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第七章 千冬
千冬
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撮影スタジオのビルから大学病院までは、電車を乗り継いで行く。一番近い駅で下り、タクシーで直接病院まで向かった。満員の電車の中で春一と交わす会話は少なく、あたしはただただ窓の外の高いビルや、流れていく宣伝の看板を眺めていた。
「はい、着きましたよ」
運転手さんに声をかけられてハッとした。春一が料金を支払ってくれてタクシーから下りる。目の前には、見上げるほどの大きな病院。
「千冬、何階にいるんだろうな」
隣で同じく病院を見上げる春一が呟いた。
光夜くんに書いてもらったメモを取り出して、部屋番号を確認する。
“一〇階 八一六号室”
「……あ、これ……千冬の誕生日だ」
「……え?」
「千冬、確か八月十六日が誕生日だったはず!」
「まじ? すげぇ偶然! しかも、もうすぐじゃん」
興奮する春一の言葉に頷いた。外の暑さは容赦なく照りつける太陽のせいで、汗がじんわりと滲み出てくる。
病院内に入ると、程よい空調の風が涼しく肌を包み込んだ。エレベーターに乗り、十階のボタンを押す。
「あぁ、緊張する……」
ぐんっと持ち上がる感覚を全身に感じながら、あたしは手に汗を握る。表示された数字が止まることなく上がり続けるから、千冬までの距離が近づいていることに緊張感が高まっていく。
じっとエレベーターランプを眺めていると、春一が「大丈夫」と言ってくれているみたいに、言葉はないけどあたしの頭を軽く撫でてくれた。
静かにエレベーターは止まり、目的地の十階への扉が開いた。
長い廊下の途中に、千冬の部屋番号の八一六と名前を見つけた。一人部屋なのかな。プレートには千冬一人だけの名前しか書かれていなかった。
ドアをノックしてから、そっと扉を開いた。白い病室には、白いベッドが一つ。ゆっくり部屋の中へと進んで行く。そして、窓際で外を眺めて立っている、女の人の後ろ姿に声をかけた。
「こ……こんにちは……」
あたしが挨拶をすると、すぐに気が付いて、その人は慌ててこちらを振り向いた。
「あ! 気が付かなかった、すみませ……ん……」
慌てて謝る姿は、姉が貸してくれた光夜くんの写真集で見た女性そのままだった。あたしは驚きを隠せなくて、言葉もうまく発せられない。
「……うそ、なずな……ちゃん?」
目の前の千冬と思われる女性もそれは同じで、目を見開き驚いた表情をしている。あたしの名前を呼んでくれたから、きっと間違いない。
「……千冬ぅ……」
我慢していたのに、もう眼界だった。涙腺が熱くなってきて、次から次へとぼろぼろと大粒の涙が溢れ出す。
「なずなちゃん。もう、何で泣いてるの?」
涙で歪んだ視界の中に、ゆらめく千冬は優しい笑顔であたしを見てくれている。
あたしは両腕で涙を拭うと、笑顔を見せた。
「嬉しいから! 千冬に会えて、嬉しいからだよ!」
「ふふ、ありがとう。あたしも嬉しい」
千冬はやわらかく笑うと、どうぞと、手で椅子に座るように合図してくれた。
泣いてしまってどうしようもないあたしの後ろから、春一がそっと前に出る。
「突然ごめんな。俺の事も、覚えてくれてる?」
春一も椅子に座りながら、千冬に聞いた。
「春一くん……だよね? いつもなずなちゃんと一緒だった」
確かめるように、だけど確信をついて、千冬は笑顔で笑った。
「そうそう。なずなに守られてばっかのチビすけがこんななりましたーっ」
春一は手を広げておどけて見せた。
「あはは、そんなキャラだった? おとなしめなイメージだったけどな、春一くんは」
千冬の笑い声が病室いっぱいに広がる。
目の前の千冬は、とても良く笑い、しゃべり、表情がくるくると変わって、病気をしているなんて、病室のベッドの上にいる人だなんて、信じられないくらい、元気に見えた。
あの頃と変わらない千冬が、ここにいた。
「はい、着きましたよ」
運転手さんに声をかけられてハッとした。春一が料金を支払ってくれてタクシーから下りる。目の前には、見上げるほどの大きな病院。
「千冬、何階にいるんだろうな」
隣で同じく病院を見上げる春一が呟いた。
光夜くんに書いてもらったメモを取り出して、部屋番号を確認する。
“一〇階 八一六号室”
「……あ、これ……千冬の誕生日だ」
「……え?」
「千冬、確か八月十六日が誕生日だったはず!」
「まじ? すげぇ偶然! しかも、もうすぐじゃん」
興奮する春一の言葉に頷いた。外の暑さは容赦なく照りつける太陽のせいで、汗がじんわりと滲み出てくる。
病院内に入ると、程よい空調の風が涼しく肌を包み込んだ。エレベーターに乗り、十階のボタンを押す。
「あぁ、緊張する……」
ぐんっと持ち上がる感覚を全身に感じながら、あたしは手に汗を握る。表示された数字が止まることなく上がり続けるから、千冬までの距離が近づいていることに緊張感が高まっていく。
じっとエレベーターランプを眺めていると、春一が「大丈夫」と言ってくれているみたいに、言葉はないけどあたしの頭を軽く撫でてくれた。
静かにエレベーターは止まり、目的地の十階への扉が開いた。
長い廊下の途中に、千冬の部屋番号の八一六と名前を見つけた。一人部屋なのかな。プレートには千冬一人だけの名前しか書かれていなかった。
ドアをノックしてから、そっと扉を開いた。白い病室には、白いベッドが一つ。ゆっくり部屋の中へと進んで行く。そして、窓際で外を眺めて立っている、女の人の後ろ姿に声をかけた。
「こ……こんにちは……」
あたしが挨拶をすると、すぐに気が付いて、その人は慌ててこちらを振り向いた。
「あ! 気が付かなかった、すみませ……ん……」
慌てて謝る姿は、姉が貸してくれた光夜くんの写真集で見た女性そのままだった。あたしは驚きを隠せなくて、言葉もうまく発せられない。
「……うそ、なずな……ちゃん?」
目の前の千冬と思われる女性もそれは同じで、目を見開き驚いた表情をしている。あたしの名前を呼んでくれたから、きっと間違いない。
「……千冬ぅ……」
我慢していたのに、もう眼界だった。涙腺が熱くなってきて、次から次へとぼろぼろと大粒の涙が溢れ出す。
「なずなちゃん。もう、何で泣いてるの?」
涙で歪んだ視界の中に、ゆらめく千冬は優しい笑顔であたしを見てくれている。
あたしは両腕で涙を拭うと、笑顔を見せた。
「嬉しいから! 千冬に会えて、嬉しいからだよ!」
「ふふ、ありがとう。あたしも嬉しい」
千冬はやわらかく笑うと、どうぞと、手で椅子に座るように合図してくれた。
泣いてしまってどうしようもないあたしの後ろから、春一がそっと前に出る。
「突然ごめんな。俺の事も、覚えてくれてる?」
春一も椅子に座りながら、千冬に聞いた。
「春一くん……だよね? いつもなずなちゃんと一緒だった」
確かめるように、だけど確信をついて、千冬は笑顔で笑った。
「そうそう。なずなに守られてばっかのチビすけがこんななりましたーっ」
春一は手を広げておどけて見せた。
「あはは、そんなキャラだった? おとなしめなイメージだったけどな、春一くんは」
千冬の笑い声が病室いっぱいに広がる。
目の前の千冬は、とても良く笑い、しゃべり、表情がくるくると変わって、病気をしているなんて、病室のベッドの上にいる人だなんて、信じられないくらい、元気に見えた。
あの頃と変わらない千冬が、ここにいた。
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