星と花

佐々森りろ

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第十一章 すれ違う想い

すれ違う想い

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 こんなに元気で、笑顔で、たまに走ったり、みんなに負けじとはしゃいでいる千冬があたしの目の前にいるって言うのに、その千冬が、後一年、生きられないなんて……

 信じられないし、信じたくない。
 あたしが変われるなら、変わってあげたい。
 けれど、きっとあたしだったら、すぐに病気から目を背けて逃げてしまうんだろう。きっとあたしだったら、こんな風に笑顔でなんて、いられないんだろうな。
 ねぇ千冬。千冬は強いんだなって、あたしはこの時、本当に、そう思っていたの。


  パーティーの準備は着々と整い始めていた。目が覚めて、リビングの様子が変わっていることに気がついた千冬は、目を潤ませて喜んでくれた。
 バルーンで作られた千冬の名前とハッピーバースデーの文字が並ぶ。星型のバルーンもたくさん壁に貼り付けて、キラキラモールも飾りつけた。千冬が歓喜の声をあげて部屋中を眺めていると、「ハッピーバースデー! 千冬!」の声と共に、春一が手料理を次から次へとリビングに運んでくる。光夜くんもテーブルに飲み物や取り皿を並べて、一気にパーティー会場が完成した。

「すっごーい!! 春一くんって何でも出来るんだね!」

 手を叩いて喜ぶ千冬に、春一は「まぁな!」と照れつつも、もっと褒めてくれと言わんばかりに腰に両手を当てて仰け反った。本当に料理の腕は本物だから、あたしも苦笑いをしつつ褒めるしかない。

「もうすぐだから座って待ってろよ」
「うん!!」

 鼻歌混じりに上機嫌でキッチンへ戻っていく春一の背中を見送ってから、千冬に視線を戻すと春一に言われた通りにちょこんと座って待っている。千冬は、目の前の料理に見とれていた。素直すぎて可愛いのだが、と、あたしは思わず微笑んでしまった。

「えー! なになに? パーティー?」

 タイミングよく帰って来た姉が、何の騒ぎかとびっくりしながらリビングに入ってきた。肩にかけていた鞄を置いて、迷いなくすぐに千冬の隣に座っている。

「はいっ、あたしのバースデーパーティーをしてくれるそうです!」
「そーなのー? おめでとうー!」
「あ、ありがとうございます!」

 ぺこりと頭を下げる千冬と、拍手をしてお祝いする姉。わずか数秒ですっかり二人は仲良しになってしまった。人見知りしない性格が、もしかしたら似ているのかもしれない。みんながリビングに集まった。千冬のバースデーパーティーは、あたしの乾杯で幕を開ける。

「千冬誕生日おめでとうーっ!!」

 千冬とあたしと姉、そして光夜くんはジュースで。春一と青ちゃんはビールを片手に掲げて乾杯をする。
 春一の作った筍ご飯に春雨のサラダ、綺麗に巻かれてきつね色をした春巻き。さっくり、カラッと揚がった唐揚げ。どれも美味しくて、みんな次々と箸が止まらずに頬ばる。ずっと笑いが耐えない。そんな時間が流れていた。
 ケーキに大きい蝋燭を二本立てて、火をつける。まだまだ外は明るいから、部屋の明かりを消しても暗がりにはならないけれど、千冬は目の前のケーキに釘付けで、蝋が垂れてしまうほどに見つめている。

「いい加減吹き消して千冬! カメラ構えっぱなし、辛いんだけど」

 光夜くんがため息を吐き出して言うのを見て、みんなで爆笑した。

「光夜が怒ってる!」
「怒ってはないけどさ……って! おい、もう消えてんじゃん!」

 春一と話しているうちに、慌てて吹き消してしまった千冬。光夜くんはシャッターチャンスを逃して、またため息を吐き出した。

「もう一回! ね、もう一回つけるから」

 あたしはもう一度短くなってしまった蝋燭に火をつける。
 今度こそ、しっかり千冬の蝋燭を吹き消す姿を写真に収めることに成功した光夜くんは、満足そうにカメラの画面を眺めている。

「ねぇ千冬、プレゼントがあるの!」
「えっ!」

 今がプレゼントを渡すには良いタイミングだと思って、あたしはさっき青ちゃんから受け取ったばかりの、完成したオルゴールを後ろから持ってくる。そして、そっと千冬に渡した。

「ありがとう……開けていい?」
「もちろん!」

 千冬の瞳が潤んでいくのを感じて、あたしまでドキドキしてしまう。
 周りのみんなも包みを開け始める千冬に注目していた。中から出てきたのは、あの日よりも更にキラキラが増して装飾された星の木箱のオルゴールだった。

「……素敵……開けて、いい?」

 千冬の声が少し震えながら、目を潤ませて、もう一度あたしに聞いた。

「うんっ」

 あたしが頷くと、千冬はそっと木箱のふたに手をかけて、ゆっくりと開く。
 流れてきたのは、あたしの花のオルゴールと同じく、「星に願いを」。けれど、千冬のオルゴールから聞こえてくる一つ一つの音は、まるで違う曲のように伸びやかで、ハリのある音を奏でていた。

「千冬が元気になれるようにって、青ちゃんがオリジナルで作ってくれたんだって。あたしも今、初めて聞いた。すごくステキ……」

 感動するあたしの隣で、千冬が涙を流す。瞬きすらするのを忘れるくらいに、大きな目をぱっちりと開けたまま、千冬はその音色に涙していた。

「……がと……あ、りがとう……」

 やっと、呼吸を思い出したかのように千冬は大きく息を吸う。オルゴールを持つ腕に、溜め込んでから落ちてきた雨粒みたいな、大粒の涙を落としながら。
 そばにいた春一が、そんな千冬の頭を優しく撫でてあげていて、あたしはもらい泣きをしてしまっていた。

「大事にする。あたし、みんなと友達になれて、幸せだよっ……」

 春一の手の温もりに安心したのか、一気に子供の様に声を上げて千冬は泣き出した。
 光夜くんが、そんな千冬を見て優しく微笑んだかと思えば、そっと廊下に出て行ってしまった。寂しげな表情が気になって、あたしは光夜くんを追いかけた。

「光夜くん……?」

 なんだか、泣き出しそうな背中に声をかける。立ち止まった光夜くんは、振り返らずにため息混じりに言葉を落とした。

「……どこか、空が見れるとこ、ある?」
「……うん。ベランダがあるよ」

 光夜くんを追い越して、あたしは三階のベランダへと向かう。昨日とは違って、厚い灰色の雲が空一面を覆っていた。
 今朝までは、いい天気だったのに。少しがっかりして、あたしはようやく光夜くんに振り返って表情を視界に入れた。笑顔はなくて、なんだかとても、寂しそうに見える。

「ここね、天気がいいと街並みがすごく綺麗なの。今日は、ちょっと微妙だったね」

 軽く笑いながらあたしが言うと、光夜くんは遠くを見つめたまま進んで来て、柵に手をついた。

「光夜くん……ってさ、千冬のこと……好きなんだよね……?」

 あたしは思わず、悲しい目をする光夜くんに耐えられずに、聞いていた。

「……わかんねぇ」

 悔しそうな声で、光夜くんは額を腕に乗せて柵に寄りかかると、地面を見つめている。

「千冬のそばにいてやりたいけど、俺にはただ見てるだけしか出来ない。守ってやるなんて言葉も言えない。春一の様に、千冬が素直に泣ける、包み込める手も、持っていない……」

 呟くように小さく、たまにかすれながら、光夜くんは言った。

 辛くて、苦しくて……そんな光夜くんに、あたしは何がしてあげられるのかな? 頭の中で必死に答えを探し出そうとしても、何にも言葉が浮かんでこない。あたしまで、苦しい。光夜くんの悲しみが? 苦しい……光夜くんがこんな風に辛そうにしているのを見ているのが、あたしは苦しいよ……

「ごめん、なずなには弱いとこばっか見せてるな、俺。許してくれな」

 本当は笑いたくなんてないくせに……
 本当は、泣きたいくらい悲しいんでしょう? 寂しいんでしょう? どうして強がるの?
 あたしじゃ、その悲しみは受け止められないのかな?

「……ねぇ、光夜くん」

 無理に作った笑顔が痛々しい。辛いのなんて全部伝わってきている。だから、あたしじゃ頼りないかもしれないけどさ。

「泣いて、いいんだよ」

 あたしは光夜くんの背中にそっと手を当てる。大きな体なのに小さく震えていて、心がギュッと押しつぶされそうだ。

「……強がんなくって、いいんだよ……泣いたって、いいんだよ……」

 もぉ、言ってるあたしが泣いちゃってどうする。
 光夜くんに泣いて欲しいのに、悲しみを吐き出して欲しいのに、あたしの方が止まらなくなる。制御できなくなるほどに流れ出てくる涙を必死に抑えようと、上を向いた。

「もう、光夜くんの変わりに泣いてあげたんだからねっ!」

 励ますつもりが、自分が泣いてしまったことに落胆してしまう。わざと光夜くんのせいにして、怒ったふりをして言った。咄嗟に触れていた手も、パッと離して。
 あたしの行動にびっくりした表情をしている光夜くんに、急に恥ずかしくなってきてしまって俯いた。だけど次の瞬間、ずっと虚ろに空を見ていた光夜くんが、こちらに向き合ってくれたから、そっと顔をあげてみると、優しく笑ってくれるから、安心した。

「ありがとう」
「……うん、こちらこそ」

 なにか、不安が少しだけ薄れて、互いに笑い合っていると、「なずなー、光夜ー!」と、春一が呼んでいる声が聞こえてきた。
 ここに居過ぎたせいかもしれない。カラカラとベランダの戸が開いて、春一が見つけたと言った目をして近づいてきた。

「あ、春一、ごめんね。ちょっと語ってた」

 あたしが笑って謝ると、じっと春一があたしを見つめるから不思議に思う。

「……泣いてたのか?」

 隠すこともせずにいたあたしの目は、まだ濡れていて、きっと真っ赤だったんだろう。春一が心配そうな顔で聞いてくるから、慌てて目元を拭ってから明るく笑顔を作る。

「あ、ほら、千冬からのもらい泣きっ! 光夜くんも一緒に! ねっ」
「そーだよ。男が泣いてちゃかっこわりぃからさ。けど、なずなには見つかっちゃって」

 上手いこと言い訳をすると、あたしは光夜くんの背中を押してベランダから家の中に戻っていく。
 呼びにきてくれたはずの春一がなかなか動かないから、今度はあたしが春一のことを呼んだ。

「春一も戻ろう! 主役がひとりぼっちじゃん! 今行くよー、千冬ぅー!」

 あたしは泣いてしまって下がった気持ちを上げるように、わざとテンションをあげてドタバタと階段を降りていく。

 大きなため息をつきたくなるほどに、見上げた空は灰色だった。
 不安がないなんて嘘だ。楽しいばかりじゃないって、わかっている。
 これから、千冬と関われるのはどのくらいあるんだろうとか、笑い合えるのは何回あるんだろうかとか、できれば悲しむ顔はさせたくないとか、たくさん、たくさん、考えてしまう。だけど、答えには到底辿り付かなくて、何だか濁った空には全部見透かされているような気がして、笑うしかなかった。
 千冬のバースデーパーティーは終始笑いが絶えなくて、本当に楽しくて、嬉しくて。だけど、楽しい時間にも終わりはきてしまう。千冬の外出期間も、残すは後一日となった。

 千冬との夏。あたしにとって、大切な大切な夏だった。たくさんの事が起こりすぎて、何だか一日一日がとても長く感じたんだけど、充実してるって事でいいんだよね?
 この夏が終わったら、次は何をしようか?
 千冬を、もっともっと楽しませたい。千冬を、もっともっとワクワクさせてあげたい。

 千冬は今、一番何がしたいのかな。
 何を考えているのかな。全部知りたかった。教えて欲しかった。

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