僕の策略は婚約者に通じるか

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僕の策略は婚約者に通じるか

1.僕の婚約者

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『ユンは僕の婚約者だからね。他の人を好きになってはダメだよ』

『こんや、くしゃ?』

『そう。僕とずっとずっと一緒にいますって約束した人のこと』

『わかった!フリードのこと、だいすき、だから、こんやくしゃだね』

『嬉しい。約束だよ?誰も好きにならないで……ね?』

 そっと、額へ誓いのキスを贈ってくれた。――うん、やくそく。



 そう返事をした五歳のときから、僕はずっと婚約者であるフリードリヒのことだけを想い続けていた。
 約束が理由でそうしたわけではない。初めて会ったときから、物心ついたときから、僕はフリードリヒのことが本当に大好きだった。
 初恋。名前をつけるとしたらそうなのだろう。他の恋を知らずに一人だけを見続けてきた。盲目的だったのかもしれない。だとしても、構わなかった。だって他の人に心が動くことはなかったのだから。


 +゜*。:゜+.゜*。


 僕、ユストゥス・バルテンはバルテン伯爵家の次男だ。領地運営が主な収入源で、自然豊かな土地を保有している。嫡男である兄とは年が離れていたため既に結婚して息子が生まれており、僕の伯爵位のスペアとしての立場はすぐに必要なくなった。とはいっても両親は僕のことをぞんざいに扱うこともなく、兄との間に姉がいたこともあって末っ子として大切に育ててくれた。

 そんな僕が幼い頃、父の友人であるリーネント侯爵とは昔から親しくさせていただいているようで、嫡男のフリードリヒを連れてよくご来訪になられる間柄だった。
 二つ年上のフリードリヒは僕のことを弟と思ってくれたのか遊び相手になってくれ、後を追っては彼の真似をよくしていたらしい。記憶にはないが侍女や両親から話を聞くとその話が度々出てくる。

「ユストゥスのことはユンって呼ぶね」

 兄と弟のように仲の良かった二人に変化がおきたのは僕が五歳、フリードリヒが七歳のときだった。
 リーネント家から婚約の打診があり、僕は婚約者となったのだ。もちろんまだ幼いことは重々承知の上で取り交わしたわけであるから、成長を見守りつつ二人の気持ちを優先させることになった。

「僕のかわいいユン」

 五歳の僕は意味もわかっていなければ、大人の話を理解することももちろんできなかった。ある程度の年齢になってもどういった経緯があったのか、訊ねることはしなかった。
 ただ婚約者ならばずっと一緒にいられる権利があると勘違いしたのだ。盲目的に信じて、ずっとこのまま変わることなくいられる未来があるのだど。まさかフリードリヒの本心を聞くことになるとは思いもしないで―――



 僕もフリードリヒも同じ王立学園で学んでいる。貴族であれば余程の理由がない限り全員が通うことになっていた。
 一年生の僕と、三年生のフリード。ここはいわゆる貴族社会を理解し、将来に向けて人脈作りや社交によって人間関係を深める場でもあった。嫡男であればそのまま爵位を継ぐことになり、顔繋ぎは重要になってくる。
 なかなか気を抜けないことも多いが、僕は背負うものがないせいか割と気楽に過ごしていた。同じように学生生活を満喫しているマイペースな学生もそれなりにいる。

 学年は違うけれども校舎を歩けばフリードの姿を見掛けることはあった。彼の濃紺で艷やかな髪と、青みがかった菫青石アイオライトのような瞳は、自然と目に留まる。目立つわけではないのに、何故だか僕はすぐに見つけることができた。

 だからフリードリヒが僕に気付いておらず壁を隔てた向こう側で友達と雑談をしていたとしても、まさかその内容が僕のことで本人が聞いているとは知らなかったとしても、きっと悪いのは彼じゃない。そう言われてしまった僕なのだろう。

「―っ―― は?まだなのか?お前……よく耐えられるな」

「別に。今まで我慢したことを無駄にする気はないからな」

「はあー。お前の本命、愛されてんな。いやこんな奴に執着されて迷惑?」

「仮面を被り続け、知られるつもりもない」

 え?
 何のことだろう。
 我慢とか無駄とか耐えるとか、文章ではなくひとつひとつになった言葉が頭の中を抜けていく。ネガティブな単語ばかりのそれらは、グサグサ僕の心に突き刺さった。
 ドクンっと心臓が大きくひとつ鳴った。その後にドクドクした音がいつもより大きくて、指先はひやっと感じられ体温が下がったような気がする。足元もふらふらしているのかもしれない。

 目の前が少し滲んで、でも今すぐここから離れなければいけないと思った。そっと気付かれないように、足音も声も出さないで存在を消して、僕は静かにそこから立ち去った。

(本命……誰か好きな人がいたんだ。ずっと我慢して、……僕から解消するの待っていたんだな)

 全然気付かなかった。いつもフリードは優しくて笑顔で、僕のことを包み込むように扱ってくれた。背も高くかっこよくて優秀な彼に、凡庸で特別何か秀でた才があるわけでもない僕は不釣り合いだった。

 家同士が関われば簡単に婚約をなかったものにはできない。ただ僕たちの婚約は幼いときに交わしたものだし、書面による正式なものでもない。当人たちの意志を尊重すると両家の親たちも配慮してくれていた。

 だから。

 僕から言わなければならないだろう。フリードは優しいから、きっと自分からは何も言わないと思う。大好きな彼が幸せになれるのなら、自分から離れるのも愛なのではないだろうか。

(フリード…っ)

 ぎゅっと心臓の辺りを服の上から掴んだ。潰れてしまいそうに苦しい。ちゃんと息を吸って、吐いて、何ともないようにいつも通りにしなくてはいけないのに。
 ガクガクした足が思うように動かせなくて、「あっ」と思ったときには階段の上から体が宙に投げ出されていた。
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