死神は世界を回る ~異世界の裁判官~

アンジェロ岩井

文字の大きさ
55 / 83
第二部『共存と憎悪の狭間で』

憎悪を煽った者は誰か

しおりを挟む
 マンドレイク族の乱心者イブリン・ カーペンターを仕留めたことにより、護衛の任務を達成したコクランは移動魔法を用いて執行官事務所へと戻り、その中で二人の助手と共に遅めの夕食を楽しんでいた。

 夕食のメニューに出たのは鹿肉のステーキに、豆のスープに黒パン、そしてレタスとトマトを使ったサラダであった。それに酒の中に漬けていた柑橘類が付いている。なかなかに豪華なメニューだ。

 コクランは豆のスープを啜り、鹿肉を切っていく。なかなかの味である。
 コクランは鹿の肉をモグモグと噛んだ後に呑み込んでいった。その後にコクランは焼かれた鹿肉と格闘しているジオに向かい合うと、申し訳ないと言わんばかりの小さな声で謝罪の言葉を語っていく。ら

「悪かったな。お前の旧友との再会をあんな風にさせちまってよ」

「気にしないでください。それに元々オレのでしゃばる幕はありませんでしたし」

 ジオはコクランに向かって気まずそうに微笑む。
 コクランはジオに対して罪悪感を含めた目で見た後にゆっくりと席の上を立ち上がり、自室へと戻っていく。
 それからベッドの側にあったサイドテーブルの上に置いてあった四角い箱を取り出した。箱の正面には『黄金バッド』と記されている。

 これは定期的に魔界から送られてくる紙巻き煙草の名である。
 魔界執行官という役目を担う以上、精神は不安定になりつつあるのを否定はできない。

 魔界は執行官の精神を落ち着けるように煙草を送ってくるのだ。もっともコクランがこれに手を出したことはない。
 コクランは紙巻きタバコの入った袋を手に取って見つめていく。

 紙巻きタバコを嗜む趣味は前世で終わっているのだ。それに紙巻き煙草など見たこともない人界生まれの魔族であるジオや人間のレイチェルにも悪影響だ。
 そう考えてコクランは机の引き出しの中に煙草を押し込む。

 余計な心配をしたためか、欠伸が出てた。そのままベッドの上に寝転がり、大きな溜息を吐いていく。同時に両肩を凄まじいコリが襲ってきた。溜息を吐き出すのと同時に疲れが全身を襲ってきたらしい。コクランはそのまま眠ることにした。寝巻きに着替えて灯りを消し、隣の部屋でレイチェルに起こす時刻を朝の9時にするよう指定してベッドの上で眠っていく。

 恐らく、この後レイチェルは皿を片付け、ジオを送り出すだろう。
 何故「送り出す」という表現を用いたのかというと、ジオが執行官事務所に住んでいないからだ。

 ジオは現在魔界の職人たちによって建てられた別棟と呼ばれるログハウスで寝泊まりを行っている。
 流石に三人で同じ屋根の下に暮らすというのはいかがなものかと思われたのが要因だ。

 本来であるのならば女性であるレイチェルが外に出て過ごすべきなのだろうが、レイチェルは、

「私はコクラン様にお仕えするメイドです。そのため同じ家に住み込みで働かなければならないのです」

 と、譲らなかったのだ。

 魔界の職人たちもレイチェルの剣幕を前にしてすっかりと萎縮してしまい、引っ込んでしまったのである。
 そのため世間一般での過ごした方とは異なる過ごし方で三人は暮らしている。
 面倒な形だ、と苦笑していると、急な眠気が襲ってきた。

 コクランは口の前に手を当て、欠伸を堪えようとするものの、眠気には勝てず、そのまま眠り込んでしまった。
 翌日コクランはレイチェルに体を揺すられて目を覚ました。

「あぁ、よく眠ったな。今は何時だ?」

 コクランが問いかけると、

「はい、コクラン様。現在はお昼の十三時です」

 レイチェルはメイドらしく淡々とした口調で答えた。

「……そうか、随分と長い間、眠ってしまったものだな」

 コクランが指定した時間よりも四時間も過ぎてしまっていた。

「はい、私は当初起こそうとしました。しかしコクラン様は起きられず、そのまま気持ちよさそうにお休みになられていたものですから起こさないようにさせていただきました」

「……そうか。ジオは何をしてる?」

「はい、朝早くからお尋ねなられ、イブリン・カーペンターの一件を書類にまとめております」

「そうか。不甲斐ない上司を持つと部下も大変だな」

 コクランは弱々しい微笑みを浮かべながら答えた。

「いいえ、ジオさんはそこまでお困りになられてはいないようですよ」

 レイチェルは優しげな微笑を浮かべながら答えた。

「だといいんだがな」

 コクランは寝巻きのままゆっくりと起き上がりながら言った。

「すまないが、朝飯兼夕食を用意してくれ。その後で書類の整理をする」

「はい、畏まりました」

 レイチェルは頭を下げ、部屋を出て行った。コクランは部屋の扉が閉まったのを確認し、寝巻きから普段着用している執行官の制服を着用していく。
 灰色のスラックスに白色のシャツ、黒色の上着というチグハグな取り合わせである。

 だが、その格好が気に入っていたのである。コクランは姿見を見て思わず惚れ惚れとしてしまっていた。
 最後に上着と同じ色の帽子を頭の上に被り、いつもの衣服を身に付けて朝食兼昼食の場へと向かっていく。

 前世の言葉を使って表するのならば、いわゆるブランチというものにあたるだろう。机の上に用意されていたのはハムとブロッコリーを炒め、胡椒で味付け足した料理、ニシンの塩漬けを出したもの、えんどう豆のスープ、それから白パンとなかなか豪勢な料理だった。

 同じ机の上ではジオが必死になって書類と格闘していた。ジオは本来であるのならば文盲のはずだろう。

 しかしリタ・フランシスと友好関係を築いていく間に文字の読み書きを覚えたのである。そのため書類仕事も難なくこなすことができたのである。
 レイチェルは自らの仕事を一つ奪われてしまったことに対して当初は不満を持っていた。 

 コクランは隠れて嫌がらせをしているのかと警戒していたこともあったが、その後は普通に接していることからレイチェルも不満は残らなかったらしい。こっそりと嫌がらせを行なっている気配も見えない。

 その証拠に今でも執行官事務所の掃除を行っていた。

 二人とも執行官である自分のために直向きに働いていた。その姿を見て罪悪感を感じながらも腹の虫には逆らえず、結局食卓の上に残っていた料理を一つ残らず平らげてしまったのである。

 満足そうに腹をさするところにレイチェルはお茶を出したのである。

 コクランはお茶を受け取ったものの、そのままのんびりとお茶を飲むことはしなかった。
 椅子の上から立ち上がり、背もたれを握って椅子を引き摺ってジオの隣に座っていく。

「貸しな」

 と、コクランはジオから書類を分けてもらい、最期のひと仕上げを行なっていった。

 二人で懸命に仕事を行ったことによって仕事を早くに終えた二人はそのまま椅子の上でのんびりと過ごしていた。

「おい、レイチェル。新聞が読みたい。悪いが、新聞を持ってきてくれないか?」

 コクランは椅子の上で手を出して新聞を要求した。レイチェルは嫌な顔一つすることもなく、コクランに対して新聞紙を手渡した。
 新聞紙を受け取ったコクランはしばらくの間は黙って新聞紙に目を通していたのだが、すぐに異変に気が付き、新聞に釘付けになっていた。

「どうしたんですか?コクラン様?」

「……これを見ろ」

 と、コクランは新聞紙の二面に記されている記事を指差す。

「あっ、これは」

「もしかして、コクランさん、この事件を止めに向かうつもりですか?」

 コクランは首肯した。そこに迷いや後悔の念は見えない。
 コクランはその後善は急げとばかりに椅子の上から立ち上がっていった。
 その時だ。扉を叩く音が聞こえてきた。

 コクランが扉を開くと、そこにはウルフス族と思われる中年の女性が立っていた。
 ウルフス族はいわゆる人狼であり、狼の体と特徴を持ちながら二本の足で歩き、話をしたり、読み書きを行うという知性を持った魔界に住まう魔族の一つであった。

 彼女は頭を丁寧に下げると、そのままコクランに向かっていき、彼の胸元を掴むと、そのまま泣き崩れていく。

「な、何があったんですか?」

 コクランの戸惑う声も無視し、彼女は泣き続けた。コクランはレイチェルにお茶を淹れるように指示を出し、その後は地面に突っ伏していた彼女を椅子の上に座らせたのであった。
 椅子の上にいる彼女に紅茶を手渡し、用件を尋ねていく。

 彼女はしばらく落ち着かない様子でお茶を啜っていた。それでも落ち着きを取り戻すことができたのはお茶の効果だろう。
 レイチェルはこの時コクランの指示に逆らい、敢えてハーブティーを淹れたのだそうだ。

 やはり自身には過ぎたるメイドだ。コクランが笑っていると、椅子の上に座った人狼の女性がようやく口を開いた。

「私の名はアンジェラと申します。魔界に住むウルフス族の女です」

「ご丁寧にどうも。それで何がありましたか?」

「……実はですね。息子が人界に向かったのです。それもただ向かっただけではありません。人間に抗議する魔族たちの騒動に加わるために魔界を出たんです」

 その言葉を聞いてコクランの顔色が変わっていく。コクランにとってそれは先ほど新聞で知り、自身が向かおうとしていた事件だったからだ。

「奥さん、よろしければもう少し詳しいお話をお聞かせくださいませんか?」

 女性は決意を固めた目でコクランを見つめた後に小さく首を縦に動かした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

地上最強ヤンキーの転生先は底辺魔力の下級貴族だった件

フランジュ
ファンタジー
地区最強のヤンキー・北条慎吾は死後、不思議な力で転生する。 だが転生先は底辺魔力の下級貴族だった!? 体も弱く、魔力も低いアルフィス・ハートルとして生まれ変わった北条慎吾は気合と根性で魔力差をひっくり返し、この世界で最強と言われる"火の王"に挑むため成長を遂げていく。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

異世界で一番の紳士たれ!

だんぞう
ファンタジー
十五歳の誕生日をぼっちで過ごしていた利照はその夜、熱を出して布団にくるまり、目覚めると見知らぬ世界でリテルとして生きていた。 リテルの記憶を参照はできるものの、主観も思考も利照の側にあることに混乱しているさなか、幼馴染のケティが彼のベッドのすぐ隣へと座る。 リテルの記憶の中から彼女との約束を思いだし、戸惑いながらもケティと触れ合った直後、自身の身に降り掛かった災難のため、村人を助けるため、単身、魔女に会いに行くことにした彼は、魔女の館で興奮するほどの学びを体験する。 異世界で優しくされながらも感じる疎外感。命を脅かされる危険な出会い。どこかで元の世界とのつながりを感じながら、時には理不尽な禍に耐えながらも、自分の運命を切り拓いてゆく物語。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...