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第四章『王女2人』
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「しかし、あたしたちまで付いていっていいのかな?」
修也と悠介の王女案内に従って上野動物園を散策していた麗俐は苦笑しながら隣を歩いていたジョウジに向かって疑問を呈したようだ。長い沈黙を貫いた後、開口一番に出た言葉がこれなのだからよほど、腹に据えたものがあったらしい。
そんな麗俐の緊張を解くべく、ジョウジは苦笑したまま答えた。
「仕方がありませんよ。あなた方はお二方のお気に入りの存在なのですから」
「お気に入りって言ったって、あたしは例外のような気がするけれど」
麗俐の言葉も事実である。デ・レマは修也を実父を慕うかのように慕っているし、シーレと悠介との関係は言うまでもあるまい。麗俐だけが取り残されている。洞窟の奥底で置いていかれた迷子の男の子のように。
麗俐が咄嗟に思い浮かんだこの見事な比喩は小学生の頃に教科書で学んだ外国の詩から来たものだ。題名は『迷子になった男の子』。ウィリアム・ブレイクという男性が描いた詩である。
詩の内容は闇の中で父親を見失い、そのまま逸れてしまった男の子の話。小学生の頃の自分とは無縁の話であったのに何故か心の中で強く残っていた。学校の教科書に載るのにはどこか陰鬱で暗かったことが頭に残っていたのかもしれない。
そして高校生になってから思い出して比喩に使うとはあの当時の自分は思っても見なかったに違いない。
麗俐が苦笑しながら動物園を回る4人の目を追っていた時のこと。
突然、修也とデ・レマの両名がアルパカを展示した檻の前で立ち止まり、何かを話し合っている。しかしより正確にいえば話し合っているというよりかは一方的にデ・レマが何かを言い放っているような気がしてならないのだが……。
麗俐とジョウジの両名が修也の元へと駆け寄ると、通訳として立っていたカエデが困惑したような顔を浮かべながらジョウジへと訴え掛けた。
「実はデ・レマ殿下が本日の夕食は大津さんのご自宅で召し上がりたいと訴えておりまして」
カエデは困った顔をしながら通訳を行なっていた。当然だろう。仮にも相手は国賓。そんな相手を一般家庭の家で食事させるとなれば問題となるのは必至。
移動のための警備の費用がかかるし、何よりも修也たちが困惑するだろう。まだ恐ろしい『賞金稼ぎ』たちが付け狙っている最中なのだ。下手なことをすれば本当に誘拐されてしまいかねない。
当事者である修也の方を咄嗟に見つめる。だが、修也もより良い回答というものが思い付かないのだろう。乾いた笑みを漏らしつつ警護を担当している黒いスーツの男たちに目を向ける。助けを求めるかのように。
しかしこうなってしまえば勇敢な黒服たちも手詰まりであるようだ。知らぬ顔をしてそっぽを向いているのがその証拠ではないだろうか。
もう1人、大津家には悠介がいるが、彼が仲間になるかは分からない。そもそも彼はシーレにゾッコンの状態であり、仮に同じことをシーレから告げられたとすれば喜んで狭い家の中に招待するだろう。
そうなってしまえば困るのは母親であるひろみ。いくらなんでも別の惑星からの賓客、それに加えて王女に下手なものを食させるわけにはいかない。家庭料理しか用意できない状態であるというのに無茶を言うのはやめてもらいたいというところだ。そのためにキャビアやらフォアグラやらを渡されてもプロのように料理はできない。食材の前で戸惑うのが筋というものだろう。
麗俐が困惑しながら顔を顰めていた時のこと。麗俐は咄嗟の妙案を思い付く。
それは即ち物での買収というもの。安直な話であるかもしれないが、少なくとも何もしないよりは良いのではないだろうか。
麗俐はそうした考えのもとにジョウジを連れ、デ・レマの元へと向かう。
「今回の夕食はちょっと遠慮してもらえたら助かります。その代わりといってはなんですが、殿下が欲しがっていた私のリップクリームをお一つ差し上げますわ」
と、言ってみた。ジョウジの通訳としての腕は共に宇宙へ向かい、様々な惑星を巡った自分のお墨付き。一字一句丁寧にというのはいささか大袈裟であるかもしれないが、100年以上前の適当な翻訳機にかけた翻訳より丁寧かつ正確であることは言うまでもない。
デ・レマが難しく考え込む様子を見せている姿がその最たる証拠ではないだろうか。
結局のところ麗俐が代案を提示したこと、事情を話したことで王女の我儘は取りやめとなったらしい。
しかし後日デ・レマの希望はささやかな形ではあるものの日本政府の手によって叶えられることになった。
この騒動の後にジョウジが弁当というものを提案することで母ひろみがホテルの部屋に弁当を持ってきてくれることが決定されたのだ。
既に朝と昼の食事が科学技術の発展により必要な栄養を持ち、尚且つ腹まで満たすとことのできるカプセルへと取って代わられたことは既に述べている。
『弁当文化』と呼ばれる日本の弁当文化が消滅したということを暗示したものであるのは間違いない。
ただ、復活させることは22世紀の技術を用いれば容易い。饗応役に指名された外務省の役人たちが弁当箱の復元並びに当時の書籍から弁当の内容を再現をその日のうちに成し遂げたことがその証明だろう。やはり書籍のみならず映像が残っていうのは大きい。
外務省の役人たちは判明するのと同時にわざわざひろみ1人だけが残る大津家へとそのことを伝えに向かうほどであるから日本国の面子のために粉骨砕身の身で応じたことは想像に難くない。
なんにせよ、その場が麗俐による機転で収まったことは否定のしようもない事実。全員が心の奥底で拍車を送っていると、デ・レマの腹の虫が鳴り響く。
「そろそろお昼にしましょうか?」
修也の提案に従って一行は動物園の中に併設されているレストランへと移動していく。昼休みの短縮ばかりが叫ばれる22世紀の現在においてもレストランはまだ存命である。
やはり資金や時間に余裕のある子どもや学生に向けて開かれたものであるとのことだそうだが、これが開かれていたことでカプセルを食べさせずに済んだと一同が胸を撫で下ろす。地球で例えれば日本を訪れたイギリスの王族にカプセルを食べさせる行為に等しい。
そうなれば日本の面子にも関わってくる。黒服を着た男たちが安堵するのは当然であるといえるだろう。
修也たちは護衛役であるとのことだが、王女たちと同様にレストランのメニューから食事を注文することが特別に許されている。
修也たちはレストランのウィンドウのメニューを人差し指で開き、様々な食事の説明と写真とが載ったメニューをスライドさせていく。もちろん隣にいる王女たちに合わせて非常にゆっくりとした速さで。
牛の歩みかと錯覚させられるほどのんびりと人差し指を動かしていた修也であったが、デ・レマが食べたいメニューを決めたらしく、彼女と同じものを注文した。注文したものは両者共にビーフシチュー。動物園特製の熱々のソースと牛肉が特徴とされ、名物ともいえるもの。
最初にそれを注文するとはお目が高い。ジョウジが半ば感心しながらデ・レマを見つめていると、シーレと悠介も注文を決めたらしい。
両者が注文したのはビーフシチューと同様に園特製とされる煮込みハンバーグ。鍋を模した器の中にハンバーグとじゃがいも、茹でたにんじんとブロッコリーを入れているとのこと。
それと同時にベジタブルサラダまでもわざわざ注文するのは悠介のシーレへの配慮だろうか。
それともバスケットボールの選手を自認する彼が減量調整のために食べておきたいのだろうか。
ジョウジがそんなくだらないことを考えていると、修也が心配そうな顔でジョウジを覗き込んできた。
「あの、ジョウジさん、あなたの注文は?」
「あ、あぁ、すいません。ぼーっとしていたものでして」
ジョウジはそれでも心配そうにこちらを見つめる修也に対してアハハと乾いた笑いを浮かべた後でメニュー表をスライドしていく。流れてくるメニューの写真や説明を見て胸の奥から喜びが湧き上がってくるのは自身がそれだけ人間のような感情を抱いているという証拠だろう。
ジョウジはその事実を微笑ましく思いつつも、人差し指で目ぼしいものをタップする。そんな彼が注文したのは肉のステーキ重。味噌汁と漬け物、小さなサラダとがセットになったものだ。
常人であればステーキの肉が3切れも載ったお重とそれらの副菜品を見れば涎を垂らしてしまうに違いない。同じ感情を持つアンドロイドであってもカレーピラフとサラダのセットを注文したカエデとは対照的だった。
周りの黒服たちが驚いているのはジョウジやカエデが人間のように振る舞っているからで間違いない。通常のアンドロイドであれば人間のように料理を注文することはない上に胸を弾ませるような真似は絶対にしない。
だからこそ修也たちが珍しくて仕方がないのだろう。彼らの目は動物園を訪れた子どもが各国の珍しい動物に向ける目と同じもの。
奇しくも今過ごしている場所が動物園であるのはどこか皮肉めいている。ジョウジは苦笑した。
全員の注文が終わり、奥から料理が運ばれてきた。ただし料理を運んできたのは機械ではなく生身の人間。
100年以上前に殆ど見かけなくなったウェイターと呼ばれる職種であることには違いない。短い髪を整えたさわやかな顔つきの青年だ。
病院着のように真っ白でシミひとつない制服に腰にエプロンを巻いた姿で彼は1つひとつ丁寧に料理を置いていく。制服の胸ポケットにくっ付けているネームプレートには『小柳』の文字。
どうやら彼の名前は小柳というらしい。
ジョウジがどこか訝しげな顔で小柳という男を見つめていた時のこと。
小柳がジョウジの前に料理を置く。目の前に置かれたのは確かにメニュー表と同じステーキ重のセット。そのことから彼が動物園に付属しているレストランのウェイターであることには間違いあるまい。
だが、何かおかしい。ジョウジの心の奥底で何かが引っ掛かっていた。いつまでも歯の奥に挟まって取れない青のりのように。
そのせいか、せっかくの食事も楽しむことができなかった。食事を楽しみながら交流に励んでいた大津一家や2人の王女たちとはこの点においては対照的だというべきだろう。細かいことが気になり、疑い出すとキリがなくなる仕様はアンドロイドとしての特性故のことだろうか。
ジョウジがどこかモヤモヤとした思いで腕を組みながら食後の談笑にふける終夜たちを見つめていた時のこと。
「みなさま、最後の晩餐はお楽しみいただけましたか?」
と、声が聞こえた。背後を振り返ると、そこには見知らぬカプセルを持ったままこちらを見つめる小柳の姿。
いや、見つめているというよりかはこちらを見て嘲笑っていたという表現の方が正しい。
いずれにしろ自身の危惧が当たっていたということは確かだった。小柳が何かを言い出すよりも前にジョウジは護身用にと許されていたビームポインターを取り出す。そのまま熱線を放って小柳を溶かそうとしたのだが、小柳はその場を飛び上がり、宙の上で弧を描いた後で修也たちが座る席の前に飛び降りる。
同時に小柳はデ・レマを修也の目の前で奪い取り、彼女の首元にエプロンから取り出したと思われるポケットナイフの刃を突き立てる。
「き、貴様、新手の賞金稼ぎか!?」
黒服を着た護衛たちが携行していたと思われるレーザーガンの銃口を突き付けながら問い掛ける。
だが、それに対して小柳は口元に相変わらず冷笑を貼り付けたまま言い放つ。
「まさか、我々はもっと高度な者です。そんなテロリストどもと比較されては甚だ迷惑です」
「じゃあ、あなたは何者なんですか?」
「名乗る必要がありますか?」
修也の問いに小柳は微かではあるものの、圧を含ませながら言った。
ただならぬ雰囲気を前にして修也はたじろいだ様子を見せたが、それでも密かに『メトロイドスーツ』のカプセルを握り締めていたのは流石というべきだろう。
修也と悠介の王女案内に従って上野動物園を散策していた麗俐は苦笑しながら隣を歩いていたジョウジに向かって疑問を呈したようだ。長い沈黙を貫いた後、開口一番に出た言葉がこれなのだからよほど、腹に据えたものがあったらしい。
そんな麗俐の緊張を解くべく、ジョウジは苦笑したまま答えた。
「仕方がありませんよ。あなた方はお二方のお気に入りの存在なのですから」
「お気に入りって言ったって、あたしは例外のような気がするけれど」
麗俐の言葉も事実である。デ・レマは修也を実父を慕うかのように慕っているし、シーレと悠介との関係は言うまでもあるまい。麗俐だけが取り残されている。洞窟の奥底で置いていかれた迷子の男の子のように。
麗俐が咄嗟に思い浮かんだこの見事な比喩は小学生の頃に教科書で学んだ外国の詩から来たものだ。題名は『迷子になった男の子』。ウィリアム・ブレイクという男性が描いた詩である。
詩の内容は闇の中で父親を見失い、そのまま逸れてしまった男の子の話。小学生の頃の自分とは無縁の話であったのに何故か心の中で強く残っていた。学校の教科書に載るのにはどこか陰鬱で暗かったことが頭に残っていたのかもしれない。
そして高校生になってから思い出して比喩に使うとはあの当時の自分は思っても見なかったに違いない。
麗俐が苦笑しながら動物園を回る4人の目を追っていた時のこと。
突然、修也とデ・レマの両名がアルパカを展示した檻の前で立ち止まり、何かを話し合っている。しかしより正確にいえば話し合っているというよりかは一方的にデ・レマが何かを言い放っているような気がしてならないのだが……。
麗俐とジョウジの両名が修也の元へと駆け寄ると、通訳として立っていたカエデが困惑したような顔を浮かべながらジョウジへと訴え掛けた。
「実はデ・レマ殿下が本日の夕食は大津さんのご自宅で召し上がりたいと訴えておりまして」
カエデは困った顔をしながら通訳を行なっていた。当然だろう。仮にも相手は国賓。そんな相手を一般家庭の家で食事させるとなれば問題となるのは必至。
移動のための警備の費用がかかるし、何よりも修也たちが困惑するだろう。まだ恐ろしい『賞金稼ぎ』たちが付け狙っている最中なのだ。下手なことをすれば本当に誘拐されてしまいかねない。
当事者である修也の方を咄嗟に見つめる。だが、修也もより良い回答というものが思い付かないのだろう。乾いた笑みを漏らしつつ警護を担当している黒いスーツの男たちに目を向ける。助けを求めるかのように。
しかしこうなってしまえば勇敢な黒服たちも手詰まりであるようだ。知らぬ顔をしてそっぽを向いているのがその証拠ではないだろうか。
もう1人、大津家には悠介がいるが、彼が仲間になるかは分からない。そもそも彼はシーレにゾッコンの状態であり、仮に同じことをシーレから告げられたとすれば喜んで狭い家の中に招待するだろう。
そうなってしまえば困るのは母親であるひろみ。いくらなんでも別の惑星からの賓客、それに加えて王女に下手なものを食させるわけにはいかない。家庭料理しか用意できない状態であるというのに無茶を言うのはやめてもらいたいというところだ。そのためにキャビアやらフォアグラやらを渡されてもプロのように料理はできない。食材の前で戸惑うのが筋というものだろう。
麗俐が困惑しながら顔を顰めていた時のこと。麗俐は咄嗟の妙案を思い付く。
それは即ち物での買収というもの。安直な話であるかもしれないが、少なくとも何もしないよりは良いのではないだろうか。
麗俐はそうした考えのもとにジョウジを連れ、デ・レマの元へと向かう。
「今回の夕食はちょっと遠慮してもらえたら助かります。その代わりといってはなんですが、殿下が欲しがっていた私のリップクリームをお一つ差し上げますわ」
と、言ってみた。ジョウジの通訳としての腕は共に宇宙へ向かい、様々な惑星を巡った自分のお墨付き。一字一句丁寧にというのはいささか大袈裟であるかもしれないが、100年以上前の適当な翻訳機にかけた翻訳より丁寧かつ正確であることは言うまでもない。
デ・レマが難しく考え込む様子を見せている姿がその最たる証拠ではないだろうか。
結局のところ麗俐が代案を提示したこと、事情を話したことで王女の我儘は取りやめとなったらしい。
しかし後日デ・レマの希望はささやかな形ではあるものの日本政府の手によって叶えられることになった。
この騒動の後にジョウジが弁当というものを提案することで母ひろみがホテルの部屋に弁当を持ってきてくれることが決定されたのだ。
既に朝と昼の食事が科学技術の発展により必要な栄養を持ち、尚且つ腹まで満たすとことのできるカプセルへと取って代わられたことは既に述べている。
『弁当文化』と呼ばれる日本の弁当文化が消滅したということを暗示したものであるのは間違いない。
ただ、復活させることは22世紀の技術を用いれば容易い。饗応役に指名された外務省の役人たちが弁当箱の復元並びに当時の書籍から弁当の内容を再現をその日のうちに成し遂げたことがその証明だろう。やはり書籍のみならず映像が残っていうのは大きい。
外務省の役人たちは判明するのと同時にわざわざひろみ1人だけが残る大津家へとそのことを伝えに向かうほどであるから日本国の面子のために粉骨砕身の身で応じたことは想像に難くない。
なんにせよ、その場が麗俐による機転で収まったことは否定のしようもない事実。全員が心の奥底で拍車を送っていると、デ・レマの腹の虫が鳴り響く。
「そろそろお昼にしましょうか?」
修也の提案に従って一行は動物園の中に併設されているレストランへと移動していく。昼休みの短縮ばかりが叫ばれる22世紀の現在においてもレストランはまだ存命である。
やはり資金や時間に余裕のある子どもや学生に向けて開かれたものであるとのことだそうだが、これが開かれていたことでカプセルを食べさせずに済んだと一同が胸を撫で下ろす。地球で例えれば日本を訪れたイギリスの王族にカプセルを食べさせる行為に等しい。
そうなれば日本の面子にも関わってくる。黒服を着た男たちが安堵するのは当然であるといえるだろう。
修也たちは護衛役であるとのことだが、王女たちと同様にレストランのメニューから食事を注文することが特別に許されている。
修也たちはレストランのウィンドウのメニューを人差し指で開き、様々な食事の説明と写真とが載ったメニューをスライドさせていく。もちろん隣にいる王女たちに合わせて非常にゆっくりとした速さで。
牛の歩みかと錯覚させられるほどのんびりと人差し指を動かしていた修也であったが、デ・レマが食べたいメニューを決めたらしく、彼女と同じものを注文した。注文したものは両者共にビーフシチュー。動物園特製の熱々のソースと牛肉が特徴とされ、名物ともいえるもの。
最初にそれを注文するとはお目が高い。ジョウジが半ば感心しながらデ・レマを見つめていると、シーレと悠介も注文を決めたらしい。
両者が注文したのはビーフシチューと同様に園特製とされる煮込みハンバーグ。鍋を模した器の中にハンバーグとじゃがいも、茹でたにんじんとブロッコリーを入れているとのこと。
それと同時にベジタブルサラダまでもわざわざ注文するのは悠介のシーレへの配慮だろうか。
それともバスケットボールの選手を自認する彼が減量調整のために食べておきたいのだろうか。
ジョウジがそんなくだらないことを考えていると、修也が心配そうな顔でジョウジを覗き込んできた。
「あの、ジョウジさん、あなたの注文は?」
「あ、あぁ、すいません。ぼーっとしていたものでして」
ジョウジはそれでも心配そうにこちらを見つめる修也に対してアハハと乾いた笑いを浮かべた後でメニュー表をスライドしていく。流れてくるメニューの写真や説明を見て胸の奥から喜びが湧き上がってくるのは自身がそれだけ人間のような感情を抱いているという証拠だろう。
ジョウジはその事実を微笑ましく思いつつも、人差し指で目ぼしいものをタップする。そんな彼が注文したのは肉のステーキ重。味噌汁と漬け物、小さなサラダとがセットになったものだ。
常人であればステーキの肉が3切れも載ったお重とそれらの副菜品を見れば涎を垂らしてしまうに違いない。同じ感情を持つアンドロイドであってもカレーピラフとサラダのセットを注文したカエデとは対照的だった。
周りの黒服たちが驚いているのはジョウジやカエデが人間のように振る舞っているからで間違いない。通常のアンドロイドであれば人間のように料理を注文することはない上に胸を弾ませるような真似は絶対にしない。
だからこそ修也たちが珍しくて仕方がないのだろう。彼らの目は動物園を訪れた子どもが各国の珍しい動物に向ける目と同じもの。
奇しくも今過ごしている場所が動物園であるのはどこか皮肉めいている。ジョウジは苦笑した。
全員の注文が終わり、奥から料理が運ばれてきた。ただし料理を運んできたのは機械ではなく生身の人間。
100年以上前に殆ど見かけなくなったウェイターと呼ばれる職種であることには違いない。短い髪を整えたさわやかな顔つきの青年だ。
病院着のように真っ白でシミひとつない制服に腰にエプロンを巻いた姿で彼は1つひとつ丁寧に料理を置いていく。制服の胸ポケットにくっ付けているネームプレートには『小柳』の文字。
どうやら彼の名前は小柳というらしい。
ジョウジがどこか訝しげな顔で小柳という男を見つめていた時のこと。
小柳がジョウジの前に料理を置く。目の前に置かれたのは確かにメニュー表と同じステーキ重のセット。そのことから彼が動物園に付属しているレストランのウェイターであることには間違いあるまい。
だが、何かおかしい。ジョウジの心の奥底で何かが引っ掛かっていた。いつまでも歯の奥に挟まって取れない青のりのように。
そのせいか、せっかくの食事も楽しむことができなかった。食事を楽しみながら交流に励んでいた大津一家や2人の王女たちとはこの点においては対照的だというべきだろう。細かいことが気になり、疑い出すとキリがなくなる仕様はアンドロイドとしての特性故のことだろうか。
ジョウジがどこかモヤモヤとした思いで腕を組みながら食後の談笑にふける終夜たちを見つめていた時のこと。
「みなさま、最後の晩餐はお楽しみいただけましたか?」
と、声が聞こえた。背後を振り返ると、そこには見知らぬカプセルを持ったままこちらを見つめる小柳の姿。
いや、見つめているというよりかはこちらを見て嘲笑っていたという表現の方が正しい。
いずれにしろ自身の危惧が当たっていたということは確かだった。小柳が何かを言い出すよりも前にジョウジは護身用にと許されていたビームポインターを取り出す。そのまま熱線を放って小柳を溶かそうとしたのだが、小柳はその場を飛び上がり、宙の上で弧を描いた後で修也たちが座る席の前に飛び降りる。
同時に小柳はデ・レマを修也の目の前で奪い取り、彼女の首元にエプロンから取り出したと思われるポケットナイフの刃を突き立てる。
「き、貴様、新手の賞金稼ぎか!?」
黒服を着た護衛たちが携行していたと思われるレーザーガンの銃口を突き付けながら問い掛ける。
だが、それに対して小柳は口元に相変わらず冷笑を貼り付けたまま言い放つ。
「まさか、我々はもっと高度な者です。そんなテロリストどもと比較されては甚だ迷惑です」
「じゃあ、あなたは何者なんですか?」
「名乗る必要がありますか?」
修也の問いに小柳は微かではあるものの、圧を含ませながら言った。
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