こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜

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5話

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* 

 

 

 高速道路を降りると、車は海の近くの大きなホテルへと入っていった。 

「ここは?」 

 俺はそのホテルの立派な門構えを見て、おっかなびっくり高梨課長に尋ねた。 

 まさかそういうことにはなるまい、と思いながらも、この場の主導権を握るαを伺い見る。 

 高梨課長は答えず、サイドブレーキを引くと、降りるように顎で示した。 

 俺は従順に従う。高梨課長は車のキーをホテルのスタッフに預けると、そのまま中へ進んでいく。俺は慌てて後に続く。 

 

 ホテルのロビーは豪奢だった。巨大なシャンデリアがまばゆいくらいの光を放っている。太い柱には一本一本に彫刻が施されて、それ自体が美術品のようだ。足を踏み入れると、絨毯に足がぐっと沈み込んだ。 

 

 高梨課長がスマートフォンを取り出して、エレベーターにかざす。液晶画面には「会員」の文字が見えた。 

 エレベーターの到着を知らせるベルがなる。 

 

 乗り込んで2人きりになったところで、ようやく高梨課長が口を開いた。 

「最近、ここのフィットネスに通うようになってね」 

「はい」 

「プールに凝っているんだ。一緒にどうだ? ストレスは運動で発散だ」 

 

 唐突な誘いを受けて、俺は慌てた。 

「だ、だめですよ! プールなんて」 

「なぜ? 君はどこでもいい、私はプールに行きたい、夏の盛りでもある。いい選択肢では?」 

「でも……」 

 Ωだから肌を晒すのは、という言葉が喉元まで込み上げた。口にしなかったのは、自分の矜持がぎりぎりのところで踏みとどまらせたからだ。 

 

「い、いまからですか……」 

「もちろんだ。ここのプールは51階にあってね、眺めがいいんだ」 

 

 断りきれないまま、エレベーターは51階に到着する。 

 勝手知ったる場所らしく、高梨課長は迷うことなくずんずん進み、受付を抜けて更衣室に入った。 

 そして契約しているらしいロッカーの前へ来ると、勢いよくジャケットを脱ぎ捨てた。 

 

 俺は慌てて声をあげる。 

「あ、あの、俺、水着ないんで、見学していますね」 

 高梨課長は「ふむ」と顎に手を当てた。 

「受付で水着を販売しているから、買っておいで」 

 カードを渡される。俺は全力で首を振る。 

「強情だな」 

 高梨課長は悪い笑みを浮かべる。俺は二歩下がる。 

  

「は、入りませんってば!」 

「そんな堅いことを言うな。せっかくなんだ。俺に付き合いなさい」 

「いやいやいや!」 

 

 言いあっているうちに、高梨課長は俺の背中に手をおいて、ぐいぐいとプールサイドへと押しやった。 

 

 ガラス張りの室内プールだった。夏の日光を受けてきらきらと水面が輝いている。その眩しさにくらんだ瞬間、一際力強く押されて、水面が迫った。 

 まずい、と思って体を反転させると、そのまま腕を掴まれて引き寄せられる。バランスを崩す。いつかの面接の時みたいに、俺はすっぽり彼の腕の中に入る。そしてそのまま2人で落ちる。 

 

 一拍遅れて、水音が響いた。 

 

水中に落ちたことに気がついたとき、すでに体は本能的に上へと酸素をもとめてあがいていた。しかし、フリルのついたシャツとズボンは水をよく吸って、手足の動きを邪魔する。 

 ――ああ、もう……。 

 だめ、と思った時、首根っこをつかまれて引き上げられた。 
 

「ああ!だあーっ!」 

 俺は思いっきり息を吸う。高梨課長も俺も見合いの服のままプールに落っこちて、全身ずぶ濡れだ。課長は俺の首根っこを掴んだまま、愉快そうに笑い声をあげている。 

「はっはっはっ!」 

 俺は腹を立てる。 

「課長! 殺人未遂罪ですよ!!」 

「おお、いいなぁ。元気が出たじゃないか。やっぱり、君はそうでないとな」 

「あなたねぇ! だいたい、こんな公共の場所で…」 

 

 ここまで言って、はたと気が付く。 

 夏のプールだというのに、まわりは奇妙なほど静かだ。俺と高梨課長が立てる水音しかしない。 

 

「あれ?」 

「気がついたか。貸切だ」 

 高梨課長はシャツを脱ぐと、プールサイドに投げ捨てた。鍛えた体があらわになって、俺は思わず目をそらす。 

「貸切って、ど、どうやって」 

「もともと私は貸切じゃなければ泳がない」 

 

 返答になっていない。しかし。 

 ——ブルジョアだ……! 

 高梨課長からはなんとも言えない大人の余裕を感じることはあったが、金の匂いを感じたことはなかった。高梨課長の新しい顔を見た気分だ。 

 

「高梨課長って、本当に、本物の御曹司……?」 

「まだ疑っていたのか」 

 いつもの高梨課長の笑顔を見て、俺は何もかもどうでもよくなった。 

 

「はぁー……」 

 俺は力を抜いて、水に体を委ねる。顔だけを水面の上に出して、天井を見上げる。体は水の上を漂う。 

 

 高梨課長が俺を覗き込む。 

「なんだ、上手だな」 

「俺、もともと水泳部だったんで」 

「ほう。よくもまあ入部を認められたな」 

「いいえ。直訴と奇襲です。校長に直訴して、水泳大会に飛び入り参加しました」 

「それは愉快な高校生だ」 

 

 俺たちはそのまましばらく2人きりで水の冷たさを楽しんだ。 

 

 
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