星と花

佐々森りろ

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第十三章 知ってるよ

知ってるよ

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 八月も終わりに近づくと、暑さもだいぶ和らいで夜は薄着だと少し風が肌寒い。千冬が帰った日から、またいつもの日常に戻っていた。カウンターに腰掛け店内を見渡す。

「……あれ? ない」

 立ち上がって店内を歩き回る。青ちゃんがついこの間完成させたばかりの五万の値札を付けた棚がない事に気が付いた。

「青ちゃん、あの棚売れちゃったの?」
「ん? あぁ、あれな。お前が遊んでる間に買い手が見つかってな」
「そーなんだぁ」
「何だよ、売れたんだ、喜べよ」
「だって……」

 気に入っていたから。なんならあたしが買いたかったくらいだし、だけどお金がないから諦めちゃったんだし。ああ、なんだか寂しいな。そりゃ売り物だから、いつかは誰かに買われちゃうんだけどさ。
 あたしはまたカウンターに戻って紙とペンを取り出す。

「おっはよぉ」

 あたしが絵を描くのに夢中になってると、小窓が開いて、春一が大きなあくびをしながら挨拶をする。

「おはようって……もう午後の三時なんだけど? 春一」
「……らしいなぁ」

 どーでもいいと言うように、春一はまたあくびをした。

「あれ? なずな絵なんて描くの?」
「ん? そーだけど……」

 描いている途中の絵を見られることがあまり好きじゃないから、すぐに紙をひっくり返して隠した。

「いーじゃーん。見せてくれても」
「やーだ。春一だって書きかけの小説見られたくないでしょ?」

 あたしの反論に言い返せなくなった春一は、悔しそうに眉根を寄せて無言で小窓を閉めた。ジャージ姿で頭には寝癖、寝起きなのか徹夜明けなのか、だるそうなままの格好でお店に入ってきた。

「ちょっと、そんな格好で入ってこないでよ。お客さん来たらどーすんの?」

 あたしの言うことも聞かずに、真っ直ぐ春一は時計の下まで歩き、立ち止まった。

「なぁ、この絵って、もしかして、なずなが描いたの?」

 春一は額縁に入った絵を指差しながら、片手をポケットに突っ込んだまま振り返って聞いてくる。

「え……?」

 指先を辿ると、春一がここに居る事を認めた日に描いた絵が置かれていた。あの日に飾ったまま、ずっとそこにあったんだ。

「……この絵にこの額縁はヤバイだろ? 合わねぇー」
「なっ!」
「けど、この絵は好き。すっげぇ上手い」

 春一は額縁を手に取り、頷きながら眺めている。

「……あ、ありがと」

 なんとなく褒められてはいるんだろうと、照れつつもお礼を言う。

「なずなには絵の才能があるんだなー」
「な! ないよ! 全然」

 いつもなら「まぁね~」とのせられるはずなんだけど、絵のことに関しては適当にはしたくなかった。

「絵、描くの、好きなんだな」

 春一が微笑んで言ってくれるから、そこは素直に頷いた。

「なぁ、なずな。今度俺の小説の表紙、描いてよ。なんか、今なら書ける気がするんだ。締め切りにはたぶん……間に合わないだろうけど……」

 春一は額縁を元に戻してサンダルを脱ぎ、また小窓を開けた。

「なぁ、頼むよ」

 こんなに頼み込んでくるなんてよっぽどだなと、あたしはさっきまで描いていた紙を春一に差し出した。

「こんなんで……いいの?」
「おぅ! 完成してたんじゃん」

 あたしから紙を手に取り、春一は更に顔を輝かせて何度も頷いた。

「すっげぇいい! なんだよ、マジで上手いなぁ」

 描いたのは、あの日の四人。浜辺で沈みゆく夕陽を眺めている所で、色鉛筆のグラデーションで、虹のような夜空と夕陽を作り出した。四人は手を繋ぎ、足元には小さなトンネル付きの三角山のお城。この夏の思い出を、一枚の中にすべて詰め込んだんだ。

「春一、これから千冬に恋愛、させてあげれるのかな?」

 千冬の体の事は、何にも知らない。
 どう悪くて、どうなるのか。どう苦しくて、どうしたらいいのか。千冬が帰ってから、不安ばかり募っている。今だって、もしかしたら苦しんでいるんじゃないかって、考えてしまう。

「……うん。けど、俺さ、千冬の運命の相手は、光夜しかいないと思うんだよね」
「……光夜くん?」
「俺のプロットでは、そう決まっているんだよね」
「……プロット?」

 専門用語みたいな言葉を言われても、よく分からない。
 その前に、千冬は春一のことが好きなんだと思うけど。それって、千冬は春一とは恋愛できないってことになるよね。

「光夜ってすごくない? 二年も病院に通って、スマホ買ってあげたり、外の景色の写真撮って来て励ましたり、ずっと千冬の支えになってきたんだよ。光夜だって、千冬しかいないって思ってる……」

 春一は、どこか遠くを見つめるようにした後、こちらに視線を向けた。

「そんなに想ってくれている男がすぐそばにいるって言うのに、千冬は気付かないのかな?」

 それは……千冬が春一を好きだから。だから、光夜くんじゃダメなんじゃないのかな? 春一は千冬の気持ちを知らないから、そんなことが言えるんだよ。気がついていないのは、春一の方だよ。
 少しだけ春一を睨むような顔をしてから、目を反らした。

「……知ってるよ」
「……え?」

 クスッと笑う春一の言葉に、あたしは直ぐ様顔をあげた。

「気づいてるから。なずなの気持ちも、千冬の気持ちも。俺を誰だと思ってんの?」

 今度は得意げに不敵な笑みを浮かべ、あたしを見下ろすと「ベストセラー作家のハルイチだぜ?」と鼻で笑った。

「俺のプロット通りに、千冬にハルイチ的恋愛をさせてやるよ。そりゃ、現実はそう簡単じゃねぇ。けど、千冬を少しでも楽しませてやりたいから」
「……ほんとに出来るの?」

 疑うような目で春一を見てしまう。千冬を悲しませるような事だけは、絶対にしてほしくない。

「ベストは尽くす!」

 真剣な顔はふざけて揶揄っているようには見えない。春一は嘘なんてつく人じゃない。

「……じゃあ、春一に任せるよ」
「よっしゃ……「けど、あたしも行くから」」
「……え?」
「春一だけじゃ心配だもん。あたしも行く!」

 なんだか、あたしだけ置いてけぼりになるみたいで寂しく思った。ただいつものように日々を過ごすだけなんて、そんなことをしていたら、一生このままな気さえしてくる。
決意を込めた強い眼差しを春一に向けながら訴えた。

「……行くって?」
「もちろん、東京よ!!」

 意気込んではっきりとそう言った。
 その時は、後の事も、先の事も、何にも考えずに口走っていて、けど、ゆるぎない決意だけは固くて、あたしは仁王立ちでつま先に力をこれでもかというくらいに入れて立っていた。

 春一は目を見開いて驚いた後に、笑い出す。

「いいね、一緒に行くか」

 この一言で、あたしの生活が一変しようとは、この時は知る由もなくて。けれど、時は静かに刻一刻と、過ぎ去っていく……

「あ、なずな絵の約束忘れんなよ?」
「ちょっと、それよりあたしの気持ちも知ってるってどうゆうこと?」
「ん? そんなこと言ったっけ? 忘れたーっ」

 ぱたりと小窓を閉めてしまうから、あたしは小窓を開けて、階段を登り始めた春一の背中に叫んだ。

「何それ! じゃああたしだって約束忘れるから!!」
「それはダメー」

 小さく聞こえてきた春一の返事の後に、部屋のドアが閉まる音が聞こえた。小さくため息をついて、カウンターに向き直った。


 春一が東京に帰る日まで、あたしは仕事に専念して、今まで貯めてきた大金とは到底言えないお金の残高を確認して、青ちゃんに事情を説明した。

「シュンと一緒に東京に行く?! お前らいつの間にそんな関係に!」
「なってない、なってない」

 焦る青ちゃんにあたしは冷静に突っ込む。

「まぁ、ちゃんと考えての決断だろうから、俺は何も言わねーよ。気をつけて行ってこいよ」
「ありがとう青ちゃんっ!」

 快く承諾してくれた青ちゃんに抱きついた。

 千冬、あたし、千冬に近い所へ行くよ! 何が待っているかなんて分からないけど、千冬がそこにいてくれることは、確実だから。

 迷いなく会いに行くよ。だから待っていてね。
 素敵な恋愛を、届けに行くから。


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