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第十九章 検査の日
検査の日
しおりを挟む用意された夕食に舌鼓を打ちながら、あたしはニコニコと笑顔を振りまいていた。
「……どうした? なずな」
「え、何が?」
怪訝な顔で春一は箸を下ろすと、あたしをまじまじと見てきた。
笑顔を意識しすぎて、逆に不自然だったのかもしれない。笑うのを控えつつ、あたしはサラダボールからレタスを取り皿に盛って、シャキシャキと頬張った。
「千冬は? 大丈夫だったか?」
春一が少し聞きづらそうに言うから、あたしは頷く。
「うん、大丈夫だったよ。千冬、ちゃんと光夜くんの事が好きって素直に言ってくれたし、それに……光夜くんが来てくれて、千冬、自分の気持ち、ちゃんと伝えられたんだよ。隠れて聞いちゃったのは悪いと思ったけど……でも、良かったよねっ!」
少し間を置いて、必死に笑顔を作ってみる。
「何すっげぇ辛そうな笑顔作ってんだよ! ばーか」
目の前の春一は呆れ顔であたしに罵声を浴びせる。
「なっ!! なによぉ!」
「辛いんなら泣けば?」
「えっ?」
春一は優しく微笑んで、あたしを見つめる。
「涙はな、我慢してると体に悪いんだぞ。泣きたいなら、思い切り泣けよ」
「なっ……なによぉ……っうぇ」
泣かないって決めていたのに。笑顔でいるって決めてたのに。なんで、泣けよなんて言うんだ。
「なずなは頑張ったよ。すっげぇ、頑張ったよ」
目の前の春一が涙で見えなくなって、あたしはフォークを置いて下を向き、ボロボロと大粒の涙を流して、声を上げて泣いていた。そんなあたしを、春一は静かに見守っていてくれた。
「なずな、そんなに光夜の事好きだったんだな」
春一は頬杖をつき、食後のコーヒーを飲みながら、泣き止み落ち着いてまたご飯を食べ始めたあたしを見て言った。
「あたしもびっくりだよ。そこまで意識してなかったんだけどなぁ」
「……まじで? 明らかだったけどな。ってか、あいつ、モテんなぁ」
しみじみと言う春一に、あたしはバレていたことに恥ずかしくなりながら、最後の一口を食べ終えると、食器をシンクに持っていって洗った。
「もう諦めたし、たぶんあたし光夜くんの事をほんとに深く好きになる前で良かったなって思ってるんだ」
コーヒーをカップに注ぐと、あたしはテーブルからソファーに移動した春一の横隣のソファーに座った。
「俺が何度も忠告してたからな」
春一は偉そうな口調でソファーに仰け反り足を組んだ。
「ははっ、そーだね、ありがと春一」
本当に感謝してる。春一がいるから、聞いてくれると思うから、あたしも素直に今日のことを受け止められている気がする。
「でねっ、千冬の検査が明日なの!」
カップをテーブルに戻すと、あたしは春一の方を向いた。
「そりゃまた唐突だな……」
「午後からだって。明日なら、まだ光夜くんもいるし、春一は? 行けそう?」
あたしの問いかけに、春一は一瞬考え込んでから頷いた。
「行くよ。今日中に原稿は仕上げればオッケーだし。あ、沢田さんがなずなに一枚イラストお願いしたいって言ってたぞ」
「ほんと? 頑張らなくちゃ!」
「だな、よろしく頼むな。じゃあ、俺部屋戻るから、なずなは寝ていいぞ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
春一は自分のカップを手にして部屋に戻って行った。あたしも飲み終えたカップを洗い、部屋に戻った。
千冬は今ごろ、何を思っているんだろう。不安かな? 孤独かな? 光夜くんと気持ちが通じ合えて、そんな気持ちは薄くなれたかな? 明日の検査で、千冬の回復を祈るしかない。あたしはそう思いながら、眠りについた。
✳︎
翌朝、目が覚めてから顔を洗っていると、スマホが鳴った。あたしは急いで顔を拭き、スマホを手に取る。
》おはよう
昨日、千冬のとこに行ってきたら、千冬の本当の気持ちを聞くことが出来たよ。
今日は仕事だから、多分検査終わる前には病院に行けると思うけど、一応報告しときたくて。
なずなにはいろいろ弱音聞いてもらったしな。ありがとう。メールでごめんな、じゃあまた後で。
光夜くんからのメッセージ。あたしは読み終えると静かにスマホをポケットにしまって、タオルで顔を押さえた。良かった。
ふかふかのタオルを顔から離すと、あたしは鏡に向かって満面の笑みを作った。
大丈夫。もう泣かないよ。だって、嬉しいから。
「何してんの?」
後ろから春一の呆れた声がして驚く。鏡越しに写る春一に、苦笑いをした。
「光夜からメールきた?」
「うん、今」
ドアに寄りかかりながらスマホを見せてくる春一に、あたしは頷いた。
「無理に笑ってたの?」
「えっ……う、ううん」
あたしは首を横に振る。無理なんてしていない、むしろ。
「心から、良かったなぁって……そう思ったからっ」
あたしが照れながら言うと、春一は顰めていた眉を緩めた。安心したみたいに、「そっか」と胸を撫で下ろすように言ってくれる。
「もぉ、春一心配しすぎ」
あたしが笑って春一の横を通り過ぎようとした瞬間、右腕を掴まれて、振り返った。
「心配するに決まってんじゃん。俺は、なずなが好きだから」
掴まれた腕から春一の熱が伝わる。相変わらずドアにもたれたままで笑顔を向けてくる。そんな春一の顔は、今まで見たこともないくらいに優しくて穏やかで。あたしは金縛りにでもあったかのように動けなかった。
「あの……春一? 今なんか……好きって……?」
状況に理解が追いつかずに、あたしは困惑する。
「ねぇ、今……好きって、言ったの?」
考え込んでしまうあたしを見て、春一はムッとしたようにまたしても眉を顰めた。そして、掴んでいたあたしの腕を離した。
「さぁな、何でもねぇよ」
そのままリビングの方に歩いて行ってしまうから、あたしは呆然としたまま頭の中を整理整頓する。が、なかなか情報がまとまらない。とにかく、平常心を保ちながら着替えて準備をしてからキッチンに行くと、テーブルの上にはすでに朝食の準備が出来上がっていた。
「はい、なずなの好きなハムエッグとミニトマト」
目の前に白いお皿に盛り付けられたハムエッグとミニトマトが置かれた。顔のすぐ横をかすめる春一の腕に、心臓が飛び出そうになってしまう。ぎこちないあたしの反応に、春一は目の前の席に座ると、一度ため息を吐き出した。
「はぁ……うそうそ。冗談! 忘れて、なずな。とりあえず今は千冬の検査が大事だな、食ったら行こうぜ」
そう言って、とろとろの黄身をハムに絡めて、春一はパクりと一口で口に入れた。
「……うん」
あたしもそんな春一の真似をして、黄身に穴を開けてとろりと流れ出す黄身と一緒にハムを食べ始めた。もう、光夜くんを想う気持ちは、あたしの中から薄れていて、今は千冬と光夜くんが幸せになってくれればいいと、そんな気持ちでいっぱいだった。
だから、春一の言葉が、なんの抵抗もなく心に響いたのは、間違いない。
「あ、なずな、沢田さんがイラストの話したいらしいけど、いつ空いてる?」
「……あたし、明日から一週間マーメイドの開店準備があって。夜なら大丈夫だけど」
「オッケ、沢田さんに言っとくから」
「お願いします。先生」
あたしがペコリと頭を下げると、春一の動きが止まる。
「……先生……?」
「だって、仕事上は先生でしょ」
「……まぁ、いいけど。何だって」
春一は不服そうにタコさんウインナーをフォークに突き刺した。なんとなく、先生呼びはやめておいた方がいいかもしれない、そう思った。朝食を終えてキッチンを片付けて、あたしは前からチェックしていたSNSのドラマ情報を確認する。
「春一、今日九時までには帰ってこようねっ」
「え? 何で?」
「広海さんのドラマ! 見ないと」
スマホをしまってあたしはソファーを立つと、部屋にバックを取りに行く。飾り棚の上に置いていたオルゴールを開けると、“星に願いを”が流れてきた。
今日の検査で、千冬のこれからが大きく変わって行くような気がする。また、四人で地元の海へ行こう。まだ叶っていない、ショッピングやランチをしよう。カラオケだってしたいよね。
千冬、たくさんたくさん、もっと一緒にいろんな事、したかったよね……
目の前には、泣き崩れる千冬のお母さん。それを力なく受け止める、お父さん。あたしと春一は、少し離れた所で、医師の言葉を聞いていた。
これが、現実なのか、夢なのか。
それとも、あたしがまだ眠っていて、悪い夢を見させられているのかもしれない。起きなきゃ……起きなきゃ……
「しゅん……いち……」
起きなきゃ……
「あたし、起きてる? これって夢かな?」
ぽっかりと空いた心が、悲しいという感情さえも感じさせてくれようとしない。
「春一! わりぃ、遅れた。千冬はどうだっ……て……?」
息を切らして、遅れて来た光夜くんが、春一にしがみつくあたしと少し離れた位置にいる千冬の両親を見て、愕然と言葉を失うのが分かった。
「千冬……あと一ヶ月、持たないかもしれないって……」
静かに春一は光夜くんに告げる。
その言葉にまた、夢であってほしいと願い、泣き震える。あたしを引き寄せて、春一は一緒に廊下の長椅子に落ちるように座り込んだ。
光夜くんは、何も答えることなく、ただ、立ち尽くしていた。
千冬、一番悲しいのは、一番辛いのは、千冬だよね。
あれからあたし達、いつもの様に笑えていたかな?
千冬はなんにも変わらなくて、やっぱり一生懸命に前向きで、あたし、千冬のそんな所が、大好きだったよ。
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