかね?」

 アッシュの口もとに疑問がよぎっている。当然だ。地球とは大きく異なりホーテンス星の出身であり、これまで娯楽文化等に触れたことがないアッシュに元ネタを理解しろという方が無理な話だ。

 そのことを理解してか、修也の口もとはアッシュとは対照的に優越がよぎっている。この時の状態が疲労困憊でなければ腕を組み、上からの目線でアッシュを見下ろしていただろう。

 だが、現在の状況が状況であるため修也がそのような態度を取ることは不可能な話だ。

 そのため一時的な勝者の余裕は口もとにのみ留められることとなった。

「教えてやろうか。アッシュは映画の中に登場する冷酷なアンドロイドの名前だよ。宇宙船に侵入した凶悪な宇宙生物の捕獲ばかりを優先して、同じ乗務員を見殺しにした冷徹でいて…‥最低のアンドロイドの名前さ」

『最低の』とわざわざ形容したのは修也の中でアッシュに対する怒りの念が渦巻いていたからだ。一時的とはいえ共に過ごした長い髪のアンドロイドに対して躊躇うこともなく心臓部を貫き、自身を追い込み、自分たちの子どもを殺そうとするアッシュに。

 だが、アッシュは人間ではない。高性能な人造型アンドロイド。冷徹な頭脳と強靭な肉体のみを保持する最強の機械生命体。

 修也の挑発になど乗るはずもなく、アンドロイドらしい淡々とした口調で、

「今は黙ってろ」

 と、発するのみであった。

 興味がないとばかりにあっさりと修也に背中を向け、麗俐へと向かい合う。

 その際に麗俐へと向ける視線は氷を思わせるような冷たさであった。敵対しているから当然とはいえあまりにも人間味のない姿に麗俐は思わず歯を鳴らしてしまう。夜のデパートで遭遇したマネキンを思い起こせるような不気味な表情を前に先ほどまでの冷静さは吹き飛んでしまったらしい。

 エネルギーブレードを握り締める両手も汗でびっしゃりと濡れている。手の下から湧き出てきたものは自らの汗のはずだ。手袋で覆われているものの、その下で無数に流れている塩分が混じった透明の液体が妙に気持ち悪く思えてしまう。

 体の動きは川の流れのように止めることができない唯一無二のもの。
 止めることは自然の摂理に反すること。

 己へ向かって言い聞かせたものの、汗が止まらなければエネルギーブレードを握り締めることもできない。エネルギーブレードの柄を握る手が今にも滑り落ちそうであるのがその証拠といえるだろう。

 当然ながらアッシュは麗俐の動揺が止まるまで待ってくれるはずがない。

 あっさりと攻撃を仕掛け、麗俐を転倒させたかと思うと、麗俐の腹部に向かって刃物へと変化させた右腕を突き刺す。

 もしこの時麗俐が装着していたのがメトロポリス社の『エンプレスト』であれば装甲は床に叩きつけたビスケットのように砕け散ったに違いない。

 この時麗俐が装着していた鎧が地球より文明の進んだ星で作られたものであったことが生死を分けることになった。
 同時にアッシュの命運も。


 自身の右腕を突き刺しても生命活動を停止しない麗俐に対してアッシュは頭の上に『?』と疑問符を付けて理由を解析しようとしていたに違いない。

 まさにその一瞬こそが彼の命運を分けたのだり麗俐は手元に握り締めていたエネルギーブレードをアッシュの側頭部へ向かって勢いよく突き刺していく。

 この時、エネルギーブレードに込められた粒子エネルギーがアッシュの体内へと入り込み、熱膨張を起こしていた。

 いかに高性能な電子頭脳を持ち合わせていたとしても急激な熱膨張や変化を押し留めることは不可能であった。

 アッシュは側頭部にエネルギーブレードを突き刺したままフラフラと酔っ払いのような足取りで麗俐の元を離れていく。

 かと思うと、意味不明な言葉を呟き始めていった。かと思うと地面の上へと大の字になって横たわっていった。

 バタンと大きな音を立てて横たわったのと同時にアッシュの体内から大規模な蒸気が噴き出す。体から大量の液体金属がとめどなく流れて大きな水たまりへと変貌していくその姿は憐れみさえ感じられた。

 こうした経緯を持って冷徹なコンピューターと最強の肉体を持つ完全無欠のアンドロイドはほんの数秒ともいえる油断のために永遠にその機能を停止したのである。僅かな油断が隙を生むという少女漫画での知恵は間違っていなかったようだ。

 麗俐は自身の知識が間違っていなかったことを知り、微笑む。予習で解いた問題を当てられた時のように。

 だが、その直後に緊張の糸が切れたのか、深い息を吐き出しながら地面の上へと座り込む。しばらくの間は疲れが取れるまでその場で休憩しようかと考えていたが、扉の外で耳をつんざくような音が聞こえたことで立ち上がらなければならなかった。

 頭で理解していても脳からの指示を聞こうともせず、地面の上に座り続けようとする肉体を無理やり起こし、麗俐はリアクターの元へと向かう。仰々しくも何の飾り気もないシンプルな門を潜り、リアクターの前で横たわる長い髪の男もとい元祖コブラ男の前へと辿り着いた。

「ごめんなさい。今終わったから」

 麗俐はそう言って男に赤いピアスを外して、手渡す。ピアスが取れたことで麗俐の姿も無防備な少女へと戻っていく。

「いい。それよりも早くキミのパワードスーツを装着したまえ。このピアスは私が使うから」

 麗俐は言葉通りに『エンプレスト』のパワードスーツに身を包む。地球製の性能が良くないパワードスーツ。コブラ男はそういうが、ないよりはマシだろう。

 麗俐が余計なことを考えていると、コブラ男はピアスを左手で握り締めたかと思うと、右手を操作してキーを動かす。
 同時にそれまで閉ざされていたはずの開閉部分が開かれ、増援が部屋の中へと流れ込む。

 その男たちに対してコブラ男は訳のわからない声でがなり立てた。言葉は分からないが、交渉の準備を進めているらしい。激しい声での応酬が続く。


 コブラ男の言葉を信じるのならばこれでホーテンス星人はワープ機能付きの宇宙船を自分たちに渡し、地球へ手を出さないことを約束を果たしてくれるだろう。

 果たして、どうなってしまうのだろうか。不思議なことに恐怖感は湧いてこない。自分はそこまで例の長い髪をしたアンドロイドに安心感を抱いているのかもしれない。

 そんなことを考えていると、最初に乗ってきたのと同じ左右から腕を生やした円盤がリアクターの前へと降り立つ。

 円盤から出てきたのは防護服に身を包んだホーテンス星人の姿。ゾロゾロとタラップを降りてくる姿から察するに宇宙船を引き渡してくれるということだ。

 麗俐は背後にいたコブラ男を見つめた。彼は何も言わない。ただ黙って円盤を見つめていた。

 自分がくだらないことを考えている間に交渉を終えてくれたらしい。

 麗俐は小さな声で「ありがとう」とコブラ男に向かって囁いた。
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