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第三章 春一の事情
春一の事情
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部屋で準備を整える為に、ドレッサーの前に座る。鏡に映る姿を見ながら背中まである長い髪をブラシで梳かした。
今日は暑いから、首元はスッキリしたい。高めの位置で大きなお団子を作ろう。鼻歌まじりに髪の毛を束ねる。
小さい頃はよく姉がいろんな髪型にしてくれていた。見様見真似でやっているうちに、色々なアレンジが出来るようになった。隠しピンを差し込み、バランスのいいお団子ヘアを完成させると、立ち上がって部屋から出た。三階のキッチンから美味しそうな匂いが漂ってくる。
匂いに誘われてそちらに行きそうになるけれど、グッと我慢。
まずは一階に下りてお店の開店準備を行う。
商品棚の掃除や、床、窓を拭いて、看板を出す。入り口を開けると、眩しい日差しが差し込み、思わず「暑ぅ~」と言いながら額に手をかざした。
ジョウロに水を入れて、お花達に水をあげる。ついでにお店の前にも水撒き。大きく背伸びをすると、また入り口を閉めて、三階まで駆け足で上がって行く。
「朝ごっはーんっ」
「おぅ、なずな。手洗ったか?」
「うん」
「掃除は?」
「うん」
「花に水やったよな?」
「ばっちり」
「よし! でわいただこう」
「いっただきまーす」
いつも通りの朝の会話。
青ちゃんは寝起きがさいっこうに悪い。目覚めて一時間もすれば、優しい青ちゃんに戻るんだけど。さっきはうるさくしたあたしが悪かったし、仕方がない。
笑顔で手を合わせて朝食を頬張る。
「お姉ちゃんは? また早くから仕事?」
「じゃねーの? 俺の寝てる間にいなくなるからな、いつも」
朝食は青ちゃんが作ってくれる。その間に、あたしがお店の準備をするのが毎日の日課だ。
姉と朝食をまともに三人揃って食べたことがない。多忙だが、本人は至って元気だし、こんな朝も慣れたものだ。後片付けはあたしの担当。食器を洗い終わると一旦部屋に戻り、お店に向かう。
途中で春一の部屋をちらりと見たが、しーんと静まり返っているから、べぇっと変な顔をしてから階段を下りて行く。
開店時間と同時に全てのカーテンを開け、置物の「close」を「open」にひっくり返した。
「なずな、俺ちょっと出てくるから店頼むな!」
青ちゃんが何やらお洒落をして颯爽と出て行ってしまう。手を振って青ちゃんを見送った。
青ちゃんは今年で三十二歳になる。姉の一つ年下だけど、普段は言っちゃ悪いがおっさんだ。着ているのはいつもTシャツに年季の入ったデニムにサンダル。暇な時はごろごろ寝ているし、ビールは毎晩の日課。髭は人に会ったり、何かがないかぎりは無精しっぱなし。けれど、部屋では筋トレをしているのか、お腹はまだまだ腹筋が割れていて、鍛えられた体をしている。しっかりした格好をすれば、かなり若いしかっこいい。少し長めのパーマヘアをきっちり整えたら、大人の魅力満載だ。
カウンターの椅子に座り、窓の外を眺めた。今日も空は青々としていて入道雲が立ち上がる。
「そろそろ海でも行きたいなぁ」
ポツリと呟き、側にあった紙を手に取り絵を描き始めた。海とカモメと船。色鉛筆で色付けを始めた。すると、二階で扉が開く音が聞こえてきた。
「なずなぁー?」
聞こえてきたのはダルそうな春一の声。色鉛筆を手放すと、小窓を開けた。
「うぉっ!! そこ開くんか。すげぇ」
びっくりしながら小窓に近付いてくる春一に、まださっきのことを怒っているんだぞと思い切り顔に出しながら聞いた。
「何か様?」
明らかにトゲのある言い方に、春一は苦笑いしている。
「あー、ちょっとその辺、散歩してくるわ。ついでに昼飯何か作るけど、何がいい?」
春一の提案に悪くないなと、背を向けたまま考える。春一がろくなものを作れるわけがないだろうし……さっきの仕返しにわがままを言っちゃおう。
「パスタが食べたい! マーメイド級の!」
「パスタかぁ。オッケー、じゃ行って来るな」
すんなり了承して、春一は軽やかに外へと出て行こうとする。思わず、そんな春一を呼び止めた。
「ねぇ春一! いつまでここにいるの?」
立ち止まって振り返った春一は、小さなため息を漏らしてから笑った。
「……わっかんねぇ」
「何それ」
なんだか、無邪気な笑顔を見せる反面、どこか寂しそうに見えてしまう。
「まぁ、俺の中でちょっといろいろあってさ。休憩だよ、休憩。昼飯くらいは作るからさ、仲良くやってこーぜ! なずな」
そう言ってまた、ニッと悪戯に笑って頭を撫でてくる。
「ちょっ……崩れるっ!!」
せっかくバランスよく作ったお団子ヘアーが心配で怒ると、悪気のない顔で春一は楽しそうに笑う。
「やっぱ、ここ居心地いいかも」
「行ってくるなー」と、鼻歌混じりで陽気に外へと出て行ってしまった。
『ここ居心地いいかも』
春一の言葉に納得していた。ここは居心地がいい。それは、あたしにとっても同じだから。春一は、もしかしたら心の中で何かを抱えているのかもしれない。
あたしが辛い時にここへ辿り着いたように、春一もまた、あたしと同じように、何かから逃れて来たのかもしれない。
春一が何故ここへ戻って来たのかは分からない。けれど、昨日突然やってきた春一に対して不機嫌になっていた自分が、少し恥ずかしくなった。行き場を失っていたあたしをすんなり受け入れてくれた姉夫婦。春一に対しても、まったく一緒だった。二人とも嫌な顔一つせずに、春一を受け入れていた。
あたしだけだ……自分の勝手で春一を拒んで。なんだか、あたしって嫌なやつかもしれない。
「……帰って来たら、パスタ作り手伝ってあげようかな」
窓から外を眺めて、小さく呟いた。
ジリジリと気温が上がって来て、猫が窓枠の日陰にぐったりと寝そべっているのが見えた。気持ちが和んで笑顔になる。
そして、また絵の続きを描き始めた。
今日は暑いから、首元はスッキリしたい。高めの位置で大きなお団子を作ろう。鼻歌まじりに髪の毛を束ねる。
小さい頃はよく姉がいろんな髪型にしてくれていた。見様見真似でやっているうちに、色々なアレンジが出来るようになった。隠しピンを差し込み、バランスのいいお団子ヘアを完成させると、立ち上がって部屋から出た。三階のキッチンから美味しそうな匂いが漂ってくる。
匂いに誘われてそちらに行きそうになるけれど、グッと我慢。
まずは一階に下りてお店の開店準備を行う。
商品棚の掃除や、床、窓を拭いて、看板を出す。入り口を開けると、眩しい日差しが差し込み、思わず「暑ぅ~」と言いながら額に手をかざした。
ジョウロに水を入れて、お花達に水をあげる。ついでにお店の前にも水撒き。大きく背伸びをすると、また入り口を閉めて、三階まで駆け足で上がって行く。
「朝ごっはーんっ」
「おぅ、なずな。手洗ったか?」
「うん」
「掃除は?」
「うん」
「花に水やったよな?」
「ばっちり」
「よし! でわいただこう」
「いっただきまーす」
いつも通りの朝の会話。
青ちゃんは寝起きがさいっこうに悪い。目覚めて一時間もすれば、優しい青ちゃんに戻るんだけど。さっきはうるさくしたあたしが悪かったし、仕方がない。
笑顔で手を合わせて朝食を頬張る。
「お姉ちゃんは? また早くから仕事?」
「じゃねーの? 俺の寝てる間にいなくなるからな、いつも」
朝食は青ちゃんが作ってくれる。その間に、あたしがお店の準備をするのが毎日の日課だ。
姉と朝食をまともに三人揃って食べたことがない。多忙だが、本人は至って元気だし、こんな朝も慣れたものだ。後片付けはあたしの担当。食器を洗い終わると一旦部屋に戻り、お店に向かう。
途中で春一の部屋をちらりと見たが、しーんと静まり返っているから、べぇっと変な顔をしてから階段を下りて行く。
開店時間と同時に全てのカーテンを開け、置物の「close」を「open」にひっくり返した。
「なずな、俺ちょっと出てくるから店頼むな!」
青ちゃんが何やらお洒落をして颯爽と出て行ってしまう。手を振って青ちゃんを見送った。
青ちゃんは今年で三十二歳になる。姉の一つ年下だけど、普段は言っちゃ悪いがおっさんだ。着ているのはいつもTシャツに年季の入ったデニムにサンダル。暇な時はごろごろ寝ているし、ビールは毎晩の日課。髭は人に会ったり、何かがないかぎりは無精しっぱなし。けれど、部屋では筋トレをしているのか、お腹はまだまだ腹筋が割れていて、鍛えられた体をしている。しっかりした格好をすれば、かなり若いしかっこいい。少し長めのパーマヘアをきっちり整えたら、大人の魅力満載だ。
カウンターの椅子に座り、窓の外を眺めた。今日も空は青々としていて入道雲が立ち上がる。
「そろそろ海でも行きたいなぁ」
ポツリと呟き、側にあった紙を手に取り絵を描き始めた。海とカモメと船。色鉛筆で色付けを始めた。すると、二階で扉が開く音が聞こえてきた。
「なずなぁー?」
聞こえてきたのはダルそうな春一の声。色鉛筆を手放すと、小窓を開けた。
「うぉっ!! そこ開くんか。すげぇ」
びっくりしながら小窓に近付いてくる春一に、まださっきのことを怒っているんだぞと思い切り顔に出しながら聞いた。
「何か様?」
明らかにトゲのある言い方に、春一は苦笑いしている。
「あー、ちょっとその辺、散歩してくるわ。ついでに昼飯何か作るけど、何がいい?」
春一の提案に悪くないなと、背を向けたまま考える。春一がろくなものを作れるわけがないだろうし……さっきの仕返しにわがままを言っちゃおう。
「パスタが食べたい! マーメイド級の!」
「パスタかぁ。オッケー、じゃ行って来るな」
すんなり了承して、春一は軽やかに外へと出て行こうとする。思わず、そんな春一を呼び止めた。
「ねぇ春一! いつまでここにいるの?」
立ち止まって振り返った春一は、小さなため息を漏らしてから笑った。
「……わっかんねぇ」
「何それ」
なんだか、無邪気な笑顔を見せる反面、どこか寂しそうに見えてしまう。
「まぁ、俺の中でちょっといろいろあってさ。休憩だよ、休憩。昼飯くらいは作るからさ、仲良くやってこーぜ! なずな」
そう言ってまた、ニッと悪戯に笑って頭を撫でてくる。
「ちょっ……崩れるっ!!」
せっかくバランスよく作ったお団子ヘアーが心配で怒ると、悪気のない顔で春一は楽しそうに笑う。
「やっぱ、ここ居心地いいかも」
「行ってくるなー」と、鼻歌混じりで陽気に外へと出て行ってしまった。
『ここ居心地いいかも』
春一の言葉に納得していた。ここは居心地がいい。それは、あたしにとっても同じだから。春一は、もしかしたら心の中で何かを抱えているのかもしれない。
あたしが辛い時にここへ辿り着いたように、春一もまた、あたしと同じように、何かから逃れて来たのかもしれない。
春一が何故ここへ戻って来たのかは分からない。けれど、昨日突然やってきた春一に対して不機嫌になっていた自分が、少し恥ずかしくなった。行き場を失っていたあたしをすんなり受け入れてくれた姉夫婦。春一に対しても、まったく一緒だった。二人とも嫌な顔一つせずに、春一を受け入れていた。
あたしだけだ……自分の勝手で春一を拒んで。なんだか、あたしって嫌なやつかもしれない。
「……帰って来たら、パスタ作り手伝ってあげようかな」
窓から外を眺めて、小さく呟いた。
ジリジリと気温が上がって来て、猫が窓枠の日陰にぐったりと寝そべっているのが見えた。気持ちが和んで笑顔になる。
そして、また絵の続きを描き始めた。
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