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sideイリアス
9話
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今日もウィリテが眠る樹を訪れる。
すっかり精霊たちに嫌われてしまった私は、樹から人ひとり分離れた距離まで近付くと、それ以降は近付けないように何かに弾かれてしまう。
しかし初めの時みたいに崖下に突き落とされる事はなかったので、その待遇も甘んじて受け入れた。
樹から少し離れた場所に腰を下ろして樹を見上げる。
春と呼ぶにはまだ肌寒いこの時期なのに、葉がしっかりと生い茂っていて、サワサワと微かな風に葉を揺らしていた。
ウィリテが眠りにつくことを願った樹について、母の伝手を使って調べてみた。この樹は森の民の守りの樹であり、神木として祀られていたそうだ。投獄していた男の記憶から察するに、ウィリテは逃げる最中にその枝を拾ってそのままこの地まで持ってきたのだろう。
生まれ育った地から離れざる得なかった彼を思うと胸が痛む。視線を樹の幹に移して少しでも彼の慰めになれば、と思い出話やこの街であった出来事など、些細な話をゆっくりと紡いだ。
本来なら仕事を放棄した状態でこの街に長く留まることは、国政を預かるものとして許されることではない。でも私はどうしてウィリテから離れたくなかった。
だから父に頭を下げ、宰相に復職してもらえないかと願ったのだ。
その無責任な願いに、父は眉間の皺を深めて物凄く嫌そうな表情になった。………が、同席していた母の「え、もしかして官服姿がまた見れるの?似合っててカッコ良かったんだよね」と頬を染める姿を見た瞬間に、首を縦に振っていた。
そんな母の無意識の協力もあり、今、私はここで時間を気にすることなく過ごすことが出来ている。
でもきっとこのままでは何も解決しないし、私はウィリテに会うことも叶わないままだろう。
私はそっと瞳を閉じて、父の言葉を心の中で思い出した。
□■□■
『何故これほどまでに我々「獏」が番に焦がれるか知っているか?』
宰相復帰を承諾したあと、父は私にそう声をかけてきた。神獣などと言われても、獏も結局は獣人。その性が番を追い求めさせるのだろうと思っていた私は、彼の口ぶりに違和感を感じた。訝しく思いながら首を振ると、父は私を真っすぐに見つめて言葉を続けた。
『獏には全ての物を手に入れることが出来る力がある。もし現実世界で手に入らない物があっても、精神世界で作り出せば良い。それ故に現実世界に固執する理由が全くないのが「神獣・獏」だった』
一旦言葉を切ると父は考え込むように口を噤み、退室した母の姿を探すかのように扉に視線を向けた。暫く扉を見つめていた父は、やがて「ふぅ」と息を吐きだしてもう一度私に目を向けた。
『そもそも神獣とは、この世をより良い方向へ導きくために神が創造した生き物とされている。それが現実世界から離れてしまっては意味がない。獏が自ら望んで現実世界に居続けるようにするために作られたものが、「獏」の番だ。だからほかの獣人よりも番に対して執着するし、是が非でも手に入れようと足掻く』
『……父上も足掻いたのですか?』
『………。結果が全てとだけ言おう。しかしお前が番を求める気持ちは理解できる。だから父親として協力はしてやろう。たからこれ以上私の番に心配をかけるな』
きっぱりと言う彼に、私は思わず笑いを浮かべた。王宮に勤めていれば自然と聞こえてくる、前宰相閣下とその番のあれやこれやの逸話。彼らも相当やらかして、今の状態があるのだと思うと少し慰められた気持ちになった。
■□■□
私は、心ない行動で傷つけてしまったウィリテに、穏やかな生活を返してあげたいと思っている。
そう思っているのに、私の獣の部分が君を求めて激しく哭くのだ。だから………。この神木の話を聞いて知った方法を試そうと思う。
ーーーー暫く君と離れることになるけど………。
「…また来るよ」
君に聞こえているかどうか分からないけれど。でも君を見捨てて来なくなったとは思われたくなくて、いつものようにそう言い残し、私は次の行動へと移したのだった。
すっかり精霊たちに嫌われてしまった私は、樹から人ひとり分離れた距離まで近付くと、それ以降は近付けないように何かに弾かれてしまう。
しかし初めの時みたいに崖下に突き落とされる事はなかったので、その待遇も甘んじて受け入れた。
樹から少し離れた場所に腰を下ろして樹を見上げる。
春と呼ぶにはまだ肌寒いこの時期なのに、葉がしっかりと生い茂っていて、サワサワと微かな風に葉を揺らしていた。
ウィリテが眠りにつくことを願った樹について、母の伝手を使って調べてみた。この樹は森の民の守りの樹であり、神木として祀られていたそうだ。投獄していた男の記憶から察するに、ウィリテは逃げる最中にその枝を拾ってそのままこの地まで持ってきたのだろう。
生まれ育った地から離れざる得なかった彼を思うと胸が痛む。視線を樹の幹に移して少しでも彼の慰めになれば、と思い出話やこの街であった出来事など、些細な話をゆっくりと紡いだ。
本来なら仕事を放棄した状態でこの街に長く留まることは、国政を預かるものとして許されることではない。でも私はどうしてウィリテから離れたくなかった。
だから父に頭を下げ、宰相に復職してもらえないかと願ったのだ。
その無責任な願いに、父は眉間の皺を深めて物凄く嫌そうな表情になった。………が、同席していた母の「え、もしかして官服姿がまた見れるの?似合っててカッコ良かったんだよね」と頬を染める姿を見た瞬間に、首を縦に振っていた。
そんな母の無意識の協力もあり、今、私はここで時間を気にすることなく過ごすことが出来ている。
でもきっとこのままでは何も解決しないし、私はウィリテに会うことも叶わないままだろう。
私はそっと瞳を閉じて、父の言葉を心の中で思い出した。
□■□■
『何故これほどまでに我々「獏」が番に焦がれるか知っているか?』
宰相復帰を承諾したあと、父は私にそう声をかけてきた。神獣などと言われても、獏も結局は獣人。その性が番を追い求めさせるのだろうと思っていた私は、彼の口ぶりに違和感を感じた。訝しく思いながら首を振ると、父は私を真っすぐに見つめて言葉を続けた。
『獏には全ての物を手に入れることが出来る力がある。もし現実世界で手に入らない物があっても、精神世界で作り出せば良い。それ故に現実世界に固執する理由が全くないのが「神獣・獏」だった』
一旦言葉を切ると父は考え込むように口を噤み、退室した母の姿を探すかのように扉に視線を向けた。暫く扉を見つめていた父は、やがて「ふぅ」と息を吐きだしてもう一度私に目を向けた。
『そもそも神獣とは、この世をより良い方向へ導きくために神が創造した生き物とされている。それが現実世界から離れてしまっては意味がない。獏が自ら望んで現実世界に居続けるようにするために作られたものが、「獏」の番だ。だからほかの獣人よりも番に対して執着するし、是が非でも手に入れようと足掻く』
『……父上も足掻いたのですか?』
『………。結果が全てとだけ言おう。しかしお前が番を求める気持ちは理解できる。だから父親として協力はしてやろう。たからこれ以上私の番に心配をかけるな』
きっぱりと言う彼に、私は思わず笑いを浮かべた。王宮に勤めていれば自然と聞こえてくる、前宰相閣下とその番のあれやこれやの逸話。彼らも相当やらかして、今の状態があるのだと思うと少し慰められた気持ちになった。
■□■□
私は、心ない行動で傷つけてしまったウィリテに、穏やかな生活を返してあげたいと思っている。
そう思っているのに、私の獣の部分が君を求めて激しく哭くのだ。だから………。この神木の話を聞いて知った方法を試そうと思う。
ーーーー暫く君と離れることになるけど………。
「…また来るよ」
君に聞こえているかどうか分からないけれど。でも君を見捨てて来なくなったとは思われたくなくて、いつものようにそう言い残し、私は次の行動へと移したのだった。
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