星と花

佐々森りろ

文字の大きさ
7 / 41
第三章 春一の事情

春一の事情

しおりを挟む
 部屋で準備を整える為に、ドレッサーの前に座る。鏡に映る姿を見ながら背中まである長い髪をブラシで梳かした。
 今日は暑いから、首元はスッキリしたい。高めの位置で大きなお団子を作ろう。鼻歌まじりに髪の毛を束ねる。
 小さい頃はよく姉がいろんな髪型にしてくれていた。見様見真似でやっているうちに、色々なアレンジが出来るようになった。隠しピンを差し込み、バランスのいいお団子ヘアを完成させると、立ち上がって部屋から出た。三階のキッチンから美味しそうな匂いが漂ってくる。
 匂いに誘われてそちらに行きそうになるけれど、グッと我慢。
 まずは一階に下りてお店の開店準備を行う。
 商品棚の掃除や、床、窓を拭いて、看板を出す。入り口を開けると、眩しい日差しが差し込み、思わず「暑ぅ~」と言いながら額に手をかざした。
 ジョウロに水を入れて、お花達に水をあげる。ついでにお店の前にも水撒き。大きく背伸びをすると、また入り口を閉めて、三階まで駆け足で上がって行く。

「朝ごっはーんっ」
「おぅ、なずな。手洗ったか?」
「うん」
「掃除は?」
「うん」
「花に水やったよな?」
「ばっちり」
「よし! でわいただこう」
「いっただきまーす」

 いつも通りの朝の会話。
 青ちゃんは寝起きがさいっこうに悪い。目覚めて一時間もすれば、優しい青ちゃんに戻るんだけど。さっきはうるさくしたあたしが悪かったし、仕方がない。
 笑顔で手を合わせて朝食を頬張る。

「お姉ちゃんは? また早くから仕事?」
「じゃねーの? 俺の寝てる間にいなくなるからな、いつも」

 朝食は青ちゃんが作ってくれる。その間に、あたしがお店の準備をするのが毎日の日課だ。
 姉と朝食をまともに三人揃って食べたことがない。多忙だが、本人は至って元気だし、こんな朝も慣れたものだ。後片付けはあたしの担当。食器を洗い終わると一旦部屋に戻り、お店に向かう。
 途中で春一の部屋をちらりと見たが、しーんと静まり返っているから、べぇっと変な顔をしてから階段を下りて行く。

 開店時間と同時に全てのカーテンを開け、置物の「close」を「open」にひっくり返した。

「なずな、俺ちょっと出てくるから店頼むな!」

 青ちゃんが何やらお洒落をして颯爽と出て行ってしまう。手を振って青ちゃんを見送った。
 青ちゃんは今年で三十二歳になる。姉の一つ年下だけど、普段は言っちゃ悪いがおっさんだ。着ているのはいつもTシャツに年季の入ったデニムにサンダル。暇な時はごろごろ寝ているし、ビールは毎晩の日課。髭は人に会ったり、何かがないかぎりは無精しっぱなし。けれど、部屋では筋トレをしているのか、お腹はまだまだ腹筋が割れていて、鍛えられた体をしている。しっかりした格好をすれば、かなり若いしかっこいい。少し長めのパーマヘアをきっちり整えたら、大人の魅力満載だ。
 カウンターの椅子に座り、窓の外を眺めた。今日も空は青々としていて入道雲が立ち上がる。

「そろそろ海でも行きたいなぁ」

 ポツリと呟き、側にあった紙を手に取り絵を描き始めた。海とカモメと船。色鉛筆で色付けを始めた。すると、二階で扉が開く音が聞こえてきた。

「なずなぁー?」

 聞こえてきたのはダルそうな春一の声。色鉛筆を手放すと、小窓を開けた。

「うぉっ!! そこ開くんか。すげぇ」

 びっくりしながら小窓に近付いてくる春一に、まださっきのことを怒っているんだぞと思い切り顔に出しながら聞いた。

「何か様?」

 明らかにトゲのある言い方に、春一は苦笑いしている。

「あー、ちょっとその辺、散歩してくるわ。ついでに昼飯何か作るけど、何がいい?」

 春一の提案に悪くないなと、背を向けたまま考える。春一がろくなものを作れるわけがないだろうし……さっきの仕返しにわがままを言っちゃおう。

「パスタが食べたい! マーメイド級の!」
「パスタかぁ。オッケー、じゃ行って来るな」

 すんなり了承して、春一は軽やかに外へと出て行こうとする。思わず、そんな春一を呼び止めた。

「ねぇ春一! いつまでここにいるの?」

 立ち止まって振り返った春一は、小さなため息を漏らしてから笑った。

「……わっかんねぇ」
「何それ」

 なんだか、無邪気な笑顔を見せる反面、どこか寂しそうに見えてしまう。

「まぁ、俺の中でちょっといろいろあってさ。休憩だよ、休憩。昼飯くらいは作るからさ、仲良くやってこーぜ! なずな」

 そう言ってまた、ニッと悪戯に笑って頭を撫でてくる。

「ちょっ……崩れるっ!!」

 せっかくバランスよく作ったお団子ヘアーが心配で怒ると、悪気のない顔で春一は楽しそうに笑う。

「やっぱ、ここ居心地いいかも」

 「行ってくるなー」と、鼻歌混じりで陽気に外へと出て行ってしまった。

 『ここ居心地いいかも』
 春一の言葉に納得していた。ここは居心地がいい。それは、あたしにとっても同じだから。春一は、もしかしたら心の中で何かを抱えているのかもしれない。
 あたしが辛い時にここへ辿り着いたように、春一もまた、あたしと同じように、何かから逃れて来たのかもしれない。
 春一が何故ここへ戻って来たのかは分からない。けれど、昨日突然やってきた春一に対して不機嫌になっていた自分が、少し恥ずかしくなった。行き場を失っていたあたしをすんなり受け入れてくれた姉夫婦。春一に対しても、まったく一緒だった。二人とも嫌な顔一つせずに、春一を受け入れていた。
 あたしだけだ……自分の勝手で春一を拒んで。なんだか、あたしって嫌なやつかもしれない。

「……帰って来たら、パスタ作り手伝ってあげようかな」

 窓から外を眺めて、小さく呟いた。
 ジリジリと気温が上がって来て、猫が窓枠の日陰にぐったりと寝そべっているのが見えた。気持ちが和んで笑顔になる。
 そして、また絵の続きを描き始めた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

王の影姫は真実を言えない

柴田はつみ
恋愛
社交界で“国王の妾”と陰口を叩かれる謎の公爵夫人リュミエール。彼女は王命により、絶世の美貌を誇る英雄アラン公爵の妻となったが、その結婚は「公爵が哀れ」「妻は汚名の女」と同情と嘲笑の的だった。 けれど真実は――リュミエールは国王シオンの“妾”ではなく、異母妹。王家の血筋を巡る闇と政争から守るため、彼女は真実を口にできない。夫アランにさえ、打ち明ければ彼を巻き込んでしまうから。 一方アランもまた、王命と王宮の思惑の中で彼女を守るため、あえて距離を取り冷たく振る舞う。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

処理中です...