死神は世界を回る ~異世界の裁判官~

アンジェロ岩井

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第一部『人界の秩序と魔界の理屈』

蜘蛛の怪物にも一筋の涙

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 少しだけ息を整えたい。息を吐く暇もないほどの戦いは確実にコクランを疲弊させていた。
 五本の剣は一回、一回丁寧に突いてくるような時もあれば、五回まとめて襲ってくるようなこともあった。

 また、警戒するのは剣による動きだけではない。マイケルが繰り出す泥の魔人にもその目を光らせておかなくてはならなかった。泥の魔人は魔法でしか倒すことがない存在。そのため刀に新たに死の淵から帰った時に習得した衝撃魔法を加えて破壊しなくてはならないのだ。

 その手間がもどろっかしかった。剣の攻撃に加えて、魔法を使うことが面倒に思えたのだ。

 目の前から突かれる剣を刀で防ぎ、そのまま上手く弾き返した後に逆袈裟掛けに斬りかかっていくが、大した攻撃は与えられなかった。
 コクランは激しい戦いを繰り広げながら今後のことを考えていた。人界に住む魔族である彼らがどのような立場に晒されていくのかということを。

 今回のマイケルたちの暴挙によって彼ら彼女らは更に厳しい立場に立たされることになるだろう。人間たちからは間違いなく偏見の目で見られてしまう羽目になるはずだ。
 コクランは爪の一つでマイケルの剣を弾いた後に問い掛けた。

「なぁ、お前に聞きたいんだが、少しいいか?」

「何がだ?」

 気分がいいのか、マイケルは断らなかった。それどころか友人同士で他愛のない会話をする時のような気軽な声でコクランの問い掛けに答えた。

「お前の後のことだよ。お前がこの世から退いた後はどうするつもりだ?」

「心配ない。オレの後を継ぐ同志がいる。そいつが立派にオレたちの闘争を受け継いでーー」

「そっちじゃあない。人界にいる他の同胞たちのことだよ」

 マイケルにとっては予想外の問い掛けだったのだろう。その言葉を聞いてマイケルの顔色が変わった。明らかに不機嫌そうに顔を顰めているのが見えた。

「お前たちはいいよ。存分に戦えたんだからな。でも、残された他の奴らに対する人間たちの目はまた厳しくなるぞ」

 マイケルは答えなかった。いや、答えられなかったというべきかもしれない。代わりに腕を振り上げ、五本の剣でコクランを捉えて、その命を奪おうとしてきた。

 先ほどのように戦闘を楽しもうとする考えなどかき消してしまったかのように淡々と攻撃を続けていく。先ほどとは対照的に随分と呆気ないものだ。

 マイケルなりに何か思うところがあるのだろう。もう少し掘り下げて聞いてみることにした。

「なぁ、お前たちは人間と戦えて満足なのかもしれない。けど、世間一般で言われる魔族たちはお前たちのせいで魔族は人間に危害を加える危険な奴らの集まりだと思われるんだ」

「……そんなの人間が勝手に思い込んでるだけだろうがッ! 」

 コクランに向かって右半分の剣が一斉に突っ込まれていく。もはや答える必要もないということなのだろう。
 しかし怒りに満ち溢れた姿を見ても動じる様子も見せずコクランは三本の剣を防いでいく。
 そして自身と密接した距離になったところで密かに耳元で熱心に説得を続けていった。

「いいや、残念だが、人間はそうじゃあない。人間はグループの中に一人でも危険な奴がいれば全員が危険な奴だと思い込んでしまう生き物なんだよ」

 コクランの言葉は正論だった。『籠の中に一つでも腐ったものがあればそれは籠全体に広がっていく』という諺があるように人間たちは一人の人間が腐っていればそれに属するコミュニティや種族までも腐っていると思われてしまうのだ。

 人間社会の場合はその通りであるのかもしれないが、人間とは異なる価値観や考え方を持つ魔族にその諺が通じるかどうかは別である。
 しかし人間たちはそのように考えることはなかったので、現在も魔族は人間たちに差別され続けているのだ。

 マイケルは反論の言葉を失った。もしこの事件をきっかけに魔族たちへの更なる迫害が行われることになり、自身は恨まれることになってしまうかもしれない。
 それは「英雄」や「王」と呼ばれる人物からはもっともかけ離れた評価だった。
 コクランはそうしたマイケルの心の隙間を逃すことなく攻撃を仕掛けていく。
 マイケルの背後に周り、首元に爪を突き付けた。

「悪いことは言わん。降伏しろ」

「……このままオレの喉を掻き切りな」

 マイケルの目は本気だった。マイケルは知っているのだ。四十年前に反乱を起こしたチャールズや自分たちと肩を並べた仲間たちが首を斬られてしまったことなどを知っているからこそ発せられる台詞だった。たとえ「王」や「英雄」と呼ばれなくても虜囚の辱めは受けぬというマイケルの強い意思が伝わってきた。

 コクランとしてはここで喉を掻き切ることこそがマイケルにとっての供養のように思われた。
 コクランが一思いにその首を斬ろうとした時だ。背後に何か蠢くような声が聞こえてきた。

 慌ててその場を離れると、自身の背後に剣を構えている泥の魔人の姿が見えた。
 気配を感じられたのは不幸中の幸いというべきだろう。泥の魔人に向かってコクランは爪をおおきく振りかぶっていく。

 すると泥の魔人は粉々になって消えていった。恐らく爪の中に最強と言われる衝撃魔法が含まれているのだろうと推測した。これもジェイクの魔力を吸い取ったことによって手に入れることができたものだ。

 衝撃が泥の魔人の中に含まれる原子を破壊したのだと思われる。見事なものだ。コクランが姿を消した泥の魔人の姿に感心の念を感じていた時のことだ。

 耳元で刃物が振られる時に生じる音が聞こえてきた。慌てて飛び上がると、自身の真下に五本の剣を振りかぶり、虚しく空を切っていたマイケルの姿が見えた。
 コクランは翼を使って真下にいるマイケルの元へと急降下していく。コクランは呆気に取られているマイケルの前に爪を振り被っていった。鋭い五本の剣のように鋭い爪が振りかぶられていった。

 強い刃物がマイケルの左部分を全て襲っていったのである。
 するとマイケル左部分の腕が全て胴から離れてしまう羽目になってしまった。
 離れてしまった胴と腕の部分から透明気味の薄い色をした液体が地面へと噴射されていく。

 前回はここに乱入者が入り込んだことによって決着が延ばされることになってしまったが、今回は本陣の中。マイケルを助けにくる味方など来るはずがないのだ。

 コクランは躊躇うことなく痛さで蹲るマイケルに対して真上から爪を振り上げていく。それまでのマイケルは痛みによって我を忘れていたが、真上から迫り来る脅威を見て正気に立ち返ったらしい。
 流石はカリスマと評すべきだろう。
 そのまま残っていた両足でコクランの腹部を強く蹴り飛ばし、その場から逃げ去っていく。

 だが、他のことに意識を逸らしてしまったとはいえマイケルは左腕全てを失った痛みは消えない。じわじわと後になって襲ってくる痛みと戦わなくてはならなかった。それでも左腕を全て失った痛みに耐え、右部分の目だけで奮戦していたのは流石だと言うべきだろう。

 しばらくの間は三本になってもしつこく自身の命を狙ってくる剣を己の刀を使って塞いだり、弾き返したりしていた。
 しかし気になるのはマイケルの動きに精密性が欠けてきたことだ。腕が三本になってしまったこと、それから血も止まっていないということからマイケルも焦っているのだろう。マイケルはコクランを死出の旅の道連れにする予定だったのだ。それができなろうとしているので焦っているのだろう。

 そしてとうとう彼らしくない失敗を犯してしまうことになった。
 纏めて突っ込ませた三本の剣が的を外してしまい、バランスを崩して転倒してしまったのである。

「なっ、し、しまったッ! 」

 コクランは神が作り出した偶然の隙を逃さなかった。翼を使って上空に飛び上がると、よろよろと立ち上がろうとしているマイケルの体に自身の爪を突き刺し、そのまま右横一文字に切り裂いたのだった。
 いずれにしろマイケルの体が真っ二つになってしまったのだった。

 コクランは哀れな亡骸へと変わってしまったマイケルを見下ろしていた。
 行動の是非はともあれ、マイケルは間違いなく魔族の自由のために戦った戦士だった。真の勇者だと評してもいいだろう。

 だが、そのやり方に疑問が残るのも事実だ。暴力は暴力しか生まない。それで残るものは憎しみだけなのだ。
 今人界の中で過ごしている魔族たちはそのことを十分に理解していた。
 それ故にマイケルやジェイク、そしてラルフたちの蜂起に付いていこうとしなかったのだ。

 コクランは最後に一度横たわったマイケルに向かって頭を下げていった。
 泥の魔人はコクランが死亡したのと同時にこの世からも消滅したらしい。
 遠くから兵士たちの歓声が聞こえてくるのがその証拠だ。

「大盛り上がりみたいだな」

 コクランは皮肉混じりに吐き捨てた。恐らくこの後に繰り広げられるのは容赦のない掃討戦だろう。

 兵士たちは戦争時の興奮状態にあることに加え、相手は日常より見下ろしている魔族たち。その結果がどうなるのかは落とし穴における虐殺が証明している。

 コクランとしてはそれを見る気にもなれなかった。人間の浅ましい習性といった悍ましいものなど見たくもなかったのだ。

 コクランは適当なテントの中に潜り込むと、自身の役割は終えたとばかりに腕枕を作ってその場で寝息を立てていく。
 居心地の良い眠りがコクランの気を良くさせた。











この物語はここが転換点となります。そのため次の舞台に移るまで多少の時間を要することになり、投稿が少し遅れることになります。申し訳ありません。
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