星と花

佐々森りろ

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第二十章 一緒にいたい

一緒にいたい

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 病室で眠る千冬は、お人形の様に白い肌をしていて、ちゃんと目覚めてくれるのかと不安になった。だけど、かけられた布団が上下に動いていて、小さな呼吸を繰り返しているのを見て、ホッとした。
 検査の結果は、詳しくは教えてもらえなかったけれど、千冬の両親に簡単に説明してもらった。光夜くんが前回聞いた検査の結果から、何一つ回復は見られなくて、病気は静かにゆっくりと千冬を蝕んでいっていると。

 普通に、笑っていた。普通に、歩いていた。あたしと、なんにも変わらなかった。なのに、どうして。

 医師は、今日まで頑張っている千冬が信じられないと、そう話したそうで。あと一ヶ月という余命の判断も、確実ではあるけれど、千冬の頑張りで前後すると言っていたらしい。だけど、どんなに頑張っても、長く生きるのは難しい。
 ならば、千冬に、残りの一ヶ月間を、自由にしてあげてはどうだろうかと、両親は告げられたようだ。
 千冬の両親は、それは千冬本人が決めることだからと、静かに眠る千冬が目を覚ました時に、全てを話すことを決めていると話してくれた。
 あたしは春一と二人で病院の中庭にいた。力なくベンチに座って、ようやく顔をあげて見上げる。空は青く雲一つない。ビルとビルの隙間から、太陽が覗いていた。

「……落ち着いたか?」

 ペットボトルのジュースを差し出してくれるから、受け取ると、春一はあたしの隣に座った。

「分かんない」

 あまりにもショックな事に、あたしはまだ気持ちの整理が出来ていなかった。病室には、千冬の両親と光夜くんが千冬の目覚めるのを待っている。あたし達はしばらくベンチで遠くを見つめて黙り込んでいた。
 空は晴れて、鳥も飛んでいるのに、ちっとも清々しい気分にはなれなかった。


✳︎\✳︎\✳︎
 わずかに聞こえてくる父と母、そして、光夜くんに似た声に神経が反応した。感覚が戻っていくような気がしてきて、ゆっくり指先に集中する。重たい瞼を、不安な気持ちでゆっくりと薄く開いた。いつもの見慣れた真っ白な天井に、ほっとする。

「千冬!」

 ギュッと手を握るのは、光夜くんかな。まだ虚ろな感覚にぼうっとする。パパとママもいる。

「検査……終わったんだ。寝たなぁ」

 ホッとして吐き出した言葉に、あたしを覗き見る光夜くんを視界に捉えて、微笑んだ。

「側にいてくれたんだね、ありがとう」

 光夜くんの姿に、本当に安心する。いつも思っていたけれど、今日はなんだかいつもよりも心の中が温かい。光夜くんに想いを伝えられたからなのかもしれない。あたしの手を握る力が強くなるから、そっともう片方の手をゆっくり動かして光夜くんの手に添えた。

「千冬、話があるんだ」

 父の何か重たそうに聞こえる声に、視線を向けた。

「大事な話だ」

 真剣な父の顔に、何か嫌な予感がして離れようとする光夜くんの手を、力の限り解けてしまわぬようにと繋ぎ止めた。

「千冬、今回の検査の結果だが……千冬はあと、一ヶ月、生きられるか分からないそうだ……っ……」

 苦しそうに歯を食い縛りながらも、父は続ける。

「千冬、残りの1ヶ月、どうしたい? お前の好きにしていいから、少し、考えてみてくれないか?」

 決して、諦めて言っているわけじゃないと思う。あたしの為を思って言ってくれている言葉だと、ちゃんと理解している。
 しばらく、病室の中は静寂に包まれた。うつ向いていた顔を上げて、父の後ろにいた光夜くんの姿を見つめる。眉根を寄せながらも笑顔を向けてくれるから、ぎゅっと胸の奥が苦しくなった。

「あたし……みんなと一緒にいたい。パパやママと一緒にいたい。なずなちゃんや、春一くんと一緒にいたい……光夜くんとずっと、一緒にいたいよ……」

 布団を握り締めた両手の拳が、力なく震えてしまう。そんなあたしを、父は強く抱き締めた。大きな温もりに安心して、今まで堪えていた不安が大粒の涙になって流れていく。父の大きな背中にしがみついて、声を上げて泣いた。自分がもう長くはないと知っていた。ずっと覚悟していた。一人ぼっちで、いてもいなくなってもおんなじじゃないかって、いつしか考えていた。
 だけど、違うんだ。
 あたしは、あたしにはたくさんの一緒にいたいって思える人がいる。その大切な人達と、一瞬も逃さないで、隣で笑い合っていたい。一緒にいたい。
 あたしを小さな頃から見守ってきてくれたパパとママ。
 あたしを十年もの長い年月を越えても忘れずに居てくれた、なずなちゃん。
 いつでもあたしを励ましたり、喜ばせてくれる春一くん。
 そして、酷いこともたくさん言ったのに、こんなあたしを全て受け止めてくれて、好きになってくれた、光夜くん。
 最後の最期まで……みんなと一緒がいい。

✳︎/✳︎/✳︎/

「あ、光夜」

 中庭に続く入り口から、光夜くんがこちらに向かってくるのが見えて、春一は立ち上がった。

「ここにいたのか」
「……千冬……どうだった?」

 心配そうに春一が聞くと、光夜くんは歯を見せて無邪気に笑った。

「来てよ、病室に」

 そう言われて、あたしと春一は光夜くんの笑顔のわけも分からずに、千冬の病室まで戻ってきた。ドアを開けて中に入ると、千冬も笑っていて、いつもの様にあたし達を呼んだ。

「なずなちゃーん、春一くんっ、どこ行ってたのー?」
「えっ……あ、中庭?」
「そっか! 帰ってなくてよかった。あたしね、来週退院する事にした。みんなと一緒に、普通の生活がしたいんだけど、いいかなっ?」

 あたしがまだ晴れない気持ちのままで笑えずにいたのに、千冬はそんな顔一つ見せずに、星のようにキラキラと輝く笑顔をあたし達に向けてきた。あたしと春一は二人で顔を見合わせて、もう一度千冬を見る。

「もぉーっ、いいかな? って聞いてるじゃん!」

 プクッとピンクの頬を膨らませて、いじけたように千冬はあたし達を見てくる。何故だか、無性に泣きたくなって、湧き上がってくる涙を飲み込んだ。ここで泣いてしまったら、千冬に怒られそうだったから。だから、わざと明るく答えた。

「いいともーーーー!!」

 片腕を高く上げて叫んだあたしを見て、「ここ病院だからな、声でかいだろ!」とすぐに春一が突っ込む。みんなはそんなあたし達に驚いた後で、爆笑した。病室に、一気に花が咲いたように笑いが広がる。千冬は涙を流しながら笑っていた。あたしも、笑い泣きだと誤魔化しながら、一緒になって涙を流した。
 残りの一ヶ月間を、楽しく過ごそう。笑いながら、うん、涙が出るくらいに、たくさん笑いながら。

「あ、千冬、今日のドラマ見てみて! 春一の元カノ出るからー」
「えっ! ほんとに? 見る見る見る!!」
「別にいーよ、見なくて」
「「見ます!」」

 春一の言葉にあたしと千冬は声を揃えて同時に振り返った。春一から聞いた広海さんのことを、詳しく千冬に教えながら、ドラマ話で盛り上がった。

「そーだ、光夜明日から北海道だろ? 遠恋だな。がんばれよ」

 ポンッと光夜くんの肩を叩くと、春一は椅子に座った。明らかに肩を落とす光夜くん。

「一週間かぁ……断ろっかな。千冬といたいし」
「ダメ!!」

 光夜くんが寂しそうにポツリと呟くと、すかさず千冬の声が飛んだ。
 
「光夜くんラベンダー買ってきてくれる約束したじゃん! 守ってよね。後、北海道の写真、あたしが見れない分しっかり写して来るって約束だよ」

 またしても頬を膨らませて怒る千冬に、光夜くんは冷や汗をかきながら、「行くよ」と弱々しく言った。
 あたしは、そんな二人のことを見て笑っていた。なんだか、千冬と光夜くんの仲の良さがすごく伝わってくる気がした。普段は元気だけどあまり意見を前に出してこない千冬が、光夜くんには素直に甘えているし、本音を向けている。きっと、あたしや春一じゃこんな千冬の一面は引き出せないと思う。考えれば考えるほどに、微笑ましくなってきて、あたしはニヤけが止まらない。

「ちょっとなずな、笑いすぎだぞ」

 そんなあたしに気がついた光夜くんが目を細めるから、「だって二人ともすっごく仲良しなんだもん。さすが恋人っ!」って言うと、一気に二人とも真っ赤になってしまった。

 千冬の選択は、千冬だけじゃなくて、あたし達も正しいって思えた。
 千冬と出逢わなければ、こんなにも楽しい、幸せな時間があることを、あたし知らずに生きていくとこだった。

 千冬、千冬はキラキラ輝く星のように綺麗で、儚くて、脆くて。
 だけど、何にでも一生懸命で、頑張り屋さんで、そんな千冬が、あたし大好きだった。

 千冬、千冬に会えて、本当に良かった。
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