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第四章『王女2人』
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「そういえばあんた、試合近かったよね?」
夕食の時間の中、悠介の茶碗に大量の白米をよそおいながら母のひろみが問い掛ける。
それに対して小さく首を縦に動かす悠介。彼からすれば真剣なことだ。まさか、あそこで愛太郎と会えるとは思わなかった。
それに加えて元カノである『咲希』の名前までくるとは予想だにしなかった。
『咲希』。その名前に動揺を覚えないわけではない。
あの時、『咲希』が夜の公園の中で別れ話を持ち出すようなことがなければ悠介は『ゼノン』の装着者となることはなかったはずだ。
思えば彼が学生業の傍らに宇宙を股にかける護衛官の仕事に就くことになったのも彼女や愛太郎のせいであるといえる。悠介の運命を独楽に例えるのであれば軸をいじってそれを止めて、新しく回したのは彼女であるといえるだろう。
しかし不思議なことに怒りの念は湧いてこない。自身が愛太郎に暴力を振るったのは事実であるし、咲希に至ってはもうなんの感情も抱いていないというのが本音なのだろうか。
自分を手ひどく捨てたということに対して当時は嫌悪感や憎悪といった人間であれば当然持つべき感情が湧き上がってきたが、今となってはもうどうでもいい。いや、正確にいえば「どうでもいい存在」へ成り果てたといってもいい。
それでも悠介にとって『咲希』という存在は極力考えたい存在ではなかったのだろう。頭の上にシーレという最愛の恋人の顔を思い描いていく。『咲希』という存在を塗り潰してしまうかのように。
それから忙しない様子で茶碗に盛られた白米をかきこむ。悠介の中ではシーレの存在と食事とで打ち消したかったのだろう。
それを証明するかのように口いっぱいに詰まったご飯を味噌汁で流し込む。用意された味噌汁の中身が白菜とネギの味噌汁という柔らかい具材でばかり構成されていることもあって、口に詰まることはなかった。
「そんなに焦って食べたら喉に詰まらせるぞ」
側で食事をしていた修也が困惑したような顔を浮かべながらハンバーグを切る。
「何言ってんだよ! 試合が近いんだ! たくさん食べておかないと損だろ!?」
悠介は誤魔化すためか、大声を張り上げながら自身の箸をハンバーグとご飯へと忙しなさそうに動かしていく。
端でハンバーグを切り、小さな肉片にするのと同時にご飯の上へと載せて、かき込んでいく姿はスポーツ男子ならではというところだろうか。
向かいで同じように夕食を摂っていた麗俐が感心するように見つめていた。自身もフェンシングを部活動で嗜んでいる身であるが、あそこまでの食欲は湧いてこない。
悠介の逞しい体の正体は熱心な部活練習の他にこういった食欲が作り上げているに違いない。健康優良児の証明に『大食い』が来るという事実も理解できる気がする。
麗俐が感心しながらご飯を食べる手を進めていると、自身の茶碗も空になっていることに気が付く。米粒の一つもなく綺麗に平らげられた茶碗を見ながら思わず両頬を林檎のように赤らめる。
悠介にばかり目が入っていたが、麗俐も同年代の女子と比較すれば食べる部類。
量が少ないのはあくまで悠介と比較すればの話に過ぎなかった。少食の人からすれば麗俐と悠介の食べる量の差など大差なく見えるに違いない。小さなどんぐりが肩を並べて競い合う姿を人間が真上から眺めるように。
『どんぐりの背比べ』という慣用句を上手く使えていたかもしれないと自身の中で感心しながら見つめていると、喉の奥から嫌、心の奥からか、食欲というものが湧き上がっていく。純粋な「食べたい」という欲望を抑え切ることは不可能だろう。
麗俐は立ち上がって、白米を炊飯器から自身の茶碗へと盛り付けていた時のこと。
夕食が始まった時から付けっぱなしにしていたテレビから興味深いニュースが流れてきた。
『えー、続いては日本政府が所有する別次元の宇宙船を所有する発着場の近くで不審な動きが見られるということで、これに関して警視庁は警戒を続けております』
『不審な動き』という言葉を聞いて麗俐の、いいや、ひろみを除く大津家全員の脳裏にあの恐ろしいアンドロイドや刺客たちの姿が思い浮かぶ。
ここ1ヶ月の間、彼らはなんの動きも見せていない。そればかりか、不気味なほど沈黙を保っていた。少なくとも警視庁がもう動くことはないと断言するほどに。
大津家の面々は警視庁の情報を鵜呑みにしていたわけではないが、事態の収集は付いたとばかり思い込んでいたので、不審者の報道には驚きを隠しきれなかった。
「……大丈夫だ。あとのことはお父さんがなんとかするからお前たちは次の仕事までは学業に専念してなさい」
修也はそう言い切ったものの、動揺が抜けないのか、悠介は箸と茶碗を持ったままだ。
「……おれ、リハビリがてらにまた武道やるべきだよね?」
恐る恐るという口調で声を振り絞っていく。だが、修也は黙って首を横に振る。
「いい。次の仕事が近付いてからだ。お前はシーレへ素晴らしい試合を見せなきゃいけないだろ?」
修也の言葉を聞いて悠介は近付きつつある試合のことを思い出す。今度の試合には重要な意味が込められている。
というのも、今度の試合に悠介自身が勝手なお伽話のイメージを作り上げ、そこに自身とシーレの姿を投影していたからだ。
悠介のイメージにはかつて剣を振るう力のみが世界を支配していた時代が下敷きとなっていた。
その時代には騎士と呼ばれる存在があった。騎士は国王や貴族の他に淑女と呼ばれる存在に忠誠を誓っていたそうだ。
その淑女に自身の忠誠と愛を示すために騎士たちが参加した試合こそが馬上槍試合。
競技会または模擬戦争に分類され、そこで馬を駆りながら木製の槍で相手を突き倒す。全てが終わると騎士は淑女の手を取って忠誠を誓う。
その騎士が悠介で淑女こそシーレなのだ。
22世紀、それも騎士という存在とは縁遠い日本においては馬上槍試合が行われることはほとんどない。
勝手なイメージを作り上げた悠介にとって次に開かれるバスケットボールでの試合を馬上槍試合に例えるのは当然の話であるといえるだろう。
あくまでもこれはイメージの話だが、実際のところ彼女は異星の王女なのだからおかしなことはない。が、自身を騎士に見立てるのはあまりにも自惚れが過ぎる気がするが、そう例えると本当にモチベーションが上がってくるのだ。
だからこそ次の試合は絶対に外せない。自身の忠誠と愛を示すため、自身を捨てた人々に対してざまぁを見せつけるという意味においても絶対に勝利をもぎ取らなければならない。
そのことが分かってか、悠介は席の上に戻るのと同時にもう一度ハンバーグに口を付けた。そのまま端で細かく切ったハンバーグを白米の上へとのせっていく。
白米と共にハンバーグを飲むこまんばかりの勢いで口の中へと放り込む。先ほど、余計なことを考えて、頭を使った消費したカロリーを取り戻すとでも言わんばかりに。
修也も麗俐も一心不乱に食事を続ける悠介を複雑な目で見つめていた。
翌日、修也が学校へと向かう子どもたちを見送ってから、報告書の作成と訓練のため会社に向かうと、会社の受付口にかつて佐々木と名乗った公安の男が足を踏み入れていたことに気がつく。
佐々木は受付担当の人工アンドロイドと何やら口論を行なっていたが、修也の知る限りではない。関心がないと言わんばかりにその場を素通りしていった。
実際この時はなんとも思わなかったのだが、お昼頃に社長室へと呼ばれることで事態が予想よりも悪かったということを否が応でも分からされた。
「大津さん、ちょうどよかった。少し悪い知らせが入りましてね……」
フレッドセンが苦しげな表情を浮かべたかと思うと、代わりに社長室の長椅子へと腰をかけていた佐々木が口を開く。
「大津さん、お久しぶりです。実はですね、奴らに妙な動きが見られまして、おたくの息子さんが出場する試合の監視へ割く人員を減らさせていただきたいんですよ」
衝撃の一言に尽きる。頭をハンマーで撃たれたかのような強い衝撃を受けたといえば分かりやすいだろうか。
未だに動揺から立ち上がれることができないのは震えた声が証明しているといえるだろう。
だが、佐々木は判断を変えない。眉一つ変えることなく、インスタントコーヒーを片手に淡々とした口調で語っていく。
「両殿下の御身にもしものことがあれば日本は世界から顰蹙を買います。我々も無事ではすみません。ですが、それ以上にあの宇宙船が奪われるようなことになればどうでしょうか?」
佐々木が口にした現実的な脅威論を突き付けられれば修也としても引かざるを得ない。
しかしその論調としては穏やかなものではない。例えるのであれば目の前にナイフや拳銃を突き付けて脅すようなものだ。
いや、現実的な脅威をチラつかせて自分のみならず関係のない他の人たちまで対象に含めるあたりがより悪質であるといえるだろう。自分の我儘が原因で国全体に脅威が及ぶなどあってはならない。
修也からすれば引き下がらざるを得ないだろう。
だが、その意見をそのまま受け入れてしまえばそれは相手の言いなりになることになってしまう。少なくとも話し合いというのであれば互いが納得いくような条件を提示するべきだろう。
だが、人員を割くことは不可能であれば人材を求めるより他にない。
「よろしければの話ですが、佐々木さんが公安の人員をまとめていただけないでしょうか?」
「私が?」
予想外の発言であったのか、佐々木は修也が見る限りでは初めて両眉を上げた。
いかにも動揺したという表情であるのが丸わかりだ。公安の刑事にしては随分と分かりやすい。
彼からすればいきなり話題を振られて困惑したというのが本音であるのかもしれないが、修也としては扱いやすくて助かる。
だが、修也は構うことなく懇願を続けていく。修也の願いがあまりにもしつこいものであったことや護衛を減らしてしまうという後ろめたさもあったのか、佐々木はとうとう折れてしまった。すなわち護衛の指揮をとることを了承したのである。
いかにも不満気な表情で席の上を立ち上がり、スモーキングルームへと向かう彼の姿はどこか哀愁漂うものがあった。
社長室を出ていく後ろ姿には同情を誘うものがあったが、こちらとしても同情していては悠介の身が危うくなってしまう。
父親としては息子を守るためには手段など選んではいられない。
修也は1人、フレッドセンから出された紙に入ったコーヒーを啜りながらそんなことを考えていた。
それから後も賞金稼ぎたちによる事件などは発生せず、平穏無事なまま終わってくれたことは幸いである。
フレッドセンによれば次の準備を守るためのものであるから静かであるのは当然との言であるが、それでも平和を満喫できたことに変わりはない。
修也は試合の日の朝、浮きだった気分の悠介を見送った後に自宅の食卓の上で栄養カプセルを飲み込む。
栄養を補給し終えるのと同時にそのままニュースを眺めながらコーヒーカップを片手にコーヒーを啜っていく。コーヒーカップの中身はといえばインスタントのコーヒーとミルクを混ぜたもの。
モカブラウンのコーヒーをスプーンでぐるぐると混ぜていったことから、小さな泡ができあがる。小さな泡は少し膨らんだかと思うと、すぐに消えてしまう。口に含んで出せば屋根の辺りでかき消されるシャボン玉のように。
泡が消え、湯気ばかりが立つコーヒーをゆっくりと啜る。修也はコーヒーを飲んだこともあってか、心が落ち着き、古の古典に登場する賢者のように深く思惑を張り巡らせていた。
もっとも賢者や学者たちのように哲学や文学、歴史といったいわゆる高尚な学問や世界の存在などという大それたことに思いを馳せていたわけではない。
気になっていたのはゆうすけのこと。出かける前、悠介は鼻歌を歌っていた。遠足にでも出掛けるかのように。
そこが不思議だった。本来であれば試合の前。その日の朝ともなれば石に変身したのだと錯覚するほど緊張するだろう。
だが、悠介が見せた反応はといえば正反対のもの。理解に苦しむ反応であったといえた。
修也がコーヒーを前に腕組みをしていた時のこと。
「おはよう。お父さん」
と、パジャマ姿の麗俐が修也の前に腰を掛けた。それから自身の分の栄養カプセルを覗き込むのと同時に慌てて辺りを見渡す。
「あれ、お母さんは?」
麗俐は何気なしと言わんばかりに問い掛ける。
「あぁ、ひろみならさっき寝室に戻ったよ。そこで今準備してる」
修也は麗俐が起きてくるまでの事実をありのままに語った。麗俐はふーんと一言だけ発した後で戸棚から自身のカップを取り出す。
それから修也と同様にカップの中にインスタントコーヒーとミルクを注ぎ込む。唯一異なるのはスティックシュガーを多く注いだくらいだろうか。
大抵の女子はお腹に出ることを忌避してスティックシュガーをコーヒーの中に淹れるにしても少量に留めてしまう。
だが、フェンシング部に所属していることもあってか、カロリーの代謝が激しいから躊躇なく大量の砂糖を入れることができるのだろう。
修也は麗俐が淹れたカロリーの高いコーヒーを眺めた後で、もう一度自身のコーヒーを手に家のテレビを見つめていた。
何気なしに朝のテレビ番組を眺めていると、不意にテレビのスポーツ選手が試合の前でも悠介と同様に緊張せずに楽しむという話が出てきていた。
「しかし、どうして緊張せずに試合の会場へと向かうことができるんだ?」
「あくまでもあたしの見方なんだけれど、スポーツをしていたら練習を積むでしょ? 練習の成果を発揮できるのが嬉しいんだよ」
「そうか。なるほど、それに加えて悠介の場合はシーレ殿下に自身の活躍を披露できる喜びもあったのかもしれないな」
修也はそのことを言って自分でハッと声を上げる。どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのだろうか。
すぐに考えれば悠介のことだからすぐに分かったはずではないだろうか。自分はそこまで追い詰められるほど疲れていたに違いない。
修也は苦笑しながらコーヒーを飲み終えた。それからすぐに準備を整えて、インターハイの試合が開かれる東京の国立競技場へと向かう。
22世紀の初頭に建てられたという巨大なスポーツ施設。本来であれば一介の高校が試合に使える場所ではない。
シーレやデ・レマといった他の星からきた王女が最後に希望した場所であるから、国立競技場を会場にさせることができたに違いない。
建物も流石の大きさと広さだった。幅は白亜の巨人が寝そべっているのかと錯覚するほど大きい。
だからこそ、大きなドーム状の施設へと多くの人が列をなして試合を見に来ているのだろう。
国立競技場へと向かう道筋の電子パネルには悠介の所属する高校と悠介が敵として戦う高校の名前が大々的に記されている。
随分と本格的なように思える。修也がかつての悠介の試合を思い起こしていた時のこと。
多くの人が行き交う人々の中に小柳真一の姿を見つけた。修也は慌てて手を伸ばして彼を引き留めようとしたものの、彼の姿は一瞬にして消えてしまう。まるで、人々の中に溶け込んで影になるかのように。
修也は慌てて追い掛けようとしたものの、野生の牛が水場を求めて移動するように動いていく人々を前にして見失ってしまう。
結果的に見失う羽目にはなったものの、修也は確信した。地球から帰還して以来、常に敵対していた男が会場の中へと潜り込んでいるということを。
同時にフレッドセンの目論見が正しかったということも。
修也は準備の際に密かに忍ばせていたカプセルを握り締めながら人混みを睨む。
(……誘拐か、それとも報復か。目的は分からないが、お前たちの好きにはさせない。悠介の晴れ舞台は私が守ってみせる)
修也は改めて決意を固めていった。それは父親として持つ当然の思いであったといえるだろう。
夕食の時間の中、悠介の茶碗に大量の白米をよそおいながら母のひろみが問い掛ける。
それに対して小さく首を縦に動かす悠介。彼からすれば真剣なことだ。まさか、あそこで愛太郎と会えるとは思わなかった。
それに加えて元カノである『咲希』の名前までくるとは予想だにしなかった。
『咲希』。その名前に動揺を覚えないわけではない。
あの時、『咲希』が夜の公園の中で別れ話を持ち出すようなことがなければ悠介は『ゼノン』の装着者となることはなかったはずだ。
思えば彼が学生業の傍らに宇宙を股にかける護衛官の仕事に就くことになったのも彼女や愛太郎のせいであるといえる。悠介の運命を独楽に例えるのであれば軸をいじってそれを止めて、新しく回したのは彼女であるといえるだろう。
しかし不思議なことに怒りの念は湧いてこない。自身が愛太郎に暴力を振るったのは事実であるし、咲希に至ってはもうなんの感情も抱いていないというのが本音なのだろうか。
自分を手ひどく捨てたということに対して当時は嫌悪感や憎悪といった人間であれば当然持つべき感情が湧き上がってきたが、今となってはもうどうでもいい。いや、正確にいえば「どうでもいい存在」へ成り果てたといってもいい。
それでも悠介にとって『咲希』という存在は極力考えたい存在ではなかったのだろう。頭の上にシーレという最愛の恋人の顔を思い描いていく。『咲希』という存在を塗り潰してしまうかのように。
それから忙しない様子で茶碗に盛られた白米をかきこむ。悠介の中ではシーレの存在と食事とで打ち消したかったのだろう。
それを証明するかのように口いっぱいに詰まったご飯を味噌汁で流し込む。用意された味噌汁の中身が白菜とネギの味噌汁という柔らかい具材でばかり構成されていることもあって、口に詰まることはなかった。
「そんなに焦って食べたら喉に詰まらせるぞ」
側で食事をしていた修也が困惑したような顔を浮かべながらハンバーグを切る。
「何言ってんだよ! 試合が近いんだ! たくさん食べておかないと損だろ!?」
悠介は誤魔化すためか、大声を張り上げながら自身の箸をハンバーグとご飯へと忙しなさそうに動かしていく。
端でハンバーグを切り、小さな肉片にするのと同時にご飯の上へと載せて、かき込んでいく姿はスポーツ男子ならではというところだろうか。
向かいで同じように夕食を摂っていた麗俐が感心するように見つめていた。自身もフェンシングを部活動で嗜んでいる身であるが、あそこまでの食欲は湧いてこない。
悠介の逞しい体の正体は熱心な部活練習の他にこういった食欲が作り上げているに違いない。健康優良児の証明に『大食い』が来るという事実も理解できる気がする。
麗俐が感心しながらご飯を食べる手を進めていると、自身の茶碗も空になっていることに気が付く。米粒の一つもなく綺麗に平らげられた茶碗を見ながら思わず両頬を林檎のように赤らめる。
悠介にばかり目が入っていたが、麗俐も同年代の女子と比較すれば食べる部類。
量が少ないのはあくまで悠介と比較すればの話に過ぎなかった。少食の人からすれば麗俐と悠介の食べる量の差など大差なく見えるに違いない。小さなどんぐりが肩を並べて競い合う姿を人間が真上から眺めるように。
『どんぐりの背比べ』という慣用句を上手く使えていたかもしれないと自身の中で感心しながら見つめていると、喉の奥から嫌、心の奥からか、食欲というものが湧き上がっていく。純粋な「食べたい」という欲望を抑え切ることは不可能だろう。
麗俐は立ち上がって、白米を炊飯器から自身の茶碗へと盛り付けていた時のこと。
夕食が始まった時から付けっぱなしにしていたテレビから興味深いニュースが流れてきた。
『えー、続いては日本政府が所有する別次元の宇宙船を所有する発着場の近くで不審な動きが見られるということで、これに関して警視庁は警戒を続けております』
『不審な動き』という言葉を聞いて麗俐の、いいや、ひろみを除く大津家全員の脳裏にあの恐ろしいアンドロイドや刺客たちの姿が思い浮かぶ。
ここ1ヶ月の間、彼らはなんの動きも見せていない。そればかりか、不気味なほど沈黙を保っていた。少なくとも警視庁がもう動くことはないと断言するほどに。
大津家の面々は警視庁の情報を鵜呑みにしていたわけではないが、事態の収集は付いたとばかり思い込んでいたので、不審者の報道には驚きを隠しきれなかった。
「……大丈夫だ。あとのことはお父さんがなんとかするからお前たちは次の仕事までは学業に専念してなさい」
修也はそう言い切ったものの、動揺が抜けないのか、悠介は箸と茶碗を持ったままだ。
「……おれ、リハビリがてらにまた武道やるべきだよね?」
恐る恐るという口調で声を振り絞っていく。だが、修也は黙って首を横に振る。
「いい。次の仕事が近付いてからだ。お前はシーレへ素晴らしい試合を見せなきゃいけないだろ?」
修也の言葉を聞いて悠介は近付きつつある試合のことを思い出す。今度の試合には重要な意味が込められている。
というのも、今度の試合に悠介自身が勝手なお伽話のイメージを作り上げ、そこに自身とシーレの姿を投影していたからだ。
悠介のイメージにはかつて剣を振るう力のみが世界を支配していた時代が下敷きとなっていた。
その時代には騎士と呼ばれる存在があった。騎士は国王や貴族の他に淑女と呼ばれる存在に忠誠を誓っていたそうだ。
その淑女に自身の忠誠と愛を示すために騎士たちが参加した試合こそが馬上槍試合。
競技会または模擬戦争に分類され、そこで馬を駆りながら木製の槍で相手を突き倒す。全てが終わると騎士は淑女の手を取って忠誠を誓う。
その騎士が悠介で淑女こそシーレなのだ。
22世紀、それも騎士という存在とは縁遠い日本においては馬上槍試合が行われることはほとんどない。
勝手なイメージを作り上げた悠介にとって次に開かれるバスケットボールでの試合を馬上槍試合に例えるのは当然の話であるといえるだろう。
あくまでもこれはイメージの話だが、実際のところ彼女は異星の王女なのだからおかしなことはない。が、自身を騎士に見立てるのはあまりにも自惚れが過ぎる気がするが、そう例えると本当にモチベーションが上がってくるのだ。
だからこそ次の試合は絶対に外せない。自身の忠誠と愛を示すため、自身を捨てた人々に対してざまぁを見せつけるという意味においても絶対に勝利をもぎ取らなければならない。
そのことが分かってか、悠介は席の上に戻るのと同時にもう一度ハンバーグに口を付けた。そのまま端で細かく切ったハンバーグを白米の上へとのせっていく。
白米と共にハンバーグを飲むこまんばかりの勢いで口の中へと放り込む。先ほど、余計なことを考えて、頭を使った消費したカロリーを取り戻すとでも言わんばかりに。
修也も麗俐も一心不乱に食事を続ける悠介を複雑な目で見つめていた。
翌日、修也が学校へと向かう子どもたちを見送ってから、報告書の作成と訓練のため会社に向かうと、会社の受付口にかつて佐々木と名乗った公安の男が足を踏み入れていたことに気がつく。
佐々木は受付担当の人工アンドロイドと何やら口論を行なっていたが、修也の知る限りではない。関心がないと言わんばかりにその場を素通りしていった。
実際この時はなんとも思わなかったのだが、お昼頃に社長室へと呼ばれることで事態が予想よりも悪かったということを否が応でも分からされた。
「大津さん、ちょうどよかった。少し悪い知らせが入りましてね……」
フレッドセンが苦しげな表情を浮かべたかと思うと、代わりに社長室の長椅子へと腰をかけていた佐々木が口を開く。
「大津さん、お久しぶりです。実はですね、奴らに妙な動きが見られまして、おたくの息子さんが出場する試合の監視へ割く人員を減らさせていただきたいんですよ」
衝撃の一言に尽きる。頭をハンマーで撃たれたかのような強い衝撃を受けたといえば分かりやすいだろうか。
未だに動揺から立ち上がれることができないのは震えた声が証明しているといえるだろう。
だが、佐々木は判断を変えない。眉一つ変えることなく、インスタントコーヒーを片手に淡々とした口調で語っていく。
「両殿下の御身にもしものことがあれば日本は世界から顰蹙を買います。我々も無事ではすみません。ですが、それ以上にあの宇宙船が奪われるようなことになればどうでしょうか?」
佐々木が口にした現実的な脅威論を突き付けられれば修也としても引かざるを得ない。
しかしその論調としては穏やかなものではない。例えるのであれば目の前にナイフや拳銃を突き付けて脅すようなものだ。
いや、現実的な脅威をチラつかせて自分のみならず関係のない他の人たちまで対象に含めるあたりがより悪質であるといえるだろう。自分の我儘が原因で国全体に脅威が及ぶなどあってはならない。
修也からすれば引き下がらざるを得ないだろう。
だが、その意見をそのまま受け入れてしまえばそれは相手の言いなりになることになってしまう。少なくとも話し合いというのであれば互いが納得いくような条件を提示するべきだろう。
だが、人員を割くことは不可能であれば人材を求めるより他にない。
「よろしければの話ですが、佐々木さんが公安の人員をまとめていただけないでしょうか?」
「私が?」
予想外の発言であったのか、佐々木は修也が見る限りでは初めて両眉を上げた。
いかにも動揺したという表情であるのが丸わかりだ。公安の刑事にしては随分と分かりやすい。
彼からすればいきなり話題を振られて困惑したというのが本音であるのかもしれないが、修也としては扱いやすくて助かる。
だが、修也は構うことなく懇願を続けていく。修也の願いがあまりにもしつこいものであったことや護衛を減らしてしまうという後ろめたさもあったのか、佐々木はとうとう折れてしまった。すなわち護衛の指揮をとることを了承したのである。
いかにも不満気な表情で席の上を立ち上がり、スモーキングルームへと向かう彼の姿はどこか哀愁漂うものがあった。
社長室を出ていく後ろ姿には同情を誘うものがあったが、こちらとしても同情していては悠介の身が危うくなってしまう。
父親としては息子を守るためには手段など選んではいられない。
修也は1人、フレッドセンから出された紙に入ったコーヒーを啜りながらそんなことを考えていた。
それから後も賞金稼ぎたちによる事件などは発生せず、平穏無事なまま終わってくれたことは幸いである。
フレッドセンによれば次の準備を守るためのものであるから静かであるのは当然との言であるが、それでも平和を満喫できたことに変わりはない。
修也は試合の日の朝、浮きだった気分の悠介を見送った後に自宅の食卓の上で栄養カプセルを飲み込む。
栄養を補給し終えるのと同時にそのままニュースを眺めながらコーヒーカップを片手にコーヒーを啜っていく。コーヒーカップの中身はといえばインスタントのコーヒーとミルクを混ぜたもの。
モカブラウンのコーヒーをスプーンでぐるぐると混ぜていったことから、小さな泡ができあがる。小さな泡は少し膨らんだかと思うと、すぐに消えてしまう。口に含んで出せば屋根の辺りでかき消されるシャボン玉のように。
泡が消え、湯気ばかりが立つコーヒーをゆっくりと啜る。修也はコーヒーを飲んだこともあってか、心が落ち着き、古の古典に登場する賢者のように深く思惑を張り巡らせていた。
もっとも賢者や学者たちのように哲学や文学、歴史といったいわゆる高尚な学問や世界の存在などという大それたことに思いを馳せていたわけではない。
気になっていたのはゆうすけのこと。出かける前、悠介は鼻歌を歌っていた。遠足にでも出掛けるかのように。
そこが不思議だった。本来であれば試合の前。その日の朝ともなれば石に変身したのだと錯覚するほど緊張するだろう。
だが、悠介が見せた反応はといえば正反対のもの。理解に苦しむ反応であったといえた。
修也がコーヒーを前に腕組みをしていた時のこと。
「おはよう。お父さん」
と、パジャマ姿の麗俐が修也の前に腰を掛けた。それから自身の分の栄養カプセルを覗き込むのと同時に慌てて辺りを見渡す。
「あれ、お母さんは?」
麗俐は何気なしと言わんばかりに問い掛ける。
「あぁ、ひろみならさっき寝室に戻ったよ。そこで今準備してる」
修也は麗俐が起きてくるまでの事実をありのままに語った。麗俐はふーんと一言だけ発した後で戸棚から自身のカップを取り出す。
それから修也と同様にカップの中にインスタントコーヒーとミルクを注ぎ込む。唯一異なるのはスティックシュガーを多く注いだくらいだろうか。
大抵の女子はお腹に出ることを忌避してスティックシュガーをコーヒーの中に淹れるにしても少量に留めてしまう。
だが、フェンシング部に所属していることもあってか、カロリーの代謝が激しいから躊躇なく大量の砂糖を入れることができるのだろう。
修也は麗俐が淹れたカロリーの高いコーヒーを眺めた後で、もう一度自身のコーヒーを手に家のテレビを見つめていた。
何気なしに朝のテレビ番組を眺めていると、不意にテレビのスポーツ選手が試合の前でも悠介と同様に緊張せずに楽しむという話が出てきていた。
「しかし、どうして緊張せずに試合の会場へと向かうことができるんだ?」
「あくまでもあたしの見方なんだけれど、スポーツをしていたら練習を積むでしょ? 練習の成果を発揮できるのが嬉しいんだよ」
「そうか。なるほど、それに加えて悠介の場合はシーレ殿下に自身の活躍を披露できる喜びもあったのかもしれないな」
修也はそのことを言って自分でハッと声を上げる。どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのだろうか。
すぐに考えれば悠介のことだからすぐに分かったはずではないだろうか。自分はそこまで追い詰められるほど疲れていたに違いない。
修也は苦笑しながらコーヒーを飲み終えた。それからすぐに準備を整えて、インターハイの試合が開かれる東京の国立競技場へと向かう。
22世紀の初頭に建てられたという巨大なスポーツ施設。本来であれば一介の高校が試合に使える場所ではない。
シーレやデ・レマといった他の星からきた王女が最後に希望した場所であるから、国立競技場を会場にさせることができたに違いない。
建物も流石の大きさと広さだった。幅は白亜の巨人が寝そべっているのかと錯覚するほど大きい。
だからこそ、大きなドーム状の施設へと多くの人が列をなして試合を見に来ているのだろう。
国立競技場へと向かう道筋の電子パネルには悠介の所属する高校と悠介が敵として戦う高校の名前が大々的に記されている。
随分と本格的なように思える。修也がかつての悠介の試合を思い起こしていた時のこと。
多くの人が行き交う人々の中に小柳真一の姿を見つけた。修也は慌てて手を伸ばして彼を引き留めようとしたものの、彼の姿は一瞬にして消えてしまう。まるで、人々の中に溶け込んで影になるかのように。
修也は慌てて追い掛けようとしたものの、野生の牛が水場を求めて移動するように動いていく人々を前にして見失ってしまう。
結果的に見失う羽目にはなったものの、修也は確信した。地球から帰還して以来、常に敵対していた男が会場の中へと潜り込んでいるということを。
同時にフレッドセンの目論見が正しかったということも。
修也は準備の際に密かに忍ばせていたカプセルを握り締めながら人混みを睨む。
(……誘拐か、それとも報復か。目的は分からないが、お前たちの好きにはさせない。悠介の晴れ舞台は私が守ってみせる)
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未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~
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「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」
勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......?
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地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~
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【ためて・放つ】という地味スキルを一生に一度の儀式で授かってしまった主人公セージ。
そのせいで家から追放され、挙げ句に異母弟から殺されかけてしまう。
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命からがら魔物の強襲から脱したセージは、この力を駆使して成り上がっていく事を決意する。
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俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
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鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
スキル【土いじり】でパーティを追放された俺、開墾した畑からダンジョンが生えてきた。
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「役立たず」の烙印を押され、パーティを追放されたアルフォンス。彼のスキルは戦闘に不向きな【土いじり】。失意の彼は都会を離れ、辺境の地で静かに農業を営むことを決意する。
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