35 / 41
第十七章 千冬の想い
千冬の想い
しおりを挟む
目覚ましがいつもより一時間早く鳴る。すぐに布団から起き上がると、部屋を出てリビングへと進んだ。あたしの部屋は部屋と部屋の真ん中にあって、天井に明かりを取り込む窓があっても、外が見える窓がない。だから、リビングまで行き、広い窓から外の様子を伺った。
どんよりとした雲が街の上に渦巻いていた。今日の天気は良くないらしい。
「おはよ。早いな」
「おはよう。うん、千冬のとこ行くから」
すでに起きていたのか徹夜していたのか、春一はコーヒーをマグカップに注ぎながら眠たそうに言った。
「台風来てるって。ニュースで言ってた」
「え! そうなの?」
春一がテレビの電源を入れるから、振り返って画面を見ると、日本列島に渦が近づいている映像が映っていた。
「……あんまり強く降らなきゃいいなぁ」
もう一度空を眺めて呟くと、準備を始めた。
外はまだ雨は降っていないけれど、湿った風が強く吹きつけてきた。東京に来てから慣れない事ばかりだけど、最近やっと一人でも人混みに戸惑うことなく出歩けられるようになってきていた。もうすっかり、体が病院までの道のりを覚えていて、あたしは雨が落ちてくる前に病院にたどり着いた。
病室のドアをノックして開くと、いつもよりぎこちない笑顔の千冬がそこにいた。
「あ、なずなちゃん……おはようっ」
「おはよ。早くにごめんね」
ドアを閉めて近づきながら言うと、千冬は首を横に振った。光夜くんが持ってきた花は、昨日春一が棚に置いたあの時のままの状態で一方に片寄っていた。とても、飾っているとは思えなかった。
「千冬、あのね、昨日の事……聞きたくて」
責めるわけじゃないけれど、あんな風に大きな声をあげる千冬に不安になったから。
「あたし、千冬が光夜くんにあんな事言うなんて、信じられなかった。ね、千冬。なにか原因があるなら、話してほしいんだ」
あたしは千冬の助けになりたいから。
「なずなちゃん……」
「あたし、光夜くんがどんなに千冬の事想ってるのか、知ってる。千冬との今までを話してくれて聞いていたから。悔しいけど、ものすごく大きいんだ」
あたしなんかじゃ、足元にも及ばない。
「千冬が春一のことを好きなんだったら、それでもいい。けど、光夜くんにあんな態度をとるのは、可哀想だよ……」
言いきってから千冬を見ると、今にも泣き出しそうな潤んだ瞳であたしを見つめ返してきた。
「なずなちゃん……あたし、あの物語の中だけで素敵な恋愛が出来ればいいの。あたしは、現実では、恋は、しないよ……」
キュッと両手を布団の上で握り、うつ向いた千冬は消えそうな声で呟いた。
「………出来ないよ」
「……千冬?」
「あたし、光夜くんの気持ち、受け止める自信がないの。だって……あたしは……」
震える体を両腕で抱きしめるように包みながら、千冬は今までにない絶望に満ちた瞳で、ただ一点を見つめていた。
「いついなくなるか、わからないんだもん」
スッと、冷たい何かがあたしの全身を通り抜ける。
「千冬……?」
「今日かもしれない。明日かもしれない。毎日夜が来ると眠れないの。朝が来て目覚めると、真っ先にここがどこか、ちゃんと生きているか、確認するの。毎日が……不安で……怖いの……」
始めて見えた千冬の弱い部分に、あたしは何も言えなくなってしまった。
「日常がよく分からないし、みんなといると楽しいけど、楽しすぎるから、一人になった時に、物凄く孤独を感じる……だったら、最初から、みんなといない方がいいのかなって……思ったりもする」
かける言葉も見つからずに、千冬の声をただただ聞いているしかできない。
「あ……ごめん……あたし……」
きっと、落ち込んでいく気持ちが顔に出ていたのかもしれない。あたしを見て千冬は慌てて謝ると、布団を強く握り締めた。
やりきれない思いが強くて、自分に対する苛立ちと病気に対する恐怖と、千冬の中はきっと、大きな不安が渦巻いているのかもしれない。目の前にいる千冬が、小さくて、脆くて、今にも消えてしまいそうに見えて、壊れてしまわないように、消えてしまわないように、握られた手にそっと触れた。
「千冬、千冬は一人ぼっちなんかじゃないんだよ」
あたしの言葉に顔を伏せたまま、千冬の手がピクリと反応する。
「あたしは……あたし達は、千冬と一緒にいることがすごく楽しいの。千冬が病気でこんなに苦しんでいたなんて……あたし、ずっと気付いてあげれなかった。十年も、知らずにいてごめんね……ごめん……千冬っ……」
言葉を並べているうちに感情が沸き上がってきてしまって、あたしは頬を流れる涙が止まらなくなった。だけど、それでも続けた。
「千冬、あたし達をもっと、頼っていいんだよ。苦しみは分かり合えないかもしれない、代わりになんてなれるわけない、だけど……もっと伝えてほしいよ。本当の千冬の想いを……」
そうじゃなきゃ、千冬はずっと、我慢してばかりじゃないか。そんなの、苦しすぎるよ。
最後は千冬にすがるように出た言葉で。溢れ出てきて止まらなくなった涙を押さえるのに精一杯だった。病室には、あたしのしゃくり泣く声だけが、響いている。
外は予報通りに雨風が激しくなってきて、窓を打つ激しい雨音が、まるであたしの涙のように窓ガラスを濡らしていた。
「なずなちゃん……」
しばらくすると、千冬の穏やかな声で名前を呼ばれた。ハッとして顔をあげると、目にいっぱい涙を溜め込んで、落とさないようにと、ゆっくり千冬が言葉を紡ぐ。
「……あたしね、明日が検査なの。すごく不安。もう、みんなにも会う自信がなくなって来てた。こんなあたしを、みんな鬱陶しく思わないのかなって。勝手に、思ってた……だって、みんな本当に、優しいからっ……」
そこまで言うと、千冬はいきなり声を出して泣き始めた。溜め込んでいた涙は一気に溢れ出し、千冬の青白い頬を流れていく。次から次へと。泣きながらも、一生懸命に伝えてくれた千冬の言葉を、あたしはしっかりと受け止めた。
「……っ……ほんっとは……嬉しかった……の……」
落ち着こうと深呼吸をする千冬に、あたしはそっと背中に手を当てて摩ってあげた。
「あた、し……光夜くんの気持ちに、ずっと気付いてた……それなのに。こんな、いついなくなるかも分からないあたしの事を好きになってくれるなんて……光夜くんに悪いと思って……だから、あたしは、絶対に叶わない架空の人物のハルイチが好きだって、嘘ついてた……」
千冬は眉を思い切り下げて、困ったような表情でわざと笑っている。涙でぐじゃぐじゃで、向けられた笑顔はなんだか罪悪感を持っていて、あたしまで切なくなった。
「なずなちゃん、ごめんね……あたし、なずなちゃんに光夜くんと付き合ってもらえば、悲しむことないのかなって思って、そうなればいいなって、自分勝手に思ってた……」
「……じゃあ、千冬の好きな人って……」
不安な気持ちが表情に出ないように戸惑うあたしに、千冬は本音をこぼしてくれた。
「……光夜くんがいてくれたから、あたし、ここまで頑張れたって、思ってる」
やっぱり、千冬と光夜くんの絆はしっかりと繋がれていた。
お互いに想い合えていたんだ。それなのに、自分の気持ちを押し殺して光夜くんのことを突き放そうとした千冬のことを思うと、胸が張り裂けそうに苦しくなる。
しばらく、病室には外の嵐の強さが増していくのを知らせる様に、雨がガラス窓を叩きつける音だけが聞こえていた。
「……皆に、迷惑かけすぎてるね、あたし。こんな自分も、嫌なんだけど」
苦笑いしてポツリと俯く千冬は、そばにあったタオルで目元を押さえて言った。
次の瞬間、あたしは勢い良く椅子から立ち上がる。ガタッと言う音が、やけに大きく部屋の中に響いた。
「な、なずなちゃん?」
驚いて顔を上げた千冬の赤くなった目が、まんまるに見開く。
「千冬‼︎ 光夜くんにその想い伝えて! じゃなきゃ……じゃなきゃさ、四人で楽しくショッピングもランチも、おしゃべりだって出来なくなっちゃう! あたし、そんなの嫌だからねっ‼︎」
息継ぎもしないまま勢いよく言い切ったあたしは、吐き出した酸素を取り戻すように呼吸を整えつつ、また静かに椅子に座り直した。
「なずなちゃん……」
「あたし、光夜くんのことは友達にしか思ってないよっ。だって、光夜くん、千冬のことしか見てないし、千冬にゾッコンだもん!」
「……ゾッコン……って……?」
「なんかよく分かんないけど、青ちゃんがいつも〝俺はあげはにゾッコンだからな〟って言ってるのを、思い出したの!」
出かける前とか少しの間離れる時とか、青ちゃんがよく言っているのを急に思い出した。あれはきっと、姉のことがめちゃくちゃ大好きって意味なんだと思う。だから、きっと光夜くんもそうなんだと思って、思わず口から出てしまったんだ。
千冬が驚いた顔をしているから、二人で目が合うと、プッと吹き出してしまった。
それまでの重たい空気が、プツリと切れたように明るい笑い声が病室に響いた。
「……光夜くん……怒ってないかな?」
千冬が不安そうに言うから、あたしは笑って頷いた。
「大丈夫! 怒ってはないでしょ。めっちゃくちゃ落ち込んではいそうだけどね~」
からかうように言うと、千冬は先ほどとは違って血色を取り戻したピンク色の頬を膨らませた。そして、照れたように微笑んでくれた。
千冬の本当の気持ち、聞けて良かった。
あのまま放っておいたら、きっとあたし達は、バラバラになっちゃう所だったよね?
千冬のラブストーリーは、春一の思惑通りに、上手く進んでいったよ。
千冬、千冬は幸せだったかな?
あたしや、春一、光夜くんといた、わずかな日々……
どんよりとした雲が街の上に渦巻いていた。今日の天気は良くないらしい。
「おはよ。早いな」
「おはよう。うん、千冬のとこ行くから」
すでに起きていたのか徹夜していたのか、春一はコーヒーをマグカップに注ぎながら眠たそうに言った。
「台風来てるって。ニュースで言ってた」
「え! そうなの?」
春一がテレビの電源を入れるから、振り返って画面を見ると、日本列島に渦が近づいている映像が映っていた。
「……あんまり強く降らなきゃいいなぁ」
もう一度空を眺めて呟くと、準備を始めた。
外はまだ雨は降っていないけれど、湿った風が強く吹きつけてきた。東京に来てから慣れない事ばかりだけど、最近やっと一人でも人混みに戸惑うことなく出歩けられるようになってきていた。もうすっかり、体が病院までの道のりを覚えていて、あたしは雨が落ちてくる前に病院にたどり着いた。
病室のドアをノックして開くと、いつもよりぎこちない笑顔の千冬がそこにいた。
「あ、なずなちゃん……おはようっ」
「おはよ。早くにごめんね」
ドアを閉めて近づきながら言うと、千冬は首を横に振った。光夜くんが持ってきた花は、昨日春一が棚に置いたあの時のままの状態で一方に片寄っていた。とても、飾っているとは思えなかった。
「千冬、あのね、昨日の事……聞きたくて」
責めるわけじゃないけれど、あんな風に大きな声をあげる千冬に不安になったから。
「あたし、千冬が光夜くんにあんな事言うなんて、信じられなかった。ね、千冬。なにか原因があるなら、話してほしいんだ」
あたしは千冬の助けになりたいから。
「なずなちゃん……」
「あたし、光夜くんがどんなに千冬の事想ってるのか、知ってる。千冬との今までを話してくれて聞いていたから。悔しいけど、ものすごく大きいんだ」
あたしなんかじゃ、足元にも及ばない。
「千冬が春一のことを好きなんだったら、それでもいい。けど、光夜くんにあんな態度をとるのは、可哀想だよ……」
言いきってから千冬を見ると、今にも泣き出しそうな潤んだ瞳であたしを見つめ返してきた。
「なずなちゃん……あたし、あの物語の中だけで素敵な恋愛が出来ればいいの。あたしは、現実では、恋は、しないよ……」
キュッと両手を布団の上で握り、うつ向いた千冬は消えそうな声で呟いた。
「………出来ないよ」
「……千冬?」
「あたし、光夜くんの気持ち、受け止める自信がないの。だって……あたしは……」
震える体を両腕で抱きしめるように包みながら、千冬は今までにない絶望に満ちた瞳で、ただ一点を見つめていた。
「いついなくなるか、わからないんだもん」
スッと、冷たい何かがあたしの全身を通り抜ける。
「千冬……?」
「今日かもしれない。明日かもしれない。毎日夜が来ると眠れないの。朝が来て目覚めると、真っ先にここがどこか、ちゃんと生きているか、確認するの。毎日が……不安で……怖いの……」
始めて見えた千冬の弱い部分に、あたしは何も言えなくなってしまった。
「日常がよく分からないし、みんなといると楽しいけど、楽しすぎるから、一人になった時に、物凄く孤独を感じる……だったら、最初から、みんなといない方がいいのかなって……思ったりもする」
かける言葉も見つからずに、千冬の声をただただ聞いているしかできない。
「あ……ごめん……あたし……」
きっと、落ち込んでいく気持ちが顔に出ていたのかもしれない。あたしを見て千冬は慌てて謝ると、布団を強く握り締めた。
やりきれない思いが強くて、自分に対する苛立ちと病気に対する恐怖と、千冬の中はきっと、大きな不安が渦巻いているのかもしれない。目の前にいる千冬が、小さくて、脆くて、今にも消えてしまいそうに見えて、壊れてしまわないように、消えてしまわないように、握られた手にそっと触れた。
「千冬、千冬は一人ぼっちなんかじゃないんだよ」
あたしの言葉に顔を伏せたまま、千冬の手がピクリと反応する。
「あたしは……あたし達は、千冬と一緒にいることがすごく楽しいの。千冬が病気でこんなに苦しんでいたなんて……あたし、ずっと気付いてあげれなかった。十年も、知らずにいてごめんね……ごめん……千冬っ……」
言葉を並べているうちに感情が沸き上がってきてしまって、あたしは頬を流れる涙が止まらなくなった。だけど、それでも続けた。
「千冬、あたし達をもっと、頼っていいんだよ。苦しみは分かり合えないかもしれない、代わりになんてなれるわけない、だけど……もっと伝えてほしいよ。本当の千冬の想いを……」
そうじゃなきゃ、千冬はずっと、我慢してばかりじゃないか。そんなの、苦しすぎるよ。
最後は千冬にすがるように出た言葉で。溢れ出てきて止まらなくなった涙を押さえるのに精一杯だった。病室には、あたしのしゃくり泣く声だけが、響いている。
外は予報通りに雨風が激しくなってきて、窓を打つ激しい雨音が、まるであたしの涙のように窓ガラスを濡らしていた。
「なずなちゃん……」
しばらくすると、千冬の穏やかな声で名前を呼ばれた。ハッとして顔をあげると、目にいっぱい涙を溜め込んで、落とさないようにと、ゆっくり千冬が言葉を紡ぐ。
「……あたしね、明日が検査なの。すごく不安。もう、みんなにも会う自信がなくなって来てた。こんなあたしを、みんな鬱陶しく思わないのかなって。勝手に、思ってた……だって、みんな本当に、優しいからっ……」
そこまで言うと、千冬はいきなり声を出して泣き始めた。溜め込んでいた涙は一気に溢れ出し、千冬の青白い頬を流れていく。次から次へと。泣きながらも、一生懸命に伝えてくれた千冬の言葉を、あたしはしっかりと受け止めた。
「……っ……ほんっとは……嬉しかった……の……」
落ち着こうと深呼吸をする千冬に、あたしはそっと背中に手を当てて摩ってあげた。
「あた、し……光夜くんの気持ちに、ずっと気付いてた……それなのに。こんな、いついなくなるかも分からないあたしの事を好きになってくれるなんて……光夜くんに悪いと思って……だから、あたしは、絶対に叶わない架空の人物のハルイチが好きだって、嘘ついてた……」
千冬は眉を思い切り下げて、困ったような表情でわざと笑っている。涙でぐじゃぐじゃで、向けられた笑顔はなんだか罪悪感を持っていて、あたしまで切なくなった。
「なずなちゃん、ごめんね……あたし、なずなちゃんに光夜くんと付き合ってもらえば、悲しむことないのかなって思って、そうなればいいなって、自分勝手に思ってた……」
「……じゃあ、千冬の好きな人って……」
不安な気持ちが表情に出ないように戸惑うあたしに、千冬は本音をこぼしてくれた。
「……光夜くんがいてくれたから、あたし、ここまで頑張れたって、思ってる」
やっぱり、千冬と光夜くんの絆はしっかりと繋がれていた。
お互いに想い合えていたんだ。それなのに、自分の気持ちを押し殺して光夜くんのことを突き放そうとした千冬のことを思うと、胸が張り裂けそうに苦しくなる。
しばらく、病室には外の嵐の強さが増していくのを知らせる様に、雨がガラス窓を叩きつける音だけが聞こえていた。
「……皆に、迷惑かけすぎてるね、あたし。こんな自分も、嫌なんだけど」
苦笑いしてポツリと俯く千冬は、そばにあったタオルで目元を押さえて言った。
次の瞬間、あたしは勢い良く椅子から立ち上がる。ガタッと言う音が、やけに大きく部屋の中に響いた。
「な、なずなちゃん?」
驚いて顔を上げた千冬の赤くなった目が、まんまるに見開く。
「千冬‼︎ 光夜くんにその想い伝えて! じゃなきゃ……じゃなきゃさ、四人で楽しくショッピングもランチも、おしゃべりだって出来なくなっちゃう! あたし、そんなの嫌だからねっ‼︎」
息継ぎもしないまま勢いよく言い切ったあたしは、吐き出した酸素を取り戻すように呼吸を整えつつ、また静かに椅子に座り直した。
「なずなちゃん……」
「あたし、光夜くんのことは友達にしか思ってないよっ。だって、光夜くん、千冬のことしか見てないし、千冬にゾッコンだもん!」
「……ゾッコン……って……?」
「なんかよく分かんないけど、青ちゃんがいつも〝俺はあげはにゾッコンだからな〟って言ってるのを、思い出したの!」
出かける前とか少しの間離れる時とか、青ちゃんがよく言っているのを急に思い出した。あれはきっと、姉のことがめちゃくちゃ大好きって意味なんだと思う。だから、きっと光夜くんもそうなんだと思って、思わず口から出てしまったんだ。
千冬が驚いた顔をしているから、二人で目が合うと、プッと吹き出してしまった。
それまでの重たい空気が、プツリと切れたように明るい笑い声が病室に響いた。
「……光夜くん……怒ってないかな?」
千冬が不安そうに言うから、あたしは笑って頷いた。
「大丈夫! 怒ってはないでしょ。めっちゃくちゃ落ち込んではいそうだけどね~」
からかうように言うと、千冬は先ほどとは違って血色を取り戻したピンク色の頬を膨らませた。そして、照れたように微笑んでくれた。
千冬の本当の気持ち、聞けて良かった。
あのまま放っておいたら、きっとあたし達は、バラバラになっちゃう所だったよね?
千冬のラブストーリーは、春一の思惑通りに、上手く進んでいったよ。
千冬、千冬は幸せだったかな?
あたしや、春一、光夜くんといた、わずかな日々……
12
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
王の影姫は真実を言えない
柴田はつみ
恋愛
社交界で“国王の妾”と陰口を叩かれる謎の公爵夫人リュミエール。彼女は王命により、絶世の美貌を誇る英雄アラン公爵の妻となったが、その結婚は「公爵が哀れ」「妻は汚名の女」と同情と嘲笑の的だった。
けれど真実は――リュミエールは国王シオンの“妾”ではなく、異母妹。王家の血筋を巡る闇と政争から守るため、彼女は真実を口にできない。夫アランにさえ、打ち明ければ彼を巻き込んでしまうから。
一方アランもまた、王命と王宮の思惑の中で彼女を守るため、あえて距離を取り冷たく振る舞う。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる