星と花

佐々森りろ

文字の大きさ
19 / 41
第七章 千冬

千冬

しおりを挟む
 撮影スタジオのビルから大学病院までは、電車を乗り継いで行く。一番近い駅で下り、タクシーで直接病院まで向かった。満員の電車の中で春一と交わす会話は少なく、あたしはただただ窓の外の高いビルや、流れていく宣伝の看板を眺めていた。

「はい、着きましたよ」

 運転手さんに声をかけられてハッとした。春一が料金を支払ってくれてタクシーから下りる。目の前には、見上げるほどの大きな病院。

「千冬、何階にいるんだろうな」

 隣で同じく病院を見上げる春一が呟いた。
 光夜くんに書いてもらったメモを取り出して、部屋番号を確認する。
“一〇階 八一六号室”

「……あ、これ……千冬の誕生日だ」
「……え?」
「千冬、確か八月十六日が誕生日だったはず!」
「まじ? すげぇ偶然! しかも、もうすぐじゃん」

 興奮する春一の言葉に頷いた。外の暑さは容赦なく照りつける太陽のせいで、汗がじんわりと滲み出てくる。
 病院内に入ると、程よい空調の風が涼しく肌を包み込んだ。エレベーターに乗り、十階のボタンを押す。

「あぁ、緊張する……」

 ぐんっと持ち上がる感覚を全身に感じながら、あたしは手に汗を握る。表示された数字が止まることなく上がり続けるから、千冬までの距離が近づいていることに緊張感が高まっていく。
 じっとエレベーターランプを眺めていると、春一が「大丈夫」と言ってくれているみたいに、言葉はないけどあたしの頭を軽く撫でてくれた。

 静かにエレベーターは止まり、目的地の十階への扉が開いた。
 長い廊下の途中に、千冬の部屋番号の八一六と名前を見つけた。一人部屋なのかな。プレートには千冬一人だけの名前しか書かれていなかった。

 ドアをノックしてから、そっと扉を開いた。白い病室には、白いベッドが一つ。ゆっくり部屋の中へと進んで行く。そして、窓際で外を眺めて立っている、女の人の後ろ姿に声をかけた。

「こ……こんにちは……」

 あたしが挨拶をすると、すぐに気が付いて、その人は慌ててこちらを振り向いた。

「あ! 気が付かなかった、すみませ……ん……」

 慌てて謝る姿は、姉が貸してくれた光夜くんの写真集で見た女性そのままだった。あたしは驚きを隠せなくて、言葉もうまく発せられない。

「……うそ、なずな……ちゃん?」

 目の前の千冬と思われる女性もそれは同じで、目を見開き驚いた表情をしている。あたしの名前を呼んでくれたから、きっと間違いない。

「……千冬ぅ……」

 我慢していたのに、もう眼界だった。涙腺が熱くなってきて、次から次へとぼろぼろと大粒の涙が溢れ出す。

「なずなちゃん。もう、何で泣いてるの?」

 涙で歪んだ視界の中に、ゆらめく千冬は優しい笑顔であたしを見てくれている。
 あたしは両腕で涙を拭うと、笑顔を見せた。

「嬉しいから! 千冬に会えて、嬉しいからだよ!」
「ふふ、ありがとう。あたしも嬉しい」

 千冬はやわらかく笑うと、どうぞと、手で椅子に座るように合図してくれた。
 泣いてしまってどうしようもないあたしの後ろから、春一がそっと前に出る。

「突然ごめんな。俺の事も、覚えてくれてる?」

 春一も椅子に座りながら、千冬に聞いた。

「春一くん……だよね? いつもなずなちゃんと一緒だった」

 確かめるように、だけど確信をついて、千冬は笑顔で笑った。

「そうそう。なずなに守られてばっかのチビすけがこんななりましたーっ」

 春一は手を広げておどけて見せた。

「あはは、そんなキャラだった? おとなしめなイメージだったけどな、春一くんは」

 千冬の笑い声が病室いっぱいに広がる。
 目の前の千冬は、とても良く笑い、しゃべり、表情がくるくると変わって、病気をしているなんて、病室のベッドの上にいる人だなんて、信じられないくらい、元気に見えた。
 あの頃と変わらない千冬が、ここにいた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

王の影姫は真実を言えない

柴田はつみ
恋愛
社交界で“国王の妾”と陰口を叩かれる謎の公爵夫人リュミエール。彼女は王命により、絶世の美貌を誇る英雄アラン公爵の妻となったが、その結婚は「公爵が哀れ」「妻は汚名の女」と同情と嘲笑の的だった。 けれど真実は――リュミエールは国王シオンの“妾”ではなく、異母妹。王家の血筋を巡る闇と政争から守るため、彼女は真実を口にできない。夫アランにさえ、打ち明ければ彼を巻き込んでしまうから。 一方アランもまた、王命と王宮の思惑の中で彼女を守るため、あえて距離を取り冷たく振る舞う。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

処理中です...