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第六章 真実は……
真実は……
しおりを挟む「イビキかいてたぞ、なずな」
すぐ上から声がして、あたしはびっくりして頭を上げた。
「いでっ!」
その瞬間ゴツンと音がして、頭が春一のアゴにヒットしたようだ。互いにぶつかった所を押さえつつ、睨み合う。
「てめぇ……ぶつかってきておいて睨むとは何だ?」
「何よ! 春一がイビキかいてたぞ。なんて言うからでしょ!」
「ほんとだろーが!」
つい馴れ合いがすっかり板についてしまって、後部座席で騒ぐあたし達に姉から強めの声がかかった。
「降りるわよ!」と、呆れるようにため息と共にバタンッ! と勢い良くドアを閉められると、苦笑いをしながら春一と顔を見合わせて、そそくさと車から降りた。
外は高いビルが立ち並び、見上げた先の空が狭い。久しぶりの東京にあたしは上ばかり見て歩いてしまう。春一が呆れながら「転ぶぞ」と言って手を引いてくれる。
なんだか昨日から春一を頼りにしてしまっている。春一の大きな手が熱くて、力強くて驚いたけれど、嬉しかった。
ビルの中に入ると、さらに広いロビーにまたしてもキョロキョロと見回してしまう。そして、見たことのない豪華な螺旋階段や煌めく装飾の施された壁や天井に興奮が隠せなくなる。
「すごーい! お城みたいっ!」
なるべく小声ではしゃぐあたしに、春一は「いーから」と落ち着かせてくる。
慣れたように進んでいく姉は、ソファーに座っていた一人の男性に声をかけた。
「おはよう、ハルト」
「あ、アゲハさん。おはようございます!」
「今日はよろしくね。後、この二人が撮影の見学するから関係者証もらえないかな」
「承知しました。すぐ手配しますね。おはようございます! よろしくお願いします」
姉が親しげに話始めた男の人は、ビルの関係者で光夜くんではなかった。
元気よく挨拶をされて「こちらに」と案内してくれる。歩いていく姉の後ろを、あたしと春一も付いていく。
撮影スタジオに通されて、テレビで見たことのある顔ぶれにますます興奮してしまう。
姉が芸能関係幅広い事は知っていたけれど、地元を離れた事のないあたしには縁のない世界だったから、はしゃがずにはいられない。今まで見学になんて来たこともなかったから。
姉が仕事に入る為、あたし達は端の方のパイプ椅子で見学させてもらう事にした。
周りには忙しそうに動く人がたくさんいる。圧倒されて見ていたけれど、まだ光夜くんの姿はないようだ。
「すげぇな、なんかやっぱり空気が違うよなー」
さっきまで冷静だった春一も、緊張感高まる撮影現場に楽しそうに目を輝かせていた。
「ね、ね、春一! あれ、 宮内秀智じゃない?」
「え?」
あたしは廊下で話している男の人達の集団の中を一瞬だけ指差す。
「誰それ?」
「知らないの? 信じらんない! めっちゃ歌上手いのに、一曲しか出さずにアーティストやめちゃったんだよ。彼女の為とかなんとかで! かっこいいよねー!」
見た目も儚げで高身長、長めのゆるいパーマヘアは色気を感じさせる。なんといっても歌声が逸品なんだ。一度聴いたら忘れられない。本物を目の前にして、あたしは手を祈るように顔の前に組み、惚れ惚れしてしまう。
そんなあたしに、春一は呆れたようにため息をついた。
「女の為ってさぁ、なんかカッコ悪く……ねぇ、よ、なぁ、ははは」
あたしが睨むと、春一は頬を引き攣らせて笑った。
「ハルイチはなんで知らねーんだよ、あんなやつ知らなくていーだろ」
「え?」
「なんでもねーし!」
足を組んで不貞腐れてしまった春一に、今度はあたしが苦笑いしてしまう。
そんな事をしていると、入り口から「お疲れさまです」と、威勢の良い声が響いてきた。
撮影が一段落した様で、姉があたし達の所へ向かってくる。先ほど入って来た人は、あの時お店に来た男の人で間違いなかった。白いTシャツにデニム。がっしりとしたスタイルで黒髪短髪は男らしくて格好がいい。改めて見ても、やっぱり小学校の頃の光夜くんとは面影がほとんどなく、程よい筋肉で引き締まった腕にはカメラを抱えていた。
「おはようございます! アゲハさん。今日はよろしくお願いします!」
深々と頭を下げた光夜くんは、姉の横にいるあたし達に気が付いて目を見開いた。
「おはよう。実はね、この子達が光夜くんに会いたいって言うから連れてきたの。撮影終わってから時間ある?」
「あ、はい、大丈夫です」
戸惑っているのか、お店に来た時みたいに目をうろうろと泳がせて頷く光夜くん。
「終わるまで、自由に見てていいからね」と姉に言われて、あたし達は撮影現場の動きに圧倒されながら邪魔にならないように見学を続けた。
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